秋天に向けたトレーニング前にやってきたのはトレセン学園名物、秋のトゥインクルシリーズファン大感謝祭だ。普通の学校で言うところの学園祭。
ウマ娘たちが様々な催しものをやっており、通常の屋台から男装カフェ、大食い選手権からライブなど様々だ。
去年はゴールドシップと一緒に楽しんで回っていたが、今年は彼女が主催のイベントがあるようだ。
……とにかく不安だ!
「おい、ゴールドシップのトレーナー」
パンフレットを見て不安に駆られていると、声をかけられた。
振り返るとそこにいたのはナリタブライアンだ。生徒会室にはよく行くので顔なじみとなっている。
「ゴールドシップを見なかったか? イベント前の打ち合わせで姿が見えない」
事前準備をすっぽかしているようだ。
とはいえ、俺も今日は朝から彼女と会っていない。普段ならこういうイベントの時はズタ袋を持って突撃してくるものだが。
わからないと答えると、そうか、と短く答えて腕を組んだ。
「見つけたらイベント会場にこいと伝え――」
「ゴールゴルゴル! 捕まえたぜぇーー!」
「わああぁーーっ!? 暗いよ狭いよ怖いよー!」
……叫び声が聞こえた方に目を向けると、ズタ袋をウマ娘にかぶせて誘拐しようとするゴールドシップの姿が。
額に青筋をビキッとつくったブライアンと目を合わせ、彼女のほうへと駆け出した。
「ゴールドシップ! 毎度毎度なにをしている!」
「やべっ、もう来たのかよ……って、トレーナーもいるじゃねーか」
ウマ娘を担ぎながら逃げようとするゴールドシップが俺の顔を見て不思議そうな顔をしていた。
イベントの打ち合わせあるらしいぞー! 大きな声で伝えるとハッと何かに気づき、走り出した。
「待てっ! トレーナーもどうにかしろ!」
「バクシンバクシーン!」
「おい! 誰だバクシンオーを解放したヤツは! 長距離レースイベントに強制参加させたはずだろう!」
どうやら問題児たちが様々なところで野放しにされているようだった。遠くからはターボの声やバンブーメモリーの叫びも聞こえてくる。
……バンブーメモリーは風紀委員長じゃなかったか?
怒りながら走っていくブライアンを見て、とりあえずゴールドシップをイベント会場に連れて行こう、そう思った。
あの後連絡してイベント会場へ向かうと、ゴールドシップが打ち合わせをしていた。
そのまま普通に打ち合わせを終えてイベントが始まった。あまりにも順調に進むため非常に不安だ……。
「さあ始まりました、ゴールドシップさん主催のイベント! 第564回! チキチキ箱の中身はなんだろなー!」
司会進行のサクラバクシンオーが大声で宣言し、観客たちは大きな拍手をもってゴールドシップを出迎えた。
バラエティ番組でよく見る、箱の中に手を突っ込んで何かを当てるゲームをやるということらしい。
「ゴールドシップさん! 意気込みはいかがでしょうか!」
「ゴルシちゃんに不可能はねーからな! 見とけよ、将棋王!」
謎の意気込みと共にガッツポーズをするゴールドシップに、がんばれー、いつもの調子だぞー、本物だ……と様々な声が上がる。
運営スタッフがゴールドシップの前に箱を用意し、かかっている布を取った。
中に入っているのはにんじんだ。まずはこういうクイズだよという紹介なのだろう。
「では1問目です! 手をお入れください!」
「しゃあー! いくぜいくぜー!」
箱の両脇に開いている穴にズボッと手を入れ、にんじんをわし掴みにする。うぅん……そういうのを楽しむクイズじゃないと思うんだけどな。恐る恐る触ってびっくりするのが面白いものじゃなかったか、コレ。
「にんじんだな」
「おおっと、正解です! バクシン的なスピードで答えましたね!」
さらっと正解する。こういうクイズや雑学などにはとんでもなく強い。
変なものを入れてあっても間違えることは無いだろう。
「続いて第2問! こちらです!」
新たな箱を置かれて布が取られると、中に入っているのは木魚だった。
随分と変なチョイスだなと思っていると、ゴールドシップが先ほど同様に勢いよく手を突っ込んだ。
「ん? こいつは……」
木魚に触れて形を確認したと思ったら、箱の底においてポンポン叩いて音を聞いていた。
「木魚じゃねーか! アタシのパッションを叩きこんでやるぜ!」
「ちょわっ! 正解ですがなんとも激しい木魚のリズム! バクシン的です!」
箱の中の木魚を太鼓のように叩いて音を奏で始めるカオスな状況。ゴールドシップのファンは慣れているからか楽しんでいるが、他の人たちは困惑している。
しばらくして気が済んだのか箱から手をどけて額の汗を拭く。
「やりきったぜ……木魚バンドGO☆RU☆SHIの復活も秒読みだな……」
「貴重なライブでしたね! ありがとうございます! さあ、続いて3問目です!」
まるで漫才かのような勢いでどんどん話が進んでいく。
果たして無事終えることができるのだろうか……?
「ここまで全問正解! これで最後ですよー!」
特にハプニングもなく最終問題へと進んだ。5問目にゴールドシップが皐月賞で走った蹄鉄が入っていて、正解した後近くの子供にプレゼントするなど思わず感動してしまう交流があったりしたが、これで最後だ。
「最終問題はこちらです!」
「おれぇい! ……あん?」
何故か最終問題は布が被せられたままだった。ゴールドシップが手を突っ込むと、不思議そうな顔をし始めた。
しばらく触っていても分からないのか首を傾げている。ぶぶ、とかぷぁーという変な音が聞こえているが……。そこそこ時間が経ったところで、バクシンオーからストップの合図がかかった。
ゴールドシップがわからないものってなんだ……?
