柚瑠「どうも、乙野柚瑠です。たしかに桜の花が咲いてるのを見かけると、春になったなぁっていう感じがするよね」
政実「うん。まあ、春と言えばこれっていうのは他にもあるだろうけど、自分的にはやっぱり桜が春を一番感じるかな」
柚瑠「そっか。さてと、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・柚瑠「それでは、第3話をどうぞ」
第3話 春風と二つの出会い
色々な出会いと別れが訪れる季節、春。そんな春のある日の事、僕が椅子に座りながら机に頬杖をついていた時、開け放されていた窓から春風と共に桜の
桜の花弁……せっかくだから、この小さな来訪者を本の栞にしたいところだけど、机の上に置いておいてのんびり眺めるのもありだなぁ……。
指で掴んだ花弁を見ながらボーッとそんな事を考えていた時、近くからクスクスと笑う声がした。
「桜の花弁と柚瑠君、中々画になる光景ですね」
「明志さん、それに景光さんも」
「その花弁、どうするおつもりですか?」
「そうですね……まだちょっと悩んでます。本の栞に加工しても良いんですけど、机の上に置いてのんびり眺めるのも良いかなと思って」
「なるほどのぅ……まあ、どちらにしても花弁一枚よりは花自体を手にいれた方がより良さそうに思えるが、どうするかは柚瑠が好きな方にすればよい。それより、そろそろ朝食の時間だと陸斗達が言っておったぞ」
「あ、わかりました」
返事をして窓を閉めると同時に花弁をとりあえず机の上に置いた後、僕は明志さん達と一緒に部屋を出て、そのままリビングがある一階へと降り始めた。そして降りた後、リビングに入ってみると、そこには朝食の準備をする陸斗さん達の姿があった。
「父さん、母さん、おはよう」
「ん……おお、柚瑠か。おはよう」
「おはよう、柚瑠。ご飯の準備手伝ってもらって良い?」
「うん、良いよ」
頷きながら答えた後、僕は明志さん達と一緒に朝食の準備を手伝い始めた。この下界で暮らし始める事数年、僕は乙野柚瑠としての生活にすっかり慣れてきていた。
最初は少し気恥ずかしかった父さん母さん呼びや敬語を使わない話し方も普通に出来るようになり、明志さん達との『力』を高めるための修行や人ならざるモノ達についての授業の傍ら、父さんとの朝のジョギングや筋トレでの体作り、母さんとの料理特訓などもするようになったからか二人との仲も前よりも深まっているような気がしていた。
でも、体力や筋力もまだまだ十分じゃないし、料理の腕や知識や『力』の使い方もまだ未熟だ。だから、これからもみんなと一緒に精一杯頑張っていかないと。
そんな事を考えながら手伝っている内にテーブルの上には朝食が並び、僕達はそれぞれの席へと座る。そして、いつものようにいただきますの挨拶をした後、僕達がそれぞれのペースで食べ始めると、父さんがニッと笑いながら話しかけてきた。
「柚瑠、今日から小学生になるけど、緊張してたりしないか?」
「特にはしてないよ。僕にとって初体験ではあるけど、緊張よりはわくわくの方が強いかもしれない」
「そうか。まあ、学校では良い事も悪い事も等しくあると思う。けど、いつかはそれらを引っくるめて大切な思い出になる。だから、やりたいと思った事はどんどんやってけ。それはお前にとって本当に大切な財産になるからさ」
「うん、わかった。勉強も運動も精一杯頑張って、たくさん友達を作れるように頑張るよ。こうしてまた命を貰えたからには、悔いの残らない人生にしたいからさ」
「うん。でも、何かあった時は一人で抱え込まずに私達にも相談してね。必ず問題を解決出来るわけでは無いかもしれないけど、私達なりの意見くらいは言えるから」
「うん!」
母さんの言葉に頷きながら答えていた時、僕の頭の中にふと柚希君の顔が浮かんだ。
……本来、この位置にいるべきなのは柚希君で、彼はここに陸人さんと七海さんがいる事を知らずに辛さと哀しみを堪えながら生きている。
でも、シフルさん達の計画のためにもまだ言うわけにはいかないし、彼との約束を果たすためにも僕はもっと成長しないといけない。そして、もっと成長していつか柚希君の事を支えられるようになる。それが僕にとっての最大の目標だから。
自分の目標を再確認した後、僕は胸の奥で燃えるやる気の炎を感じながら朝食を再び食べ始めた。
「……えーと、後は用意してもらったスーツに着替えて、と……」
朝食を食べて全員で後片付けをした後、僕は自分の部屋に戻って小学校の入学式に出るための準備をしていた。
一応、この家に住み始めてから幼稚園には通わせてもらったから同じくらいの子とのふれあいは少しずつ慣れてきたけど、環境が違えば接し方もまた変わってくるはず。
だから、その辺をしっかりと考えながら学校生活を送ろう。僕自身が楽しく平穏な毎日を送りたいのはもちろんだけど、父さん達にいらない心配をかけるわけにもいかないから。
スーツに着替えながらそんな事を考えていたその時、部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえ、それに続いて父さんの声が聞こえてきた。
