そしてお次のレースはこちらです。
夏合宿も終わり、次のレースに向けたトレーニングが始まっていく。
トレーナー室で次のレースやトレーニングについて資料を作り、とある資料とお菓子を手に取った。その時、ふと思い出したことがある。
瞬間、俺の脳内に溢れ出した、バレンタインデーの記憶!
◆ ◆ ◆
春の天皇賞、それに向けたトレーニングをしようと約束の地にて待っていたが、ゴールドシップが一向に来なかった。
電話しても出ることもなく、どうしたものかと困惑しながら学園内を探したりすること数時間。
いよいよ夕方になり、門限が近くなってきた。何か事件に巻き込まれていないか心配になり、学園の外まで探しに行こうかと考えていた時、俺の携帯が鳴った。
慌ててポケットから取り出すと、目当ての人物からの着信。
「おっす、ゴルシちゃんだぞー。元気かー?」
大丈夫か!? 思わず大声を出してしまう。周囲のトレーナーやウマ娘たちからギョッと見られ、慌ててその場を離れる。
「おぉ……思ってたよりすげー反応だな」
今どこにいるんだ? 落ち着いて聞いてみると、海だと言われた。確かに、後ろのほうから波の音が聞こえている。
最近まともにトレーニングをしてくれないと危惧していたが、まさか学園外にまで行ってしまうとは思わなかった。
ケガとか問題とか起きてないか聞くと、心配しすぎだと逆に怒られた。
「アタシを誰だと思ってんだ! まぁ、何も言わなかったのは悪かったよ」
素直に謝られて少し動揺したが、無事ならいいよと返した。
ところで何をしに海まで出かけて行ったのだろうか。
「お、そういやそうだった! トレーナー、早くこっち来いよな! あ、てめー暴れんな!」
何やら物騒なことを言いながらバタバタ動く音が聞こえてきた。
と、とりあえず海まで行こう!
いつもゴールドシップと遊びに来る海までやってきた。どこにいるんだろうか……。
砂浜を歩いて探していると、流木に座っているウマ娘を発見した。こんな暗い時に海にいるウマ娘と言えば彼女しかいない。
ゴールドシップ! 声をかけると、彼女が振り向いた。俺の顔を見て、手招きしてくる。
「おせーぞトレーナー! 活きが悪くなるじゃねーか!」
何故か怒られたがごめんごめんと言って隣に座る。
どうして急に海に来たんだ? そう聞くと、んっと何かを掴んで見せてきた。
……鯛だッ!
「いやー、最近獲物を捕まえてねーなって気づいたらここにいたんだわ。本能っつーか眠れる獅子っつーか」
いつも通り思いついてすぐ行動というパターンだったようだ。
1人で学園外というのは最近なかったから、ひどく焦った。ふぅ、と息を吐いていると、ゴールドシップが机や包丁を取り出し始める。
「うっし、じゃあ食うぞ!」
……ゴールドシップがここでさばいてくれるらしい。
そういえば、彼女がラーメンや焼きそばなどの麺類以外を作っている姿を見たことがない。魚をさばけるのだろうか?
興味もあるし、俺はやったことがないのでお願いすることにした。頼むぞ、大将。
「おう! 任せとけ! たんぽぽを乗せるバイトの力を見せてやるぜぇー!」
魚をさばくのに意味がないバイトではあるが、その手つきは慣れたもので、見たことのない道具でうろこをとったりしている。
思いのほか見ているだけで楽しく、前のめりになって見てしまう。こういう姿を見ていると、ゴールドシップは本当になんでもできるんだなと感じるところだ。
あらかたうろこを取ってからすいすいさばき、気づけば美味しそうなおつくりが出来上がっていた。
思わずおぉ! と声が出てしまう。ゴールドシップがへへっと楽しそうに笑いながら、小皿と箸を渡してくる。
「トレーナーはデスソースと酢味噌とどっち派だ?」
お醤油と言うとぶーぶー言いながら醤油を小皿に注いでくれた。そして本わさびを取り出して目の前でおろし始める。贅沢すぎる……!
