柚瑠「どうも、乙野柚瑠です。たしかにわからないままの物事って不安になるし怖いよね」
政実「うん。だから、どんな物でもわからないままにするよりは少しでもわかるようにしたいところかな」
柚瑠「だね。さて、それじゃあそろそろ始めていこうか」
政実「うん」
政実・柚瑠「それでは、第4話をどうぞ」
青空の下で色とりどりの鯉のぼりが泳ぐ5月、いつものようにみんなで朝ご飯を食べていた時、廊下から突然大きな音が鳴り響いた。
ん……この音は電話か。でも、こんな時間に一体誰だろう?
「電話、僕が出て来るよ」
「うん、ありがとうね」
「それじゃあ、その間に柚瑠の分も食っとくか」
「陸斗さん……」
「はっはっは、冗談冗談。とりあえず、安心して行ってこいよ、柚瑠」
「……はいはい」
父さんのいつもの冗談にまたやってると思いながら答えた後、僕は廊下へ出て、未だに鳴り続けている電話の受話器を取って耳に当てた。
「はい、乙野です」
『もしもし、
「あ、おはよう。朝から電話なんてどうしたの?」
『アンタって今日は暇? せっかくの休みだから、暇だったらガッコの近くの公園で一緒に遊ぼうかと思ってね』
「うん、特に予定は無いから大丈夫だよ」
『よかった。それなら、後は泉と一騎も誘おうかな。アンタ的には、泉がいたら嬉しいだろうしね』
「あ、晶夏ちゃん……!」
泉ちゃんの顔を思い浮かべ、嬉しさを感じると同時に顔がほんのり熱くなっていくと、電話の向こうから晶夏ちゃんのクスクス笑う声が聞こえてくる。
『……やっぱり、アンタは面白いね。そこまで素直で単純だとちょっと心配になるけど、まあアンタはしっかりしてるし大丈夫か』
「……しっかりしてるけど、からかうのが好きな友達がいるから、心配はいらないよ」
『あっははっ、違いないね。それじゃあ泉と一騎も誘ってみるよ。まあ、泉も最初は渋ると思うけど、アンタが来るって聞いたらなんだかんだで来ると思うし、楽しみにしてなよ』
「……わかった。でも、晶夏ちゃんに好きな人が出来たら、その時は覚悟しておいてよ」
『ああ、好きなように弄ってみなよ。それじゃあまた後でね』
「うん、また後で」
晶夏ちゃんとの通話が終わり、受話器を置いた後、僕は熱を帯びた顔をそっと触る。熱いというよりは温かいというレベルだったけど、いつもの体温よりは明らかに高く、その熱の理由が晶夏ちゃんの言葉なのはたしかだった。
晶夏ちゃんの言う通り、泉ちゃんが来てくれるのは嬉しいし、初めて会った時から僕は泉ちゃんが好きなんだと思う。
けれど、僕は色んな面でまだ未熟だ。肉体面も精神面もまだ幼く、知識や教養も少ない子供に過ぎない。そんな僕じゃ泉ちゃんには釣り合わない。だからこそ、僕はもっと成長しないといけないんだ。
泉ちゃんが僕を好きになってくれるかはわからないし、その想いは届かずに終わるかもしれないけど、それでもその頑張りは無駄にはならないし、柚希君を支えたいという目標を達成するためにも色んな事をしないといけないから。
「……そのためにも何か始めたいけど、一体何を始めたら良いかな。父さんやヌール君と一緒に筋トレはしてるし、母さんや明志さんには色んな知識を教えてもらっている。
それは良いんだけど……何かもっと夢中になれて、自分のためだけじゃなく、他の人のためにも使えるような何かが欲しいような……」
電話の前で腕を組み、何か良い案が無いかと考えていたその時、突然肩をトントンと叩かれ、僕は体をビクリと震わせる。
そして、ゆっくり振り返ると、そこには心配そうに僕を見るヌール君を肩に乗せながらニヤニヤと笑う父さんが立っていた。
「父さん……ヌール君……」
「……柚瑠、大丈夫か? なんだか難しい顔をしていたが……」
「うん、ちょっと考え事をしてただけだから大丈夫だけど……父さん、なんでニヤニヤしてるの?」
「いやぁ、青春してるなぁと思ってな。掛けてきたの、泉ちゃんだろ?」
「ううん、晶夏ちゃん。何も予定が無かったら、遊ばないかって。まあ、泉ちゃんと一騎君も誘うらしいけどね」
