「……あけるぞ」
「うむ」
「……本当にあけるぞ」
「うむ。どんといくがよい」
「……本当に本当にあけるぞッ」
「…お主、本当は開けたくないのではないだろうな?」
それは、いつかどこかで見た光景。
あのときとは、配役が逆転していたが。
「君よ、僕のために」 03/06/17 by TANA
きっかけは、ささいなことだったと思う。
2学期が始まって、早瀬がオレんちに来て勉強を教えてくれるようになって。
--まぁ勉強以外のこともしてみたりはしてたが--。
その合間に、オレたちはいつもどうでもいいことばかり話していた。
学校のこと。友達のこと。勉強のこと。戦争のこと。
だから、ある意味で。
それはグウゼンにして必然だったのだろう。話題がそこに行くのも。
--満作の弁当の話題が出たのも。
「そういやさ、赤坂真紀のハハオヤって、料理上手かったりするのか?」
「え? マッキーの? ……うーん、普通だと思うけど……なんで?」
「いやさ、満作の弁当がさ、すっげえ上達してるんだよ」
はじめて赤坂真紀が満作に弁当を作ってきたとき。
それはそれはミゴトにご飯だけだった。
白い白い白い白い(ご飯)。
炊飯器を初めて使ったという話だから、まぁ真っ黒いものが出てきてもおかしくは
ないのだろうが、おかずのかけらもない、ある意味男らしい弁当だった。
それから、数週間の間に、まぁおかずらしきものが登場するまでにはなった。
ウラミをこめて斬りつけられたようなタコさんウインナーとか。
というところまで行ったのが夏休み前。
それから、どんな修行を積んだのか。
休み明けには弁当は凄いことになっていた。
「おお……美しい……さすがは真紀殿……」
一目見た満作は滂沱と涙を流して感動していた。
しかし、そのキモチはオレもわかった。
---美しく足の反り返ったタコさんウインナー!
---キレイに切りそろえられた厚焼き卵!
---ケチャップのかけられた唐揚げの横にはタルタルソースをかけたエビフライ!
---ご飯の横にはちんまりとつくだ煮が添えられて。
まったくどこに出しても恥ずかしくない見事な弁当だった。
重箱に入れれば料亭のものと言われても信じそうな。
どこかの老人が「う~ま~い~ぞ~」とか叫びそうだ。
いや、味の方は知らないけど。
満作のことだから何食っても「流石だ…」とか言って泣いてるし。
さすがに赤坂真紀の弁当に手をつけるのも気が引けて、食ってないし。
しかし、見た目だけでも上達具合が並じゃないのはよく分かった。
というわけで、もしや赤坂真紀のハハオヤに秘密が隠されているのかと思ったのだが。
「マッキーのお母さんて普通の司書さんだし、料理のウデマエも普通だと思うよ?」
「そうか…となるとやはり料理の穴とか、そっち系の修行場に行ったんだろうな。分量
間違えるとヨウシャなくムチが飛んだり、ガケの上に張られたロープの上で料理させられたり、
ちょっとでもミスがあるとお嬢様に何よこの料理はっとかどなられたり」
「最後のだけなんか違うね」
「まぁイメージ映像だからな。あとピンポン球に使える団子とか」
「で、食べると羽衣着て踊るんだ?」
「そうそう。きっとそれくらいしないとあそこまでの上達は望めないぞ」
ああ、今思えば。
「そうだ、早瀬も今度弁当とか、作ってきてくれないか?」
この一言がまずかった。
「え? 私?」
「他に早瀬はいないぞ」
「ええと、私が、キミに、弁当を、作って持ってくる?」
「全く持ってその通りだ」
なんか和訳っぽい言葉が気になったが。
「え、えぇと……本気?」
「おう。本気と書いてマジだ」
「ええええーーーーーーーっ!? 無理無理ゼッタイ無理!!」
「なんでっ!?」
唐突に豪快なリアクションをする早瀬。
「料理、苦手なんだよ……」
しょぼーん、と肩を落としてこっちを見る。ちょっと萌え。
早瀬にとって、料理は割とコンプレックスになってる模様。
「そうなのか?」
そういえば以前に図書室でそんなことを聞いた覚えがある。
あ、前に早瀬の家に行ったときも台所にはカップ麺しかなかったかも。
「包丁持てばゼッタイ手を切るし、火を使えば必ずヤケドするし」
「それはある意味器用なような……」
「マッキーみたいな弁当なんてどうがんばっても無理だよぉ……」
「いや、別にあそこまでじゃなくてもいいって」
さすがに可哀想になってきて、助け船を出すオレ。
「なんでもいいんだよ、早瀬が作ってくれれば」
「なんでも……?」
早瀬がオレを見る。
オレも早瀬の瞳をじっと見る。なんか口説きモード。
「そう、あの赤坂だって、はじめはちっちゃな弁当箱に白いご飯だけという画期的な弁当
