1999年。
昔のイカしたおじさんが言うところのアンゴルモアの大王は、
この年降りてきて世界を滅亡させるだと言う。
滅亡というのはまぁ人類とかその周辺にとっての話で、
別に地球そのものがふっとぶものじゃないだろう。
地球に酸素よりも二酸化炭素が多かった時代。
植物の登場はきっとそれまでそこにいた生物にとっては
アンゴルモアの大王だっただろう。
何しろ自分たちが完膚無きにまで滅亡させられたのだから。
つまりは、アンゴルモアの大王というのは一部の存在にとってだけ
やっかいな代物であり、地球そのものから見れば、きっと、
それは「変革」。
「服を衣替えしましたー」というようなものでしかないだろう。
まぁ何が言いたいのかというと。
私にとってのアンゴルモアの大王というかマンプク大王というか、
とにかく完膚無きまでに徹底的に根本から私を「変革」させた大王は、
──今、私の隣で気持ちよさそうに寝ていた。
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「火星から来たマンプク大王」 06/05/10 by TANA
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……ずーんずーんずんずん♪
なんともなしに、つぶやいてみる。
私の十八番、「火星から来たマンプク大王」。
はっきり言ってマイナーだ。
知ってる人がいたら友達になりたいくらい。
まぁ、わざわざ火星からおかずを求めてやってくるのだから
それなりに権力があって、お金持ちで、グルメで、暇人なのだろう。
それで、その日のおかずに熱意を傾けるほどに、万事に飽きていたのだろう。
少し前の、私のように。
……みなさんこんにちはさようなら♪
そっとつぶやいて、彼に身を寄せる。
半年前の私が見たらきっと「信じられない」と悲鳴を上げるだろう。
ただ、身を寄せるだけで。
こんなにも。
しあわせ。
きっと私の顔はだらしなく伸びきっていて、頬の肉が落っこちそうに
なっているに違いない。日だまりの猫のように。
そっと顔を寄せる。
最近になって初めて知った。
重ねるカラダの快楽と、重ねるココロの快楽。
似ているようでいて、ぜんぜんちがう。
それまで平面を歩くことしか知らなかった幼虫が、羽化して蝶となる。
そして初めて知るのだ。三次元の世界を飛翔する喜びを。
──すくなくとも、私にとってキミは、たいそーなもんだよ。
いつかの自分のコトバ。
ホントにねぇ。
はじめは、まさかこんなコトになるとは思わなかったよ。
……であいがあいのはじまりなら♪
はじめは、単なる共犯者。
こっちから引き込んだ、別れ話の理由のオトコ。
それだけのつもりだったのにね。
「いいのかよ……あれで。あいつ、お前のことあることないこと言いふらすぞ」
耳を疑った。
この共犯者さんは、自分が犯罪の片棒を担がされたことに文句を言うより先に、
私の心配をしていた。
そんな心配、私はぜんぜんしてなかったのに。
だから、ちょっと興味がわいた。
だから。
それまで守っていたルールを破って、初めて同じクラスの男の子と関係を持った。
ほんの少しの軌道修正。
その時はまだ、ちょっとしたつまみ食いのつもりでしかなかった。
……わかれはナンのはじまりですか♪
少しずつ。少しずつ、予定は狂っていく。調子が合わなくなってくる。
チェリークンだった男の子はみるみる進化を遂げて、私を一番高いところまで
連れて行ってくれるようになった。
そして、決まって時間いっぱいよりも少し前に終わらせて、話をしたがる。
これも予想外。
たいていのオトコノコは時間があれば時間いっぱいしたがるモノ。
ひたすらにカラダを味わいたいと言ってくるモノ。
でも、話をしたがる。
いったい、私の何を味わいたいと思っているんだろう……?
疑問符だらけの私。
「よかったねぇ、美奈ちゃん」
親友は言った。なにが? という顔をする私に、彼女は重ねて言った。
「シンジツはね、きっとたんじゅんなんだよ」
シンジツ。
それは。
気づいていた。自分の変化に。
わかっていた。自分の心に。
口づけひとつで満たされることに。 ──なにが?
会話だけでうきうきすることに。 ──どこが?