「柚瑠、準備は出来たか?」
「うん、後はスーツを着終わるだけ──よし、着替え終わったよ」
「わかった。それじゃあ俺達は玄関にいるから、早く降りてくるんだぞ」
「はーい」
僕の返事を聞いて父さんが階段を降りていく音が聞こえた後、僕は荷物を入れたランドセルを背負い、机の上に置いてある『リカバリー・クリスタル』を手に取って通してある麻紐をゆっくりと首に掛けた。
治癒や浄化の力を願った際に手に入れたこの水晶。本当は特に加工をするつもりはなかったけれど、何かアクセサリーのような形にした方が持っておきやすいんじゃないかという父さんの言葉を聞いて、僕はシフルさんにお願いしてこのペンダントの形にしてもらった。
ブレスレットや指環など他にも選択肢はあったけれど、何故かペンダントにして持っておきたいと強く思ったため、こうしてペンダントとして持っておく事にしていた。
でも、結果的には大正解だったかな。この形なら使いたい時にすぐに手に取れるし、指環やブレスレットと違ってどっちの手でも触りやすいから。
そんな事を考えながら『リカバリー・クリスタル』を指で弾き、それによって出た綺麗な音に心が癒されるのを感じた後、部屋の戸締まりをしてからドアを開けて部屋を出た。そして、玄関に向かうために階段に向かって歩き始めようとしたその時だった。
「ゆーずる♪」
「……えっ?」
楽しそうな父さんの声が聞こえ、それに対して驚きながら振り向くと、そこには降りていったはずのスーツ姿の父さんが楽しそうな笑みを浮かべながら立っていた。
「と、父さん……?」
「ははっ、ドッキリ大成功だな」
「で、でも……さっき降りていった音が……」
「ああ、音の大きさを変えながら階段を足で叩いてただけだよ。柚瑠は結構素直だから、引っ掛かるかなと思ってたけど、まさかここまでしっかりと引っ掛かってくれるとは思ってなかったから驚いたぜ」
「もう……まだ階段を降りる前だったから良かったけど、もしかしたら階段を踏み外してたかもしれないんだよ?」
「ははっ、悪い悪い。けど、お前には気や波動を感じ取る力があるんだから、何か必要なタイミングがあったら、積極的に使ってみた方が良いぞ? あるのに使わないのはもったいないし、使い慣れておかないといざという時に使えなくて後悔する事にもなりかねないからな」
「父さん……」
笑いながら言う父さんだったけれど、その目はどこか真剣で、僕の事を考えて言ってくれているのがしっかりとわかる程だった。
父さんの言う通りだ。貰った物の内、『力』以外の物は使う機会が中々無かったからそんなに使ってこなかったけど、世の中どんな事が起こるかはわからない。急に命を落とすかもしれないし、誰かと急にお別れをしないといけない事だってある。実際、柚希君と父さん達はそんな突然の出来事で離れないといけなくなったのだから。
「……わかった。そんなにしょっちゅうは使えないかもしれないけど、積極的に使って慣れておくようにするよ」
「おう。さて、それじゃあそろそろ行こうぜ。入学式にも遅れるが、七海の事を待たせるのも悪いからな」
「うん」
頷きながら返事をした後、僕は父さんと一緒に歩きだし、ゆっくりと階段を降り始めた。そして玄関に向かうと、そこではスーツ姿の母さんが明志さん達と楽しそうに話をしており、僕達が近づいていくと、母さんはゆっくりと僕達の方に顔を向けた。
「二人とも遅かったね。何か話してたの?」
「んー……まあ、親子らしいふれあいをちょっとな」
「後はありがたいお言葉を頂いたよ」
「そっか。それなら、私も参加したかったな。私も柚瑠の驚く顔が見たかった」
「驚く顔って……母さん、父さんが何をしたか知ってたの?」
「ううん、まったく。でも、陸人君は昔から誰かを驚かせたり場を盛り上げようとするのが好きだから、おおよそ降りていったように見せかけてドアの影に隠れて柚瑠を驚かせたんでしょ?」
「う、うん……」
さっきの出来事をしっかりと当てられてぼくが驚きながら頷くと、母さんは僕を見ながらクスクスと笑う。
「やっぱりね。私もよくやられてたからそうかなと思ったんだ」
「けど、兄さんにはまったく通じない辺り、流石は神様ってところだよな。それどころか逆にドッキリを仕掛けられた事もあるし」
「天斗さんは大人っぽい印象があるけど、結構そういう事も好きだからね。私も何回かドッキリを仕掛けられたけど、天斗さんが仕掛けてきた時はいつも落ち込んでた時や哀しかった時だから、それにはいつも元気付けられてたよ」
「俺もそうだったよ。普段は大人っぽい上に優しくて、学校の成績も全体的に良い上に頭もキレて生徒会長なんかもしてたから、周りからの人気も男女問わず高かったし、俺からすれば本当に自慢の兄貴だな」
「でも、母さんはそんなシフルさんじゃなくて父さんを好きになったんだね」
僕のその言葉に母さんは微笑みながら頷く。
「まあね。たしかに天斗さんは顔も良いし雰囲気も柔らかい人だし、色々な知識を知っていて話も面白い人だから、一緒にいるのは楽しい人だとは思う。
