何故でしょうか!
ついにやってきた天皇賞春。京都レース場には、この格式高いレースを見ようと多くのファンが詰めかけている。
今回のレース、注目されているのはゴールドシップとエイシンフラッシュだ。長距離に強いと考えられているゴールドシップは特に期待されている。
そんな彼女だが、控室で逆立ちをしていた。長い髪の毛が床につくので、俺が持ってあげているという変な状況だ。
さっき挨拶に来たエイシンフラッシュとそのトレーナーはこの姿を見て固まっていた。そりゃあ、そうだろうな。
そろそろ1分たつぞ、と声をかけると逆立ちをやめて立ち上がる。
「ふいー、ゴルシちゃん健康法は過酷だぜ。トレぴっぴもやる時は気をつけろよ、頭が沸騰しちまうかもしれねーからな」
どうやら健康法の運動だったらしい。頭に危険がある運動は健康法ではないのでは……? まあいいか。いつものことだ。
軽いストレッチをしているゴールドシップに、改めて作戦を伝える。
今回も成功すれば勝てる……と思っている。前回似たレースは菊花賞、つまりはクラシック級のウマ娘だけのレースだ。今日走るのはシニア級のウマ娘たち。ゴールドシップ以上に経験を積んでいる猛者たちだ。
そう簡単には勝てないだろう。だが、ゴールドシップは誰よりも強い。俺はそう思っている。
作戦通りにいこう、ゴールドシップ。
「へへ、いいぜ! 今回も派手にかましてやるからな!」
パァン! とハイタッチをして、控室から出る。レースが楽しみだ!
……痺れる手をさすりながら、ゴール前の定位置まで足を運ぶのだった。
さて、今回の春天にはいつも通り応援に来てくれているウマ娘がいる。
「今日はいつも以上に緊張しますわ……」
「マックイーンは心配性だね。ゴールドシップなら大丈夫だよ!」
「ねえ、今更だけど、アタシ来ても大丈夫だったの? そっちのトレーナーとそんなに交流ないんだけど……」
マックイーン、メジロライアン、メジロドーベルのメジロ家3人娘だ。
元々マックイーンからライアンも一緒に連れていきたいと言われていて許可していたのだが、当日になってドーベルも追加された。
有マ記念に何度か参戦したものの中々うまく走れなかったため、長距離の勉強として行きたいという話だったから、快諾したのだ。
構わないよ。ウマ娘が勉強したいって言うなら来た方がいい。そう言うと、ぷいっと顔をそむけてしまった。
「……どうもありがと」
「ドーベルは照れ屋だなぁ」
「照れてないから!」
「ドーベル、顔が赤いですわよ?」
なんというか、ゴールドシップとはかけ離れたものを感じる。女の子が3人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。
しばらくして、楽し気に話す3人と俺の前にレースを走るウマ娘たちが現れた。大きな歓声が彼女たちを迎え入れる。
『春の天皇賞を走るウマ娘たちが次々と入場してきます。ひと際人気なのはエイシンフラッシュでしょうか』
『秋の天皇賞では1着ですからね。今年の天皇賞を取って春秋連覇といきたいところでしょう』
エイシンフラッシュが慎ましく入場し、観客に手を振っている。
長距離を走るイメージはあまりないが、パドックで見た時はかなり調子はよさそうだった。有マ記念のように抜かせてはもらえないかもしれない。
観客がフラッシュを見ている中、ゴールドシップがぬっと現れた。
彼女が見えた瞬間、歓声が一気に爆発した。思っていた以上にとんでもない人気だ……!
『今日も期待の2番人気、ゴールドシップです!』
『長距離でもスタミナを切らさず一気に走り抜ける強さを持っていますからね。私もイチオシのウマ娘です』
『好走が期待できそうですね……彼女は何をしているんでしょうか』
観客たちの前に現れると、突然前のめりに倒れた。
体調不良か!? と思わずコース内に入ろうとすると、地面につく前にピタッと止まった。斜め45度でビシっと止まっている。
「ビックリした……」
「もう、相変わらずですのね……」
ただのパフォーマンスのようだ。本当に心配してしまった。
周りのウマ娘たちも気にしていたが、しばらくするとぬっと起き上がり、すたすたとゲートまで歩いて行った。
「いつもあんな感じなの? ゴールドシップって」
「そうですわ」
「聞いてはいたけど、凄い破天荒だね」
メジロ家の3人も苦笑いだ。
ただ、ああいうパフォーマンスで場を沸かせるぐらいの余裕があるってことだから、大目に見よう。
……大目に見すぎなのかもしれないが。
『晴れ渡る大空の下、天皇賞の季節がやってまいりました。格式あるこのレース、いったい誰が勝つのでしょうか』
『各ウマ娘ゲートに入ってゆきます。3番人気は3,000m以上は初出走となるエイシンフラッシュです』
『驚異的な末脚と他ウマ娘を気にしない正確な走り、期待できそうですね』
エイシンフラッシュは長距離への挑戦が初でしかもGⅠレース、にもかかわらず3番人気というのは、その能力の高さがうかがえる。
『2番人気はこの娘、ゴールドシップ』
『シニア級になったばかりですが、他の追随を許さないスタミナとパワーが評価されています』
ゴールドシップは2番人気。強いシニア級が沢山いる状況、それでもエイシンフラッシュより上というのは長距離が強いと思われているからだろう。
……ゲートインを嫌がって暴れてるのが見える。係員がなんとか押し込もうとしているな。
『ゲートインを嫌がっていますね……続きまして、1番人気、ボンドエース』
『前回出走の天皇賞では初めての長距離ということもあってか4着。今年は勝ちたいところですね』
1番人気は、シニア級のウマ娘の中でも人気のボンドエース。このレースを終えたら上位リーグのドリームトロフィー・リーグへ参戦するらしい。
上位リーグへ向かおうとするウマ娘との対決……ゴールドシップ、頼むぞ。
『各ウマ娘、ゲートインしました』
――ガタン!
