――ゴールドシップのトレーニングがうまくいかない。
ここ数ヶ月の悩みはこれだ。とにかくうまくいかない。何がダメなのかというと、ゴールドシップに合ったトレーニングを見つけられないことだ。
併走トレーニング。これはまあまあ成功している。提案するとやってくれる。週に1回ぐらいだが。
ダートの走り込み。前の方で走っていた別のウマ娘がはね上げた泥が左目にかかり、やる気をなくしてやってくれなくなった。
プールでスタミナ強化。最初は大人しく泳いでいたが、途中で水しぶきを必要以上にあげまくってエアグルーヴにしこたま怒られ、やる気をなくす。
筋トレ。50kgのダンベルを軽々と振り回し、トレーニングルームのウマ娘たちを唖然とさせるが、手を滑らせて床を凹ませ、エアグルーヴに怒られる。やる気ダウン。
レースの勉強。シンボリルドルフの映像を見て走りを学ぼうとしたら、ゴールドシップが持ってきた超大作映画を見ることに。やる気は上がった。
こちらの指示には応じる姿勢を見せてくれてはいるが、基本的にまともな練習にならない。今のところ実を結んでいるのは併走トレーニングぐらいだ。
一体どうすれば……。
「よう、トレーナー! 伝説のミヤマクワガタ捕まえにいこーぜ!」
悩んでいたら、トレーナー室のドアをバン! と開けてゴールドシップが入ってきた。頭の後ろに麦わら帽子、手には虫取り網と虫かご。脇に抱えているのは……ウマ娘?
「ちょっと、ゴールドシップさん! 私をどこに連れていくおつもりですの!?」
「おいおい、言っただろマックイーン。ミヤマクワガタ捕まえに行くんだよ」
「だから! どこに行くんです!」
抱えられながら怒っているウマ娘は見たことがある有名な娘だ。
メジロマックイーン。ウマ娘きっての名門、メジロ家のお嬢様だ。長距離を得意とするステイヤーで、天皇賞2連覇を成し遂げた、記録と記憶に残るウマ娘だ。
今は足のケガを治すため、療養中と聞いていたが……何故連れてこられたのだろうか。
メジロマックイーンと知り合いなのかと聞くと、そうだと頷く。
「最近テイオーとばっかりいるからよー。ゴルシちゃんとも遊ぼうぜ!」
「テイオーとは遊んでいるわけではありません! 2人で走るリハビリをしているんです! 今日も走っている所をあなたが連れてきたのでしょう!」
テイオーとは、トウカイテイオーだろうか。
トウカイテイオーはケガをしてから1年後の有マ記念で奇跡の復活を遂げたウマ娘だ。あのレースを生で見ていたが、感動で号泣してしまった。
今は4度目の骨折をしてしまい、療養している。メジロマックイーンと一緒にリハビリをしていると聞けて、じーんと胸に来るものがある。
また走る姿が見れるんだな……そう言うと、メジロマックイーンはきょとんとしていたが、少ししてフフッと微笑んだ。
「ええ。私もテイオーも、またターフを走ります。必ず」
よかった……少し涙ぐんでしまう。
なんとも言えない感傷に浸っていると、ゴールドシップがメジロマックイーンを降ろしてこちらに近づく。
「それはそれとして、ほら。山行くぞ山!」
ノートパソコンをパタンと閉じられ、またメジロマックイーンを抱えて歩いていく。
付き合ったほうがいいようだ。だからどこにいくんですのー! という叫びを聞きながら、ゴールドシップの後を追った。
◆ ◆ ◆
バスを2度乗り継いでいった先は、本当にどこかの山だった。
「ほら、渡しとくぜ。これ使って捕まえろよな!」
渡されたのは、虫取り網と虫かご。メジロマックイーンも同じものを渡される。
どうしたものかと目を合わせていると、ゴールドシップは1人でズンズン山の中に入ってしまった。
メジロマックイーン、どうする?