でも、私にとっては陸人君と一緒の方がもっと楽しくて落ち着けたし、初めて会った頃から陸人君の太陽のように明るいところとか自然と周りを元気にしていけるところに惹かれていたからね」
「ははっ、ありがとうな。けど、俺だってそうだ。自慢じゃないが、俺も小さい頃から他の女子から結構告白されたり手紙なんかを渡されたりした。
けど、七海と一緒にいる方が楽しくて穏やかな気持ちになれたし、本を読んでる時の画になる綺麗さや悩んでる相手にしっかりと向き合いながら話を聞いてやれる優しさには初めて会った頃から惚れてたよ」
「ふふ、ありがとう。まあ、柚瑠もそういう子が出来るかはわからないけど、色々な子と出会って話をして、そうしていく中で自分にとって本当に大切だって言えるような相手を見つけてくれたら嬉しいな」
「だな。一人でもそういう相手がいれば、毎日が楽しくなるし、頑張る活力にもなるからな」
「うん、わかった」
僕が頷きながら答えると、父さんは満足そうに頷き、明志さん達へ視線を向ける。
「よし、それじゃあそろそろ行くか。明志さん、景光の爺ちゃん、昼には帰ってくるから、それまで留守番よろしくな」
「はい。皆さん、気をつけて行ってきて下さいね」
「留守は儂らが守る故、お主らは心配や緊張などせずに行ってこい」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」
その言葉に明志さん達が頷いた後、僕達は靴を履き、入学式が行われる小学校に向かうべく玄関のドアをゆっくりと開けた。
「……ふぅ、入学式長かったなぁ……」
数時間後、入学式が終わると同時に僕達はクラスごとに分かれてそれぞれの教室に行き、生徒の保護者達が別の場所で話を聞いてる間、僕達は担任の先生の話を静かに聞いていた。
もっとも、静かなのは僕みたいに疲れてる子が多いからなのかもしれないけどね。でも、ザワザワして話が中々進まないよりはずっと良いし、先生的にもこれは助かるのかもしれないなぁ。
そんな事を考えながらボーッとしていた時、先生が自己紹介をしようと言い始めたのが聞こえ、他の生徒達はワクワクした様子でざわつき始める。そして、先生はそれを軽く制した後、左端の席の生徒に自己紹介をするように促し、その子は少し緊張した様子で頷いてから立ち上がって自己紹介を始めた。
その内に僕の前の席の子の自己紹介が終わり、僕は自己紹介をするためにスッと立ち上がった。
「乙野柚瑠です。どうぞよろしくお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げてから席に座ると同時に周囲から拍手が上がり、拍手が止むと同時に次の生徒が自己紹介を始めた。
ふぅ……緊張した。さて、帰ったら何をしようかな。父さん達と話すのも良いけど、明志さん達と『力』の特訓をしたり人ならざるモノ達についての授業を受けるのも良いなぁ。
午後からの事について考えている内にクラスメート達の自己紹介が終わり、担任の先生が笑顔で話を始めた。
「さて、今日はこれで終わりです。明日から授業が始まりますので、これから頑張っていきましょう」
『はい』
「よろしい。では皆さん、帰りの挨拶をするので立ってください」
その言葉を聞いて僕達が立ち、先生の挨拶に続いて挨拶をした後、先生は笑みを浮かべながら頷いてから教室を出ていった後、クラスメート達は周りの子達と話を始めたり帰り支度を始めたり、と思い思いの行動をし始めた。
さてと、父さん達の方はまだみたいだし、昇降口で待ってようかな。でも、待ってる間は何しよう……明志さん達についてきてもらっていたら、待ってる間に色々な話を聞けたんだけどなぁ。
ランドセルの中から取り出した『友の書』を眺めながら少し残念に思っていたその時だった。
「お前、変わった本を持ってるな」
「え?」
隣から声をかけられ、驚きながらそっちに視線を向けると、そこには子供用のスーツを着た少し鋭い目付きの短い黒髪の男の子が立っていた。そして、その子の視線が僕が持っている『友の書』に注がれている事に気づき、僕は微笑みながらコクンと頷いた。
「うん。父さんの知り合いからもらった物で、妖怪や神獣みたいな人ならざるモノ達について描かれた画集みたいな物かな」
「そうなのか」
「君もそういうのに興味があるの?」
「まあ、多少な。現実にいるかはわからないけど、もしいるなら会ってみたいとは思ってるよ」
「……そっか」
その子の言葉に嬉しさを感じていると、その子は優しい笑みを浮かべながら僕に手を差し出す。
「自己紹介がまだだったな。俺は
「僕は乙野柚瑠。これからよろしくね、一騎君」
「ああ」
一騎君と握手を交わし、初日から仲良く出来そうな子を見つけられた事に嬉しさを感じていたその時、こっちに向かってくる足音が聞こえ、僕達はそちらに顔を向ける。
すると、そこには可愛らしい笑みを浮かべながら僕達を見る女の子用のスーツ姿の短い茶髪の子と少し迷惑そうな顔をしながらその子を見る女の子用のスーツ姿の長い黒髪の女の子が立っており、長い黒髪の子の綺麗な顔立ちと背筋のしっかりとした立ち姿を見た瞬間、僕の頬が徐々に熱くなっていくのを感じた。
え、え……何、この気持ち……?
