――その日、アタシはつまんねーやつを見た。
学園の模擬レース。いつも通りルービックキューブを薬指だけで動かす縛りで遊んでいたら、そいつはいた。
新品のシャツを着て、いかにも新人って感じなのに、何かに納得したみてーに頷いてたんだ。
不意に目が合ったけど、別になんとも思ってねー目だった。アタシも興味なかったしな、そん時は。
レースを走った後、他のトレーナーみたいに誘いにくんだろーなと思ってたら、諦めた顔で別のやつに声をかけてた。
そう、あいつ、アタシのことを諦めたんだ。
ありえねーだろ! このスーパーウルトラサンボマンボゴルシちゃんのこと諦めるなんてよ!
声をかけたやつに断られてそそくさと帰る姿を見て、つまんねーやつだなと改めて思った。
――だからだ。
あいつにおもしれーことしてやろうと思ったのは。
次の日見つけて、海に連れてってやったらよ。思ったよりノリが良かったんだ。
宝探しだって真面目にやってたし、アタシがやってることにジャマだってしてこねー。
ヤシの実だって飲んでたしな! 思ったよりやるじゃねーかと思った。
だったらもっとやってもいいだろ!
そう思って次の日、メイクデビューに連れて行ってみた。
そしたら、本当にトレーナーとして登録しやがった。全然知らねーウマ娘のトレーナーになるとか、ヒマなんだなこいつ……。
ま、レースに出れるなら別にいいだろ! この時はそう思ってた。
メイクデビューしてからは、案の定色々トレーニングをやらせてきた。
そりゃあ、レースを楽しむにゃあ勝てるようになっとかねーといけないのはわかるけどよ。
同じことばっかやんのはつまんねーし飽きちまう。
ただ、飽きたって言ったら怒らねーで別のトレーニング考え出したのはちっと見直したけどな。
今までのトレーナーは散々アタシに講釈垂れてきたからラリアットかましてやったけど。こいつはまあまあイケるじゃねーか!
そう思ってたら結局同じようなトレーニングばっかりだった。飽きて適当にやってたらエアグルーヴにすげー怒られたけど、それ以上にあいつがへこんでた。
どうやればアタシにトレーニングさせられんのか。んなもんおもしろきゃいくらでもやってやるのによ!
あんまりにもへこんでっから、マックちゃん連れてミヤマクワガタ捕まえにゴルゴル山まで連れてきてやった。
アタシがはちみつを木に塗りたくってる間に、マックイーンがあいつに説教していた。中々おもしれー感じだったな!
山の上で夕焼けを見る時には、いい顔するようになった。ゴルシちゃんのおかげだな!
その後はあいつ、すげー話しかけてきたんだよな。マックちゃんに言われたからかもしれねーけど、いい度胸じゃねーか!
しかもレースに全然関係ねーことばっか聞いてくるから、思わず笑っちまった。なんだよ好きな食べ物って! パッタイの麺抜きって答えてやった。
なんつーか、アタシのために頑張ろうとしてんのがわかったからよ。ちっとはトレーニングしてやっかと思ったんだよな。
もちろん飽きたらあいつを連れて地球横断しまくってやったけどな!
そんなことしてたら、なんかのレースに出ることになってた。ホープフルステークスだな。
勝負服着る時覗くなっつったのに覗かねーとかあいつ芸人失格だぜ! まあ覗いてきたら目ん玉にところてん流し込むつもりだったけどよ。
こんときの作戦が好きなように走れ、だったっけ。正直作戦も何もねーよな!
でも、こんぐれー自由なのもおもしれーからな!
当然ぶっちぎって勝ってやった。嬉しそうに手を振るあいつにドロップキックしてやったら吹っ飛んでいった。すげーおもしれー!
その次に皐月賞か。いや、卯月賞だったか? どーでもいいか!
あのレースん時言われた作戦。とんでもねーこと考えると思ったぜ。
『最後のコーナーから誰も走らないぐちゃぐちゃの内側から突っこむ』なんてよ!
あいつはアタシならできるって思ってたみてーだけど、できるからってやらねーと思うけどな。
ま、作戦通りぶち抜いて勝ってやったけどな!
