どこかで入れなきゃ……。
「それで、これはどういう状況なんだ?」
エアグルーヴが眉を吊り上げながら俺に詰め寄る。
視線の先には絶叫しながら走り回るジョーダン、目を抑えて転げまわるゴールドシップ、そして呆れた表情のテイオーとネイチャにすっとぼけた表情のマックイーン。
あまりにもカオスな状況に俺も苦笑いする。何故こうなったのか。それは数分前にさかのぼる。
◆ ◆ ◆
「ねぇゴルシのトレーナー! ボクかき氷食べたいなー!」
「ちょっとテイオー、自分のトレーナーさんじゃないのにわがまま言わないの。すいませんねー、トレーナーさん」
ゴールドシップとネイチャたちチームの合同トレーニングを終えてお昼ご飯の時間になった。
ツインターボやイクノディクタスたちは他のウマ娘と食べる予定があるらしく、ネイチャ1人を置いて先に行ってしまった。
先輩トレーナーもこの後トレーナー会議があるからと言って、俺に任せてそそくさと立ち去った。
ねえ、先輩。俺そんな会議あるって知らないんですけど? 俺、一応3年目っスよ、先輩?
呆然としていた俺とネイチャだったが、トレーニングを終えたテイオーが襲来してきて、海の家で何か食べようということで今に至るというわけだ。
とりあえずテイオーとネイチャに何が食べたいか聞くと、機嫌よさそうに耳と尻尾を動かした。
「さすがゴルシのトレーナーだね! 話が分かるよー。ボクはやっぱり焼きそばかな!」
「たはは、ありがと、トレーナーさん。じゃあアタシもおよばれしますか。あ、焼きそばでいいんで」
近くのテーブルに座らせて焼きそばを頼もうと歩いていくと、そこで焼きそばを作っていたのは店員と案の定ゴールドシップだった。
トレーニング後に砂を巻き上げながら全力ダッシュしていくから何事かと思ったが、今年も海の家と対抗しているようだ。
「今年も来たってわけかい、ウマ娘の嬢ちゃんよぉ!」
「へっ、親父にゃー負けねーからよ! 見せてやるぜ! ゴルシちゃん海鮮塩焼きそばの力をよおー! あ、トレーナー500円な」
流れるように塩焼きそばを渡され、素直にお金を支払う。こういう時はノリに乗ってあげるのが正解だ。
店員さんからもソース焼きそばと水をもらい、後でかき氷を作ってほしいと注文しておく。
2人のところに戻ると、遠目でゴールドシップが見えていたのか不思議そうな顔をしていた。
「ねえ、ゴルシなにしてるの?」
仁義なき戦い。そう答えて焼きそばを渡し、自分も座って塩焼きそばのふたを開ける。うん、見た目と匂いはすばらしい。
いただきます。
「いただきまーす! んむ……うん、海の家って感じ!」
「いただきます。んー……うん、そうね、海の家って感じだわ」
何故海の家で食べるご飯はこうも海の家って感じの味なのだろう。それだけで論文が書けるんじゃねーかとつい先日ゴールドシップが真面目な顔で言っていた。
とりあえず塩焼きそばを一口……うん、普通のッ!?
「えっ、大丈夫!?」
「トレーナーさん!?」
ゲフォ! と物凄い勢いのむせりをしながら、慌てて水を飲む。ネイチャが背中をさすってくれるが、焼きそばからきた刺激のせいで口が開いたままになってしまう。
うおおと唸りながらタオルで口を拭く。すこしだけマシになった。
ネイチャにお礼を言って一息つく。
「いや、その焼きそばどうなってんの? ゴールドシップからもらったみたいだけど」
「うーん、臭いは普通の塩焼きそばだよ?」
ゴールドシップの焼きそばの匂いを嗅ぎながら不思議そうな顔で麺をつつく。
興味本位で食べるのはやめとけよとテイオーに言って、意を決してまた一口。
うぅーん、刺激的!
