ゴールドシップとの3年間   作:あぬびすびすこ

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6,トレーニング

 先日の専属トレーナーの話を受けて、許可の書類を提出すると、理事長から呼び出しを受けた。戦々恐々としていたが、要は許可をあげますということを言われただけだった。

 理事長はゴールドシップの能力に期待していて、できれば面白く楽しくトゥインクルシリーズを走り抜けてほしいと思っていたようだ。

 受諾! と大きい声で宣言されながら許可証に判子をもらい、期待していると激励を受けた。横で話を聞いていたたづなさんからもがんばってくださいと応援をもらった。

 これからがんばらなければ!

 

 と、思って練習メニューを考えてゴールドシップに説明しているのが現在だ。ものすごくつまらなそうな顔をしている。

 

「芝とダートのランニングがメインで、あとはプールでスタミナ強化ねー」

 

 基本的に、ウマ娘の練習は5つに分かれると言われている。

 最高速度の強化(スピード)心肺機能の強化(スタミナ)筋力の強化(パワー)精神面の強化(根性)、そしてレースの勉強(賢さ)だ。

 それらを踏まえて基本のスピード、スタミナ、パワーの強化を提示してみたのだが、どうやら不満そうだ。

 

「走るのはいいんだけどよー。なんつーかさ、普通すぎんだよな。もっとおもしれー練習がいいなー」

 

 面白い練習とは一体……。不満はあるが、練習自体はやってくれるとのことなので、今日は練習メニューを考えておくということで話は終わった。

 ゴールドシップの走りは2度しか見ていない。細かく見たいと言うと、仕方がなさそうに練習場まで足を運んだ。

 

「トレーナー、ちゃんと見とけよな! このゴールドシップ様の走りをよ!」

 

 準備運動をしてから、練習場を何周か走ってもらう。

 レースで見ていた通り、とにかくパワーが凄まじい。1歩1歩が大きく、芝をえぐりとるかのような踏みこみ。そこからのぐんぐんと伸びていくスピード。そして、何周も走っているにもかかわらず息切れも少なく、スピードが落ちない。

 ゴールドシップの強さは、力強い加速と、トップスピードに乗ってからそれを維持するスタミナだろう。欠点は、トップスピードに乗るまでが遅いことだろうか。これはゴールドシップのやる気というよりストライド走法の欠点だから、あまり気にしなくてもいい。

 長所短所を加味すると、やはり追込で後ろから加速していくのが一番いいのかもしれない。あの長い加速を誰にも邪魔されないのであれば、勝てるはずだ。

 

「どうよ、トレーナー! これがゴルシちゃんのゴルゴル走りだぜ!」

 

 しばらくして走り終わり、少し息を切らせながらこちらに歩いてくるゴールドシップにお礼と水分を渡す。

 シャーっとドリンクを流し込みながら走りの感想を言うと、うんうんと頷いた。

 

「そうだろそうだろー? ゴルシちゃんも後ろからロケットみてーに突っこむのが一番いいと思ってんだよな。トレーナーも分かってるじゃねーか!」

 

 満足そうにしながら、どこからともなく取り出したイカの姿焼きを食べ始めた。何故イカを……?

 出会ってまだ数日だが、この程度で驚いていると話が進まない。差し出された姿焼きをもらって食べながら、トレーニング内容について考え直した。

 

 

 

 

 

「ふわぁ~……飽きてきたでゴルシ」

 

 が、駄目……ッ!

 1週間ほどはこちらの提示した練習に付き合ってくれていたが、ついに限界を迎えたのか練習場で横になりながらクロスワードをし始めてしまった。

 

「タテの2がショウブフクだろー? じゃあヨコの3がイブリガッコか?」

 

 今までやっていたトレーニングよりも集中している。なんとも切ない気持ちになってしまう……。

 ゴールドシップの言う、面白いトレーニングを考えたほうがいいようだ。

 どんなトレーニングをしてみたいとかある? そう聞くと、顔を上げてこちらを見た。

 

「おもしれーならなんだっていいぜ!」

 

 ……俺とゴールドシップの面白いに乖離が無ければ、なんとかなる、はずだ!

 併走トレーニングなら、誰かと競り合う楽しさがあるし、スピードの強化にも繋がるし、レース後半のガッツも鍛えられる。

 練習場にいる他のトレーナーに頼んでみよう。そう思った時、視界の端に見覚えのある姿があった。

 

「ええ、そうですミーク。そのまま少しだけ体を前に倒しましょう。腰は上げずに」

「……こう?」

「頭は下げすぎないで……そう、この体勢がベストです」

 

 桐生院トレーナーとハッピーミークだ。今はフォームの改善をしているらしい。

 トレーニング中で悪いと思うが、ゴールドシップの成長のためだ。併走トレーニングのお願いをしに行こう。

 ゴールドシップに説明をすると、いいじゃん! と跳ね起きた。

 

「で、相手は誰なんだ?」

 

 今から聞くよ、とハッピーミークを指さすと、ふぅーん? と顎に手をやる。

 

「いいぜ! じゃあアタシが聞いてくるからな!」

 

 バビュンと凄まじい勢いで桐生院トレーナーたちのところへ走って行くゴールドシップ。遠目で見ても、2人がすごい驚いているのが見える。

 は、はやく行かないと……!