「そうかそうか。それで、悩んでたのは泉ちゃんについてだろ? 顔もうっすら赤いし」
「……それもあるよ。でも、何かを始めたいとも思ってるんだ。自分のためだけじゃなく、他の人のためにも使えるような何かを」
「何かを始めたいか……」
僕の話を聞いてヌール君が翼を顎に当てる中、父さんは優しく微笑むと、僕の頭にポンと手を置く。
「わっ……と、父さん……?」
「……柚瑠らしくて良いと思う。柚瑠が何を始めるかはわからないけど、俺はそれを応援するぞ」
「父さん……」
「ただ、始めるからにはしっかりとやれよ? 柚瑠なら心配は無さそうだけど、途中で止めてしまったら、お前も後悔する事になるだろうからな」
「……うん、もちろんだよ。止めないといけない理由が出来たら仕方ないかもしれないけど、そうじゃないなら僕は最後まで頑張りたい。こうして自分からやりたいと思えた事だからこそ、しっかりと頑張りたいんだ」
「そうだろうな。だが、そのやりたい事の目星はついているのか?」
「それはまだ。でも、見つけられたらそれを極められるまでやりたい。どんなに辛くても諦めずにやり遂げたいんだ」
「……良い覚悟だ。さて、そろそろ飯を食いに戻ろうぜ、柚瑠。約束してるなら、早めに公園に行ってた方が良いだろうしな」
父さんの言葉に頷いた後、僕は父さん達と一緒にリビングに戻った。リビングでは母さんが明志さん達と話しており、さっき父さん達と話した内容を話すと、母さん達も喜びながら賛同をしてくれ、僕は残っていた朝食を食べながらやる気を高めた。
ヌール君にも言ったようにまだやりたい事の目星はついていないし、見つかるという確証も無い。だけど、見つかると信じているし、見つかるまで探し続けたいと思っている。
『
……よし、今日から色々な出会う中で何をやりたいか考えてみよう。きっと、これからも色々な事と出会うだろうし、その中には僕が興味を持つ物もあるはずだから。
口の中の食べ物を
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってきます」
朝食後に準備を済ませた僕はヌール君を肩に乗せながら玄関のドアを開け、二人でリビングにいる父さん達に声を掛けてから外へと出た。
ヌール君がついてきているのは、同じように何か新しい物と出会ってそれを自分の糧にしたいとヌール君が言っていたからで、流石にヌール君をみんなに紹介するのはまだ出来ないため、自分の力を使って姿を隠してもらっている。
外に出てみると、まだまだ暖かい空気が僕達を包み、快晴の青空の下でこいのぼりがふわふわと泳いでいたり小鳥達が
……今日も良い天気だなぁ。こんなに良い天気なら、外で読書してみたりお日様の下で眠ったりしても良いかもしれない。
「ねえ、ヌール君。こんなに良い天気だと、なんだかのんびりしたくならない?」
「まあ、その気持ちはわかるな。だが、良い天気だからこそ空を飛んだり外で遊んだりするのも気持ちが良いと思う。柚瑠は雨の日も好きなようだがな」
「うん、雨の日はジメジメしていて洗濯物も中々乾かないし、外に出たら濡れちゃうけど、雨の音を聞いているとなんだか落ち着くんだ。読書や勉強も捗るし、傘に雨粒が当たると少し楽しい気分になるしね」
「そうか……俺はこれまで雨を楽しい物だと考えてこなかったが、そういった楽しみ方や考え方もあるのだな。そういう事ならば、雨の日は柚瑠の傍にいるようにしよう。その方が雨の日の楽しさをよりわかる事が出来るだろうからな」
「ふふっ、その時は僕が思う雨の日の楽しさと魅力をいっぱい教えてあげるね」
「ああ、頼む」
微笑みながら言うヌール君の言葉に僕が頷いていたその時、反対側から誰かが歩いてくるのが見え、近付きながら目を凝らした。
すると、それは一騎君だったため、僕はヌール君にアイコンタクトを送り、それにヌール君が応えた後に一騎君へと近づいて声を掛けた。
「やあ、一騎君」
「柚瑠か。家まで迎えに行こうとしていたんだが、その必要はなかったみたいだな」