だったし。なんだってはじめからうまくいかないのは仕方ないって。大切なのは、早瀬が
オレのために弁当を作ってきてくれるという、そのことなんだ」
ノってきた。
「なぁ早瀬、オレのために弁当を作ってくれないか。オレ、早瀬の作った弁当が食べたい。
もうどんなのでもいいよ。白いご飯だけでも、生野菜のサラダだけでも。ええいもう一声。
ハンテンキノコでも、謎ジャムでもいいって。早瀬がオレの為につくってくれれば、その
キモチだけでオレは腹一杯になれるんだよ。なぁ、頼むよ」
言って、早瀬の目をじっと見る。見る。見る。
早瀬は惚けたようにオレの顔を見ていたが、やがて目をそらすと。
「もう、ズルいなぁ…そんなに言われたら、ゼッタイ断れないよ……」
そう言った。
「ホントか! ホントに作ってくれるのか!」
内心でヒャッホーと小躍りしながら、聞き返す。
「…でも、中身はホントに期待しないでよ?」
ちょっと赤くなりながら、早瀬。
もちろん、そのあとは勉強なんか出来なかった。
まぁ、あれだけ念を込めて早瀬の顔見ちゃったらなぁ。
早瀬もノリノリだったし。
だいたいにおいて、休憩中の会話からこうなってしまうケースが多い。
だいたい98%くらいの確率で。
で、次の日。
なんか疲れたような早瀬がそこにいた。
「おう、おはよう、早瀬」
「おはよ……」
あえて表現するなら、うだー、という感じで机に突っ伏す早瀬。
「ん? どうした、なんかへろへろしてるな」
「うん……」
そのまま顔も上げずに返事をしてくる。
「お前が原因だ」
「うわ、蕪皿、いつの間に!?」
「お前が原因で、美奈はこうなった」
「オ、オレ?」
「美奈の手」
「え?」
言われて、早瀬の手を見る。
「わ、ダメ……」
隠された。
「気をつけた方がいいぞ」
「なにが?」
「指が足りなくなってるかもしれない」
顔色も変えずに、蕪皿は言ってくる。
「なにぃ!」
「い、いくら何でもそれはないよ!」
言って、早瀬はこっちに手を広げて見せる。
「ほ、ほら、ちゃんと10本あるよ!」
「あ…」
「あ…」
早瀬の手のひらを、じっと見る。
「……」
「……」
「早瀬…ずいぶんデコレーションされた手だな」
「わわっ! 見ないでっ」
あわてて後ろに隠すが、時すでに遅し。
オレは見てしまった。
指! 指!
余すところなくバンソーコーが貼られ、しかもあちこち血がにじんでいる。
「そうとう痛いんじゃないか、それ…」
「ダイジョーブ、ぜんぜんダイジョーブだからっ」
「今日、美奈を起こしに行って驚いた」
淡々と語る蕪皿。ぜんぜん驚いたように見えないが。
「床には血の水滴がぽたぽたと垂れた後、壁には手のひら型の血痕。台所にはあちこちに
切り裂かれた野菜が散乱し、その中に美奈は倒れて寝てた」
……。
えーと。
なんですか、そのジョーキョーは?
オトギリソウ? バイオ?
「まな板に垂直に包丁が突き刺さっているのを見たときは、流石に美奈の手の込んだ悪戯
かと思った」
「うー、だから料理は苦手なんだよ…」
「それ、苦手とかそういうレベルなのか……?」
「今回はまだましな方だった」
ぴ、と指を一本立てて、蕪皿。
「以前、唐突に美奈が私と真紀に料理を振る舞うと言い出した」
「カブちゃん、その話は…」
「多分、料理のうまい女の登場する映画でも見たのだろうと思った」
トウゼンのように、蕪皿が制止された程度で話をやめるわけがない。
「私も真紀も止めた。結果は見えていたからだ。しかし、美奈は断固として引かなかった。
仕方なく、妥協案を出した。作っている間、私と真紀が隣の部屋で待っていると。美奈は
それを飲んだ」
「隣の部屋で待つのが妥協案なのか?」
「そうしておけば、例えば美奈が手首を切って失血死することはないだろうと思った」
失血死……。
料理の話題でそんな単語が出てくる時点で、何か致命的に間違ってるような気がする。
「しかし、私達は甘かった。美奈という存在を見くびっていた」
「どうなったんだ、いったい…」
聞くのが怖い。
しかし、蕪皿の、妙に引き込まれるしゃべりに、興味をそそられているのも事実。
「ほんの5分ほど、私と真紀は話に興じていた。まだ美奈は調理を始めたばかりで買って
来た食材を広げているだけのはずだった。しかし、美奈はすでに気を失っていた」
「なんでっ!?」
食材を広げるだけで気絶!?
「食材を広げようとした美奈は、食材を包んでいたビニール袋についていたシールに髪を
べっとりつけてしまった。引きはがそうとしているうちになにをどう間違えたのか、その
髪で自分の首をしめてしまったらしい」
……なんじゃそりゃ。
「以来、美奈は髪を後ろでくくるようになった」
なにぃ! 早瀬のトレードマークのポニテにはそんな発祥が!