「いや食べるんかい!」
「それどんな味なの?」
ネイチャにビシッと突っこまれ、思わずまたむせりそうになる。
この塩焼きそば、異様に酸っぱいのだ。口に入れた瞬間刺すような酸味がきて、思わずせき込んでしまう。これ絶対にクエン酸の粉末入ってるッ!
作ってある焼きそばじゃなく用意してあるものを受け取ったのが失敗だったか……! 涙目になりながら一気にかきこんでいく。
「酸っぱいんだ、あの見た目で……。ていうか食べるんだ、それ」
「レモンとかの匂いしなかったのにね~。ま、いいや。ボクも食べよっと」
各々海を眺めながら焼きそばを食べ、夏合宿中のトレーニングについての話に花を咲かせる。
もっぱら俺がやっている遊びのようなトレーニングについての話ではあるが。
「この年になって竹ウマに乗るとは思わなかったわー。久々にやってみると結構いいもんだなーって」
「ネイチャ上手だったよね! ボクも結構いけてたでしょ!」
「いやー、テイオーさんさすがでしたわー。でも、あれってそんなに効果あるんです? 面白かったケド」
全て食べ終え、水で一気に流し込んで大きく息を吐き、一旦落ち着いてから話す。
竹ウマはそれだけで体幹とバランス感覚が鍛えられるし、裸足で運動するから脚の裏が刺激されるからいいものだよ。
そう説明すると、2人ともキョトンとしていた。
「バランスはわかるけど、脚の裏?」
人間は足の裏に色々な器官があって、そこが刺激されると立っているときのバランスがよくなる。だから歩くのが健康にいいと言われるわけで。
トレセン学園のウマ娘の場合は常に走るトレーニングをしているからしっかりした効果があるかは未知数だけど、ウマ娘でも脚裏への刺激は体調管理にもいいから。
「………」
「はえー……」
テイオーもネイチャもポカンと口を開けてこちらを見る。
やっぱり、効果があるかわからないトレーニングをしていたから呆れてしまっただろうか。
「トレーナーさんってすごく考えてトレーニングしてるんですねー。ネイチャさんびっくりですよ」
「うんうん。飽きないことが最優先で考えてると思ってたよ。足の裏の刺激かぁ、いいこと聞いちゃったもんね!」
感心しましたとうんうん頷く2人。どうやら好評のようで、少しこそばゆい。
ゆっくり体を休めながら会話していると、海の家のほうから言い争う声が聞こえてきた。
何事かと視線を向けると、ジョーダンがゴールドシップに怒っているようだ。
「あたしはこっちの焼きそばって言ってるんだけど! あんたのはいらないし!」
「おいおいすっとぼけたこと言うなよな! おめーはこのエルスペシャルソース焼きそばを食うんだよ!」
ジョーダンが店員さんの焼きそばを頼もうとしているが、ゴールドシップが自分が作った特製の焼きそばを無理やり渡そうとしている。
いつもの光景だが、さっき自分が食べた焼きそばのことを考えると止めなければという気持ちになる。
1口水を飲み、ごみをまとめて近づいていく。ゴミ箱にごみを捨てると音で気づいたらしく、ジョーダンがこちらを向いた。
「あっ、トレーナーさん! ちょっとこいつどーにかして!」
「おうトレぴっぴ! 美味かっただろ、ゴルシちゃん特製疲労回復焼きそば!」
思わず無限にむせるぐらいのおいしさだったと話すと、それほどでもねーけどな! と胸を張った。
いや、褒めているわけではないんだ……。俺の微妙な顔を見て、ジョーダンはさらに嫌そうな顔をする。
「あの、焼きそばもらえます?」
「お、おう、ちょっと待ってくれや」
「おうおうおうおうオットセイ! おめーはこれを食えこれを!」
店員さんが焼きそばをパックに詰めようとするのを抑えて自分の焼きそばが入ったパックを突き出してくる。
「だからいらないし! そんな変なの食べないから!」
「変だぁ~? 食ってもねーのにふざけたこと言うなよな! アタシは真面目に作ってんだぞ!」
ゴールドシップが真面目な顔で怒りを見せると、ジョーダンがうっと気圧される。
……うん。真面目に、変なのを作っているな。
「食ってみろよコレ。エルコンドルパサーはおいしいデース! って食ってたぞ」
「エルコンドルパサー? まあ、あの子真面目だし……はぁ」
勢いと話術に負けてゴールドシップから焼きそばを受け取るジョーダン。
エルコンドルパサー……? 確か彼女は辛い物が好きだと先輩トレーナーから聞いたことがあるが。
……あっ。
「ちょっと食ってみろよ」
「めんどーなんだから。いただきまーす、あむ」
遅かった……! ジョーダンが焼きそばを一口食べ、咀嚼していく。
しばらくはうんうんと頷いていたが、突然ビクッと体を揺らすと俺に焼きそばを突き出してきた。思わず受け取ると、ジョーダンは全力で走り出した!