その後のダービーはなんか特別だって言われたから出てみたけどすげーつまんねーレースだったな。
横にいたやつがすげーうるさくてオラついてたし。作戦もねーし。
そんで走り終わって帰ってきたらすげーへこんでんだ。
次の日学園来たらよ、目とか真っ赤で酒くせーんだわ。
アタシが負けたらこんだけ悔しがんだな、トレーナー。思わず笑っちまった。
次の宝塚記念。皐月賞ん時の作戦、おもしろかったからよ。また作戦通りに走ってやった。
盛り上がる作戦ばっか考えるからな、走るとおもしれーんだわ!
それにトレーナーも大分アタシのノリがわかってきたみたいでよ。インタビューなんか漫才みてーだったからな!
この辺から滅茶苦茶なトレーニング考え始めてたから、トレーナーってやべーんじゃねーかと思い始めた。今もやべーと思ってる。
夏はすげー面白かったな。2回目の夏もそうだけど、変なトレーニングばっかさせてくっからよ。
でも、アタシのために考えてるのがわかったから、毎回楽しかったぜ。
菊花賞、あれは最高だったな。絶対ダメだっつー上り坂駆け上がってぶっちぎるの。
ゴール板を駆け抜けた時、すげー気持ちよかった。見たかおめーら! 思わず舌なめずりしちまったぐらい楽しかった。
その後のインタビューはつまんなかったけどよー。ま、それはどうでもいいことだな。
有マ記念。エデンがどうとか書いてある紙があったけどよ。字が明らかに理事長じゃねーか。
ま、フラッシュにもケンカ売られたし、またおもしれー作戦渡されたしよ。
コーナー前からのロングスパートで先行してる集団につけって。トレぴっぴよー、2,500mもあるって知らねーのか?
でもゴルシちゃんにはそんなの楽勝だけどな! 思いきりぶっちぎってやった。
あの後アグネスデジタルみてーに叫び出す乙名史って記者と話してた時、アタシの筋肉がどうこう言っていた。
トレーナーが話すのを聞いて驚いた。アタシしか知らないと思っていたのに、トレーナーは気づいてたみてーだからな。
新人っつってたのによー、2年でこんなになるか? なんつーか、やべーよな、うん。
そうして天皇賞・春と2回目の宝塚記念。
菊花賞みてーにタブーを犯し、宝塚では先行してぶち抜いた。
トレーナーのおもしれー作戦は、まぐれじゃねーんだぜ? ま、アタシじゃねーとできないけどな!
天皇賞・秋はすげーアツかった!
逃げで走るヤツと本気で併走するのもおもしれーと思った。
けど、とんでもねーよな。追込で後ろから走る脚質のウマ娘に、逃げで走るやつと併走しろとかよ!
アタシができるってわかってるからってそんな作戦普通はたてねーだろ! 楽しかったからいいけどな。
でもレースの後に筋肉痛で脚が少しだけ調子が悪かった。
1週間ぐらいすりゃあ治るだろと思って適当にぷらぷらしてからトレーナーに会いに行ったら、すぐバレちまった。
本気で叱られた。今までこういう風に言われたことはなかったから、すげー驚いた。
ちょっと悪いことしたな、とは思ったけどよ。チョップは許さねー!
