「次のレースはやはり宝塚記念でしょうか!」
「あん?」
いつものドロップキック芸をし終わった後にインタビューを受けていたら、次のレースについて言及された。
去年も出走した宝塚記念に出走するのかどうかということらしい。現時点でもう上位は確定していると言われており、出走するか否かという話になっているようだ。
「オペラオーが記念日になってんのか? おいおいこのゴルシちゃんを差し置いて記念日になるたぁ、いい度胸じゃねーか!」
「あ、あの、テイエムオペラオーさんは関係ないのですが……」
「あ? じゃあなんなんだよ。事細かに教えろよな! 細かすぎっとわかんねーけど!」
相変わらずだったので、去年フェミノーブルと走ったやつだと説明すると思い出したようで、頭の上で豆電球が光った。
「前のほうで走ってたやつだな! 懐かしいぜ……あん時はまだゴルゴル神拳奥義が完成してなかったからな」
ゴルゴル神拳とはなんぞやというツッコミがちらほらと聞こえてくるが、ゴールドシップには聞こえていない。
ファン投票のレースなんだけど出たい? そう言うと、こっちに顔を向けてきた。
「ファンの投票で決まんのか?」
そうだよ。
「だったらおめー、走るしかねーだろ! ゴルシちゃんがギロで盛り上げてやるぜー! ギーロギロギロ!」
どこからともなくギロを取り出して奏で始める。
ギーチャッチャという音が鳴り響きながら、ゴールドシップの宝塚記念の出走が決まったのだった!
◆ ◆ ◆
「『千両役者の独壇場』ねー……」
ウマ娘新聞を読みながらそう独り言ちるのはトーセンジョーダン。
中庭のベンチで春天での勝利が書かれた新聞を読んでいたら寄ってきて一緒に新聞を読んでいたのだ。ふんふんと頷きながら読んでいる。
「千両役者ってどういうこと?」
内容はわかってなかったようだ。
優れた技量があって活躍している人ってことかな。そう言うと、ふぅーんと言いながら髪の毛の先をいじり出す。
「はーあ、あたしもそんなふうに言われてみたいし」
彼女は最近トレーナーと契約を解消したらしく、憂鬱そうな顔で新聞のゴールドシップを見ていた。
ジョーダンのトレーナー移り変わりはトレセン学園では非常に有名だ。というのも、彼女が問題児というわけではないのだ。
トレーナーが手術で長期入院になるため解消、海外のレースがあるために長期滞在になるため解消、トレーナー引退のため解消などなど。
とにかく運が悪いというか間が悪いというか。今回で十何回目の契約解消になったらしく、朝にゴールドシップが報告してきた。
今話を聞いたら既にトレーナー契約したらしいが。惜しいことをした、もっと自分を売り込めばよかったと少し後悔したが、ゴールドシップがいるから無理だろうなと納得もした。
「『掟破りの上り坂スパート』かー。あいつのスタミナどうなってんの」
「こうなってんだぜ!」
「へぶっ!?」
ぶつくさ文句を言っていたジョーダンの背後から近づいていたゴールドシップが背中に張り手を食らわせた。
勢いそのままに転がり落ちていった彼女を指さしながらゴールドシップは笑っていた。り、理不尽だ……。
隣に座って俺が読んでいた新聞を確認すると、満足そうに見始めた。
「アタシが一面に出てんじゃねーか! ウマ娘バンドGORUSHIのメジャーデビューも目じゃねーな!」
既に自分の持ち歌のCDも出てるじゃないかと突っ込むと、それはアタシであってGORUSHIじゃねーだろ! と怒られた。
どうやらややこしい話のようだ。
「ちょっと、おかしいでしょ! なんであたしの心配しないの!?」
「お、ジョーダンじゃねーか。どうした、そんなとこで草まみれになって。失われた野生でも取り戻したか?」
「あんたのせいでしょうが! ほんっとにありえないから!」
髪の毛や服についた草を払いながらゴールドシップを睨みつけ、ずんずん近づいて指をさす。
「毎回毎回なんなのホンットに!」
「蹴りたい背中ってあんだろ? それだよ、そ・れ☆」
「~~~~~ッ!」
顔を真っ赤にしながら腕を振り回すジョーダンをどうどうと抑える。
ジョーダンにだけは異様に攻撃的な絡み方をするのは本当に何故なのだろうか。オラつくと言っていたが今一本人も分かってないようだし。
性格が合わないわけでもなさそうなんだがなぁ……。
「もう許さないし! 勝負よ勝負!」
「あ? アタシに挑むたぁいい度胸じゃねーか! ハバネロ対決か? それともサザエ素潜り選手権か?」
「レースに決まってるし!」
ぷんすか怒るジョーダンは、俺から新聞を取り上げてとある一面を指さした。
そこに書いてあるのは宝塚記念の投票結果だ。ゴールドシップが1位を取得している。2位のウィナージゼルと5,000票以上の差をつけた51,366票。ぶっちぎりの大人気だ。因みに3位はフェミノーブル。
