いつも通りの昼下がりスマホにメールが届いた。連絡先を知る人間は極小数、家族と友人数名のみ。そんな中で平日の夕方に連絡してくるのは基本、家族だ。
『友達連れて行くから絶対に部屋から出てこないでよね!』
文脈から判る通り、義妹が友達を家に連れて来るらしい。僕はその間、極力存在そのものを消して不在を装えという意味なのだろうことがよくわかる文脈だ。
『おーい、手が止まってるぞ』
『どうした?』
『また空き巣(自宅警備員はいないものと数える)か?』
『緊急出動?』
ゲームの配信中スマホに意識が逸れたものだから視聴者達は騒ぎ始め、僕はその辺にスマホを放り投げながら返事をした。
「さっき義妹から連絡が来てさ。友達連れて来るって」
全く関係のないことなので無関心にそう言うと、変態紳士どもが騒ぎ立てる。
『そういや義妹ちゃん何歳?』
『家族の話題に触れたことないよな』
『そういうのはご法度だからな』
『まぁ、パンツには触れてるんだけどね』
『大抵こういう場合、部屋から出て来んなキモオタデブとか言われてさぁ』
変態紳士の中にも経験者がいるようで共感しあったりしなかったり。
僕は幾つかの質問に答えることにした。
「義妹は大学生だぞ」
すると、コメントが沸き立つ。
『JD⁉︎』
『どうりで大人パンツ』
『いやまぁ小学生じゃないのはわかってたけど』
『JKかJDの二択だったし』
『大穴で女子中学生だと思ってた』
義妹が大学生であろうとなかろうと僕には関係のないことなのでコメントに反応しづらい。そう思っていたら、とんでもないコメントが飛んできた。
『これは女子大生とお近づきになるチャンスでは?』
何がどうお近づきになるチャンスなのか小一時間ほど追及したいところなのだが、小一時間も追及している間に帰って来てしまうのでそれは却下だ。
「僕に女子大生とお近づきになってどうしろと?」
現実問題、女子大生とお近づきになるメリットがない。
『……そりゃあ、なあ?』
『実際、彼女とか欲しくないの変態兄貴』
そう言われても、現実的問題は解決していない。
「いやいや、僕がモテると思うか?自宅警備員だぜ。家に引き篭もってパンツ配信したりしてるろくでもない人間だぞ。というかモテてたらこんなことしとらんわ」
思わず口調がおかしくなったが、自分で言ってて悲しくなってきた。
「まぁ、確かに彼女は欲しいと思うけども」
自宅警備員なんかの彼女になりたがる奴はいない。
よって、彼女を作ることは不可能と判断する。
『好きな人とかいたことないの?』
「んー、別に恋とかしたことはないかな」
小中高と一貫して友人とバカやって過ごした記憶ばかりで色恋にうつつを抜かしたことは一度もない。そうはっきり断言すると失礼な言葉を頂いた。
『あれだね、枯れた青春送ってんなぁ』
余計なお世話だ。
『気になる娘とかいなかったん?』
「あー、気になる娘なら一応いたけど。うちのクラスに」
恋愛とは呼ばずともそれくらいの経験なら誰にでもあるだろう。
そしたら、妙に変態紳士どもは食いついてきた。
『どんな娘?』
「一人は有名な財閥の令嬢だったかな。もう一人はちょっとやんちゃで不良ギャル娘って呼んでた」
浮世離れした美貌を持った白い女の子と金髪のギャル娘の姿が思い浮かぶ。懐かしさに少し胸が熱くなり、脳裏に過った考えをすぐさま振り払った。
もう僕には関係のないことなのだ。
感情に浸るなんて今更無意味だ。
『やめとけやめとけ、お嬢様とか自宅警備員兄貴じゃ釣り合わん』
『不良ギャル娘とか振り回されるのがオチだぞ』
『てか、対極すぎて草』
『どんなクラスだよ。キャラクター濃すぎるわ』
『いいなぁ俺もそんな娘と同じ学校に通って青春を謳歌したかった』
『ダメ元で玉砕すればよかったのに』
散々な言われようだが、一つ訂正しておくことがある。
「いや、教師が生徒に告白はダメだろ」
その瞬間、画面にコメントが吹き荒れた。
『生徒w』
『気になる相手は教え子ってww』
『逆に学生時代はいなかったのかよ』
『解雇して正解だったな』
『通報しました』
『いや、その通報手遅れでは?』
『あ、そっか。変態兄貴やらかして此処にいるんだっけ』
今更、反論する気にもなれず普通に受け流す。
するとまた新たな質問が飛んできた。
『何があればあなたは社会復帰してくれますか?』
なんてことはない質問が、妙に心を擽った。
多分、変態紳士の殆どにクリティカルヒットした言葉ではないだろうか。