外でばったり会うだけで飛び跳ねるココロに。 ──どうしたの?
ああ。そうか。
私は。
──このひとをすきになってしまったんだ。
……火星から来たマンプク大王♪
気づいてしまって、まず感じたのは恐怖だった。
彼は私のことをどう思っているんだろう。
自分で言ったコトバ。
セックスフレンド。
それは、カラダをつなぐには都合のいい距離感。
傷つけ合うほどには近くない。
寂しくなるほどには遠くない。
でも。
気づいてしまったから。
もっと近くにいたいと思う自分に。
どう思ってるだろう。
何人もオトコを取り替えてきた私。
時間つぶしに男を誘う私。
自分でまいた種。なのに、なかったことにしたい私。
なんて卑怯。なんて狡猾。
彼のコトバが欲しい。
彼のコトバで支えてもらいたい。
水場を求めてさまよう私に、彼は簡単に潤いをくれた。
「なんだよ、乱暴なヤツだな……え」
「あ……た、高辺……」
「てめぇら、ナニさっきからゴチャゴチャ言ってやがる!
証拠もナシに勝手なコト抜かすんじゃねえ!」
信じられなかった。
信じられなかった。
「そりゃさ、単なるセックスフレンドの女の子のキープ呼ばわりされたら怒るよね」
「オレのコトなんかどうでもいいんだ!」
怒っていた。
私のことで。
私が好き勝手言われたことを、この人は本気で怒っている。
どうしよう。
……うれしい。
泣きたくなるほどに、うれしかった。
……今日もおなかはぺっこぺこ♪
それからは。なんだか入り組んでいるようでいて、一本道のようでもあった。
毎日カラダを重ねながら、距離を詰めることを怖がっていた私たち。
踏み込むのが怖くて、カラダを重ねることに逃げる私たち。
でも、最後の火蓋を切ったのは、やっぱり彼だった。
「早瀬!」
だめだなぁ。今思い出しても赤くなる。
「え、な、なに?」
「お、オレ、その、あの、いや、まぁ、なんていうか、その、早瀬のコト、その、あー」
今度は笑っちゃう。
一生懸命だったよね。
私たち。
「オレ、早瀬のコト好きだ!」
……はっ。
いけないいけない。
この言葉はきけんきけん。
思わず幸せモード全開でにやけてしまった。
「好きなんだ!」
……だめ。
ほっぺがゆるむ。
「え、え、ええっ!? う、うそっ」
「うううう、うそなもんか! ぜんぜん、その、まったくホント!」
「じょ、ジョーダンなんでしょ? だ、だめだなー。セフレにそんなこといっちゃ。にゃはは♪」
「ジョーダンなんかじゃない! オレはマジなんだ!」
「で、でも、だって、わたしだよ!? もう、あんなコトやこんなコトも、みんなしちゃってるんだよ!」
「そんなコトかんけいない! オレは早瀬がすきなんだ! 早瀬はオレのコトきらいなのか!?」
「そんな、そんなコトないよ、で、でもっ、その」
不思議だよね。
欲しかった、ずっと欲しかったコトバなのに、いざとなると怖くなる。
きっと、受け取り損ねて落っことしてしまうのが怖いんだろう。
そうして月の夜。
私は、彼に返事をした。
……今日のおかずはもっとうまいぞぉ♪
そうして。私たちはやっと「私たち」になった。
きっと、この夜のコトを、私は一生忘れない。
そうして、私たちは今に至る。
いつかのたとえ話を思い出す。
ヒマでヒマでしょうがなかった王様。
最後には黒い六枚の翼を広げて世界全てを破壊した王様は、
宇宙の果てで「相手」をみつけて、そうして踊る。
彼は言った。
これがはじまりだから。
飽きたら違うことをすればいい。
そう。きっと。
あの話は私たちそのものだったんだね。
星の下で踊り続ける王様たち。
星の下で泳いだ私とキミ。
……次はなにをしようか?
キミの返事はわかってるよ。
きっと、早瀬はなにをしたい? って聞くんだよ。
いつものように。
ずっと。
ずっと、だいすきだからね。
作品中で「火星から来たマンプク大王」という歌を早瀬が歌うシーンがあったのです。