2回目の有マ記念もおもしろかった。
久々に内側ぶち抜いたな。皐月賞以来だったけど、バ場悪いんならあそこから行くと盛り上がるからいいよな。
それに、今まで以上につえーやつばっかだったし。ハヤヒデとブライアンはすげー強かった。
そして、URAファイナルズ。
予選では阪神で先行から真っ向勝負でぶち抜いた。
準決勝ではブルボン、マックイーンとスタミナで潰した。
決勝にはシンボリルドルフとマルゼンスキーがいる。
あいつらにはスタミナ勝負とかやっても反応しねーし、レースの技術だってうまい。
今までの作戦通りじゃ勝てねーってトレーナーもずーっと悩んでたしよ。
アタシもアツいレースはできるけどぶち抜くのは大変そうだなーって思ったからな。
でもよー。
トレーナー、アタシに初めてわがまま言ってきたんだよな。
3年一緒にいてよ、初めて言ったんだ。
――俺、勝ちたいよ。URAファイナルズ。
アタシが連れまわしても一緒についてきたトレーナーが言ったわがまま。
しかも、その後なんつったと思うよ。
――楽しく走ってきてくれよ。
勝ちたいのに楽しくとかおかしいだろ? 普通勝ってくれじゃねーのかって話だよな。
アタシが楽しく走りゃあ勝てると思ってんだ、トレーナーは。
……アタシが全力出せば、負けないって思ってんだ。
ルドルフに弾かれて外に膨らむ体に抵抗せず、
これが今回の作戦だ。最終コーナー、先行しているウマ娘の圧に身を任せて外側に出るっつー作戦。別にルドルフでなくてもよかったけど、あいつがうまくて助かった。
距離はロスになるけど、走りやすい、全く荒れてないところまで体を滑らせるんだ。そして、加速するための距離も稼げる。
アタシはスピードに乗んのがおせーからな。だからってわざと距離をロスするってのもおかしな話だぜ。
ま、ただロスするだけじゃねーけどな! 弾いた勢いを前への推進力に無理やり変えるんだ。アタシのパワーがなきゃできねーよな。
大歓声を近いところから思いっきり浴びる。心臓がバクバクいっているのがわかるぜ……!
ここから気持ちよく、一気にぶち抜く。アタシの脚を信じた作戦だ、全員まとめて撫で切らねーとな!
レース場のど真ん中。視界の端に映るのは、何バ身も先にいるマルゼンスキーたち。後ろからスゲー勢いでヒシアマゾンが上がってくる音も聞こえるし、ハッピーミークが突っ込んでるのも見える。
そして、ゴール手前で身を乗り出して叫んでいる男。
――ぶち抜けえええぇぇーーッ! ゴールドシップゥーーーッ!!!
「……へへっ」
なあ、トレーナー。知ってるか?
勝ちたいって思ってんのは、トレーナーだけじゃねーんだぜ。
体をグッと低くし、思いきりターフを踏みしめる。
ミシミシ音がするんじゃないかというぐらい、全力で力を込める。弾かれた勢いもあるから、いつも以上に足への勢いが強い。
……ケガしねーように走ってきたけどよ、ちょっとぐれー無理すんのもおもしれーだろ。
だってよぉ!
「勝ちてぇからなッ!!!」
トレーナーと勝ちてーんだよッ!
ドゴッ! と地面から爆音が聞こえ、体が一気に前に進む。
これだけじゃ足りねーッ! ゴルシちゃんのパワーはこんなもんじゃねーぞ!
『ご、ゴールドシップ! 外に弾かれたゴールドシップが凄い勢いで上がってきています!』
『シンボリルドルフも追い上げています! 凄い末脚で伸びていたナリタブライアンも抜かしました! ハッピーミークとヒシアマゾンも突っ込んできているぞ!』
『ビワハヤヒデも伸びているが苦しいか! シンボリルドルフが今抜かしました! ナリタブライアンもビワハヤヒデを抜かしますがシンボリルドルフに追いつけない!』
『先頭のマルゼンスキーにシンボリルドルフが食らいつく! しかし外からは黄金の不沈艦ゴールドシップが爆音を鳴らして突っこんできたぁ!』
ルドルフもマルゼンも、レース前からナめたこと口にするからな。
楽しみにしてるなんて、自分が勝つ前提で上からお高く言いやがってよ!
走るから勝つって思ってんだろッ! 絶対に勝ちてぇって思ってるやつが勝つんだよッ!
真横に跳ぶようにターフを蹴り上げ、さらにスピードを上げる。一気に走った先に見えるのは上り坂。
『さあ残り200m! ここから上り坂だ! シンボリルドルフがマルゼンスキーと並びながら駆け上がる! すぐ後ろにはナリタブライアン、外にはゴールドシップもいるぞ!』
『ハッピーミークとヒシアマゾンも上がってくるが坂が苦しい! ビワハヤヒデも坂で苦しんでいる!』
「うぅ……!」
「速い……! くっそおォー!」
「くっ!」
坂を駆け上がるのに必要なのはピッチ走法。ルドルフとマルゼンは歩幅を小さくして駆け上がっているのが見える。
これを上り坂のタイミングでしっかりできないと脚が回らなくなって、ミークやヒシアマみてーにこんがらがっちまう。ハヤヒデはできてるけどスピードが足りねーから追いつけねー。
だけど、アタシには関係ねーけどな!
