自宅警備員の日常   作:黒樹

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自宅警備員と新入り

 

 

 

白崎翔子と再会したあの日から、彼女を夢に見る。

夕暮れの学校の教室で翔子はずっと僕を見つめていた。

他の生徒達が「先生また明日」と告げて帰って行く中、もう一人少女が残る。

金髪の不良ギャル娘が僕に駆け寄って来た。そのまま腕に絡みついて人懐っこい犬のようにじゃれつくのは、蒼山美羽という女子生徒。

対抗するように反対側の腕に翔子が抱きついて来た。

 

『先生、今日は何処行く?』

 

『蒼山さん先生にくっつきすぎです』

 

『えー、別にいいじゃん』

 

『よくないです!』

 

数秒もすると喧嘩を始める二人を最後に見てから、教室に残っていた連中が出て行く。あいつらまたやってるよ、と呆れやら諦めやらを含んだ視線を向けて、すぐに興味を無くしたように教室を後にした。

 

『先生は私の未来の旦那様ですから』

 

進路希望調査票の件以来、やたらとくっついてくる翔子はそう主張する。対して美羽の方は特に気にした様子もなく否定する。

 

『それって白崎さんが言ってるだけでしょ』

 

事実を突かれて僅かに動揺するも、翔子は折れなかった。

なおのことキツく腕を抱き締める。

そうすれば、女子高生の中でも比較的大きな果実が押し付けられるわけで。

僕の中の獣が、とんでもない化学反応を起こした。

 

『先生は私と蒼山さんどっちが好きなんですか!?』

『先生はあたしと白崎さんどっちが好きなの!?』

 

夢にまで見た夢のような展開に僕は理解する。これは夢だと。

蒼山美羽はどちらかというとツンデレだし、こんな積極的にデレデレしてくるような性格ではなかった。

白崎翔子はあの件以来、揶揄うような態度で僕に接している。

故に夢、明晰夢というやつだろう。

 

『教師が生徒個人を贔屓するのはなぁ』

 

生徒とは分け隔てなく接したい。差別もなく、区別もなく、平等に。しかし、そうならないのが人情というもので既に二人は自分にとっても特別な存在となりかけていた。

 

『ふふ、そうやって必死に腕を押しつけて堪能しようとしているところが可愛らしいですね』

 

明晰夢と判明してから、ちょっとくらい触ってもいいんじゃないかなーという欲望が翔子にバレる。流石に夢だから全てが思い通りとはいかなくても、どうやら彼女は夢の中でも彼女らしいことに安堵する。

 

悪戯っぽい笑みを浮かべたかと思うと翔子は僕の耳に口元を寄せて。

 

『そんなに触りたいなら、揉んでみますか?』

 

とんでもないことを言い放った。

 

『もう、先生がっつり見過ぎですよ。本当に先生は変態ですね』

 

驚いて教え子の胸を直視した僕に甘ったるい声が誘惑するように耳朶を打つ。

揉むべきか、揉まないべきか、悩んでるところで翔子は宣告する。

 

『残念ですが先生、時間切れです』

 

その言葉を最後に、柔らかな感触が頰に触れた。

 

 

 

 

 

 

「なんだ夢か……」

 

夢で良かったような良くなかったような複雑な気持ちになりながら目蓋を開ける。元生徒を相手に淫夢を見てしまったという罪悪感……は今のところない。あるのはもっと見ていたかったという欲望のみ。

 

そんな僕の視界には見慣れた天井と、見慣れないけむくじゃらの姿がある。

 

「わふっ」

 

一吠えすると長い舌を伸ばしてベロンと頰を舐めてきた。これが美女なら良かったのだが、鬱陶しいので手で押し返すと今度は手をベロベロと舐められる。

 

「っていうか、おまえ誰だよ」

 

「わふっ」

 

犬っころの毛並みは白を基調とした黒い模様、シベリアンハスキーという犬種に間違いはないだろう。特に犬の中で好きな犬種だったためによく判る。–––のだが、何故ここにいるのかが判らない。

 

「取り敢えず、どうすっかなぁ」

 

先日、ラブコールが約二名に増えたため最終手段で切っておいたスマホの電源を入れる。すると何件ものメッセージがSNSに、着信履歴が百件ほど残っていた。

家族からの連絡を見ればシベリアンハスキーの件は容易に肩がつく。

義母のメッセージを見てみれば、犬を貰ったという話が書き置きしてあった。

雄の『ティーチャー』と雌の『ショコラ』らしい。

生後半年程で白崎さんから貰ったと明記しているあたり、この犬っころ達の名前を考えたのは翔子以外にあり得ないことがわかる。とんでもない嫌がらせだ。

 

僕はすぐにクレームの電話を入れた。

 

『ふふふ、先生から連絡をくれるなんて珍しいですね』

 

開口一番第一声がこれだ。

翔子のやつ、わざととぼけている。

 

「何の件か判るよな?」

 

『さぁ、何の話でしょう。もしかして私と結婚してくれる気になりましたか?』

 