『スタートしました!』
◆ ◆ ◆
ゴールドシップは珍しくスタートを失敗せず、うまく走り出せた。
といっても、前に行くことはせずゆっくりと下がる。1枠1番という枠順有利を捨て去る走りをするのも、作戦の内だ。
周りのウマ娘たちは、チラッと様子を窺いながら彼女の前に出ていく。坂がキツイ京都レース場での長距離のレースだ、内側を走って少しでもロスを抑えたいとみんなが考えている。
坂を駆け上がっていくウマ娘たちを見ながら、ゴールドシップは最内ではあるが最後方をゆるゆる走る。どんどん抜かされていき、下り坂にさしかかる第3コーナーで既に最後尾。
応援している観客たちが大丈夫なのかと不安がっているが、彼女は気にする様子もなくマイペースに走って行く。
『さあ、1回目のホームストレッチに入ります。先頭はボックスシーザー、スズノネエスティ――』
コーナーを抜けて正面に入り、ワァー! と歓声を浴びせられる。バ群は先頭の集団と中団、そして後ろに2、3人といった形だ。
前の集団が走って行く中、最後方からすっと大外に出てきたウマ娘がいた。
『――最後方、ゴールドシップが外に出て直線を走っていきます』
『どういった意図があるのでしょう』
ゴールドシップは何故かコースの中央に出て直線を走る。観客たちは理由がわからず困惑しているが、とにかく大声で応援していく。
「いつも通り行ってこいよー!」
「遊びすぎるなよー!」
「かっこいい走りを見せてー!」
ファンの声を聞くたびに耳を動かし、口角が上がっていく。胸の中に熱い何かがこみ上げてくる。
様々な応援を受けながら走っていると、ゴールドシップは見知ったウマ娘たちの姿を見つけた。
「ゴールドシップー! がんばれー!」
「何してるのあいつ……」
「真面目に走ってくださいましー!」
相変わらずの言われようだなと思いながら、隣で立っていたトレーナーをチラっと見る。
――かましてやろう!
ニッと笑いながら、親指を天に突き出した。
「……へへっ」
思わずといった様子で舌なめずりをし、バ群へ戻っていく。
第1コーナーにさしかかる前、膨らんでも大丈夫か様子を確認したウマ娘がヒィっと悲鳴を上げる。
ゴールドシップが目を見開き、歯をむき出しにしていたのだ。
完全にやる気が絶好調を飛び越えている状態だ。さっきまでノロノロ走っていたはずなのに、いったい何が!? 後方のウマ娘たちは恐怖した。
それを気にも留めず、コーナーに入っていく前からゆっくりとゆっくりと順位を上げていく。1番人気のボンドエースも困惑しながら、ゴールドシップの後を追う。
ボンドエースは長距離がそこまで得意ではない。だからこそ、ゴールドシップをマークしてついていくことでスタミナ消費を抑えられるのでは、そう考えていたのだ。
向こう正面に入ると、ゴールドシップは相変わらずバ群の外側を悠々と走りながら少しずつ前に出ていく。周りのウマ娘たちは、差しを狙いに来たかと考え、内側のポジションを守ろうとマークし始める。
そして、残り1,200m。先頭のウマ娘が上り坂にさしかかる。ここからが苦しい道のりだ。
しかし、ゴールドシップは上り坂に入った瞬間、思いきりターフを踏みこんだ!
