第10話 創造主と創作物
眩しい。クラクラする。キノは顔を覆った右腕を解いた。すると、そこには、人、人、人。たくさんの人がいた。たくさんの人が縦横無尽に行き交っていた。紺色の地面。反射する建物の数々。空が遠くに見える。
「おいおいおい!」
後ろから声が近づいてくる。振り向こうと首を回転させるその瞬間、
「おおっと‼︎」
どうやら、誰かと衝突しそうになったようだ。
「そんなところに突っ立ってちゃ危ないよ!」
その誰かとは、髪の長い眼鏡をかけた男だった。
「あ、すみません」
すかさず頭を下げる。すると、
「ん? ちょっと顔を上げてみてくれないか?」
「なんでしょうか?」
すかさず頭を上げる。
「え、やっぱり、その格好って、キノのコスプレ?」
「こすぷれ?」
「え?」
「え?」
「え?」
最後の「え?」は、エルメスのものだった。
「え、もしかして……。その乗り物、っていうかモトラド……」
「なになになに? ちょっと怖いんですけど!」
男はジロジロとエルメスを目線で舐め回した。
「本物やん」
素っ頓狂な声。再び目線はキノの方に向けられる。
「ということは、君、ひょっとして本物のキノ?」
「偽物のキノがいるんですか?」
「たくさんいるよ! 世界中にいるよ!」
何故か自慢気に聞こえた。
「それはちょっと怖いですね」
「のっぺらげんがー的な?」
「……ドッペルゲンガー?」
「そう、それ!」
「ちょっと待ってくれ!」
愉快なコントに割り込んだのは、
「今、その乗り物と喋ってたのか?」
「そうですけど?」
「俺には何にも聞こえんかったけど?」
「そうですか……?」
「おーい! おーい! わーい! いえーい!」
聞こえないことを確かめるようにエルメスは騒いでるというより、聞こえないことをいいことに悪ふざけをしているようだった。
「こらエルメス、人で遊ばないの!」
「しゅん……」
聞こえないからといって、あからさまに声に出して言った。
「そうか……」
男は、少し考え込むようにして……、
「ならお前たち、俺についてこい」
そう言って
「あの、失礼ですけど、あなたは?」
「ああ、言ってなかったな」
男は言った。
「俺は時雨沢恵一、お前たちのーー」
振り向きざまに、言った。
「創造主だ」
「じゃあまた後で、エルメス」
「うん、また後で」
そう言って時雨沢に連れられて階段を上がる。
創造主。神様。神様の国。
そんなことを頭の中で
「ここが俺ん家だ」
「お邪魔します」
そこは時雨沢ん家だった。
「まあ適当に座って」
お言葉に甘える。
「どうだ? この国は」
「そう……ですね、思い描いていたイメージとは大きく異なるようです」
「イメージって、どんなの想像してたん?」
「自然豊かで、神様への信仰に厚い人たちがたくさんいると、そう思っていました」
「ああ、今の時代、いろんな宗教が混じり合ってる世の中だからなぁ。宗教多元主義っていうの? つーか無宗教の人が一番多いんじゃないかなぁ」
「そうなんですか……」
「でも、心に信ずるものはある……人もいる。それが宗教なんて大層なもんじゃなくともな」
「ではあなたは何を信じているんですか?」
「なんだろうな。今ここにお前がいるってことなのかもな」
「と言いますと?」
「お前は俺が創った創作物だ。そんなお前が今この世界に俺の前にいるなんてことは本来ありえない。だけど、お前は確かにそこにいる。それは俺がお前がそこにいると、錯覚してるだけなのかもしれない。幻覚なのかもしれない。でも、俺はそう信じてる。信じてんだ」
「信じる……。いわゆる信仰と?」
「まあ、そうだ。どっかの作品で言ってた。そこにあるから信仰されるのか、信仰されたからそこにあるのか。卵が先か鶏が先か。みたいな? お前はどっちなんだろうな。まあどっちでもいいや。大切なのはお前たちが、俺が力んで生んだ息子? 娘? まあ子どもだってことだ。信じる力は奇跡を起こすってな。その子どもが今目の前にいるんだ。会えたんだ。子どものためならなんでもするよ。でもってこの流れでなんだけどよお。なあ、キノ、お前元の世界に帰りたいか?」
「そうですね……。せっかく来た国です。とりあえず3日間だけ滞在しようと思います」
「なるほどな、さすがはキノ。俺が生んだ子どもだ!」
「なんかその言い方だと語弊があります」
「じゃあ3日間! 家に泊めてやんよ!」
彼女はキノ。旅人。その容姿から少年に思われがちだが、少女である。少女であるが故に、中年の男と同じ屋根の下寝泊まりするというのは、なかなかにして危険な雰囲気が漂わないでもないが、しかし、親子という見方をすれば、そう不思議な状況でもないのかもしれない。というか、そういう見方をしなければ、そのように納得しなければ、話は前に進まないのである。そしてキノは「キノの旅 the Beautiful World」を何冊か読みながら、時間を過ごす。まずは今の状況を知らなければならない。この世界を知らなければならない。というか知りたい。ちなみに先の話までは読まない。これまで経験してきた話だけを読む。それでも続きが気になる。知っているし、自分の感情を事細かに描写されているのを客観的に見るというのは、死ぬほど恥ずかしくもあり、複雑な気持ちを禁じえなくもあるのだが、この小説、この娯楽、なかなかどうしておもしろい。
入院生活の続きの話です。
もう一つ、娯楽といえば、食事でした。
と言っても、固形物は食べられないので、おもゆやスープばかりでした。まさに仏道修行ですね。一度学校行事の一環で高野山に3泊2日か4泊3日くらいの修行に行ったのですが、私語厳禁(周りの人は呆気なく破ってましたが)、風呂も入れないで、楽しみは食事くらいなものになってしまって。普段特段美味しいなと思わないものでも、質素な料理でも、美味しいと感じるのです。食のありがたみを感じ入るわけです。そんなことを思い出しましたね。まあそれはさておいて……。
しかし退院して、困りました。ミキサーを買えば良いのですが、一時のことなので、買わずにとなれば、そういった需要は少ないのでしょう。なかなか商品として置いてないものです。当然食のレパートリーが激減するわけです。スーパーに行った時とかもう飯テロ大爆発状態で、ヨダレがたれるわたれる。
しかし、まあ、おもゆやスープから、おかゆやスープにグレードアップし、今日はひたひたに湯がしたおうどんを食べてみようと日々挑戦中です。顔の腫れもだいぶ引いてきました。
肉とか魚とか。
ああ、早く、美味しい固形物が食べたいなぁ〜。