「からああーーーーーーっ!!!」
「はっはっはぁーっ! うますぎて口から火が出てるぜー! 流石デスソースだな!」
やはり辛い焼きそばだったようだ。水を渡してあげなければ!
焼きそばを近くにいたウマ娘にとりあえず預けて水を用意する。
「トレーナーさん? 私に何故焼きそばを……?」
水を持って振り返ると、焼きそばを持っていたのはマックイーンだった。今さっき来たばかりのようで、今の状況をわかっていない。
ジョーダンに向かって水を見せていると、あら、と言いながらマックイーンも水を見た。
「水を取りたかったんですの? はい、返しますわ」
そう言って一歩こちらに近づこうとしたときに、戻ってきたジョーダンが俺が持っている水にとびついた。
「み、みず!」
「きゃっ!?」
突っ込んできたジョーダンによって砂が巻き上げられ、マックイーンは焼きそばを守ろうと手を上げて後ろによろけた。
そして、よろけた先にはゴールドシップが。
「んあ?」
ぽかんとした顔をしていたゴールドシップの左目に、デスソース焼きそばが叩きつけられる!
「うぎゃあああああーーーっ!?」
「あら?」
目を抑えながら転げまわるゴールドシップを見て、何が起きたかわからないマックイーンは不思議そうにその姿を見つめていた。
ジョーダンは水だけでは辛さが収まらないらしく、またどこかへと走り出した。
「……おい、これはどういう状況だ?」
困惑しながら歩いてきたのは、トレーニング後の休憩になったらしいエアグルーヴだった。
◆ ◆ ◆
「……理解はした。納得できんが」
呆れた表情で腕を組み、この状況を見つめるエアグルーヴ。
毎度毎度ゴールドシップがすまないね。
「そう思うならば最初から止めろ! まったく……どうしてそんなに自由なんだ」
頭を手で抑えながら首を振る彼女の肩をぽんと叩き、許せ、と一言。
ハァ、と大きなため息を吐かれてしまった。
「……ゴールドシップのこと、きちんと見ておいてください」
疲れた様子でそう言うと、走り回っているジョーダンのところへと行ってしまった。
ゴールドシップはこっちでなんとかしろとのことらしい。
「目がああああああぁーーっ!」
「どうしたのです? 大丈夫ですの?」
……とりあえず目を洗ってあげよう。また水の準備をすることになるのであった。
マックイーンにちょっかい出して左目にダメージを受けるのはアニメでの定番でしたね。何故あんなに左目を……。
竹馬のトレーニングや足裏の刺激というのは本当の話です。足はポンプみたいな役割って言われることもあるぐらい大事な部位なのです。
というわけで皆様も竹馬、やろう!
【追記】
確認していたら竹ウマのウマが馬になってました。修正します!
というかこの世界だと竹ウマのウマはなんの意味のウマなんでしょうね