もっともっと上手くレース描写ができるようになりたいなぁ。
宝塚記念当日。
今回は春天からかなり長い時間本格的なトレーニングをお休みしていた。やってもストレッチと軽めの併走ぐらい。
それ以外は動画を撮ったりラーメンを食べに行ったり海で宝探しをしたりと完全にオフだった。
結果、きちんとしたトレーニングをあまりしていないという状態でレース当日まできてしまった。
いつも行っているトレーニングがちゃんとしたものかどうかはさておき、あまり走りこんでいないのは事実。
ただ、レースをバカにしてトレーニングをせずに当日を迎えたわけではない。
ゴールドシップは菊花賞や春の天皇賞の実績から、長距離が得意だと思われている。しかし、彼女は決して得意というわけではない。
そもそも負担の大きなストライド走法で走っているのだから、長く走るのは体へのダメージが大きいはずなのだ。それでもぐんぐん加速して走れるのは、ゴールドシップの筋肉が格別に柔らかく、それが衝撃を逃がしてくれているから……だと思っている。
去年から出走レースを見てみると、菊花賞・有マ記念・天皇賞と3連続で長距離レースだ。
有マ記念出走前、一時期まともにトレーニングをやりたがらないことがあった。特に何も言ってなかったが、恐らく3,000mのレースで疲労が溜まっているのがわかっていたのだろう。
いつも以上に遊ぶ時間が長かったのはそのせいだと思う。そして、春天後もその傾向にあった。
だからこそ、疲労を完全に取るために沢山遊んでもらっていたのだ。
さらに、副産物としてものすごく大きなものを手に入れた。
「おいトレぴっぴ! いつ始まんだ!? 待ちきれねーんだよ早くしろよー!」
ゴールドシップが走りたい気持ちが振り切れ過ぎてやる気満々なのだ!
有マ記念の時はトレーニングをするようお願いしていたが、今回はゆっくりしていいよと言ってかなり好き放題させていた。
その結果、デビュー戦の時のようなフラストレーションがバリバリに溜まったようで。目が既にギラギラしている。
これは……どうなんだろう? 普通は気持ちだけ先行しているとレースで失敗しやすいが、彼女の場合テンションが上がると爆発するタイプだ。
いつも通り走ってもらうのが一番かな。お願いします、走ってくださいと思っておこう。
少し落ち着かせるため、水を渡す。
「んぐんぐ、ふぃー! んで、作戦はどーすんだ?」
事前に伝えてはあるが、もう一度確認しておいた方がいいか。
今回の作戦の肝はここ、とレース場の図を指さす。絶対に驚くし、何よりこれが決まれば絶対に勝てる。そのぐらいのパワーがある。
後はいつも通り行けばいい。そう言うと、ニマニマしながら肩を組んできた。
「へへっ、いいぜ! かましてやるからな!」
かなりご機嫌な様子だ。背中を軽く叩き、楽しんできてと言って控室を出る。
さあいつもの場所へと思って行こうとすると、周囲からの視線を感じた。
何事かと思って視線を動かすと、そこにいたトレーナーやウマ娘たちが委縮していた。
どうしたのか聞いてみると、ゴールドシップがご機嫌なのが怖いとかなんとか。怯えていないのはジョーダンぐらいだった。
なんというか……悪いね!
