自宅警備員の日常   作:黒樹

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コメディってなんぞや。


自宅警備員の一日

 

 

自宅警備員の朝特有の騒々しさ故に眠りを妨げられる事から始まる。

 

出勤・通学を控えた家族の足音と、騒々しいまでの話し声。それによって眠りを妨げられた僕は気分が悪い。今から時間を浪費しに行く家族達を尻目に二度寝する背徳感は、少し罪悪感すら覚えるが僕はそれを無視せざるを得なかった。

 

僕が自宅警備員になって……何年だろう。

 

未だ僕はこの罪悪感から逃れられそうにはない。

きっと、罪悪感さえ失くしてしまえば、僕が僕ではなくなる。

そんな予感がして、人として大事なことを捨てられないまま。

開かないドア越しに家族の声を聞く。

 

「じゃあ、奉太郎君。私も仕事に行ってくるから。お昼は冷蔵庫の中に入ってるからちゃんと食べてね」

 

出勤前の母親は毎日、こうして声を掛けることを忘れない。遅刻しそうになっても、一度も欠かしたことはない。

しかし、母親といえど実の母親ではない。血の繋がらない義母で父親の再婚相手だ。

いい歳してみっともなく家に引き篭っている僕をどう思っているのか、それだけ言うと足音は遠ざかりパタンと玄関のドアを閉める音だけが響いた。

 

「……」

 

ただ一人、そんな音を聞きながら僕は眠りにつく。

 

 

 

本格的に自宅警備員である僕が目を覚ますのは昼前、特に家族が家にいない時間帯だ。この時間帯だけは自由に家の中を移動できる至福の時となる。用意された食事を摂り、食器を片付け、証拠の隠滅を図る。自分が活動していたという痕跡を残すのが嫌な僕は毎回こうして戸棚に食器を戻していた。

 

「さて、今日はどうするかな」

 

時間を浪費すること数年、ただ普通に生きていることさえ飽きてきた。ゲームや漫画を最初の数年こそ楽しませてくれたがマンネリ化は良くない。そして、その都合上行き着いた趣味とは。

 

「今日もネット配信でも始めますかね」

 

孤独を埋めるための、虚構の戯れだ。

 

二階に戻るとすぐに機材を引っ張り出しセットする。染み付いた動作を慣れた手つきで終えると配信開始、とは言うが僕は出演するわけではない。顔出しNGなのだ僕は。

 

映すのは、ベランダに干された洗濯物。

誤解のないように言っておくが僕の趣味ではない。

あくまで視聴者の要望と都合に沿ったものだ。

じゃなきゃ、いくら狂っていてもそんなことできるはずもない。

 

『お、人生における圧倒的敗者自宅警備員の配信が始まった』

『待ってました』

『今日のパンツは何色ですか』

『アップはよ』

 

配信開始から数十秒、すぐに千人近くの暇人……もとい変態紳士が集まった。

 

「いつも通り自分は出演しませんので今日のパンツでも勝手に眺めててください」

 

挨拶代わりの放置宣言にコメント欄は歓喜する。

こいつら、洗濯物–––女性用下着–––が見たいだけなのだ。

必要のない男、それが僕。

 

『本体はいつも通りパンツか』

 

だが、眼鏡が本体のキャラみたいに言われるとそれはそれでムカつく。

 

『そして、今日も自宅警備員は優雅に紅茶を嗜みながらパンツを眺めるのだった……』

『字面だけ見るとひでぇな』

 

勝手にコメント欄がナレーションを入れてくるが全力無視。

それに反発するのは、違う視聴者–––もとい変態紳士。

 

『違うんだ。オレ達はパンツを眺めているだけに見えるがそうじゃない。パンツを下着泥に盗まれないように見張るという崇高な目的があるんだよ』

『いや、嘘つけ。パンツ見たいだけだろ』

『アーカイブ見ろよ。マジだぞ』

『あー、あの伝説の初配信?ゲーム配信してたら、隣の部屋から物音が聞こえて見に行ったら下着泥が侵入してたっていう……』

『しかもちゃんと撃退したんだよな。……妹のパンツ顔に被って』

『何をパニクったか知らないが、下着泥も仰天するわ』

『下着泥に行ったら同業者がいるんだもんな』

『なお、自宅警備員さんは後にこう言っている。配信で顔を映すわけにはいかなかったと』

『いや、配信切れよ』

『だけど、結局のところ油断させて捕まえるには同じ土俵に上がるしかないんだよな……パンツ被るか目出し帽被るかの二択』

『非力なのが自宅警備員の辛いところ』

『それもう警備員の意味ないじゃん』

『馬鹿野郎、オレ達に戦闘力があるわけないだろう』

『そう考えると、この人は我らの鑑よな』

 

瞬く間に荒れるコメント欄を眺め、僕は青空を見上げた……なんて面白い奴らなのだろうと。

 