「では答えをどうぞ!」
「ウマ娘だろ! でも誰かはわかんねーな」
「なんと! ウマ娘ですか!」
ウマ娘……!? 観客たちがざわつき始めた。
運営スタッフのウマ娘が布を掴むと、バクシンオーが高らかと宣言する。
「正解は、こちらです!」
バサッと布が取られると、中にいたのはテイオーだった。
……とても不満そうな顔をしている!
「はい! 答えはウマ娘でした! 全問正解です!」
「あん? 誰だ?」
ゴールドシップが箱の上からぐいっと覗き込むと、テイオーとバッチリ目が合った。
「テイオーか! 何してんだおまえ?」
「キミが連れてきたんでしょー! ていっ!」
ズタ袋で誘拐されたのはテイオーだったようだ。
怒りのままゴールドシップにチョキで目つぶしをするテイオー。直撃して叫びながら目を抑えて転げまわった。
「ニシシ!」
楽しそうに笑うテイオーを背景に、イベントは終了したのだった。
……このイベントは成功したといっていいのだろうか? 俺は訝しんだ。
◆ ◆ ◆
イベントを終えた次の日。俺はトレーナー室で腕を組みながらホワイトボードを睨みつけていた。
天皇賞。秋に行われるレースは、芝2,000mの中距離レースだ。
東京レース場で行われるこのレースでは、上り最速のウマ娘が活躍すると言われており、切れ味のある脚をもった娘が有利だ。
ゴールドシップがレース場を唯一経験したのは日本ダービー。5着に終わり俺がしこたまヤケ酒した時だ。
おそらくゴールドシップが苦手とするレース展開になりやすいし、得意な上り坂もゴールから300m手前で終わってしまう。
300mも平坦な直線があると考えると、瞬発力に欠ける上、追込での戦いを得意とする彼女ではかなり厳しいと言わざるを得ない。
だが、それをどうにかできるように考えるのがトレーナーの仕事だ。
今回のレースはいつも以上に作戦が重要になってくるはず。今まではゴールドシップ自身のフィジカルに頼ってきたが、それだけでは勝てない可能性が大きいのだから。
中々思いつかず、案はないかとちょっと聞いてはみたが。
「トレーナーに任せるぜ。アタシはアツいレースができりゃあいいからよ!」
特に案は無かった。
だが、ほんのちょっぴりだけヒントをもらえた。
ゴールドシップはアツいレースがしたいと言っていた。通常のレース展開であれば、切れ味鋭い末脚を持ったウマ娘たちが上位争いをする。そこに彼女が参加できるかは未知数だ。
どうすればそのアツい争いに確定で参加できるようになるのか。それを考えればいい。
宝塚記念のような先行策? それともいつも通り追込からのロングスパート?
筋道はあるが中々ガチっと決まった作戦が作れない。ホワイトボードの図を睨みつけながら首を傾げる。
うぅん、と唸っていると、後ろからガシャガシャと何かが崩れる音がした。
「うーん、高くなんねーなぁ」
1人ジェンガをやっていかに高く積めるか挑戦しているゴールドシップがジェンガを崩した音だった。
何故かテーブルの上ではなく剣山の上で遊んでいるし、イスではなくバランスボールに乗っている。バランスボールは俺が指示したからいいが、何故剣山を……。
「トゲで安定すっかと思ったらそんなことなくてよー。差すにもパワーがいるっつーかさ」
うんうん言いながら組み立てていく姿を見て、頭の中で何かが弾けた。
慌ててパソコンの前に座り、東京レース場についての資料を漁る。トレセン学園にだけ流れてくる芝やバ場の情報が出てくる中、必要な部分だけピックアップしてメモしていく。
これだ! 欲しかったものを見つけ、すぐに印刷。ホワイトボードに張り付けて改めてレース場の図とあわせて作戦を考える。
……うん、いけるな。勝てるかどうかはゴールドシップを信じるが、まず勝負に参加できないということは無いだろう。
「お、喉に刺さった小骨が取れたみてーな顔してるじゃねーか」
ゴールドシップがバランスボールに乗ったままボヨンボヨンと跳ねてこちらに近づいてきた。
図に参加者と彼女の名前がついたマグネットを張り付けて、レース展開を説明する。
だが、話を聞くと不満そうな顔をし始めた。
「作戦かそれ? なんかいつもより地味じゃねーか」
ぶーぶー言い始めるゴールドシップに、追加で指示を出す。
ここからスパートしよう。そう言ってマグネットをポンと置くと、不満げな顔から一転。ニィっと歯を見せて笑い始めた。
「へへ、なるほどな。あいつらビックリすんだろうな! おどろきももの木くりの木8年だぜ!」
どうやらお気に召したようだ。
秋の天皇賞……苦手なタイプのレース場でどれだけ力を出せるのか、楽しみだ。
秋天はゴールドシップにとって完全に不利なレース場です。速い時計が出やすいということは、スピード勝負になりやすいということ。最高速度が速いわけではないゴールドシップには府中は中々むつかしいのです。
むつかしいだけで勝てないと言っていませんが!
大感謝祭のアレはぱかチューブをご参照くださいまし。