「ふふ、そうだね。でも、わざわざ来てくれてありがとう」
「どういたしまして。それにしても……柚瑠、お前って何か格闘技か武道ってやってたか?」
「いや、父さんと一緒に筋トレとランニング、後はスポーツや武道について色々な話を聞いたくらいだけど……どうして?」
「お前からそういうのをやっているような雰囲気を感じてな。俺は兄貴の影響で幼稚園の頃から空手をやってるから、もし何かやってるならお互いに高め合えると思ったんだ」
「空手……」
それを聞いた瞬間、僕の頭の中にある考えが浮かんだ。
「一騎君、空手って護身にも使える?」
「護身か……まあ、使える事は使えるが、何かあった時の防衛策として使うのは少し微妙だな。あくまでも練習の過程で得た動体視力や反射神経を利用して攻撃を躱したり相手を無力化するなら良いとしても、空手は拳が武器だから正当防衛が認められづらいとは聞いた事があるからな」
「そっか……」
「柚瑠は護身術を習いたいのか? それとも、誰かそれを使って守りたい奴でも……?」
「……うん、いるよ。たぶん、その人も他の方法で強くなってると思うけど、また会えた時には僕も強くなった姿を見せる事にしてるし、いざという時には守れるようにしたいんだ」
『柚瑠……』
「なるほどな……そういう事なら、俺が通ってる道場を紹介するか?」
「え、良いの?」
僕が聞くと、一騎君は微笑みながら頷く。
「ああ、身近に競い合う相手がいれば俺もやる気が出るし、お前の気持ちはしっかりと伝わったからな」
「一騎君……うん、ありがとう」
「どういたしまして。それにしても……まさか泉以外にも守りたい相手がいたなんて驚きだな。それを聞いたら、泉も嫉妬するんじゃないか?」
「もう、一騎君まで……電話で誘われた時に晶夏ちゃんにも弄られたんだからね?」
「アイツなら弄るだろうな。さて、それじゃあそろそろ公園に──」
そう言いながら一騎君が背後を向こうとしたその時、一騎君は僕の後ろを見ながら不思議そうな顔をし、それに疑問を持ちながら後ろを向いてみると、そこには長い黒髪を麻紐で一本に纏めた鮮やかな藍色の着物姿の女の子がいた。
「え……だ、誰?」
「誰、か……ふふ、私は誰なんだろうね?」
「お前、この辺りだと見かけない顔だな。休みを利用してこの辺りに住む親戚の所にでも遊びに来たのか?」
「うーん……まあ、そういう事にしておこうかな。ところで、君達は今からどこかに行くところ?」
「う、うん……」
「公園で友達と待ち合わせてるからそこに行くんだ」
「そっかぁ……ねえ、君達さえよければ私も連れていってくれない? なんだか楽しそうだからついていきたいんだ」
女の子からの突然のお願いに僕達は顔を見合わせる。
「……僕は良いけど、一騎君は?」
「俺も構わない。晶夏も面白がりそうだが、泉は少し警戒しそうだな」
「たしかに……」
『警戒しそうというのもそうだが、コイツから妙な気配を感じるぞ』
『妙な気配……言われてみれば、この子から普通とは違う物を感じる気がする。これは妖気……かな』
『俺はあまり関わらない方が良いと思うが、柚瑠が連れていっても良いと思うなら俺もそれに賛成しよう。何かあったら俺も手助けは出来るからな』
『ヌール君……うん、わかった。もしその時が来たらよろしくね』
『ああ、任された』
ヌール君が頷いた後、僕は女の子を見ながら微笑んだ。
「それじゃあ一緒に行こうか。もっとも、君にとって楽しくなるかはわからないけど……」
「ふふ、大丈夫だよ。少なくとも今の私はどんな事でも楽しめそうな程に退屈だったからね」
「そうか。そういえば、お前の名前はなんていうんだ?」
「名前かぁ……まあ、えぬとでも呼んでよ」
「えぬちゃん、だね。僕は乙野柚瑠」
「結城一騎だ、よろしく」
「うん、よろしくね」
えぬちゃんが嬉しそうに答えた後、僕達は晶夏ちゃんと泉ちゃんの事をえぬちゃんに話しながら公園へと向かった。僕達の話を聞いている間、えぬちゃんは楽しそうに頷いたり相槌を打ったりしていて、妖気を感じる以外は特に変わったところのない女の子のように見えた。