「シャアァァアアアーーー!」
「来たわね……!」
「来たか……!」
『ゴールドシップが一気に駆け上がっていきます! マルゼンスキーとシンボリルドルフに猛追! 1バ身! 半バ身! 並んだ! 並んだ!』
『ナリタブライアンは驚異的な末脚で上がってきたがまだ追いつけない! 加速が足りないか!』
ブライアンを横目に、思いきり坂で踏みこむ。体を前に上に跳ね上げるんだぜ!
跳ねるように走りながら、体を前に倒してもっともっと加速して駆け上がる。横で競り合っている2人を抜かしてやろうと思っているが、中々前に出れない。
このレースだけはぜってー負けねーッ! オラァ! もっと力入れろ! ゴルシちゃんの脚だろッ!
『残り100m! 3人横並びです! 誰が抜け出すのか!』
「カイチョー! いっけぇー!」
「ゴールドシップさん! いってくださいましっ!!!」
ドガァン! ドガァン! 大爆発を起こしながらグン! グン! と加速する。
負けるわけねーだろ! アタシのトレーナーの作戦だからな!
「くうぅ……!」
「行くぜェーーッ!」
「はあぁーーっ!」
『ゴールドシップとシンボリルドルフが抜け出した! マルゼンスキー苦しいか!? ゴールドシップとシンボリルドルフの勝負です!』
『ゴールドシップ! シンボリルドルフ! ゴールドシップ! シンボリルドルフ! ゴールドシップか!? わずかにゴールドシップか! しかしシンボリルドルフも前に出る!』
マルゼンはスタミナの限界かトップスピードを維持できない。ルドルフはアタシと同じスピードで坂を駆け上がった。
横並びになったまま、一気に駆け抜ける。ぜってーアタシより前には行かせねぇ!
歯を食いしばって、脚に力を入れる。まだまだスタミナは残ってるからな!
ゴール板まで50m。視界の隅にトレーナーの顔が見えた。
――いけッ! いけぇッ! 勝つんだッ! ゴールドシップッ! 勝てッ!
泣きながら、顔を真っ赤にしながら叫びやがって。
今勝つとこ見せてやるからよ!
一瞬たりとも目を離すんじゃねーぞッ!
「ァァァアアアアアーーーッ!!!」
体も、気持ちも全て前に!
ここがアタシの魂の場所だからなッ!
『ゴールドシップだ! ゴールドシップが抜け出した! ゴールドシップが抜け出したッ! ゴールドシップッ! 不沈艦の抜錨だァーーッ!!!』
ゴール板を駆け抜け、大歓声を浴びながら息を整える。
本当の本当に本気で走ったらスゲー疲れたぜ……足もガクガクだし息も上がってる。
額の汗を拭って振り向いて掲示板を見る。アタシの番号は1番。掲示板の1番上の数字も1。
……勝ったみてーだな。
「はぁ……ふぅ……負けたよ、ゴールドシップ」
「あん?」
話しかけてきたのはルドルフ。マルゼンも悔しそうにしながら笑っている。
「私の中に驕りがあったみたいだ……いいレースにしようなど、大言壮語だったよ」
「アタシも同じ……自分は負けないって思ってたみたい。チョベリバね……」
「おう、チョベリバだったぜ。でもアツいレースだったし、気にすんなよな!」
アタシがそう言ったら、2人とも苦笑した。
そして、観客のほうを指さす。
「さあ、応えてあげてほしい。勝者の特権だ」
大歓声の観客たちに向けて、空に拳を突き上げる。
アタシの生涯に一片の悔いなしだぜ!
さらにワァッ! と声が大きくなった。
ゆっくり歩いて走ったやつらに少し声をかけて、ふとゴール板前の観客席を見る。
テイオーは悔しそうに地団駄を踏み、マックイーンはそんなテイオーを苦笑いで見ている。
トレーナーは号泣しながら喜んで、アタシに向かって手を振ってる。
「――へへっ、どうよ」
ニッと笑いながら、手を振り返した。
キミと勝ちたい!