何故、こんな色気も何もない状況で求婚しなければいけないのか。しらを切り通すつもりの彼女に僕は用件を突きつけた。

 

「犬だよ。おまえから貰ったって話だけど」

 

『ペットの話ですか。花蓮さんが欲しいというのである程度躾がされている生後間もない子をうちの系列から譲らせていただきましたがそれが何か?』

 

黒崎花蓮、僕の義妹の名前だ。

一応、兄妹ではあるものの仲は良くない。

 

「翔子、おまえあの犬の名前はなんだよ」

 

『ふふ、いい名前でしょう?』

 

「いい名前っておまえなぁ……」

 

『だって先生ったら私のこと放り出して何処かに行ってしまうんですよ。ならせめて仮初でも一緒にいたいと思ってはいけませんか?』

 

いじらしい態度で告白してくるが、その声は少し震えている。泣いているのではない。揶揄っているのだ。その証明に翔子は続けてこう言った。

 

『“先生”ったらすごくエッチなんですよ。“ショコラ”のお尻ばかり追いかけ回して』

 

「犬の話だよな?」

 

『あら、先生には心当たりが?』

 

これ以上名前の追及をすると危険そうだ。

 

「もういい。切るぞ」

 

『待ってください先生!』

 

翔子に問い詰めても無駄なことがわかり、諦めて切ろうとすると慌てたような声が僕を引き止めた。

 

『私がどうして犬を送り込んだか知りたくありませんか?』

 

義妹が欲しいと言って、簡単にやるほど仲が良いのかという疑問が浮かぶ。その疑問は正しい。いくら友達の頼みとはいえそんな気軽に犬を紹介するなんて、ペットショップの店員でもあるまいし。

 

「ほう、聞こうか」

 

いつでも通話を切るボタンを押す準備はしている。

くだらない理由だったら切る。

 

『実は花蓮さんが犬を飼いたいって母親に相談したらしいんですが断られたらしいんです。世話もしないのに飼うのは難しいって』

 

「まぁ、あいつの性格からしてそう長続きするとは思えねぇなあ」

 

そんな裏話があったことに一人頷いていると、翔子は辛辣に言い放った。

 

『ただでさえ犬より飼うのが難しいのがいるのにこれ以上は無理だって』

 

「……ぐふっ!?」

 

もしかしなくても自分のことだろうか。

現実的な評価に直接言われたわけでもないのに胸が痛む。

そんな僕の反応を気にせず、翔子は言葉を続けた。

 

『そこで花蓮さんは言いました、あのロクデナシ追い出せばいいじゃんと。それに対して母親はお兄ちゃんを更生させたら考えてあげると言ったらしいです』

 

こうして絶対不可能な条件を突きつけられたらしい義妹だが、ならばもう既に犬を飼うという結果に至っているのは何故かと疑問を覚えていると、翔子は更にこう付け足した。

 

『その話を聞いた私はすぐに考えました。先生が家から追い出されず、花蓮さんが犬を飼える素晴らしい案を。そうして私はお母様の説得のために家に赴き「お兄さんを更生させるまず第一歩に犬の散歩をさせてみてはどうか?」と提案したんです』

 

「おい待て、まずそれには問題があるだろう。引き篭もりが外に出れると思うのか?」

 

『だって先生、夜にはコンビニに買い物に出てるじゃないですか』

 

–––何故知ってる。

怖いので深くは追及しないでおくが。

 

『それに先生は引き篭もりなんかじゃなく働かないだけですから。外に出れないわけじゃないでしょう?』

 

まるで見透かしたかのような翔子の言葉に僕は納得した。

そう、別に外に出れないわけではないのだ。

働きたくないだけで。

もう一生、楽して過ごしたいだけで。

 

「だけど問題は解決してないだろう。僕は犬の散歩なんてやらないぞ。時間の無駄だ」

 

『犬の散歩が嫌なら私に首輪をしてリードを着けて散歩しますか?』

 

「……しないに決まってるだろバカ」

 

ちょっと悩んでから通話を切った。

 

 

 

 

–––タッタッタッ。

 

廊下を軽い何かが駆ける。爪がフローリングを叩く音がして、その音はやがて僕の部屋の前で止まった。カリカリとドアを引っ掻く音がしたかと思うと僅かに空いた隙間から黒っぽいシベリアンハスキーが姿を現した。その口には首輪が咥えられており、そこから垂れたリードが引き摺られていた。

 

「ワォン!」

 

咥えていた首輪を差し出すと僕の足元に落とす。どうやら散歩に連れて行って欲しいようだ。

 

「クゥーン」

「ウォン!」

 

黒っぽいのがティーチャー、白いのがショコラ、二匹に首輪を着けると嬉しそうにグルグルグルグル僕の周りを回った。

 

「ちょっ、待てって、着替えるから」

 

ちょっとコンビニに行くだけ。コンビニに行くだけだ。そう言い聞かせて、犬達に一時間も引き摺り回されてしまった僕はもう二度と散歩には連れて行ってやらないと誓った。

 

 

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