「宝塚記念! あんた1位なんだからでるでしょ? ここで勝負よ!」
「おめーランキング入ってねーじゃねーか」
「に、23位だし! これは20位までしか書いてないだけだし!」
どうやらランクインはしている様子。しかし去年までケガで休養していたのに……がんばっているようだ。
フェミノーブルなどの上位陣は秋のレースに向けて調整したいようで、宝塚記念の出走はしないと表明を出している。ジョーダンは下位のほうだが、出走権をもらえているのだろう。
「でかいレースだし、これであんたに勝てばあたしがあんたの上ってことがはっきりするから!」
「おいおい冗談は顔と名前だけにしとけよな!」
あきれた様子で目を細めたゴールドシップがそう言うと、遠くのほうにいたルドルフらしきウマ娘がふきだしているのが見えた。
相変わらずギャグが好きなようだ。エアグルーヴのやる気が心配になる。
「いいぜ、やってやろうじゃねーか! ゴルシちゃん劇場の演出にしてやるからな!」
「あたしが主役だし! トレーナーさんも見ててよね、こいつが負けるとこ!」
なんだか激しい展開が続いて状況がうまく呑み込めないが、とりあえず宝塚記念で戦うことになったようだ。
去年制覇しているGⅠレースだが、また勝てるとは限らない。レースに向けてしっかりと考えなければ。
作戦を考えるとは言ったものの、春天という長距離レースを走った後だ。
しばらくはゆっくりと休んでもらおうということでトレーニングをお休みにしている。
他のウマ娘たちと違って自主トレなどは一切しないため、オーバーワークの心配がないからありがたい。不真面目に思われるかもしれないが、自主トレによる疲労で通常のトレーニングに影響が出ることも多い。
そこの調整もトレーナーの仕事なのだが、ゴールドシップはその必要がないので大分楽させてもらっている。
代わりに別のところで大変な思いをしているわけだけど。
そして、ゴールドシップがお休みだからといって俺が休みなわけではない。専属トレーナーとはいえ、トレセン学園の職員だし。自分のウマ娘に用事が無ければ勝手に休めない。
大抵やっているのは他のウマ娘の情報収集だ。宝塚記念に出走するウマ娘がどう走るか調べて、どうすれば楽しい走りになるかを考えていく。
それと同時に行うのはゴールドシップが撮った動画とSNSのチェック。芸能人のマネージャーのような仕事だが、これもまた大事なこと。
特に彼女は良くも悪くも言動に注目されやすいから、確認しておかないと後々理事長からもう少し手加減をと言われるし、ルドルフやエアグルーヴからも苦言を呈される。
今日渡された動画は……エアグルーヴが育てている花をじっと見るだけの動画だ。
ゴールドシップがじーっと花を見つめていて、近くで水やりをしているエアグルーヴが物凄く心配そうな顔でチラチラ様子を窺っている……というだけの1分ぐらいの動画だった。
メッセージアプリで『検問通過』と送って動画をアップロード、続いてSNSのチェックに入る。
ウマッターで前回の春天での走りについて書かれたコメントをチェックする。
「いかれたスタミナだった」「半分ぐらいスパートかけてる。明らかにおかしい」「ゴールしても余裕でファンサしてて芝」……おおむね高評価、とみていいだろう。
中には「ちゃんと走らないのはどうなんだ」「真面目に走れ」という意見もある。至極まっとうなので低評価ではない。うん、そのはず。
基本的には次の宝塚記念を楽しみにしてくれている声が多い。がんばらないとな。
「おっすー、上がったみてーだな」
SNSのチェックを終えて一息ついていると、ゴールドシップが珍しく普通に扉を開けて入ってきた。
動画のアップロードを見たらしく、携帯で自分のチャンネルを見せてきた。既に何度も再生されているようだ。
満足そうに俺に見せると、笑いながら肩を叩いてくる。
「ニシシ、おもしれー動画がまた上がっちまったな。うっし、記念にラーメンでも食いに行こうぜ! 奢ってくれよな!」
ニコニコ笑うゴールドシップを見て、また財布が軽くなるなと思いながら出かける用意をするのだった。
というわけで、宝塚記念出走です。
ジョーダンは実際の宝塚記念投票では20位以下だったので、多くの特集サイトで名前が見られないという悲しい事実。ゴールドシップの人気が凄すぎるんですよね。
みなさんはタウラス杯楽しめていますでしょうか。筆者はがんばって育てたゴールドシップが活躍してくれて非常に楽しいです。あと何故かそんなにうまくいってなかったライアンが凄い強さでぶっちぎるので、ライアン凄い好きになってます。単純ですね。