それにしても……えぬって珍しい名前だなぁ。この前、景光さんから
頭に浮かんだ鵺の事を片隅に追いやっていると、いつの間にか公園が見え始め、入り口に立ちながら話をしている晶夏ちゃんと泉ちゃんの姿が見えた後、僕達は二人へと近づいた。
「晶夏ちゃん、泉ちゃん、お待たせ」
「待たせたな、二人とも」
「ああ、ようやく来た……って、なんか知らない奴を連れてるね」
「……柚瑠、その子は誰?」
「この子はさっき会った子で、えぬちゃんっていうみたい。ついてきたいって言うから連れてきたんだ」
「あははっ、なるほどね。そういう事ならアタシは反対しないよ。泉、アンタは?」
晶夏ちゃんからの問いかけに泉ちゃんはえぬちゃんをチラリと見てから答える。
「……もう連れてきたなら今さら拒まないわ。ただ、相手は晶夏に任せるから」
「ああ、構わないよ。えぬ、アタシは千尋晶夏。それでこっちの普段はツンツンしてるのに柚瑠に対してはデレが入るのが金ヶ崎泉だ」
「金ヶ崎泉よ。というか、晶夏。紹介が一部不適切じゃないかしら?」
「間違ってないだろ? アタシや一騎、クラスの奴らの前だとだいぶ冷たいのに、柚瑠に対してだけは落ち着きがなかったり優しかったりするんだからさ」
「そんな事ないわ。そうよね、柚瑠?」
「え……あ、うん。泉ちゃんはいつも優しくて綺麗で頭も良いからいつも通りだと思うよ?」
いつもの泉ちゃんの姿を思い浮かべながら答えると、泉ちゃんの顔は驚いた物になってからゆっくりと赤くなっていった。
「ゆ、柚瑠……あ、貴方って人は……」
「あ、あれ……?」
「あー……もしかしてこれもいつも通り?」
「くくっ……そうだよ。この二人は出会った時からお互いに好意を持ってて、柚瑠が何の考えもなく泉の事を褒めるからそれを聞いた泉がこんな風に面食らいながら赤面するんだ」
「俺達と同じクラスの奴らはもう慣れてるが、泉をただ冷たくて素っ気ない奴だと思ってる他のクラスの奴らはこの光景を見ていつも自分の目を疑ってるぞ」
「あはは、なるほどね。まあ、別に柚瑠君を取ろうなんて思ってないから安心してよ、泉ちゃん」
「……そんな心配なんてしてないわ。とりあえずさっさと公園に入りましょう。このままここで話していても時間の無駄だもの」
まだ顔が赤い泉ちゃんは少し早口で言った後、スタスタと公園内に入り、それを見てクスクスと笑ってから同じく公園内へ入っていく晶夏ちゃんと一騎君の後に続いて僕もえぬちゃんと一緒に公園へと入った。
ゴールデンウィークだからか公園内には親子連れや僕達のように友達と一緒に来ている子も多く、その光景をえぬちゃんは珍しそうに見ていた。
「人がいっぱい……こんなに人がいっぱいなのは初めて見たよ」
「えぬちゃんが住んでるところはそんなに人がいないの?」
「いないねぇ……山の方だし、だいぶ人口も減ってたようだから、近い内に消滅集落にでもなるんじゃないかな?」
「なるんじゃないかなって……他人事みたいに言っていて良いのかしら?」
「まあ、実際他人事だしね。ところで、公園で何をするの?」
「そうだね……本当はおいかけっこでもしようかと思ってたけど、この人の数だとぶつかるかもしれないし、範囲を決めてかくれんぼでもしようか」
すると、それを聞いたえぬちゃんはクスリと笑ってから晶夏ちゃんに話しかけた。
「それなら、私が隠れるから四人で探してみてよ。私、かくれんぼなら大の得意だから」
「普通のかくれんぼの逆って事か……」
「得意といっても範囲を決めた上に探す側が初めから多いのはだいぶ不利じゃないか?」
「まあね。でも、それで勝てたらすごいと思わない?」
「勝てたら、ね。こっちには四人もいるんだから、負ける気はしないわ」
「うん、そうだね。それじゃあ、えぬちゃんの提案通り、えぬちゃんが隠れて僕達が探す事にしようか。範囲は……うん、流石に狭すぎてもよくないし、やっぱり公園全体にしよう。みんなもそれで良い?」
一騎君達が頷くと、えぬちゃんは楽しそうに笑い、軽くストレッチを始めた。