「うう…カブちゃん…そんなこと昔のこと説明しないでよ……」
気付くと、早瀬は隣の席で突っ伏しながらも恥ずかしがってる。
「ちなみに、言うほど昔ではない」
「だから説明しないでよー……」
「だから」
蕪皿は、先ほどから立てていた指をぴ、とこちらに向けてくる。
「何が出てきても食え」
「そ、そんな恐ろしいものが出てくるのか……」
「食え」
なんかゴゴゴ……と音が聞こえてきそうな蕪皿。
実はジョースター家の一員じゃないだろうな。
「なにが出てきてもだ」
そして、冒頭に戻る。
舞台はいつもの屋上。
「……あけるぞ」
「うむ」
「……本当にあけるぞ」
「うむ。どんといくがよい」
「……本当に本当にあけるぞッ」
「…お主、本当は開けたくないのではないだろうな?」
あきれたように言ってくる満作。
くそう、お前も前に赤坂真紀に初めて弁当をもらったばかりの頃は似たような感じだった
くせに!
「…とりあえず、わしは真紀殿の弁当を食させてもらうぞ」
にへらー、と笑う満作を尻目に、オレは弁当箱とにらめっこ。
……何が出てくる!?
とりあえず多少は覚悟を決めないといけなさそうだった。
以前、図書室で話をしたときに作ると言っていたのはサンドイッチだった。
しかし、今オレの前に鎮座ましましてるのは普通の男性用の弁当箱、アルミ製。
サイズからいってサンドイッチが入っているようには見えない。
いや、早瀬の料理オンチッぷりから見て、この中にサンドイッチがみっちり詰め込まれて
いる可能性もないとはいえない。
というか、あの早瀬の手。
血か!? 血なのか!?
開けた途端にスプラッタという可能性が捨てきれない。
しかし。
思い出す。
なぜ早瀬があそこまで手を傷だらけにしたのか。
なぜ、朝から早瀬があんなに疲れ切っていたのか。
オレだ。
オレが頼んだから。
しかも、結構ムリ言って。
食わないわけにはいかない。
オレの手の中にある、弁当箱の重み。
それは、そのままオレへの想いだった。
だから。
オレは、ソレに応えてやらないといけない。
「ま、満作っ」
「む、どうした友よ」
「ちょっと、むこう向いててくれないか」
「うむ…愛情を独り占めしたいというのだな。その気持ちはよく分かるぞ」
ハズカシイことを言いながら、ちょっと離れたところに移動して、食事を再開する満作。
すーはー。
ちょっと深呼吸。
「いざ」
「行くぞっ」
小声で気合いを入れて。
オレは、弁当箱を開けた。
「あ、高辺クン……」
昼休みの終わり。
オレの姿を見ると、早瀬はさっとこっちに走り寄る。
「ど、どうだったかな……」
かなり緊張した様子で聞いてくる。
「あー、うん、えと……うまかったよ」
ところどころ、赤黒いものがついてなければもっとよかった、とは言えない。
でも血の海を想像してたオレには、ソレはたいしたことなかった。
ちなみに中身は割とオーソドックスな弁当だった。
ご飯。ハンバーグ。唐揚げ。ほうれんそう。
レトルトのものもまざっていたみたいだけど、この際ぜいたくは言わない。
「ただ……」
「ど、どこか問題あった…!?」
「……早瀬」
「うん」
「味見、した?」
「え!? いや、作ってたら時間ぎりぎりになっちゃったから、してない……けど…」
みるみる早瀬の顔が不安に染まる。
「あじ……おいしくなかった……?」
「あ、いや、その…」
早瀬の顔を見てると言いづらい。メッチャ言いづらい。
「いや、なんでもない! うん、うまかった。また作ってくれると嬉しいな」
オレ、早瀬の表情の前に敗北。
後ろで満作が凄い何か言いたそうにしているが無視無視。
「ホント!? ……じゃあ、また作ってくるね♪」
早瀬はホントウに嬉しそうに笑っていた。
いいんだ、これでいいんだ。この表情のためなら。
放課後。
ちゃり、とオレの前に何かが下げられる。
鍵だった。
見覚えがあるようなないような。
「ん」
鍵を持つ手を追っていくと、蕪皿の顔があった。
「これは……」
「美奈の家の鍵だ。明日から、お前が起こしに行け」
「なんで…?」
「毎朝スプラッタを見に行く趣味はない」
言って、無理矢理鍵をオレの手に押し込む。
「それにお前に起こされる方が、美奈も喜ぶ」
言うと、用は済んだとばかりに蕪皿は歩いていってしまった。
明日から…オレが早瀬を起こす。
それは、ちょっと、ワクワクする想像だった。
そのためには、1時間くらい早く起きないといけないけど。
そして、明日。
早瀬を起こす前に。
アイツの家にあるタバスコを全部隠してしまおう……。
まだヒリヒリする唇を押さえて。オレは思った。