ゴールドシップと共に学園に戻って次の日。俺はレース場にいた。
「ふぃー……今日はいい天気だな! アタシの中の葉緑素が歓喜してるのがわかるぜ!」
彼女と共に。
朝起きて身支度を整え、トレセン学園に来たと思ったら、ゴールドシップが突撃してきてそのまま誘拐。昨日もこんなことあったなーと思っていたら、着いた先はレース場だったということだ。
何が起きたかわからないと思うが、俺も何が起きたかわからない……。
「おいおい大丈夫か? 今日はゴルシちゃんのデビュー戦だぞ?」
そうなのだ。ゴールドシップは今日がデビュー戦。トレーナーがいないとレースに出られないはずだが、昨日まで騙しに騙して登録にこぎ着けていたのだ。というか、そもそもトゥインクルシリーズへの挑戦は5人以上メンバーがいるチームに所属していないといけないはずだが……。
色々ごまかしてはきたものの、さすがにデビュー戦はトレーナーが本当にいないと出場できない。だからこそ、やる気はないが何度も模擬レースに出てトレーナーを探していたらしいのだが、ピンとくるトレーナーがいなかったらしい。
そこで、この前たまたま俺が来た。その時こいつだ! となったようだ。
「岩場でカニ見つける時にあるだろ、ここだって感覚。あん時そんな感じだったんだよ」
直感で決められたわけだ。とりあえず、今日のレースではトレーナー役として登録してもらうことになった。
書類にサインしているとき、チーム名が記載されていた。チーム、ゴルシ……よくこれでごまかせたな。呆れ顔で書類を提出し、確認を待った。
なんとか手続きを終えて控室に入ると、ゴールドシップがしょうゆせんべいにお茶をかけていた。
何をしてるんだ……?
「せんべいにお茶かけたらぬれせんべいにならねーかなと思ったんだけど、全然なんねーのな」
……すごいリラックスしている。大丈夫なんだろうか。
先輩トレーナーの見学で控室に入らせてもらった時は、ウマ娘が集中して気持ちを整えていたのを覚えている。今のゴールドシップのように、せんべいにお茶をかけることに集中するなんて言語道断だ。
しかし、この娘なら……破天荒に何かやってくれるんじゃないかという期待をしてしまう。
たった1度、しかも模擬レース。そんなレースを見ただけで、俺は魅了されてしまったんだから。
「お、そろそろか! じゃあな、トレーナー! アタシのレース見ておけよな!」
時間になり、ゴールドシップは元気よく控室から飛び出していった。
大事なデビュー戦ではあるが……どうなってしまうのだろうか。
デビュー戦ということで、観客の数は他のレースよりも少ない。しかし、熱心なウマ娘やトゥインクル・シリーズのファンたちは、新たなスター誕生に立ち会いたいと集まるし、メディア関係者も新たなスターを発掘せんと何社か集まっている。俺は新人だからそういう伝手が無いから誰がどこの人かはわからないが。
ゴール前の1番いい場所をとり、そこでレース開始を待つ。一体どんな走りを見せてくれるのか、楽しみだ。
――そして、レースはスタートした。
『各ウマ娘、、そろってキレイにスタートしました!』
スタートは出遅れもなく、いっせいにスタートした。模擬レースで出遅れたのは集中していなかったからなのだろうか。
これは普通に走るのかなと思っていると、ゆるゆるペースを下げだし、結果最後尾。一体なぜ……スタートはよかったのだから、そのまま先行策をとればいいのに。彼女のパワーなら、最終コーナーから一気に仕掛けることができるはず。
ゴールドシップはそのまま後ろに陣取り、最初に抜け出した逃げのウマ娘が先頭でペースを作る。彼女は……リボンハミングか。少し前に練習場で見かけたが、脚を残さないようにする練習をしていた記憶がある。
今回のメイクデビュー。芝、2,000mのレースで、今のところは遅くもなく速くもない。これは最後のコーナーからの上がり3ハロンが勝負か。800m通過時点ではそう考えていた。
レースも半分を過ぎて残り1,000m。直線なのにもかかわらず、突然ゴールドシップがすっと外側に動く。前の様子を窺っているのかと思ったら、ゆっくりとだがスピードを上げ始めた。
模擬レースでも見た、あの光景だ。こんな地点からスパートをかけるのかというところで、どんどん伸びていく。外側から力強い走りでまた1人、また1人と他の娘を抜かし始めた。
『残り800m! 依然先頭は3番リボンハミング! 2番のイミディエイトも負けていない! しかし後ろから5番ゴールドシップがぐんぐん追い上げてくる! この距離からスパートをかけてくるぞ!』