「よーし、久しぶりのかくれんぼだけど、頑張っちゃおうかな。それじゃあ今から隠れに行くから、30秒経ったら探しに来て良いよ。それまでには隠れられるから」
「わかった。でも、危ないところには行かないでね?」
「大丈夫だよ。それじゃあ行ってきまーす」
そう言ってえぬちゃんが走っていった後、僕達は頷きあってから30秒を数え始めた。そして数え終えた後、手分けをして探す事にし、三人がバラバラの方へ向かう中、僕は肩に乗っているヌール君に視線を向ける。
「ヌール君、えぬちゃんがどこにいるかってわかる?」
「一応な。だが……少し妙だな」
「妙って何が?」
「俺の眼の力でえぬの居場所はわかっているんだが、何故かえぬの姿自体はどこかぼやけた感じに視えているんだ」
「ぼやけた感じ……」
それを聞いた時、頭の中にある可能性が浮かんだ。
「……もしかして、やっぱりそうだったのかな」
「柚瑠、何かわかったのか?」
「うん、たぶんだけどね。ヌール君、案内を頼んでも良い?」
「ああ、任せろ」
ヌール君が返事をした後、僕は案内に従って歩き始めた。すると、着いたのは公園の中央にある大きな噴水で、そこには物陰に隠れるえぬちゃんの姿があったが、ヌール君が言うようにどこかぼやけた感じに見えていた。
「……ほんとだ。そこに“いる”ってわかるのに“いない”って脳が判断してるみたいでなんだかモヤモヤするね」
「ああ、そうだな。とりあえず声をかけるぞ、柚瑠」
「うん」
ヌール君の言葉に返事をした後、僕達が近づいていくと、それに気づいたえぬちゃんはゆっくりと僕達の方を向き、妖しい笑みを浮かべる。
「力を使ってたから見つからない自信があったのにもう見つかっちゃったね」
「ここにいるヌール君のおかげだけどね。それで、えぬちゃんについてちょっと思った事があるから、その答え合わせをさせてほしいんだ」
「答え合わせ……うん、良いよ。恐らく私が何なのかって事だろうしね」
「その通り。えぬちゃん、君は『鵺』なんだよね?」
「……そうだよ。私は鵺、ただ正確なところは少し違うんだけどね」
えぬちゃん、『鵺』は楽しそうな笑みを浮かべながら答えた。
『鵺』
一般的にサルの顔にタヌキの胴体、トラの手足にヘビの尻尾という姿で伝えられる妖怪。ヒョーヒョーという不気味な鳴き声を上げるとされ、平安時代では不吉の象徴として人々から恐れられており、不思議な声で鳴く得体の知れないものというイメージから、現代ではつかみどころのない正体のはっきりしない人物や物事という意味の言葉としても使われる。
正確なところは違う……? 鵺ではあるけど、何か他にもあるって事かな……。
そんな疑問を持っていると、ヌール君は少し警戒した様子でえぬちゃんをジッと見つめる。
「……鵺、人の姿に化けて何をしようとしている? まさか油断させて人を襲おうと……」
「ううん、違うよ。というか、この姿が私の本当の姿なんだ」
「その姿が本当の姿……?」
「そう。私は鵺と人間の両方の血を引いた変わった存在で、もちろん一般的な鵺の姿にもなれるけど、生まれた時からこの姿だったから、私にとってはこの姿が私の本当の姿なの」
「なるほど……つまり、お前は半人半妖のような物なのだな」
「人間側の血はだいぶ薄まってるみたいだけど、だいたいそんなところかな。昔、私のご先祖様にあたる鵺が一人の人間を気に入って住みかまで連れ去った。その人間が私の中に流れる人間側のご先祖って事になるんだけど、その人は当然拐われた事や鵺の姿に恐怖を感じていて、自分は獲物として連れてこられたんだってしばらく恐怖で何も話せなかったみたい。
でも、ご先祖様からしたら別に食べる気なんてなくて、むしろその人の辛い境遇に同情していた上に器量の良さと美しさに惹かれて傍にいてほしくて連れてきただけだったから、食べ物を持ってきたり綺麗な着物を与えたりして本当に甲斐甲斐しくお世話をしていた。
その内にその人もご先祖様が本当に自分を食べるために連れてきたんじゃないってわかって、その奇妙な見た目も段々気にならなくなってきたみたい。
