2本立てです、ハイ。
URAファイナルズ決勝。
中山レース場。芝2,000m、右回り。
クラシックの三冠路線の一冠目、皐月賞と同じレースとなる。
ゴールドシップのいる控室。
初めての緊張感が出ている雰囲気の中、俺たちは真剣な顔で向かい合って座っていた。
間を挟むテーブルの上にあるものは、コースの図面……ではなく、将棋だ。
「王手」
……参りました。
頭を下げると、ゴールドシップも静かに頭を下げた。
「何をしていますの……?」
「相変わらずだねぇ」
「あん? マックちゃんとテイオーじゃねーか」
独特の空気感の中入ってきたのはマックイーンとテイオーだ。
俺たちが真剣に将棋をやっているのを見てすごく呆れている様子。
「こんな大レースを前にして、こんなにもゆるゆるなのキミたちだけだと思うよ。カイチョーはスッゴイ集中してたよー?」
「あぁん? ゆるくねーだろ! 見ろ! この相振り飛車を!」
「わけがわかりませんわ!」
まあまあ無茶苦茶な対戦になったということだ。
マックイーンを落ち着かせると、ふぅとため息を吐かれてじっとりした目で見られる。
「大丈夫なのでしょうね、今日のレース」
「おう、任せとけ! すげーレースにしてやっからよ!」
グッとガッツポーズをとるゴールドシップだが、今一信用できないらしく、マックイーンとテイオーは俺をチラッと見てくる。
作戦も練ってきたから大丈夫だよと話すと、さらに視線がきつくなった。何故だ!
「ま、楽しみにしてよっかな。頑張ってよね! もちろん、カイチョーが勝つと思うけど!」
「勝利を期待していますわ」
応援してくれる2人と一緒に、俺も控室を出る。
扉を閉める前に、互いに視線を交わす。ニッと笑い合い、その場を後にした。
『さあ、ついにやってまいりましたURAファイナルズ決勝、中距離部門です! 今年度最強のウマ娘たちが集結しています!』
既に大歓声に包まれる中、いつものゴール板前でマックイーン、テイオーと共に応援の体勢。
立っているだけなのに揺れているかのような大きさの歓声に、今更緊張してしまう。
「トレーナーさん……大丈夫ですか?」
マックイーンが背中を擦ってくれる。こんな緊張は初めてだ。
なんというか……きっと勝ちたいという気持ちが強いからこうなったのかもしれない。
このレース
顔を思いきり叩き、気合を入れる。レース前から俺がビビってたら、意味がないからな。
ありがとうと言うと、ええ、と笑顔で返された。
『本日走るウマ娘たちが入ってきました! 紹介していきましょう!』
『3番人気はこのウマ娘、ナリタブライアン! トゥインクル・シリーズからの挑戦者です!』
『トゥインクル・シリーズのウマ娘でここにいるのは、ナリタブライアン、ヒシアマゾン、ビワハヤヒデ、ゴールドシップ、ハッピーミークと5人もいます。期待のウマ娘たちですね』
続々と入場してくるウマ娘たち、闘志は見てきた中で一番だ。
紹介されたナリタブライアンは3番人気だが、これで3番人気なのかという仕上がりだ。トゥインクル・シリーズでいていいレベルのウマ娘じゃないと思えるぐらい、体が出来上がっている。
パッと見ただけでもトモの張りが尋常ではない。常に坂路を走り続けてきたブルボンと同じレベルだ。どんなトレーニングをしてきたんだ……。
『ドリームトロフィー・リーグでの優勝常連のマルゼンスキー、2番人気です』
『圧倒的なポテンシャルで他ウマ娘たちをねじ伏せてきた真紅のスーパーカーですね。私のイチオシウマ娘です!』
マルゼンスキーは2番人気。とにかく基礎能力値が他のウマ娘と違いすぎるから、比較することが難しい。
とにかく走るのが楽しいからひたすらに走って勝っている。そんなウマ娘だ。
逃げなのに後半になって加速するそのフィジカルはとんでもないもの。流石はドリームトロフィー・リーグでの強者といったところだ。
『栄えある1番人気はやはりこのウマ娘。三冠ウマ娘、シンボリルドルフです!』
『ただただ強い、そんなウマ娘です。皇帝という名は伊達ではありません。現在のドリームトロフィー・リーグでは直近3年で最多優勝を成し遂げています』
最強と名高いシンボリルドルフ。誰もがこのウマ娘が勝つと思っている、そのぐらい強いウマ娘だ。
マルゼンスキーはポテンシャルの怪物だが、シンボリルドルフは全ての能力が高水準でかつ技術も天才的という凄まじい能力だ。
ただただ強いというのはよく言ったもので、本当に、単純に強いのだ。脚が速くてレースが上手い。それに尽きる。
『4番人気はビワハヤヒデです。前走の準決勝よりも仕上がっていますね!』
『休息もしっかりできたようで、調子もよさそうです』
ビワハヤヒデは4番人気。予選はターボの奮闘で接戦だったが、準決勝では3バ身以上つけて勝利するなど、やはりとんでもない強さだ。
とにかく先行してから抜け出し、そのまま一気にゴールまで突っ込んでいくという王道の走り。
強いレースしかしないため、彼女のレースでの安定感は素晴らしいものがある。
『5番人気はヒシアマゾン。この評価は少し不満そうです』
『ナリタブライアンと死闘を繰り広げているウマ娘です。その直線での追込は筆舌に尽くしがたいですね』