遠目からでも分かるような、強烈な1歩。ストライド走法と呼ばれる、歩幅の大きな走り方だ。長身かつ長い脚から繰り出される強烈な踏み込みによって、スピードがどんどん伸びていく。反面、加速が遅いためにスパートが遅いとスピードに乗り切れない。
ゴールドシップは自分の走りを理解しているようだ。早めに加速することによって、後半トップスピードを長く維持したまま最終直線にまでもっていける。
このロングスパートは体力がないと意味がない。どれだけトップスピードに乗れていたとしても、最後にスタミナが切れてしまえばゴール前に差されてしまう。そんな心配を払拭するかのように、苦しそうな様子もなく走っている。凄いスタミナだ……。
『さあ最後のコーナー! 依然先頭はリボンハミング! しかし後続も上がってきているぞ!』
先頭は変わらず3番のウマ娘、リボンハミング。うまくペースを作り、後半はじわじわとスピードを上げて脚をためさせないように調整していた。練習の成果が出ているうまい走りだと思うが、少しペースが遅い。後続のウマ娘はまだ元気な娘が多いから、最後は接戦になる……と、他のトレーナーは思っているだろう。
リボンハミングが、他のトレーナーたちが、見ているみんなが想定していた以上にスタミナもパワーもあり余っているウマ娘が1人だけいる。
『最後の直線に入った! リボンハミング先頭! しかしすぐ後ろにはイミディエイトとグリーンシュシュ! そして、大外からはゴールドシップ! ゴールドシップがすごい勢いで上がってくる!』
そう、ゴールドシップだ。コースの内側で他のウマ娘たちが歯を食いしばりながらためていた脚を一気に使っている中、ゴールドシップは誰もいない大外からグングンスピードを伸ばしていく。
これが、彼女の……ゴールドシップの走りか。最後尾からロングスパートをかけ、全てのライバルたちを一閃、一気に千切っていく。担当のウマ娘というわけでもないのに、彼女の走りを見てドキドキと胸が高鳴る。
――いけー! ゴールドシップー!
こみ上げてきた熱い思いを放とうと大きな声を出して応援すると、ニッと笑った彼女はさらにスピードを上げていく!
「しゃああああぁぁ!」
『200mを通過! すごい! すごいぞゴールドシップ! 大外から全てのウマ娘を千切っていく! 脚色は衰えません!』
ドンッ! ドンッ! 凄まじいパワーで走りこんでいくゴールドシップはそのまま一気に他のウマ娘を千切り、先頭に躍り出る。
あんな大外から一閃されるとは思わなかったのか、他のウマ娘たちは彼女を見て無理ー! と叫んでいた。
『先頭はゴールドシップ! 驚異的な末脚です! 強い! 圧倒的な強さです!』
トップスピードに乗っているゴールドシップはそのまま後ろのリボンハミングたちを置き去りにして、そのままの勢いで走り抜いた。
『ゴールドシップ1着! 他の追随を許さない圧倒的な走り! 間違いなく、このレースの主役はゴールドシップです! 2着はグリーンシュシュ! 3着はリボンハミング!』
うおおおお! 思わず声を上げて喜んでしまう。あまりにも彼女の走りに魅了されてしまったのだ。あんなにも気持ちがいい走りをするウマ娘は見たことがない。
あんなウマ娘の担当になりたい! ゴールドシップがウィナーズサークルで回転しながら謎のポーズをとっているのを見て、そう思った。
◆ ◆ ◆
「へへ、どうだ? おもしろかったか?」
すごかった! そう感想を言うと、彼女は腕を組んで満足そうに頷く。
レースを終えて控室で体を休めているゴールドシップは、お茶を飲んでゆっくりとしている。水分補給に熱いお茶……と思うのだが、彼女が水分補給すると言って取り出したのがカレーだったからまだマシだろう。飲み物とは言うが水分補給に飲む人はいない。
彼女は今回のレースは満足しているようで、嬉しそうにせんべいにお茶をかけていた。
ぬれせんべいにはならないよ、と苦笑しながら伝える。ゴールドシップはこちらを見ると、ニヤっと笑った。
「いい顔してるじゃねーか! じゃ、今後もよろしくな!」
どうやら彼女の中では、俺が担当トレーナーということになっているらしい。
レースに出ることができるからという理由なんだろうが、さっきのレースで彼女の走りに魅せられた。こちらとしても願ったり叶ったりだ。
こちらこそよろしく。そういうと、おう! とゴールドシップも笑った。
これからのレースが楽しみだ! そう思っていると、ゴールドシップは煎餅を食べ始めた。
「うーん、味薄いな。だし汁かけてみっか。あ、そうだ。チームのメンバーあつめといてくれよな!」
……これから楽しみだ!