桜色の海   作:前田マキア

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第2話 スタート

第2話 スタート

 

彼女は、アニメ好きの女の子。例えば、「カードキャプターさくら」なんかのファンである。そんな彼女が、桜舞う今日、やってきたのは、まさに「カードキャプターさくら」のイベントなのである。新作アニメの放送を記念したイベント。場所は、横浜のとある町の大きな広場。彼女は大阪に住んでいるのだが、わざわざ新幹線に乗って、はるばる一人で

やってきた。それくらい彼女は、作品を愛しているのだ。

人の流れに乗って、彼女もイベント会場に入る。会場の周りを囲む満開の桜の木々が迎えてくれている。この作品のイベントを開催するにふさわしい場所と言えるだろう。それに絶好のお花見日和。会場にはきれいにパイプ椅子が並んである。五千席くらい……、いや、もっとだろうか。彼女の席は前の方だ。彼女は祝福されているかのような気分で席に辿り着き、座った。

しばらくしないうちに、会場はほとんど満席の状態になった。作品の話をする声があちらこちらから聞こえてくる。同じ作品を同じように愛してくれている人がこんなにたくさんいるんだ。そう思うだけで、彼女は嬉しくなった。

 

「にゃん」

突然、一匹の猫が彼女の膝の上に飛び乗った。え⁉︎ どっから現れたの⁉︎ あまりの突然の出来事に、彼女は吹き出してしまいそうになった。

「だめよ、さくら」

そう言って右隣の席の、透き通った髪の長い少女が、彼女の膝から猫を抱き取った。

「え?」

彼女はドキッとした。「さくら」は私の名前である。自分にかけられた言葉だと、一瞬思ったのだ。しかし、驚いた理由はそれだけではなかった。

「っておい‼︎ だめなのはお前だろ‼︎ なんで猫連れて来てんだ⁉︎」

さらに右隣の席の少年が、少女に向かって甲高く怒鳴った。いやしかし、彼女には、やはりその少女と少年に心当たりがあったのだ。直感だった。その見た目、その声、その雰囲気、そのやりとり、理屈を通り越して彼女は確信した。

「椎名ましろさんですよね?」

あり得ない。この世界にいるわけがない。彼らは創作物の中の登場人物なのだから……。それでも聞かずにはいられなかった。事の真相を確かめられずにはいられなかった。ましろらしき少女は、無機質な声で応えた。

「誰?」

「え、私? 桜です」

少し間が空いて、

「…………誰?」

「え⁉︎ えーっとー……」

確かに名前を名乗ったところで意味はいのだろう。けれど、かと言って、ほかにどう答えればいいのだ。

「あわわ、す、すいません‼︎ うちのバカと猫が! お前も謝れ!」

慌てて少年は、ましろらしき少女の頭を掴んで自分と共に頭を下げさせた。

「ごめんなさい……」

言われるがままに、ましろらしき少女は、彼女に謝罪する。

「あ、いえ、大丈夫です大丈夫です」

改めて彼女は彼らに問う。

「あの……、椎名ましろさんと、神田空太さんですよね?」

少年は答えた。

「そうですけど、なんで俺たちの名前……?」

「あ、いや、その……アニメで」

「アニメ?」

二人は互いの顔を向き合った。彼女は二人とのやりとりから、更に確信を深めていく、彼らが、コスプレイヤーなどではなく、間違いなく「さくら荘のペットな彼女」に登場する主人公とヒロインであること、そして、創作物である彼らが、目の前に実在しているということを。どちらも厳然たる事実なのだ。彼らが作品世界から迷い込んできたのかはわからない。あるいは、迷い込んだのは彼女自身なのかもしれない。しかし、表情から察するに、少なくとも二人にとって、二人は、この世界に生きるれっきとした人間。自分たちが創作物であるだなんて微塵も思っていない。そのように彼女には思えた。そんな彼らと、どう話せばいいのだろうかと、彼女は戸惑いながらも、会話を進める。

「えっと……、どうして猫を持ち込んで来てるんですか?」

「さくらも参加したいと言ってたわ」

「んなわけねーだろ‼︎」

「その猫、さくらちゃんって言うんですか?」

「そうよ」

「ウチ、寮なんですけど、捨て猫を何匹も拾ってくるうちに、猫だらけになっちゃって。さくらはそのうちの一匹。そういや確かあなたも桜さんでしたよね?」

「あ、はい! えっと、お二人もCCさくらお好きなんですか?」

「もちろんよ、勉強になるわ」

「ああ、こいつ、こう見えて漫画家なんですよ。だから最近はいろんな作品をって、あ……、そういえば猫どうすんだよ⁉︎」

思い出したかのように空太は言った。

「もうイベントが始まるわ」

「少しは慌てろよ! ああ、もう‼︎ と、とにかく隠せ! 見つかったらまずいから!」

「……わかったわ、空太……」

少し残念そうな表情で、ましろはさくらを鞄の中に押し込んだ。

「さくら、出てきちゃだめよ」

「ほんとに大丈夫かよそれ……」

 

さて、いよいよ大音響で曲が流れ出したと共に、司会者が登壇した。簡単な自己紹介を済ませた後、木之本桜役を演じる、丹下桜を舞台上に招き入れる。

「みなさ〜ん、こんにちは〜‼︎ 木之本桜役の丹下桜です。今日はよろしくお願いします‼︎」

一斉に拍手の音が鳴り響く。中には大声で役の名前を呼びかける観客もいる。

「ではね、桜ちゃんの呪文のあの言葉でイベントスタートしますよ。では丹下さんお願いします!」

「星の力を秘めし鍵よ 真の姿を我の前に示せ 契約のもと、桜が命じる」

 

ーーレリーズ‼︎

 




遅ればせながら、今回の作品は、「さくら」がモチーフです。2017年くらいのとき、「さくら」に関する作品がたくさん放送されました。「カードキャプターさくら」もクリアカード編が放送されましたね。この小説では、そういった「さくら」に関するキャラクターがこれからどんどん登場するかもしれません。しないかもしれません。楽しみにしていてください。
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