ヒシアマゾンはブライアンと互角に戦いあっている凄まじいウマ娘だ。
その追込一気の末脚はゴールドシップでは比べられないぐらいの爆発的なものがある。
今回はルドルフやマルゼンもいるから人気は低めだが、その実力は折り紙付きだ。
『6番人気、ゴールドシップです』
『距離的に短いという理由で人気が低めになっているようですね。一発に期待と言ったところでしょうか』
ゴールドシップは6番人気だ。皐月賞や天皇賞で勝ってはいるが、長距離向けのウマ娘だと思われているからだろう。
いつも通りダンスをして盛り上げている。頼んだぞ、ゴールドシップ。
『ハッピーミーク、7番人気です』
『どの距離でもバ場でも常に一定以上の力を見せるウマ娘です。今回のレースでも力を見せてくれるでしょう』
ハッピーミークも人気薄だ。これはGⅠ未勝利だからだろう。
しかし、他のドリームトロフィー・リーグウマ娘たちをしのいで7番人気なのは、ひとえに桐生院トレーナーとミークがどの距離でも走れることを証明してきたからだ。
テンよし・中よし・終いよしとはよく言ったもので、全てにおいてそつなく上手に走れるいいウマ娘なのだ。
ウマ娘たちの紹介が終わると、ゲートへと集まっていく。
各々が準備運動をしながら調子を整え、スターティングゲート内に入る。
最強のウマ娘を決めるレースがついに始まる……。
『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』
――ガタン!
『スタートしました! ゴールドシップが出遅れたか!』
「あっ、もう!」
ゴールドシップが出遅れ、他のウマ娘たちは好スタートを切った。
マックイーンはつい声を漏らし、手すりをぎゅっと掴む。
ポジション争いが始まる中、ゴールドシップは最後方。追込を得意とするヒシアマゾンの後ろを走って行く。
正直遅れようが遅れまいが、今回は後ろからのスタートと決めていたので変わらない。そう話すと、マックイーンとテイオーは驚いていた。
「えっ、後ろからなの!?」
「先行の走りにしたのではないのですか!?」
どうやら宝塚や予選などの走りで、先行で走るイメージがついていたようだ。
これは……作戦的には追い風か? 警戒されずに走れるかもしれない。
直線を走り抜け出していくのは、やはりマルゼンスキーだ。
他のウマ娘たちを尻目にグッと加速し、先頭に出ていく。
『先頭を走るのはマルゼンスキー! やはりこのウマ娘が先頭を駆けていきます!』
『続いてナリタブライアンとビワハヤヒデ! 少し離れてシンボリルドルフ!』
『中団にはハッピーミークです! 今日は差しでのレース展開になりました』
『最後方にはヒシアマゾン。その後ろにはゴールドシップです』
中山レース場ではスタート直後に上り坂、それを上り切ると下り坂となる。
ここでスタミナをすぐに消費してしまうため、タフなウマ娘が有利とされているが、今走るウマ娘たちは全員タフだ。
第1コーナーにまで渡る上り坂を駆け上がっていく。ゴールドシップはいつも通り余裕そうな表情、それでいてすでに目がギラギラしている。とても楽しんでいるようだ。
『第1コーナーに差し掛かります。先頭で引っ張るのはマルゼンスキー。バ群は15バ身以内に収まっています』
『レベルの高いレースです。遅れるようなウマ娘はいませんね』
ゴールドシップがチラッとこちらを見たが、すぐにコーナーへ入っていく。
相変わらずコーナリングが上手い。体は大きいのに丁寧に回っていくから、スピードを出しても膨れないしロスも出ない。
もちろん他のウマ娘たちも同じように技術力があるわけだが。
「ゴールドシップ、この距離で追込……大丈夫なのかな」
「ええ、中山の直線は300mもありません。それに、このコースは先行有利です。ルドルフ会長が先行にいるこのレース、かなり厳しい展開になりますわ」
テイオーたちの言う通り、2,000mの追込みは中々厳しい。自分も脚を溜めていけるが、それはみんな同じ事。
それに、直線が短い分、先行でいい脚を長く使いながら進めるウマ娘が有利なコース。
末脚はそこまで切れない、先行でもない。確かに、ゴールドシップには不利に思えるだろう。
だけど、その程度の不利、ゴールドシップには関係ない。彼女の走りは、そんな常識の中にあったことは無いのだから。
『第1コーナー終わりまして坂を下っていきます。依然として順位は変わらず。そのまま向こう正面へと入っていきます』
『ここからは長くいい脚が求められてきます。最後の直線まで脚を溜めながら進出していきたいですね』
向こう正面に入り、坂を下り終わって残り1,000m。
マルゼンスキーが3バ身離して先頭で走り、それに続く状態。しかし、ゆっくりとだがハヤヒデとブライアンが距離を詰めている。
ルドルフはそれに追従せずペースを保っている。冷静だ。コーナー前まで脚を溜めるつもりなのだろう。
みんな少しずつ動き出している。であれば、ゴールドシップも動き出すところだろう。
バ群後方を見ていると、ゴールドシップがグッと加速して中団のウマ娘たちを抜かし始めた。いつものロングスパートだ!
