スポーツでも試合前の休養は必要ですが、試合への緊張や不安から休めない人も多いらしいですね。よく聞くオーバーワークというやつです。
まあ、ゴールドシップには関係ないかもしれませんけど!
作戦が思いつかない。
トレーナー室で突っ伏しながらうぅ……とうめき声をあげる。
きっと頭からプスプスと煙も出ているだろう。
次の決勝は中山レース場、芝2,000m。皐月賞と同じ内容なわけだが。
食堂での一件からずぅーっと勝つための作戦を考え続けているが、いい案が浮かばないのだ。
というのも、マルゼンとルドルフの直近のレース、つまりURAファイナルズ予選・準決勝を見たら、今までの作戦ではどうやっても勝てそうにない。
レース当日まで天気は快晴だから内から進出はダメ、スタミナ勝負を仕掛けてもマルゼンはそのまま逃げ切る技術を持っているからダメ、プレッシャーをかけるのもルドルフには一切通用しないからダメ。
流石は三冠ウマ娘とそれに並ぶスーパーカーだ。
しかしどうしたものか……。チラッと出走予定表を確認する。
・1枠1番 ゴールドシップ
・2枠3番 ハッピーミーク
・4枠7番 マルゼンスキー
・4枠8番 ビワハヤヒデ
・7枠13番 シンボリルドルフ
・7枠14番 ナリタブライアン
・8枠18番 ヒシアマゾン
俺がマーカーで印をつけているウマ娘たちだ。
ハッピーミークは注目のウマ娘として上げられてはいなかった。多分、GⅡ以下の重賞をメインで出走してGⅠレースに出なかったからだろう。
だからといって軽視していいウマ娘ではない。というか、そもそも決勝まで残っている娘たちはみんな強い。警戒しなくていい娘なんていないのだ。
ただ、マークしている娘たちはその中でも抜きん出ている。もちろん、ゴールドシップもだ。
逃げ、先行、差し、追込。全ての脚質で特筆すべきウマ娘が走る。
これを勝ち抜くためにはどうすれば……ぐぬぬ。
「よう、トレーナー! 飯食いに……ってなんだ、崩れた湯豆腐みてーになってんな」
後ろを振り向くと、相変わらずのキックで扉を破壊したゴールドシップがいた。
俺のとろけている様子を見て不思議そうにしながら扉を直し始める。
「スターティングゲートもこんぐれー簡単に開くならおもしれーんだけどなー」
何やら不穏なことを言いながら直し終わると、ご飯を食べに行こうと誘われた。
ここにいても思いつかないし、気分転換しに行こう。
ゴールドシップも今日の授業は午前で終わるみたいだし、遠出しておいしいラーメン屋にでも行こうと提案する。
「おぉ! いいじゃねーか! この前見つけた煮干しのとこ行こうぜ!」
ウキウキで先に出ていくゴールドシップの背中を見て、真面目に考えすぎなのかもしれないなと思い始める。
よし、今日は完全オフにして楽しむか! そう考えて財布の中身を確認するのだった。
◆ ◆ ◆
「いやー、美味かったな。ごっそーさん」
2人でラーメンを食べ終え、店を出る。
煮干しラーメン、初めて食べたがとても美味しかった。また来よう。
食事をして満足したので、次はどこに行こうか悩む。
携帯でどこか行ける場所はないかと探していると、ゴールドシップが不思議そうに見てきた。
「何してんだ? 帰らねーのか?」
どこか遊びに行こうと思って。そう話すと少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔になってドンとぶつかってきた。
「んだよ、それならさっさと言えよー! どこ行くんだ? 深海か!? それともチョモランマか!?」
高低差で耳がおかしくなりそうだ。
とりあえず近くでやっている水族館に行くことにした。
車に乗ると、テンションがすごい勢いで上がっているゴールドシップが早く行こうぜ! と前を指さす。
「クリオネはぜってー見るからな! あとベルーガ!」
楽しそうにはしゃぐ彼女を見て、はいはいと返事をしながらエンジンをかけた。
「この輪っか、どうやりゃー出せんだろうな」
ベルーガが口から出すバブルリングを見て、ゴールドシップは口をむにむに動かす。
水族館に入って真っ先にベルーガのところまで来たから、他の生き物を全然見ていない。
ガラスに頭のメロンを押し付けてじぃっと見てくるベルーガをゴールドシップも見つめ返すことしばらく。
ベルーガの方が飽きたようで、バブルリングをぷぷっと出して泳いでいった。あのベルーガも相当粘り強かったな……。
「うーん、どうだ? ふっ、ぶふぅ」
「ママー、ウマ娘のお姉ちゃんなにしてるのー?」
「ゴールドシップだから気にしなくていいのよ」
子供から不思議がられているゴールドシップを引っ張っていく。
一般人からその奇行が知られているというのは、なんとも言えないところだ。
続いてクリオネのところまで連れていくと、またガラスの前にかじりついた。
その隣で男の子もビタっとくっついて見ている。その子のお母さんと互いに苦笑いして頭を下げ合う。