 

「な、なんですか! 何がしたいんですか!?」

「……こわい」

「オラオラァー! アタシとブレイクダンスバトルだぁーい!」

 

 ブレイクダンスバトルと言いながらコサックダンスでじわじわと2人に詰め寄る。すごいおびえている……!

 うちのゴールドシップがすみません! 両腕でホールドして動きを止めながら謝る。流石ウマ娘……こちらが全力で抑えているのにコサックダンスの勢いは止まらない!

 

「え、あ、あなたはこの前の……」

 

 俺に気づいた桐生院トレーナーに苦笑いする。

 併走トレーニングをお願いしようと……そういうと、ゴールドシップと俺を交互に見ながら、あはは、と苦笑い。

 

「噂に聞く破天荒さですね……併走ですか。丁度、ガッツを鍛えるトレーニングがしたかったんです。いいですか、ミーク?」

「……はい、トレーナー。がんばります」

 

 むん、と拳に力を入れてミークはやる気を見せる。快諾してくれて非常に助かる。

 ご、ゴールドシップ。併走トレーニングをするからそろそろダンスを止めてほしいんだけど……!

 

「調子が上がってきたぜぇーー! いまなら川の上だって走れる! 15mまでなら!」

 

 頼むから止まってくれーーっ!

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 なんとか落ち着かせて、ハッピーミークと併走トレーニングを開始する。ゴールドシップが走る前にこちらが非常に疲れてしまった……汗を拭いて水分補給する。

 

「おーい、準備出来たぞー!」

「……いけます」

 

 手を振る2人を見て、桐生院トレーナーと一緒にタイマーを持つ。今回は芝2,000mの併走を何度かしてもらう。

 このトレーニングが気に入ってくれるといいんだが……。

 

「では、いきます。よーい……」

 

 桐生院トレーナーが腕を上げると、2人は走る体勢を取る。

 

「ドン!」

 

 腕を振り下ろすと同時に、一気に駆け出した。

 併走トレーニングは、ウマ娘2人で並んで走るトレーニングのことを言う。併走により、ウマ娘の走りで勝ちたいという闘争本能を引き出すことで、レース終盤の根性や走りのタイムを縮めることができる。

 ゴールドシップはお互いに闘争心剥き出しで走るのが好きだと言っていた。だから、このトレーニングに楽しさを覚えてくれると嬉しい。

 

「うん、ミークは順調ですね。教えたことをすぐ吸収してくれます」

 

 桐生院トレーナーの言う通り、ハッピーミークは最初に見た走りよりも明らかに良くなっている。先ほどやっていたフォームの改善も意識しているようで、するする加速していく。

 ハッピーミークの才能もあるが、それを活かして強くしている桐生院トレーナーはすごい。流石は桐生院家……経験の差を感じてしまう。

 だが、ゴールドシップも負けていない。

 

「ゴールドシップもよい走りです……少し遊んでるようにも見えますけど」

 

 今回、ハッピーミークは内側、ゴールドシップは外側で併走している。基本的に外側を走ると想定より長い距離を走ることになるわけだが、ゴールドシップにそんなものは関係ない。

 持ち前のスタミナで苦しげな様子もなく、遅れもせずハッピーミークの横にぴたりとついている。……何故か舌なめずりをしているが、脚色が衰えることは無い。

 そのまま2人とも併走を続け、桐生院トレーナーの前にきたところでストップウォッチを止める。うん、この時期でこのタイムはかなり優秀だ。

 お疲れ様、とスポーツドリンクを渡すと、1口飲んでうがいをし出した。2,000mを結構な速度で走ったはずだが、少し息を整える程度で、今はもう遊び出している。とんでもないスタミナだ……。

 

「ミーク、お疲れ様です。フォームを意識していましたね、よい走りでした」

「……はい」

「最後の末脚もよかったです。ですが、あなたならまだ加速できるはずです。がんばってみましょう!」

「……がんばります。むん……」

 

 桐生院トレーナーはハッピーミークと反省会を行っている。いい雰囲気だな……。あれが理想の練習風景だ。

 ……チラッとゴールドシップを見る。

 

「ふぅー、のどに糖分がしみこむぜ! はじけるシナプス! ……ん? なんだ、トレーナーもやりてーのか? しょうがねぇな……へへっ、ゴルシちゃんとの秘密だぞ☆」

 

 ニヤニヤしながら手に持っていたスポーツドリンクをこっそり渡してきた。

 勢いよく音を立ててやれよな! という、うがいのアドバイスをされながら、遠い目をしてしまう。

 ……これからの練習、大丈夫なんだろうか? そう不安になる俺だった。

 

 

 

 

 

 ――1週間後。

 

「併走飽きた」

 

 ……大丈夫なんだろうか!


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