大きなストライドで加速していき、先頭集団に迫っていく。
『ゴールドシップが上がってきた! ゴールドシップ、ロングスパートをかけ始めました!』
「ゴールドシップさん! やはりロングスパートですわ!」
「ゴルシの十八番だね! でも、カイチョーは冷静だ。ペースアップに合わせずに自分のタイミングを信じてる」
グングン追い抜いていき、コーナー前で既にルドルフの1バ身後ろにつけた。
しかし、ゴールドシップを見てもペースは変わらない。チラッと確認する程度だ。
『さあ第3コーナーに入ります! 先頭のマルゼンスキーとの距離は2バ身差まで詰めてきました! ここから誰が仕掛けていくのか!』
「ミーク! いってーーっ!」
桐生院トレーナーの声が聞こえてきたその瞬間、ハッピーミークが中団から一気に上がってきた!
コーナーを膨らみもせず丁寧に回り、先頭集団へと迫る。
ゴールドシップも同じように加速し続け、ついにルドルフの横につけた。プレッシャーはかかっているようで、先頭集団は少し走りにくそうにしている。
ルドルフも冷静だが、動揺に少し顔が強張っている様子。大してゴールドシップは楽しそうだ。目の輝きが違う。
『第4コーナーに入っていきます! 最終コーナーの途中から下り坂です!』
『直線が短いので、この坂から勝負を決めにかかるでしょうね』
第4コーナーに入る。先頭のマルゼンとハヤヒデたちの差は1バ身にまで迫っている。ルドルフとゴールドシップはその2人から1バ身半、ミークがそのすぐ後ろ。ヒシアマゾンはまだ息を潜めている。
そして、コーナー途中の下り坂。ここで一気に状況が動いた。
『ビワハヤヒデが下りで一気に加速! マルゼンスキーを猛追だ!』
『マルゼンスキーも坂で加速しています! 彼女はここからも強いですよ!』
ブライアンを抜いたハヤヒデが、マルゼンを抜かそうと加速していくが、マルゼンも同様にスピードを上げる。
そう、マルゼンスキーはこれがある。ギアを変えてさらに速くなるのだ。
しかし、ハヤヒデは予想通りというようにぐんぐん差を詰めていく。勝利の方程式を導き出したと言わんばかりの勢いだ。
『さあ最終直線に入ります! 後ろの娘たちは間に合うか!?』
『全員一気に上がっていきます! どの娘が前に出るのでしょう!』
そして、その後ろ。ルドルフたち3人にも動きがあった。
ルドルフが最終直線に入る手前、思いきりターフを踏みしめた。外から一気に抜け出すつもりなのだ。
隣を走っていたゴールドシップも同様に下りでスピードを上げようと強く踏んだのをチラッと見ると、ルドルフは体を軽く外に出してブロックしてきた。
「ゴールドシップさん!」
「カイチョーがブロックした!」
巧妙、それでいて自分は失速しないで曲がれるような、凄まじい技術のブロック。
ゴールドシップは減速しなかったものの、大外に出されてしまう。大きなロスだ。
『シンボリルドルフが一気に加速! ゴールドシップがその余波で外にはじき出されました!』
『距離的に大きなロスです! これは大丈夫なのでしょうか!』
『すぐ後ろにいたハッピーミークが上がっていきます! ヒシアマゾンもここで脚を爆発させた!』
「カイチョー! いけーっ!」
「ゴールドシップさん……!」
大歓声が沸き起こる中、俺はグッと拳を握り締めた。
……ここまでは、作戦通りだ。
信じているぞ、ゴールドシップ……!
次回。URAファイナルズ、決着。