「知ってっか? クリオネって巻貝なんだぜ」
「そーなの!? でもかたいやつついてないじゃん!」
「デカくなると捨てちまうんだよ。大人になるっつーのはそういうことだ」
しみじみと話すゴールドシップをキラキラした目で男の子は見ている。
多分クリオネのことは本当だ。でもその後の話には騙されないでほしい、絶対適当に言ってるだけだから。
「しかもこいつ頭ぱかって割れるんだぜ!」
「マジでぇー!? すげーじゃんクリオネ!」
「すげーだろ? 海はすげーやつばっかだからな!」
「かっけー! じゃあこっちはなんなの!?」
「ウミウシだな! こいつも巻貝で……」
男の子が楽しそうに聞くと、ゴールドシップが豆知識と共に全部教えてくれるというツアーが始まった。
すみませんと謝るお母さんに、こちらこそとまた頭を下げ合う。
レース前のいい息抜きになるし、こういった交流を見ると俺も心温まる。
貝類からイカやタコ、魚を見ていく。続いてまたベルーガのところで2人とも口をむにむにしてぷーぷー息を出す。
サメやらシャチやら大きな魚も見てきたが、一番盛り上がっていたのは船の模型があるところだった。
実際に乗って触れる船を展示していて、大層気に入ったのか男の子が船長になってゴールドシップに指示し始めた。
「船長ォ! 目の前に岩がありますぜ! 面舵一杯だ!」
「うおぉーー! おもかじいっぱーーーい!」
楽しそうに舵輪を回す男の子とノリで揺れているゴールドシップ。
周りの人たちが写真を撮り始めるぐらい大盛り上がりしていた。本当に楽しそうだから、俺も思わず写真を撮ってしまった。
しばらく遊んでから先に進むと出口だった。大分見て回っていた気がする。
水族館の出入り口で親子に手を振って別れた。男の子の頭の上には、お土産屋さんでゴールドシップが買ってあげた水夫の帽子。
いい思い出になるといいな、と思いながらその場を後にした。
「そうだ。トレーナー、行きたいとこあるんだよ。行こーぜ!」
◆ ◆ ◆
水族館であれだけ楽しんだが、その後ゴールドシップの案内で海に来た。
流木に腰かけて、夕日が沈むのを2人で眺めている。
……ここ、最初にゴールドシップに誘拐された海だ。
「ふいー、やっぱ馴染むなー、ここ」
隣に座るゴールドシップは、穏やかな顔で微笑んでいる。
俺も少しだけあった移動の疲れが取れていくのを感じていた。こうやって海で夕日を眺めているのも、最初に会った時以来かもしれない。
「はぁー……」
最初に出会った時を思い出す。あの時は本当に驚いたし、滅茶苦茶な娘だと思った。
しかも、次の日にはトレーナーとしてよろしくという話になっていたし。
今考えてもスゴいことをしているな、と思う。レースに出たいからと言ってトレーナーを誘拐するやつがいるかという話だ。
ただ、そのレースで完全にファンになったわけだが。
その後も、今の今までずぅーっと波瀾万丈だ。
真面目にトレーニングしてくれないし、すぐに飽きるし、極めつけには遊びに連れていかれてしまう。
なんてやつだと毎日思っていた。ベテラントレーナーが匙を投げるわけだと呆れた。
どうしたらいいんだと悩んだこともあったけど、今となってはいい思い出だ。真面目に取り組めるトレーニングを考えられるぐらい、ゴールドシップに育ててもらった。
未だに先輩たちから大丈夫なのかとか色々心配されることもあるが、彼女と走るこのトゥインクルシリーズが楽しいから、俺はゴールドシップと一緒にいる。
俺は、彼女のトレーナーでよかったと強く思う。今もこれからもそうだろう。
――なあ、ゴールドシップ。
「ん? どうした?」
――俺、勝ちたいよ。URAファイナルズ。
「……ふぅん」
――勝ってさ、俺のウマ娘が一番強いんだって。みんなに見せてやりたいんだ。だからさ……。
ゴールドシップのほうを見ると、彼女もこちらを見ていた。
じっと見つめてくる彼女の目を見て、俺は口を開いた。
――楽しく走ってきてくれよ。
そう言うと、ゴールドシップはぽかんと口を開けた。
何かおかしなことをいっただろうかと思っていると、ゴールドシップの口角がゆっくり上がっていく。
「ふへっ」
ふへ?
「はははははは! なんだよそれ! 変な奴だな、オメー!」
ものすごい勢いで笑い飛ばされた! せっかく恥ずかしいけどお願いしたのに!
顔を真っ赤にしていると、ゴールドシップが肩をバシバシ叩いてきた。かなり強くて痛い!
「はっはっはぁー……うっし! とってきてやるよ、トロフィー!」
笑顔でそう宣言するゴールドシップ。
ふぅ、とため息を吐いて期待しているよと話すと、満足そうに頷いた。
URAファイナルズ決勝。ゴールドシップを信じるぞ!
悩むトレーナーと一緒に遊ぶゴールドシップでした。
これで息抜きと覚悟を決めたトレーナーくんの作戦やいかに!
――次回、URAファイナルズ決勝