その感じた事の無い気持ちに戸惑っていると、一騎君は短い茶髪の子に視線を向ける。
「お前達は?」
「アタシは
「名前くらい自分で言うわ、晶夏。私は
「残念ながらってなにさ、泉。本当は嬉しいくせに~」
「私の気持ちを
「そりゃあこんなに面白そうな奴らを見つけたら声をかけたくもなるでしょ。二人ともなんとなく只者じゃない雰囲気がするし」
その言葉を聞いて僕が体をビクリと震わせる中、一騎君はニヤリと笑いながら晶夏ちゃんに話しかけた。
「へえ……只者じゃない雰囲気なんて初めて言われたぜ。まあ、そういうお前もなんだか普通じゃない感じがするけどな」
「その言葉、誉め言葉として受け取っておくよ。ところで……そっちのアンタ」
「え、僕……?」
「そう。アンタ、さっき泉を見ながらボーッとしていたけど、もしかして泉に一目惚れでもしたかい?」
「ひ、一目惚れ……!?」
「ああ。まあ、泉はさっきも見たように結構ツンケンとしてるし、はっきりとしない相手が嫌いな質だけど、根は良い子だからアンタの人を見る目は大したもんだよ」
「はあ……晶夏、それがハッキリとしていないのにそんな事を言われても相手が困るでしょう? そうよね、君?」
泉ちゃんから視線を向けられ、僕の心臓が少しずつ鼓動を早める中、僕は言葉が途切れ途切れにならないように気を付けながら話し始めた。
「えっと……これが一目惚れっていう物なのかはわからないけど、泉ちゃんを見て綺麗な子だなと思った瞬間に頬が少しずつ熱くなっていく感じがして……」
「そ、そう……」
「それで、今こうして話せるのがすごく嬉しく感じてて、もし泉ちゃんが恋人だったらすごく嬉しいし幸せかもしれないっていう気持ちになってて──」
あ、あれ……? ぼ、僕は今何を言ってるんだろう……?
話している内に頭が泉ちゃんの事でいっぱいになり、自分でも何を言いたいのかわからなくなってきた頃、泉ちゃんは赤い顔を俯かせながら僕を制するように目の前に両手を広げた。
「も、もう良いわ! それ以上言わなくて大丈夫だから!」
「う、うん。ご、ごめんね……初対面の相手からいきなりそんな事を言われても迷惑だったよね……?」
「め、迷惑とかそういう事は無いわ。た、ただ……そういう事を言われたのは初めてだったから、その……どうしたら良いかわからなくなっただけで……べ、別にそれが嫌だったとかそういうのじゃ……」
泉ちゃんが顔を更に赤くしながら答えていると、晶夏ちゃんはクスクスと笑いながら泉ちゃんの頭を撫で始めた。
「アンタ、本当に大したもんだよ。泉をここまで照れさせるなんて」
「そ、そうなの?」
「ああ。泉は自分から誰かと仲良くなろうなんてしない方だし、言い方もキツいからこうして話すのはアタシくらいだった。だから、アンタのように真っ正面から気持ちを言ってくる相手っていうのは泉からすれば初めてなんだ」
「つまり、辿々しかったとはいえ、自分が感じた好意をこいつから真っ正面から向けられた結果、その経験が無かった故にこうして照れてしまった、と」
「そういう事。やっぱり、アンタ達に話しかけに来て良かったよ。おかげで珍しい物を見られたからね」
「晶夏……!」
泉ちゃんが赤い顔のままで晶夏ちゃんをキッと睨むと、晶夏ちゃんは余裕綽々といった様子でニッと笑った。
「はいはい、怒らない怒らない。でも、アンタだってああいう風に言われて別に悪い気はしないはずだし、こうして入学式の日から話せるクラスメートが増えたのは良い事でしょ?」
「…………」
「まあ、この先二人の関係がどうなっていくのかわからないけど、アタシはそれをそばで楽しませてもらうよ。アンタもそのつもりだろ? えーと……」
「結城一騎だ。そして、こっちは乙野柚瑠だ」
「一騎と柚瑠だね。それじゃあ二人とも、改めてこれからよろしく頼むよ」
「ああ、よろしくな」
「……よろしく」
「う、うん。こちらこそ……」
笑顔を浮かべる一騎君と晶夏ちゃん、そしてお互いに顔を赤らめる僕と泉ちゃんという変わった構図になった僕達の出会いはこうして始まった。自分的には思っていた形とは違ったけれど、不思議と悪い気はしなかった。
これからどんな出来事が待っているのかわからないけど、なんとなくみんなとなら頑張れて乗り越えられる気がする。だから、これからみんなと一緒に色んな事に挑戦してみよう。自分を高めるため、そして目標を達成するためにも。
みんなの姿を見ながら僕は胸に手を当て誓った。胸の奥がポカポカと温かくなるのを感じながら。
十数分後、学校を出た僕達が家に向かって歩いていると、父さんが歩きながら気持ち良さそうに体を上に伸ばした。
「ん……必要な事とはいえ、ずっと座りながら話を聞くのはやっぱり疲れるな」