もちろん、ご先祖様は他の人間の事は襲っていたし、他の人間達からは人に仇をなす恐ろしい妖だって恐れられていたけど、その人はその事をわかっていながらも自分をお世話してくれるご先祖様の事が好きになっていき、別のモノ同士で交わった結果、二人の子供が生まれたの。鵺と人間の血を引く半人半妖の子供がね」
「そうだったんだ……」
「だが、何故お前はここにいるんだ?」
「……住んでいた山に住めなくなったからだよ。ご先祖様が平安時代に一人の人間の手に掛かって命を落とした後、二人はご先祖様とは違う鵺を頼って私がこの前まで住んでいた山へと辿り着いた。
それで、そこに住んでいた鵺達の元で暮らす事になって、何代も何代も血を残しながらずっと人間達に気づかれずにいたんだけど、この前、その山を開発のために買った人間がいたの。
当然、私達はどうにかならないかって考えたんだけど、元から山の持ち主に黙って暮らしてた分、話し合って協力する事も出来ないし、人間達を襲ってもその後の報復で私達が傷ついたり命を落としたりしても仕方ないって事になって、鵺の血を絶やさないために私達は分かれて旅立つ事にしたんだ」
そう言うえぬちゃんの顔は寂しげで一緒に暮らしてきた仲間達と離れたくなかったと思ってるのは波動を探らなくてもわかる程だった。
……えぬちゃんと同じ立場だったら僕も同じ気持ちになるだろうな。今は父さん達や明志さん達と一緒に暮らせていて、泉ちゃん達と一緒に遊んだり学校に行けたりしてるけど、その日常が突然崩れたら耐えられないって断言出来る。
「それで、仲間達と分かれた後にえぬちゃんはこの街に来て、さっき僕達と出会ったんだね」
「そう。これまで人間なんて全然見た事がなかったから、ちょっと緊張してたけど、柚瑠君の雰囲気のおかげで少し安心出来て、今はこの子達と一緒にいてみようって思ったの。
ただ、次の事についてはやっぱり考えないとね。お母さんや他のみんなと分かれた以上、中々頼る事も出来ないし……」
寂しさと辛さが入り交じったような表情を浮かべるえぬちゃんを見て、どうにかしてあげたいと思っていた時、ヌール君は僕の顔をチラッと見てからため息をついた。
「……柚瑠、お前が望むならえぬを仲間にしても良いと思うが?」
「え……?」
「私が……柚瑠君達の仲間に……?」
「ああ、そうだ。見ての通り、柚瑠にはホルスである俺がついていて、有している『力』も並ではない。その上、家には他にも人ならざるモノ達がいて、柚瑠の両親もそういったモノ達に関心がある。それならば、鵺が加わっても今さら誰も拒みはしないと思う」
「たしかに……」
「だが、最終決定は柚瑠とえぬに任せる。俺達の主は柚瑠であり、えぬ自身が仲間になりたいと思わないのに無理やり加えるわけにはいかないからな」
ヌール君の言葉を聞いた後、僕とえぬちゃんは顔を見合わせる。そしてどちらともなく笑ってから僕達は握手を交わした。
「僕はえぬちゃんが仲間になってくれたら嬉しいな。まだ出会ってからそんなに経ってないけど、えぬちゃんが良い子なのはわかったし、これからの生活が楽しくなる気がするんだ」
「私も同感かな。柚瑠君達が良い人なのもそうだけど、やっぱり鵺と人間の血をひく私の事を拒まないでくれる相手っていうのはとても貴重だからね。柚瑠君、私を仲間に加えてくれるかな?」
「うん、もちろんだよ」
よし……それじゃあそろそろ説明タイムに入ろうかな。
そう思った後、僕は肩から掛けていたショルダーバッグに入れている『友の書』を取り出して僕自身の事や『友の書』について話した。
すると、えぬちゃんは驚いた様子で『友の書』に視線を向けた。
「柚瑠君の事も驚いたけど、まさかその本が扉になって別の世界に行けるなんてね……そんな魔導書を持ってる人はそうそういないと思うよ」
「あはは、そうかもね。さてと……それじゃあそろそろ登録に移ろうか。えぬちゃん、お願いしても良い?」
「うん」