「そんなことができるなら苦労はしないよ。でもまぁ、そうだな……彼女の一人でもできたら考えなくもないよ」
冗談半分で笑い飛ばす僕は、きっと笑っちゃいない。
◇
玄関のドアの開閉音が響く。義妹が「ただいま」と態とらしく声を掛けたのは僕への合図だ。つまり、今から友達が帰るまで出て来るなという命令であり、もし逆らえば……あとは想像にお任せする。
『あれが義妹ちゃんの声……ツン、ってしてデレってしそうな声だな』
声ソムリエの言った通り、僕と他者の扱いの差は酷いの一言で表せる。それもそのはずヒキニートの義兄を誰が敬愛しようか。顔を合わせれば汚物を見るような目で見られる。
「あたしの部屋はこっちだよ。美羽ちゃん」
瞬く間に義妹と友達が階段を上がって来た。そして、そのまま隣の部屋に入って行く。その前にぴたりと気配が止まった。ドア越しに視線を感じるのは気のせいだろうか。
「ねぇ、この部屋は?」
「あー、そこ?兄貴の部屋だけど……ロクデナシだし関わんない方がいいよ」
「えー、私挨拶したかったな」
「いや、ほら。今いないから。私の部屋行こっ」
「あれ?でも、お兄さん引き篭もっていて部屋から一歩も外に出ないって–––」
「きっとパチンコにでも行ったんだよ!」
どうやら気のせいではなかったようだ。義妹が焦ったように友達を連れ去って行くまでの間、妙な緊張感に包まれていたがやっと気配が消える。義妹の部屋に移動したのだろう。しかし、危機は去ったとはいえまだ油断は出来ない。隣の部屋は義妹の部屋なのだから物音一つ立てれば存在に気付かれることになる。
「もういいか?配信切るぞ」
変態紳士達が少しでいいから女子大生の声を聞きたいとか駄々を捏ねたので配信を切らずにおいたが、目的は達成された今余計なリスクは削ぎ落とすべきである。
そう思っていたのだが、妙にコメントが荒れている。
『あの声……まさか……!』
『Myu?』
『え、ミュウミュウ?』
『むっちゃ声似てたんやけど』
何に沸き立っているのか判らないが、消す前に疑問が出来た。
「誰?ミュウミュウって?」
何気ない一言にコメント欄が更に荒れる。
『え、変態兄貴ミュウミュウ知らない?』
『今、最も輝いているアイドル』
『トップオブアイドル』
『突如、デビューしてその歌唱力で爆発的人気を得た巷で噂のアイドルを?』
どうやら最近は『ミュウミュウ』なるアイドルが流行っているらしい。俗世と己を切り離すよりも遥か昔から、芸能人や流行りのバンドには疎かったためアイドルにはさっぱりだ。これがアニメや漫画の話ならついていけたのだが、もう既に変態紳士達が何を言っているのか判らない。
「そう。じゃあ、配信を終了します」
そう宣言した瞬間、コメント欄が大量の『待って!』で埋め尽くされた。
「今度はなに?」
何やら慌てているコメント欄に僕は冷めた目を向けた。
正直、コメントの量が多過ぎて見辛い。が、なんとか一つを解読に成功する。
『後生です。どうか配信を続けてください!』
『一生のお願いでござる兄貴ぃ!』
誰もが配信続行の嘆願である。
その理由は言わずもがな、さっきの声の主にあるのだろう。
「いや、おまえらさっき一生のお願いって言って義妹の声強請ってきたじゃないか。それに他人の空似だろう。よく考えろよ。自宅警備員の家にアイドルが来るか普通」
アイドルがうちに訪問して来るはずがない、と言うとコメント欄が鎮静化した。
『……確かに』
『いや、でも、もしかしたらそういう奇跡が起こるかもしれない』
『自宅警備員の配信だし』
『下着泥が来るんだ。アイドルが来る可能性だってある』
夢見がちな変態紳士達をどう論破したものか困っていると、妙案が一つ浮かんだ。
「おまえらが就職するような確率だぞ」
変態紳士の一部がどれだけニート歴を築いていようが想像も出来ないが、一旦コメント欄が静止した。
『……確率はゼロか』
『ゼロではない。ゼロに等しい数字』
『実質ゼロじゃねぇか』
『働き口がねぇんだから仕方ねぇ!』
『探さないだけだから、可能性がないわけじゃないんだ』
言い分は様々だがようは可能性は無いに等しい、ということで最終決定が下される。
「というわけで切るぞ」
配信画面を終了しようとした時、物音が鳴った。
どうやら隣の義妹の部屋から誰かが出て来たらしい。
「–––失礼します」
そして、そいつは僕の部屋にノックもなしに侵入した。