「そうかもね。でも、父さんだって学生だった頃は座って授業を受けてたんでしょ?」
「そりゃな。けど、早く体を動かしたくてウズウズしてたぜ?」
「陸人君、昔から体を動かす事が好きだからね。お昼を食べたら他の子達とすぐにグラウンドに行ってサッカーとかおいかけっこをしに行くくらいだったけど、それでも授業自体は真面目に受けてたし、体育以外の学校の成績も良かったんだよ」
「そうなんだ」
「はは、まあな。まあ、クラスや学年でトップになれなんて言わないけど、少なくとも周囲から呆れられない程度には学業に励めよ? あの可愛い子に嫌われたくなかったらな♪」
父さんのからかうような笑みを見た後、僕は小さくため息をついてからさっきまでの出来事を想起した。
数分前の事、僕が教室で一騎君達と話していた時、話を聞き終えた父さん達が教室まで迎えに来ると、僕達が一緒にいるのを見て父さん達と一騎君達のご両親が挨拶を始めた。
そこまでなら別に問題はなかったけれど、その後に晶夏ちゃんが真剣な表情を浮かべ、泉ちゃんのご両親に何かを耳打ちし始めた。
そして、それが終わると同時に泉ちゃんのご両親は父さん達と一騎君のご両親に近づき、何か小さな声で話を始め、話を終えた父さん達が真剣な表情で頷くと、泉ちゃんのご両親は次に僕と一騎君に近づき、どうかこれからも娘と仲良くしてくれと頼んできた。
それを別に断る必要はなかったし、こうして仲良くなった相手の事を嫌う理由も無かったから、僕達はそれに対して頷いた。そしてその後、僕達の家が結構近くにある事から、何かそれぞれに理由が無い時は一緒に登下校をする約束をし、その後はそれぞれ帰っていった。
……あの時の泉ちゃんのお父さんの言葉に別に変なところは無い。けれど、波動を感じ取ろうとしなくても何となくわかった事がある。あの時の泉ちゃんのお父さんの言葉。その真意は別にあるって。
「……父さん、母さん」
「ん、なんだ?」
「柚瑠、どうかした?」
「泉ちゃんのお父さんから何を言われたの?」
それを聞いて父さん達は揃って真剣な表情を浮かべる。
「……やっぱり、気になるか?」
「まあね」
「んー……まあ、普通の子供と違って別に話しても問題はないんだが、こういうのは本当は本人達から聞くのが一番なんだよな」
「そうだね。でも、泉ちゃんのお父さん達からすれば、柚瑠や一騎君、晶夏ちゃんのように近くにいる相手がいてくれれば助かるって考えてるのは間違いないかな」
「やっぱり、そうなんだね」
「ああ。特に柚瑠みたいな奴が、だな」
「僕みたいな子が?」
「うん。でも、これに関しては陸人君の言う通り、いつか本人達から聞いた方が良いね。あの感じだと本当に話さないといけない時にはしっかりと話してくれると思うから」
「わかった」
母さんの言葉にコクンと頷いていたその時、ふとこっちに向かって何かが近付いてくるのを感じ、僕が立ち止まって辺りを見回していると、父さんが少し警戒した様子で話しかけてきた。
「……何か近づいてくるのか?」
「うん……まだ弱いけど神力を持ったモノが来てるみたい」
「神力……という事は、近付いてきてるのは神様や神獣みたいなモノって事だね」
「だな。柚瑠、それはどこから来てる?」
「えっと……あっち、かな」
そう言いながら上空を指差していたその時、太陽を背にしながら小さな何かが降りてきてるのが見え、僕は警戒をしながらそれを待った。
そしてそれから程なくして、それが大きく翼を広げた小さな鳥のようなモノだとわかり、その正体についても何となく予想がついた時、それは僕達の目の前で動きを止め、その場に滞空しながら僕に話しかけてきた。
「……この様々な物が入り交じった力の主はお前で間違いないんだな?」
「うん、そうだよ。君は……『ホルス』で良いんだよね?」
「そうだ。俺はヌール、お前の言う通り、ホルスだ」
ヌール君は僕の事を真っ直ぐに見つめながら頷いた。
『ホルス』
オシリスとイシスの間に生まれた隼の姿をしたエジプトの男神。
様々な異名を持つ上に各地で信仰されており、漫画やゲームなどでもモチーフとしたキャラクターが登場するなど世界でもよく名前が知れ渡っている。
瑞獣、妖怪と来て今度は神様か……まあ、転生者の僕が言えた事では無いかもしれないけど、どうしてここにホルスがいるんだろう?
そんな疑問を抱きながら僕はヌール君の姿を観察した。深紅の羽が生え揃った翼に先がクルリと曲がった金色の冠羽、純白のお腹に鋭い爪を備えた足と精悍な顔立ち、とその小さな体以外はとても威厳があり、神様だと言われても疑う余地が無い程だった。
そうなると、ますます謎だよね。ホルスはエジプトの神様のはずなのに、どうしてこの日本にいるんだろう?