微笑みながらえぬちゃんが答えた後、『友の書』の空白のページを開いて、僕達は揃ってそのページに手を置きながら目を瞑ってそれぞれ自分の『力』を注ぎ込むイメージをした。
すると、ページに触れている右手を通して『力』が『友の書』に流れていくイメージが頭に浮かび、いつものように力が抜けていく感じがしたけれど、足にしっかりと力を入れて踏ん張った事で倒れる事はなかった。
そして、完全に注ぎ込まれたという感覚があった後、ゆっくりと目を開けてみると、そこには綺麗な川の上に掛けられた橋の上に立ちながら妖しい笑みを浮かべるえぬちゃんの姿と鵺についての詳細な文章が浮かび上がっていた。
「……よし、登録完了」
「お疲れ様だな、柚瑠。しかし……人間の血もひいているとはいえ、鵺が仲間になるとはな。次はどんな奴が仲間になるのだろうか……」
「そこはわからないけど、どんな仲間が出来ても仲良くしていきたいね。でも、そのためにはまず僕が心身共に強くならなきゃ」
「そうだな。さて、それではそろそろえぬを出してやろう。向こうの感想も聞きたいからな」
「うん、そうだね」
返事をした後、僕はえぬちゃんのページに手を置き、魔力を注ぎ込んだ。そして『友の書』からえぬちゃんが出てくると、えぬちゃんはとても興奮した様子で僕達に話しかけてきた。
「あの居住空間っていうところ、本当にすごいんだね! とても空気や景色も綺麗で妖力や他の力が程よく混ざってるからかとっても過ごしやすいし、あそこがすぐに大好きになったよ」
「喜んでもらえてよかったよ。そういえば、君の事はこれからもえぬちゃんって呼んでも良いの? もしも本当の名前があるなら、そっちで呼ぶ事にするけど……」
「ううん、大丈夫。実は私達って名前で呼び合う習慣がなかったから、自分で仮につけたこの名前でも結構気に入ってるんだ」
「そっか。それなら、これからもえぬちゃんって呼ばせてもらうよ」
「そうだな。改めてこれからよろしくな、えぬ」
「これからよろしくね、えぬちゃん」
「こちらこそよろしくね、二人とも」
そう言いながら笑うえぬちゃんの表情はとても自然で、その顔を見て安心感を覚えていると、ヌール君が息をついてから僕達に話しかけてきた。
「さて、えぬが仲間に加わったところでアイツらにも報せにいくか。公園内をバラバラに探していても俺の眼があればその位置を探すのは造作もないからな」
「そうだね。それじゃあ行こうか、二人とも」
「ああ」
「うん!」
二人が返事をした後、僕達は揃って歩き始めた。思いもよらなかった出会いだったけど、えぬちゃんとのこの出会いは決して悪い物ではないという確信がある。
ヌール君にも言ったようにどんな仲間が出来ても仲良くしていきたい。もちろん、中には人間に敵意を持ってたり不信感を持ってたりするモノだっている。でも、僕はそういったモノ達とも仲良くなりたい。それは僕にとって大切な──。
「……あれ? 大切な……何なんだろう……?」
「柚瑠?」
「どうかした?」
「あ……ううん、何でもない」
二人に対して笑みを浮かべながら答え、二人が安心したように僕から視線を外した後、僕はさっき浮かんだ事について考え始めた。
もしかしたら、これは僕の前世だという“
だったら、その思いは僕も大切にしよう。僕だって父さん達だけじゃなく、明志さん達はとても大切な存在だし、これからも一緒に楽しい毎日を過ごしたいからね。
心の中で決心した後、僕はヌール君達の姿をチラッと見てからクスリと笑い、大切な人間の友達である泉ちゃん達を探すために歩いていった。
政実「第4話、いかがでしたでしょうか」
柚瑠「今回の話で柚瑠に関する何かが出てきたけど、これからもこんな風に何かがきっかけで柚瑠に関する記憶や想いみたいなのが出てくるの?」
政実「そうだね。記憶としては失われてるけど、魂には残り続けてるからそれが顔を出してるって感じかな」
柚瑠「なるほどね。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
柚瑠「うん」
政実・柚瑠「それでは、また次回」