ファンファーレが鳴り響き、各ウマ娘たちがゲートインし始めた宝塚記念。
相変わらずのファンサービスで観客たちを苦笑いさせていたゴールドシップだが、今日はすんなりとゲートインした。
「あら、珍しいですわね」
「機嫌いいのかな?」
応援に来てくれたのはいつもの2人、マックイーンとテイオーだ。リハビリと研究を兼ねてといういつもの理由。
「去年はすごく強い勝ち方だったけど、今年は大丈夫かなぁ」
「阪神はジョーダンさんのような粘り強い走りの方が有利ですからね。ウィナージゼルさんも調子がよさそうですわ」
「天皇賞でゴルシと走ったキャロライナミレーユも長く脚を使うからいいと思うんだよね~」
去年もそうだったが、今年の宝塚記念も良バ場。速いタイムが出やすい阪神では、ゴールドシップに不利と思われる状況ではある。
ハイペースになると予想されるから、いい脚を長く使えるウマ娘が有利だろう。差しと追込はコースのことを考えると不利だ。
「ですが……あなたのことです。何かあるのでしょう?」
もちろんだと頷く。作戦通り行けば、絶対に勝つ。そう言うと、テイオーが耳をピクリと動かした。
「レースに絶対はないって言うけど……ゴルシのトレーナーは絶対って言うんだ?」
そうだよとテイオーの目をまっすぐに見て答える。
しばらくすると、彼女はニカっと笑った。
「いいね! でも、ボクと走ったら絶対勝っちゃうもんね~♪」
「あら。当然、私も勝ちますわよ。あなたたちと走るのなら」
「言ったなー! このこのー!」
「ああ、ちょっと! 脇をつつくのはやめてくださいます!?」
横で乳繰り合う2人を見て苦笑する。ゴールドシップとは違ったやかましさだな。
『どんよりとした雲が空を覆う中、やってまいりました宝塚記念。ウマ娘たちがゲートに入ります』
『1番人気のゴールドシップ、今日はスムーズに入りましたね。調子もよさそうです』
『2番人気のウィナージゼル、この評価は少し不満か。3番人気のフェミノーブルはかなり気合が入っているようですね!』
『ケガから復帰したトーセンジョーダン、今回も粘り強い走りが見れるでしょうか』
出走回避と思われていたフェミノーブルだったが、出走することになったようだ。
前日インタビューでゴールドシップにリベンジするという話をしていた。どうやら去年のアレが相当悔しかったらしい。
ジョーダンも真剣な表情でゲートに入る。……始まるか。
『さあ、各ウマ娘ゲートに入りました』
――ガタン!
『スタートしました! 揃ってスタートしましたね!』
ゴールドシップはちょっとだけ遅れたが、中々無難なスタートだったのではないだろうか。
しかし、いつも通りするすると後ろに下がっていく。観客たちやマックイーンたちも、いつも通りかと見ている。
でも、いつも通りに走ったらやっぱり面白くない。
――ゴールドシップー!
大きな声で呼んでみたら、彼女の目がギラリと光った。
◆ ◆ ◆
『ゴールドシップがどんどん上がっていきます! 今回は追込ではないのか!』
『どうやら先頭集団につけるようですよ!』
ゴールドシップはトレーナーの声を聞き、目を光らせて一気に踏み込んだ。最初の直線300mは下りで、その後2mの坂が100mほどある。
その坂を、思いきり加速して走り出した。
ドォン! という爆音とめくれ上がる芝。ゴールドシップより前で走っていたウマ娘たちは戦慄した。
「なっ!?」
「あいつっ!」
後方待機でゴールドシップをマークしようとしていたウィナージゼルとトーセンジョーダンは、ぐんぐん加速しながらコーナー前に先頭集団へ食らいつく彼女を見てやられた! と思った。
既にスタートしてから4分の1を走っている。スタートならまだしも、今更スピードを上げて先頭集団と合流するなどスタミナをいたずらに消費するだけだ。
一度後ろに下がったのは、追込だと思わせて競り合いを回避するためだったのか。大外から一気に走りこんで先行していく彼女を見て、完全に作戦負けしたと2人は歯噛みする。
これで不利と言われる差しで勝負せざるを得なくなってしまった。ジョーダンは相変わらずやらしい作戦だし! とトレーナーを恨んだ。
それと同時に、いいスタートを切ってこのまま先行をと思っていたキャロライナミレーユは、後方から聞こえてくる音に心底恐怖した。
天皇賞春で聞いたあの爆発音、それが近づいてきたのだ。ただでさえ後ろにはレース中タックルしてくるフェミノーブルがいるのに! 涙目になりながら、必死に走っていく。
「あんたッ! またッ!」
「じゃあな! お嬢ちゃんよおー!」
フェミノーブルは去年同様上がってきたゴールドシップを見て血管が切れそうになるも、ゴールドシップはフェミノーブルを気にせずそのまま前に出る。
そしてキャロライナミレーユの隣を陣取ると、そのままペースを合わせた。
「あいつッ……!」
悲鳴を上げるキャロライナミレーユを見ながら、フェミノーブルはブチブチと堪忍袋の緒が切れる音が聞こえていた。
眼中にない、そう思わせる走りだった。去年、あんなにも競り合って戦ったのに! 私を見ろ!