「はぁ……仕方ありません。少し付き合ってあげましょう。ここで帰ろうものなら本気で怒りますからね」
ため息を吐きながら、とりあえずゴールドシップの後を追う。
「それと、私のことはマックイーンとお呼びください。メジロと言われるのもよいですが、あなたが呼びにくいでしょう?」
彼女からマックイーンと呼んでいいと許可が出た。思っていたよりフレンドリーなお嬢様だ。
登山道として使えるように、ある程度道が整備されているため、マックイーンも危なげなく歩けている。
ゴールドシップの後ろをついて歩いていると、ピタッと動きを止めた。
「……いやがるぜ、伝説のミヤマクワガタ……いや、ミヤマオオクワガタが!」
「ミヤマオオクワガタ? そんなクワガタがいるんですの?」
「アタシには感じる……こっちだ!」
そう言って、また登山道を歩いていく。マックイーンはごくりと唾を飲み込み、ゴールドシップの後を歩く。
……マックイーンって純粋なんだな。そう思った。
因みにだが、ミヤマオオクワガタというクワガタはいない。
道が整備されているとはいえ、やはり山道。ケガのせいで大きく動けないマックイーンを手助けしながら山を登っていく。
ゴールドシップは時折立ち止まっては辺りを見渡し、大きな木があるとそこにどこからともなく取り出したはちみつを塗っていく。
夏休みの少年のような活動だ、と俺が言うと、マックイーンが俺を見て不思議そうにしていた。
「トレーナーさん。トレーニングはいいんですの? 今更かもしれませんが……」
そういわれると、その通りだ。トレーニングをしなければならないと思っている。
だが、ゴールドシップに合うトレーニングが思いつかないのも事実。それならば、仕方がない。1度ゴールドシップがやりたいようにやってもらうのもありだろう。
そんな感じで考えているというと、うーんと首を傾げられた。
「そうなのですね……トレーナーさん。あなたは新人、でよろしいので?」
そうだ、と頷く。でしたら、とマックイーンは両手を合わせて微笑む。
「それでしたら、もっと自分の担当ウマ娘と話したほうがいいかと思いますわ」
「私たちウマ娘はトレーナーとの絆で強くなります」
「トレーニングがわからないのであれば、そこから始めるのもいいですわよ?」
「それに……」
マックイーンは真面目な顔で、俺の目を見る。
「『仕方がない』という妥協は、勝負の世界では通用しません」
「あなたはまだまだ経験不足かもしれません。ですが、あなたが妥協したら、あなたの担当ウマ娘も妥協してしまいますわ」
俺はガツンと殴られるような衝撃を受けた。
確かに、俺は今まで仕方がない、と思ってゴールドシップと付き合っていたのかもしれない。
――ゴールドシップが話を聞いてくれない。でもそういう気性だから仕方ない。
――トレーニングが上手くいかない。でも自由な性格だから仕方ない。
――こんなところに連れてこられた。でもやりたいようにやらせる方針だから仕方ない。
……とても失礼なことをしていたんだな、俺は。肩を落とすと、マックイーンが慌てて背中をさする。
「す、すみません! あなたとゴールドシップさんの話ですのに、口をはさんでしまって」
「昔のトレーナーと私に似ていたものですから、つい……」
どうやらマックイーンも苦労していたようだ。
気落ちしながらもなんとかゴールドシップの後ろを歩いていくと、突然叫び出した。
「よおぉーし! 着いたぜ! ほら、おまえらも見てみろよ!」
「ちょ、ちょっとゴールドシップさん!?」
ゴールドシップに背を押されて進んでいくと、そこにあったのは――
「……これは」
――山の木々が夕焼けに照らされている、絶景だった。
低い山を登っていたようで、遠くにある家や海は見ることができない。しかし、綺麗な夕焼けと自然をダイレクトに感じる木々たち。
沈んだ心に染み入る、感動的な光景だった。
「へへっ、いい景色だろ? この前見つけた穴場スポットなんだ」
「ええ……美しい夕焼けです……」
ゴールドシップとマックイーンが並んで景色を眺め、うんうんと頷いている。
夕焼けを見つめるゴールドシップの横顔を見て、俺は顔を俯かせ、思った。
俺は、この娘のトレーナーだ……不安だとか大丈夫なのかとか、そんなことを思ってるからダメなんだ。
ゴールドシップの走りに魅了されたヒトとして、もっと輝かせるんだ!
そう決意して顔を上げると、ゴールドシップが顔を覗きこんでいた。俺の顔を見て、にしし、と笑い始めた。
「どーよ? 気分転換になったか?」
えっ、と驚いていると、腰に手を当ててむすっとした顔をする。
「アタシといっしょにいるとよー、いっつもゴーヤを生かじりしたみてーな、おもしろくねーって顔すんだ。親知らず抜いてテンション落ちてんのかと思ってよ」
「ゴールドシップさん……多分、あなたのせいですわよ?」
「マジか! ゴルシちゃんといたらテンション爆上げなはずだろ? この前もプールで高飛び込み一緒にやって叫びまくってたぜ?」
「それは恐怖の叫びです!」
マックイーンと言い争うゴールドシップを見て、思わず笑ってしまう。
なんだかんだ言って色々暴れまわるが、そんなゴールドシップに振り回されるのも担当トレーナーだからだ。
大変なことも多いけれど、それ以上にゴールドシップを見ていたい。そう思う気持ちは、最初から変わらない。
いつも楽しんでるよ。そう言うと、へへんと得意げな顔で肩を叩かれる。
「ほれほれ、トレぴっぴも言ってんじゃねーか。マックイーンだってテンション爆上げ侍だろ?」
「そんなことは! ……ああいえ、この景色はすばらしいものですけど」
もじもじするマックイーンを見て、ゴールドシップはニヤニヤしながら絡みついていく。
「やっぱりよかったんじゃねーか! おらおら! 楽しかっただろ!」
「ちょ、ちょっとやめてくださいます!? タコみたいに絡みつかないでください!」
「いーや! ゴルシちゃんは今、この瞬間タコになったぜ! うおおぉー! タコラーイス!」
「それはタコではありませんわーーー!?」
マックイーンの叫び声を聞きながら、大声で笑ってしまう。
ゴールドシップと一緒にいると、退屈しないな。改めてそう思うのであった。