『じゃあ、いつも通り始めるか』

『あのゲームを今日もやるのか……』

 

そして、配信中恒例となっているのが……。

 

『へい変態兄貴、的をプリーズ』

 

「え、また。まぁ、金くれるんならいいけど」

 

下着値段当てゲーム……という名の投げ銭だ。

 

「じゃあ、あの左の黒いやつ」

 

パンツを指定するといつも通りコメント欄がざわつき始める。

 

『¥2980』

『¥5860』

『¥7980』

『今日のパンツ代です。¥20000』

『これで妹さんにパンツを買ってあげてください。¥5000』

『むしろパンツ売ってくれません?¥5000』

 

途中から変なコメントが流れたが、僕は頷くわけにはいかない。

 

「義妹とはいえ下着プレゼントなんてしたら社会的に死ぬわ。今でもグレーゾーンなのに」

 

これは秘密の配信『変態紳士の茶会』なのだ。いくら金になるとしても、パンツを売るのは心苦しい。そこまで落ちぶれてはいない。

 

『あの……ここでいろんな相談をやってると聞いてきたんですが』

 

と、そんなバカみたいな話をしている間に新規のお客さんだ。

 

『やってるよー』

『下着配信してるような変態だが、本当のメインはこっちなんだぜ』

『まぁ、オレらはパンツ見に来てるだけだが』

『ちなみに評判はそこそこいい』

『元教師らしいからな』

『元教師がパンツ配信なんて世も末だな』

『でも、汚職なんて早々珍しいことでもないだろ』

 

散々言われてるが、結局は変態達なのでスルーした。

 

「相談なら受け付けてるよ。ここで話せないなら他で話すけど」

 

『あ、大丈夫です。此処で』

 

そうして、相談者は書き込み始める。

こういう時だけ変態紳士どもはコメントを止める。

 

『実は私、学校でいじめられていて……もう、嫌なんです。これ以上続くとどうにかなってしまいそうで』

「何をされたか具体的に話せる?」

『……教科書破られたり、靴を隠されたり、お弁当を棄てられたり、水を掛けられたり。最近は暴力が多くなっていて』

「君は何年生?」

『……高校一年です』

「言っておくが僕は何もできないよ。僕に出来るのは話を聞くことだけだ。それでも一つ、アドバイスをしよう」

『アドバイスですか……?』

「これは僕の自論なんだが。自分が傷ついて我慢するくらいなら、いっそのことやり返せ。いいかい相手が君に強いているのは理不尽だ。お前が悪いなんて都合のいい言い訳でしかない。虐められる人間が悪いだなんて僕は思わないよ。虐めとは本来あってはいけないものだ。どうせ傷つけられるくらいなら、精一杯争えばいい。君を傷つける分だけ仕返されることを教えれば、きっと虐めはなくなるよ」

 

そこまで言い切るとコメント欄が復活する。

いつもの変態紳士達だ。

 

『元教師の言葉とは思えねぇなぁ……』

『いやまぁ納得はするけども』

『※個人的感想によるものです』

『やり返すのは悪いことだって言う癖に、そいつらは何もしてくれねぇからなぁ』

『そういう意味では変態兄貴はオレらの味方』

 

結局、どうするかは自分自身で決めなければならない。相談者がどう判断したかは知らないが、それが出来たら相談には来ていないだろう。せめて後押しにでもなればと思ったが……。

 

『わかりました。戦ってみます』

 

どうやらやる気になってくれたようだ。

 

 

 

そうやって相談者を捌いているうちに時間は流れていく。

配信開始から一時間程、刻は動き出す……。

ガタゴトという妙な音がベランダの方から聞こえた。

視聴者達に緊張が奔る。

 

『……ついに来たか。奴が』

『見てろ相談者達よ。これが変態兄貴の見せ場だ』

 

ベランダの欄干に指が掛けられた。此処は二階、普通そんなところから指は飛び出してこないし、幽霊でもなければそれは確かに人のものである。そのまま確かめるようにゆっくりと顔を出した天辺は眩いほどの真っ平。禿げ面の中年オヤジが姿を表した瞬間だ。そのまま下着以外は何も見えていないという風に洗濯物に手を伸ばし……。

 

「おい、何やってんだ?」

 

突然、聞こえた声に硬直した。

配信画面に現れたのは目出し帽を被った僕。

 

「な、いや、これは……!?」

 

しかし、下着泥はびっくりすると欄干から手を離して転げ落ちていく。

 

「うおっ、あっ、ちょっ……!」

 

なんとか減速したものの屋根から転げ落ちた。

 

『はい。一名様ご案内』

『これで何人目だっけ?』

『六人くらい?これだからこれ見るのやめられないんだよな』

『てかあれ死んでね?大丈夫?』

『いや。主曰く、下には生垣があるらしい』

『まぁ、死にはしないか』

 

–––今日もまた一人、下着泥が逮捕された瞬間だった。

 

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