ヌール君がここにいる事について疑問を抱く中、父さんが首を傾げながらヌール君に話しかける。
「ヌール、って言ったか。お前、大きさから察するにまだ子供なのにどうしてここにいるんだ?」
「……あそこは俺がいるべき場所じゃないからだ」
「いるべきじゃない……?」
「ああ。さっき、俺はホルスだと答えたが、正確にはホルスとは言えない。本当のホルスは俺の親父だからな」
「お父さん……たしかオシリスとイシスの間に生まれて、自分のお兄さんであるオシリスを殺したセトを倒して、エジプトの王様になったんだよね」
「そうだ。そして、親父は俺以外にも何人もの子供がいるが、神と神の間に生まれた腹違いの兄弟達と違って、俺は親父が惚れ込んだ普通の隼との間に生まれた歪な存在なんだ」
「普通の隼との間に生まれた……」
ヌール君の言葉を繰り返していると、母さんがふと何かを思い出した様子を見せた。
「そういえば……前に天斗さんから神様の中には自分と同種の動物に力を注ぎ込んでほぼ同じ存在になってもらった上で夫婦になっている方もいるって聞いた事があるかも」
「ああ、そういえばそんな事を言ってたな。つまり、お前はそのパターンで生まれてきたわけか」
「そういう事だ。生まれはどうであれ、俺も神力を持って生まれ、親父達や腹違いの兄弟達がそんな俺の事を差別するような事はなかった。だが、いつしか俺は思うようになったんだ。純粋な神々の中に半神の俺がいるのは間違っているんじゃないかと」
「そんな事……」
「ああ。決してそんな事は無いだろうし、親父達に聞いてもそう返されるだろう。だが、半神である俺の存在のせいで親父達が将来何か不利益を被ったり辛い目に遭ったりする可能性もある。
だから、俺は誰にも言わずに親父達のところから出てきたんだ。ホルスの血筋の分、他の隼達とは姿は違うが、生命力は優れているから簡単には死ぬ事は無いからな」
「でも、ヌール君は本当にそれで良いの? 何も言わずに出てきたって事は、お父さん達もすごく心配してるんじゃ……」
その言葉にヌール君は肩を震わせながら俯く。
「……わかってる。結果として親父達には心配をかけてるし、本来こんな事をするべきでは無かった。だが、他にどうしようも無かったんだ! 俺が親父の後を継ぐ事は無いかもしれないが、半神である分、腹違いの兄弟達よりも力が弱い俺が将来親父達の近くにいても、結局迷惑をかけるだけなんだ!」
「ヌール君……」
涙混じりに言うヌール君に対してどう言ってあげたらわからなくなっていたその時、父さんは僕の肩をポンと叩いた。
「父さん……?」
「柚瑠。お前はヌールの考えをどう思う?」
「僕は……ヌール君の考えは間違ってると思う。生まれつき力が弱いのかもしれないけど、お父さん達の近くにいても迷惑をかけるだけなんて間違ってる。
お父さん達から酷い扱いをされているなら、そこから逃げ出したいのはわかるけど、それとは逆に家族としてしっかりと認められているのなら、本当にこんな事をするべきじゃなかった。
自分の思いをしっかりと話して、その上でこれからの事を一緒に話し合う道だってあったんじゃないかな」
「そうだな。それじゃあ、お前がヌールに対してしてやれる事ももうわかるよな?」
「父さん……」
「俺や七海が自分の考えを話しても良いんだが、たぶんヌールの気持ちにしっかりと寄り添い、心を動かす言葉を言ってやれるのはお前だけだ」
「柚瑠、頑張ってね」
「父さん、母さん……うん、ありがとう」
二人にお礼を言った後、僕は俯くヌール君に話しかける。
「ヌール君」
「……なんだ」
「立場は少し違うけど、僕も君の気持ちは少しわかるんだ。僕も人間の中で暮らしてるけど、普通の人間と違って魂が半分しかない転生者だから」
「魂が半分……そして転生者、か……」
「うん。ちょっと事情があって、元々あった魂が半分になってるんだ。それで、こうして父さんと母さんと一緒に暮らしてるけど、父さん達とは血の繋がりは無いし、転生する前の記憶もない。言ってみれば、僕も君と同じで結構歪な存在なんだよ」
「…………」
「でも、父さんと母さんはそんな僕を本当の息子のように愛してくれてるし、今は事情があって傍にはいない実子と差別をするつもりもないって言ってくれた。本来、ただの協力関係にすぎないのに、そこまでの愛情を注いでくれてるんだ」
「お前……」
「だから、僕は全力でそれに応えたい。僕はまだまだ子供で、持っている力こそ強いかもしれないけど、使い方なんかも未熟なちっぽけな存在だ。でも、いつか父さん達の役に立てるように僕は日々成長し続ける。それが僕の果たすべき事で、僕に出来る唯一の事だから」
「自分に出来る唯一の事……」
「そう。だから、ヌール君も一歩踏み出そう。半神である自分の事を悪く思うんじゃなく、半神だからこそ強みを探してみたり腹違いの兄弟達にも負けないくらい力を強くしたりして、お父さん達に誇れる自分になってみようよ」
微笑みながら言うと、ヌール君は僕の顔をジッと見つめ始めた。そして程なくしてクスリと笑ったかと思うと、少し安心したような笑みを浮かべる。
「……そうだな。このまま自分の無力さなどを嘆いていても仕方ない。それなら、お前の言う通りに出来る事を探した方が良いだろうな」
「うん。きっと、その方がお父さん達も喜んでくれるよ」
「ああ。すまなかったな、初対面でここまで話を聞いてもらって」
「ううん、別に良いよ。あ……そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は乙野柚瑠、父さん達と一緒に人ならざるモノ達と暮らす転生者だよ」
「んで、俺は柚瑠の父親の遠野陸人だ。もっとも、今は乙野陸久として生活してるけどな」