「こっからだぜぇーーッ!!!」
「んなっ!?」
「えぇっ!」
『ゴールドシップが坂をぐんぐん駆け上がる! 順位を1つ2つ、どんどん上げていきます!』
『坂でペースアップするなんて、さすがは常識外れのウマ娘ですね! スタミナはもつのでしょうか!』
上り坂でスパートをかけ始め、凄まじい勢いで追い上げる。
ドォン! ドォン! という相変わらずの爆発と共に、中団を一気に抜かして先行していた集団と足並みをそろえる。
坂のてっぺんに来る頃には、既に4番手の位置にまでつけていた。先頭集団のウマ娘たちは、爆音と共に現れたゴールドシップに驚き、必死になりながら逃げていく。
「なんでぇ!? さっきまでずっと後ろだったじゃん!」
「ひいぃーっ!? 坂で上がってくるとかおかしいよぉーっ!」
『先頭のウマ娘たちはゴールドシップから必死に逃げています! しかしゴールドシップ、余裕の表情だ!』
菊花賞でも、天皇賞でもそうだ。京都の坂はゆっくり上ってゆっくり下る、これが正解だと言われている。坂で加速したら最後の直線で脚がなくなってしまうからだ。
しかし、そんなものはゴールドシップには関係ない。ギラギラ輝いている目を見開き、楽しそうに舌なめずりをして先頭集団に食らいつく。
猛獣に追われるようなプレッシャーを浴びている上、これ以上前に行かれると絶対に追いつけない。そのため、ゴールドシップに追いつかれないように必死になって走る。
そんな先頭の娘たちをよそに、ゴールドシップは下り坂に入るとゆうゆうと先頭集団の後ろでペースを緩めた。無茶苦茶走らせているにもかかわらず、自分は一息入れているのだ。近くで見ていたエイシンフラッシュは度肝を抜かれた。
これが今回の作戦。スタミナ破壊だ。天皇賞の第1、2コーナーという気が緩むだろうところからスパートをかけるというイカれた戦法。そしてさらに坂を一気に駆け上がり先頭集団に強いプレッシャーをかけることで、全体のペースを直線前に無理やり引き上げる。
どう考えてもレースを壊すだけの走りだと思われるかもしれないが、これをやった上で最終直線でスタミナ勝負を仕掛けて勝てるとトレーナーは考えていたし、ゴールドシップも余裕だと思っていた。
しかし、問題は彼女のやる気だ。第1コーナーからしかけるということは、レースの半分、1,600mもの間スパートをかけるということだ。絶対に途中で集中が切れる。
そして考え付いたのが、最初の直線で大外に出て歓声を浴びる作戦だ。実際このレースで応援を受けたゴールドシップは、2周目に入る前からテンションが上がりっぱなしだった。
やる気が絶好調のゴールドシップ、そしてプレッシャーに潰されかけた先頭集団。後続もペースを上げられて足があまり残っていない。
ならば、勝つのは誰か。それはスタミナがずば抜けているウマ娘だけだ。
『最終コーナーを抜けて直線に入った! 後半のペースが速かったが果たしてスタミナは残っているのか!』
「かますぞオラァーッ! ついてこいよおまえらーッ!」
坂を駆け下り、第4コーナー終わって直線。ゴールドシップは意気揚々と突っ走る。
周囲のウマ娘たちは彼女から受けたプレッシャーやスタミナ潰しでバテバテ、足が残っておらず全然進めなかった。
「むりぃー!」
「むーりー!」
「私としたことが……!」
エイシンフラッシュもこのペース引き上げの煽りを受けたせいで、閃光のような末脚を発揮できなくなっていた。元々スタミナに秀でているわけではない。今の速度を維持するだけで精いっぱいだ。
後ろで待機していたボンドエースもゴールドシップに続こうとして坂を駆け下りたはいいが、やはり脚が残っていない。進まない。必死に追いかけるが距離は開いたままだ。
『ゴールドシップがぐんぐん上がっていきます! 先頭のキャロルミレーユ逃げ切れるか! ゴールドシップ交わした! ゴールドシップ先頭!』
ドォン! ドォン! という爆発と共に周囲のウマ娘たちのスタミナを破壊しつくした不沈艦が突っ込んでくる。
心底楽しそうな表情で走りこむゴールドシップの後ろから、1人のウマ娘が突っ込んできた。
『後ろからエヌエフリーグが突っ込んできた! ゴールドシップ逃げ切れるか! 残り50m! 間に合うか!』
後ろから猛烈な勢いで追込みをかけるエヌエフリーグ。シニア級のウマ娘の中でも屈指のスタミナを持つ娘だ。
これが本当の追込だと言わんばかりに突っ込んでくるが、ゴールドシップとはまだまだ距離がある。
「ゴールドシップさーん! 逃げ切ってくださいましー!」
「いけー! ゴールドシップー!」
「いくのよ! もう少しよ!」
――いけェ! そのまま突っ込めェ!
声援を受けたゴールドシップは、ニヤリと笑って最後の加速を決行。ぐん、とスピードを上げ、エヌエフリーグが交わす前にゴール板を駆け抜けた。
『ゴールドシップ1着でゴールイン! エヌエフリーグ、差し切れませんでした!』
ギリギリのところで先に抜けたゴールドシップ。誰もがヘトヘトで、ゴール板を過ぎてから倒れ込むウマ娘たちも多くいた。
そんな彼女たちをよそに、ゴールドシップはいえーい! ピスピース! と観客たちにピースサインしていた。
レースを見ていた全てのファンに、改めて強さを見せつけるのだった。
というわけで、2015春天でした。横山騎手が騎乗して勝利した天皇賞ですね。
ゲートに入る前、向こう正面、最終直線と全ての場所で観客に注目されるというスーパースターのレースでした。京都の坂はゆっくり上れというのはゴールドシップには関係ないのです。
先より述べていた通り、育成ストーリーに準じた形でIFのレース展開で書いていきます。何冠とってしまうのでしょうねぇ。