怒りをパワーに変え、プレッシャーを周囲に出しながら走って行く。
『第2コーナーを抜け、向こう正面に入りました。バ順は変わらず。内にいる2番スキニーオアサフィラがゆっくりと上がっていきます! タイムがややスローなのに気付いて上がっていきました!』
『よく気づきましたね! これは後半が勝負になりそうです!』
ゴールドシップとフェミノーブルのプレッシャーの影響からか、ペースが遅くなっている。差しウマ娘にも希望が見えた。ウィナージゼルやトーセンジョーダンたちはコーナーから始まる下り坂を待った。
しかし、トレーナーが何故ゴールドシップに先行策を取らせたのか。ただ面白そうだから、なんて理由だけで走るわけがないのだ。
第3コーナーに入り、坂を下り始めたウマ娘たちは、少しずつスピードを上げて最終直線までに加速していこうとペースを上げる。
当然フェミノーブルやキャロライナミレーユも同じようにペースを上げ、ゴールドシップも先頭集団にくっついて外側を回っていく。
『コーナーの坂を下り、直線へと向かっていきます! さあ第4コーナーを終えて直線に入った!』
「いける!」
「いけるっ!」
「いけるッ!!!」
自分たちの溜めておいた脚をここで使う! そう思って、ウマ娘たちは思いきり踏みこんだ。
――ズルッ
「うっ!?」
「なッ!」
ここから一気に末脚でと思っていたフェミノーブルは、この阪神のバ場に気づいた。
良バ場、つまりは走りやすい状況だと思える。しかし、阪神はそうではない。
今日の芝はかなり柔らかいのだ。最初に思いきり踏みこんだゴールドシップが芝をめくり上げたように、重バ場のように滑ってしまう。
ペースが遅かったのも、このソフトな芝のせいだ。スパートをかける前は柔らかく負担がなさそうだが、本気で踏み込んでしまえばその柔らかさが仇となる。
ゴールドシップはそれを気取らせないように、あえて最初に思いきり踏みこんで見せたのだ。あのパワーだから芝がめくれるのだと、そう思わせるために。
そしてこの滑りやすいバ場。先行して走った方が有利に決まっている。
『最終直線だが中々伸びない! 後続も苦しそうだ!』
「ぐうぅ!!」
「あいつッ! またジャマしてッ!!!」
キャロライナミレーユは伸びず、フェミノーブルもずるずると落ちていく。トーセンジョーダンやウィナージゼルも粘って前に行こうとするが、加速できない。
そんな中、芦毛のウマ娘がすっと伸びていく。
『抜け出してきたのはゴールドシップ! ゴールドシップだ! やはり強い! 1人だけどんどん加速していく!』
ドォン! ドォン! と調子よく突っ込んでいくゴールドシップ。ソフトなバ場など知ったことではないと言わんばかりに、ぐんぐん加速する。
「ゴルシー! すごいぞー! いけぇー!」
「ゴールドシップさーん! さすがですわー!」
――爆発だー! ゴールドシップー!
声が聞こえた瞬間、ゴールドシップはニヤリと笑い、さらに強く踏みこんだ!
「エクスプロオオォーーーージョンッ!!!」
ズドォン! 今まで以上の踏み込みから、大きなストライドで一気に抜き去っていく。
『ゴールドシップ抜けた! ゴールドシップ先頭! 後続を突き放していきます!』
「むりぃー!」
「むーりー!」
滑る芝の上で必死に追いかけるが、全く追いつけない。
有力ウマ娘と言われていた娘たちも食らいつこうと脚を回転させるが、届かない。
「よっしゃーーーー!!! 火星人と木星でダンスバトルじゃあーい!」
『強い! 突き放したゴールドシップ! 1着でゴールイン!』
他の追随を許さない破壊的な末脚を見せ、他のウマ娘を置き去りにしたままぶっちぎってゴールするのだった。
というわけで2014年第55回宝塚記念でした。
明らかにぶっちぎりで強い走りのレースで、上りも最速。本当に追込のお馬さんかというレースではあります。
実際の阪神競馬場も良馬場なのに1完歩ごとに芝がめくりあがるぐらい柔らかくて荒れていたようです。それで加速するってどういうことなの……。