「そして私は柚瑠の母親の遠野七海。陸人君と一緒で事情があって今は乙野南海として暮らしてるよ」
「そうか……皆、本当にありがとう。これで俺も頑張れ──」
その時、父さんのスーツのポケットから携帯電話が震える音が聞こえ、父さんは不思議そうにしながら携帯電話を取り出した。そして画面を見ると、納得顔で頷いてから画面を操作し、ニヤリと笑ってから電話に出た。
「もしもし」
『あ、陸人さん。お疲れ様です』
「お疲れ、兄さん。電話の用件は……家を飛び出した子供の行方についてか?」
『……その様子だと、ヌールさんはやはりそちらにいらっしゃるようですね』
「ああ。さっきまで悩んでたようだけど、俺達が話を聞いて少しは解決出来たからそこは安心してくれ」
『わかりました』
「それで提案なんだけどさ……ヌールをウチで預かるのって大丈夫か?」
その言葉を聞いて僕とヌール君が驚く中、父さんが楽しそうに笑いながら僕達に対して静かにしているように人差し指を自分の口の前に出していると、スピーカーになっている携帯電話からシフルさんの落ち着いた声が聞こえてきた。
『……やはり、そう考えますか』
「ああ。恐らく、そこにヌールの父親もいるんだろ? いなくなった自分の息子の居所を知ろうとしたは良いが、自分にとって目の届くところにはいなかった事から、兄さんの事を頼りに来たんだろうしな」
『はい、その通りです。職場の方にホルスさんがいらっしゃったと部下から連絡がありまして、それですぐに職場に向かった後にホルスさんからヌールさんについてのお話を聞いたんです。
それで、ヌールさんの居所について探ろうとした際、陸人さん達の元にいるという予感がしたので、こうして連絡をしたんです』
「ははっ、大正解だったな」
『はい。そして、ヌールさんを預かろうと言い出したのは、柚瑠君であればヌールさんに寄り添いながら共に高め合えると感じたから、ですよね?』
「そうだ。柚瑠もヌールもお互いにまだまだ未熟で、本当なら名のある術者に預けたり大人しく家に帰して父親達の元でしっかりと特訓をさせた方が良いかもしれない。
だが、ホルスの子供を預かろうとしてくれる術者を今から探すのは難しいだろうし、家に帰したとしても考えを話し合って思いを伝え合うには時間がかかるだろう」
『それならば、一度環境を変えた上で妖怪や瑞獣といったまた違った方からの話も聞け、ヌールさんに寄り添いながら高め合っていってくれる柚瑠君と一緒の方が良いと感じた。そうですよね?』
「その通りだ。それで、どうだ? 一度ヌールの父親に聞いてみてもらえないか?」
『わかりました。少々お待ちくださいね』
その言葉の後、電話の向こうでシフルさんが誰かと話している声が聞こえ始め、僕達は会話が終わるのをそのまま待った。そして、誰かに電話が渡されたような音が聞こえたかと思うと、電話からとても厳かな声が聞こえてきた。
『……もしもし』
「……親父だ」
「やっぱりか。もしもし、初めまして。神のシフルの弟の遠野陸人だ」
『ほう、あなたが噂の弟君か。此度は愚息が迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない』
「いや、別に良いさ。今回の件でウチの柚瑠も良い経験が出来たろうし、親としては今回の出会いには感謝したいくらいだよ」
『……そうか。さて、ヌールを預かりたいという事だったが……』
「ああ。もちろん、断ってくれて全然良い。神の弟とはいえ、知らない人間に自分の子供を預けるのは不安だろうしな」
『いや、不安はない。私もヌールは違った環境の元で成長をしていく方が向いてるかもしれないと考えていたからな。ただ……息子の、ヌールの気持ちに気づいてやれなかった事だけが悔しいのだ。
私は他の子供達とは違う生まれ方をしたヌールを差別するつもりはなく、妻達や他の子供達も同じようにヌールの事を大切な家族の一員として考えて接してくれていた。しかし、私はその状況に満足し、ヌール自身の気持ちに気づいてやれなかった。父親として恥ずかしい限りだ』
「親父……」
電話の向こうから聞こえてくるヌール君のお父さんの哀しそうな声、そして俯くヌール君の辛そうな声に僕が何かをしてあげなきゃと思っていたその時、父さんはふぅと息をついてから微笑んだ。
「良いんだよ、それでも」
『え……?』
「俺もまだ親として未熟だし、柚瑠の考えてる事やして欲しい事について全部をわかってはやれてない。たぶん、俺達に話してないだけで今も自分の中で悩んでたり考えたりする事はある」
「父さん……」
「けどさ、それってやっぱり当たり前なんだよ。俺と柚瑠、あんたとヌールはそれぞれ別の存在だ。それなら、
『それは……そうだが……』
「だから、今回の件は今回の件で受け止めて、今は自分の息子の成長を待っていてやってくれ。ウチで預かる事で接する時間は減るだろうけど、兄さんを介して日頃の様子は伝えてもらうし、何か要望があれば出来る限り応えるからさ」
『陸人殿……』
「まあ、ウチには色々な知識人もいるし、今よりももっと成長した姿を見て、今とはまた違った悔しさを味わう事になるかもしれないけどな♪」
その父さんの言葉を聞いて、僕とヌール君が驚きと焦りでいっぱいになり、母さんがやれやれといった様子で息をつく中、一瞬間が空いてからヌール君のお父さんの低い声が聞こえてきた。
『……ほう、人の子がよく言うではないか』
「お、親父……?」
『……まあ、実際にそうなるかもしれぬな。すまないな、陸人殿。少し対抗してやろうとしてしまった』
「いや、こっちも
『ああ、よろしく頼む。それと……陸人殿のご子息とヌールと話させてもらえるか?』
「ああ、もちろんだ。というわけで……ほい、柚瑠、ヌール」
軽い調子で父さんから携帯電話を渡された後、僕は少し緊張しながら電話の向こうにいるヌール君のお父さんに話しかける。