食べていいようなのでわさびとタイを1切れ取って口に入れる。うん、すごく美味しい! 高級な和食店のおつくりってこんな感じなんだろうなと思える美味しさだ。
「んー、やっぱ新鮮でうめーな! ぷりぷりしてっからよ!」
おいしそうに食べるゴールドシップを見て、色々言いたい事があったがまあいいかと思ってしまった。
その後はゴールドシップからタイを取った時の話や、海の話を聞きながら食べ進めた。
1尾もあったはずなのだが、気づけば全て食べつくしていた。2人ともお腹をさすって満腹感とおいしい食事の余韻に浸る。
「ふぃー、食ったなぁー。やっぱ取れたての魚はいいな」
非常にいい時間だった。ありがとうとお礼を言うと、おう、と短く返される。
「ま、いい贈りもんだったろ?」
贈り物? 何のことだろうと思っていたが、よく考えたら今日はバレンタインデーだった。
それでこんなにも作ってくれたのかと思うと、嬉しくて口元が緩んでしまう。
でも、魚取りたいって言ってなかった? そう言うと、そうだぞ? と不思議そうな顔で返された。
「だってよ、海行ったの結構前じゃねーか。ゴルシちゃんの母なる大地はオールブルーだからな……浦島ゴルシ的な?」
どうやら魚が取りたかったのも事実のようだ。
なんというか、やっぱり規格外のウマ娘だなと思うのだった。
◆ ◆ ◆
今思うとゴールドシップらしい日だったなと感じるところがある。チョコレートを口に入れながらサインを書きこみ、資料を作り終えた。
よし、あとは彼女のサインだけだ。ついでに昼食を買ってこよう。
「天皇賞? 次の春じゃねーか」
「秋もあるんです。そのぐらいは常識ですわよ?」
「はぁ……あたしこんなやつに負けたの……」
食堂にて呆れた様子でマックイーンに教えてもらっているゴールドシップを見つけた。同じテーブルにはジョーダンもいた。
声をかけて近づくと、ジョーダンがため息を吐いて椅子の背もたれに体を預ける。
「トレーナーさん、どうなってんのこいつ。GⅠレースのこと何もわかってないんですけど」
「おめーアタシが何も知らねーと思ってんのか? アァン?」
「だってそうでしょ。2連覇だったのに宝塚記念のこと知らなかったし」
「オペラオーの記念だろ! そんぐらい知ってるからな!」
「だからそれ! わかってないから!」
いつも通りの口論を聞きながら、ゴールドシップとジョーダンに紙を1枚手渡す。
2人とも不思議そうに手に取って読み、目を合わせて首を傾げた。
「出走登録? なんでトレーナーさんがあたしに渡すの?」
ジョーダンのトレーナーが渡せない用事があるということで、代わりに渡してほしいと言われたからだ。
ゴールドシップの関係で大変お世話になっているので、もちろん! と快諾して今ここにいるというわけで。
「お! 見ろよマックイーン! 天皇賞だってよ、マックちゃんが好きなあれだろ?」
「その言い方はとても不埒ですが……え? 天皇賞の出走登録ですの?」
マックイーンが驚いて2人が持つ用紙を確認する。
どちらも同じ、秋の天皇賞への出走登録用紙だ。
「へぇ、あんたも出るんだ」
「あ? おいトレぴっぴ、ジョーダンとお揃いのやつ渡すなよな!」
「はぁ!? 出るなら同じに決まってるし!」
怒るジョーダンをどうどうと落ち着かせる。
ゴールドシップを秋の天皇賞に出走してもらいたい理由は2つあるんだよ。ゴールドシップに話すと、ふぅーんと真面目な顔になった。
1つはメジロマックイーン、彼女が目指す天皇賞を取りたいとゴールドシップが言っていたから。
もう1つは、ジョーダンが出走するからだ。天皇賞終わりにデカめのレースで勝負だと約束してたでしょ?
理由を聞いて、不機嫌そうな顔をする。チラッとジョーダンを見て、こいつ? と指さし失礼な反応。
「ちょっと! なんでそっちが引いてんの!? 約束したじゃん!」
「ゴールドシップさん、そろそろ真面目にしてあげませんと」
マックイーンにたしなめられると、オラつくんだよなーとあっけらかんと答える。
ジョーダンはゴールドシップをライバル視しているが、ゴールドシップはどうなのかわからないというのが悲しいところだ。
「今んとこマックちゃんがまだ出れねーしな。うっし、アタシが代わりに取ってやるぜ! ついでにジョーダンも倒してやるか!」
「好きに言えば? 今度はあたしが勝つから!」
バチバチと火花を散らす2人を見て、ゴールドシップもいい感じに交友関係ができてるなーと嬉しく思うのであった。
忘れていたバレンタインデーでした。チョコ代わりに真鯛の刺身ごちそうしてくれるってどういう反応が正解なんでしょうね。
そんなに上手だという描写はないですが、物凄い自然な感じで料理をしてるのでゴールドシップはちゃんと料理できる娘だと思ってます。にんじんで飾り切りマスターするぐらいですからね。
次のレースは秋の天皇賞。そしてラストレースはいつもの年末……どちらもIFのレースにはなりますがよろしくお願いします。