「も、もしもし……」
『もしもし。初めましてだな、柚瑠殿。この度はヌールが迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない』
「い、いえ。父も言っていましたが、ヌール君との出会いは中々無い体験だったので、自分にとってとても良い経験になりました」
『そうか……柚瑠殿、これからヌールが度々世話をかけるかもしれないが、私の息子をどうかよろしく頼む』
「……はい、もちろんです」
『そして、ヌール』
「……なんだよ、親父」
『お前の気持ちに気づいてやれなかった事、本当に申し訳なかった。お前ともう少ししっかり話していればこんな辛い思いはさせずに済んだはずだ。不甲斐ない父ですまないな』
「……そんな事無い。俺が勝手に思い込んで暴走した結果だから親父は悪くない。むしろ謝るのはこっちだ。心配かけて本当にすまなかった」
『ヌール……』
「自分でも感じてる通り、俺はまだまだ未熟だ。だから、今回の件を良い機会に柚瑠達の元で俺はしっかりと成長する。自分だからこそ出来る事を見つけ、親父達が驚く程の成長をしてみせるよ」
『……そうか。では、その時を待たせてもらおうか。もっとも、時々は様子を見に来るかもしれないが、その時には成長したお前の姿を見られるように楽しみにしているぞ』
「ああ」
お父さんの言葉に返事をするヌール君の声は静かだったけれどどこか嬉しそうで、さっきまでの辛さや哀しさといった感情はどこにもなかった。
……良かった。ヌール君とお父さんが少しでも気持ちを通じあえたみたいで。
そんな事を思っていた時、電話の向こうからガサガサっという音が聞こえたかと思うと、電話からシフルさんの声が聞こえてきた。
『もしもし、柚瑠君』
「あ、シフルさん。お疲れ様です」
『はい、お疲れ様です。今日はそちらも入学式だったかと思いますが、初めての学校はどうでしたか?』
「はい。少し緊張しましたが、新しい友達も出来たので、これからの学校生活がとても楽しみです。柚希君はどうでしたか?」
『そうですね。柚希君も何事もなく入学式を終え、とても良いお友達と出会えたようですよ』
「それなら良かったです。あ、父さんと替わりますか?」
『いえ、大丈夫です。柚瑠君、これからも陸人さん達やお友達と一緒に協力しながら頑張っていってくださいね』
「わかりました」
『はい。それでは、失礼します』
その言葉を最後に電話が切れ、携帯電話を父さんに渡した後、僕はヌール君に対して微笑んだ。
「さてと……それじゃあこれからよろしくね、ヌール君」
「ああ、こちらこそよろしく頼む。それにしても……まさか出会ったのが親父と同じ神の親類だったとはな」
「ははっ、お前からすればビックリだよな」
「ビックリと言えば、父さんがヌール君のお父さんに対して煽るような事を言った時は本当にビックリしたし焦ったよ。まったく……母さんもまたやってるみたいな感じの顔をするだけで止めないし、聞いてるこっちはヒヤヒヤしたんだからね?」
「悪い悪い。けど、俺だってそういうのは相手を考えてやるぞ? それに、ああやったのはあの空気をどうにかしたかったからだし、おかげでヌールの父親も威厳のあるところを見せられたからな」
「それはそうかもしれないけど……」
「まあ、それについては後にしようぜ。とりあえず今はヌールの登録が優先だからな」
「あ、それもそうだね」
頷きながら答えた後、僕はランドセルから『友の書』を取り出してからヌール君に改めて
「この本が別の世界への扉、か……この世というのは本当に広いな」
「そうだね。さて、それじゃあそろそろ始めようか」
「ああ」
ヌール君が返事をした後、僕は『友の書』の空白のページを開き、ヌール君と一緒にそこに触れてから目を閉じて自分の『力』を注ぎ込むイメージを浮かべた。
すると、僕の中の『力』が右手を通して『友の書』に流れ込んでいくイメージが浮かび、それと同時に徐々に体の力が抜け始めた。けれど、足にしっかりと力を入れてそれに耐え、完全に注ぎ込まれたという感覚があった後、僕はゆっくりと目を空けると、そこには大きく翼を広げて大空を翔ぶヌール君の姿とホルスについての詳細な文章が浮かび上がっていた。
「ふぅ……登録完了」
「お疲れ、柚瑠。それにしても……瑞獣に妖と来て、今回は神様とはな。この調子だともっとすごいのが登録されていきそうだな」
「あはは……もしそうなったらすごいけど、その分のプレッシャーも大きいかな」
「ふふ、そうだね。さて、それじゃあそろそろヌール君を出してあげようか」
「うん」
返事をした後、僕はヌール君のページに手を置き、ゆっくりと魔力を注ぎ込んだ。そして、出てきたヌール君が肩に留まった後、僕はヌール君に話しかけた。
「居住空間はどうだった?」
「……ああ、様々な力が程よく混じりあっているからか体も動かしやすく、とても過ごしやすい印象だったな」
「それなら良かったよ。さてと、そろそろ家に帰ろっか。明志さんと景光さんにもヌール君の事を紹介したいしね」
「そうだな。よし……それじゃあ行こうぜ、みんな」
父さんの言葉に頷いた後、僕は新しい仲間と友達が出来た喜びを感じながら晴れ渡った空の下を父さん達と一緒に歩き始めた。
政実「第3話、いかがでしたでしょうか」
柚瑠「向こうも仲間になってるのはだいぶすごいモノ達だと思うけど、こっちも結構すごいメンバーになってきてるよね」
政実「だね。まあ、これからも色々なモノ達が仲間になる予定だから、こうご期待ってところかな」
柚瑠「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚瑠「うん」
政実・柚瑠「それでは、また次回」