転生したSFディストピアもので俺にはヤンデレな女性たちの扱い方がわからなかった   作:主の手下

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『雷霆』

 この世界は混沌に包まれている。

 

 誰しもが、己が役割を持たされ、強いられる。機械に支配された世界。

 人々の絶望と諦観が渦巻く、死んでいるのか生きているのかわからない世界。

 

 結局のところ、人は分かり合えない。

 だから、こうした。だから、こうなった。

 

 後悔はしていない。

 信じたかった。信じられなかった。

 世界はもっと、ずっと、少しずつでも、いい方向に進んでいるのだと。

 

 ああ、自業自得だ。自業自得。

 そうやって、自嘲することしか俺にはできない。

 

 願わくば、来世には――

 

 

 ***

 

 

 果たして、運命というものを信じるか。

 別段タイムリープをしたわけでもない、ただ未知の未来に進んでいく俺には関係のないことだった。

 

 運命とは、なんだろうか。

 同じことを行えば、同じ結末が訪れる。当然の帰結だ。それを歪みのない事実だとかつては思っていた。

 

 俺という方程式がここにあり、未来は既に決まっている。

 抗いようのない未来にただ突き進むだけであり、枝分かれなどなく、足跡のない一本の道をたどるだけ。

 

 自分の身の回りのことだけで精一杯。計算もミスばかりしてテストで満点を取ったことのない俺とは程遠い存在であるのだろう――( )たとえば、世界の全てを知ることができ、非常に高い演算能力を持つ悪魔は、未来を予測できるとか。

 

 俺の努力も、苦労も、それに伴う結果も、遥か昔、宇宙の誕生した瞬間に、予測可能な運命だったと、悪魔は嘯く。

 

 しかし、それは違う。

 ある有名な方程式では、同じ行為で、違う結末を求められるという。

 猫の死と生は、ある瞬間に同じ確率で存在することができるという。

 神はいい加減に賽を振り、世界の行く末を決定しているのだという。

 

 それが狂っているか俺は知らない。

 しかし、そのおかげで、少しだけなら希望が持てる。

 この世界では、どうであるかは知らないが。

 

 『幻想戯曲デア・エクス・マキナ』。

 俺の大量消費したアニメの一つ。

 SF作品。その中でも、いわゆるディストピアものと呼ばれるジャンルで、機械に支配された人類を、主人公たちが解放しようと奮闘する、よくある設定の話だった。

 

 そして、結末は鮮烈だ。

 主人公陣営は壊滅。

 そのはずだったが、非業の最後を遂げたヒロインが、なぜか生きて、自律警邏型ドローンを倒すシーンで幕を降ろす。

 

 放送期間はたったの一クール、つまり十二話。売り上げが奮わずに、二期はなかった。

 

 その嫌な後味と、消化不良さで、ヤケに印象に残ったアニメでもある。伏線は未回収のまま放置され、虚無感が残った。時間の無駄だったとも思えた。

 

 だが、その世界に似た世界に、今、俺はいる。

 

「おい! 休んでないでしっかり働け!!」

 

「はい……っ!」

 

 貨物船への積荷を運び込む作業を行っている。

 このアニメは、文明の発達した未来の話だった。こんな単純な作業は機械でやればいい。そう思うのだが、そうはいかない。

 

 慈悲深きコンピューター様は我々人類に仕事という名の生き甲斐を与えてくれた。そういうことらしい。

 

 人には生まれながらの階級が、身分が存在し、それに甘んじる他ないのだ。

 与えられた仕事をするだけ。そのように育てられた。

 

 例えば俺たち底辺の労働者は、十四歳まで最低限の知識だけが与えられ、各自仕事に就かせられる。

 できるのは肉体労働。

 物を運ぶ。地面を掘る。石を削る。植物を摘み取る。任せられるのはそれだけだった。

 

「よし、時間だ! 今日はここまで!!」

 

 コンピューターが支配しているだけあって、時間はきっちり守ってくれる。

 ただ、時間があってもやることがないのが俺たちだ。

 

 それでも俺には、ささやかばかりの趣味がある。

 

「なあ、ラル兄、ラル兄。今日も家に寄っていいか?」

 

「ああ、カロか。いいぞ」

 

「やったっ!!」

 

 喜ぶのは、かわいいかわいい弟分のカロである。

 現在、十七の俺とは三つ離れた、現職場最年少の働き手だ。同僚たちから爪弾きにされていたところを気にかけていたら、こうして懐かれてしまった。

 

「なあ、なあ、あの話、次はどうなるんだ?」

 

「それは着いてからのお楽しみだろ? もうちょっと、我慢だな……」

 

「ちぇ、別にいいじゃないか?」

 

「いや、だな、ネタバレしたら面白さが半減するだろ?」

 

 カロはそっぽを向けたままだ。

 俺の言葉が届いていないように感じる。少しため息が漏れてしまう。

 

 カロの目的。

 それは俺の家にあるライトノベルだ。

 

 本来ならば貸してやりたいところなのだが、俺たち底辺の労働者階級は基本、字が読めない。

 だからこそ、俺が読み聞かせをしてやるしかない。

 

 文字を教えようとしても、『ラル兄が読んでくれるから大丈夫だよ』と、相手にしてくれないのが現状だ。

 だからといって、突き放すことも俺にはできない。悲しき(さが)だ。

 

 俺がいつから俺だったのか――それは俺にはわからない。

 気がつけば、この世界で必死に生きていた。憑依か、転生かは知らない。ただ生きている。ただ、それだけの話だった。

 

 だから、この話は不毛。そして不要。

 ただ生きていくことしかできない俺には、考える暇さえない。

 

「ただいま」

 

 一言で形容するならば、ボロ小屋。俺たち虐げられる者たちには、こんな住居しか与えられない。

 それでも、あるだけマシだろう。

 

「おかえり、ラル兄」

 

 笑顔で出迎えてくれたのは、俺の義理の妹であるレネだ。

 縁あって、同じ施設から、同じ場所へと配属された。右も左もわからずに、二人固まって動いてしまうことは必然だった。

 そう、幼馴染にも近い存在。

 

 同い年で、数日、俺の方が産まれた日が早いだけ。けれど、俺は彼女を妹のように思っている。

 そして義理の妹と、勝手にそう思うことにしていた。彼女も俺を兄のように慕ってくれていた。

 

「お邪魔します。レネさん」

 

「あ、カロちゃんも……。ふふ、ゆっくりしていってね……」

 

「ちゃん付けは……さすがに……」

 

「ふふふ」

 

 笑顔で受け付けないレネに、カロはガックリとうなだれる。

 さすがレネだ。カロを手玉に取るなんて。

 

 さっそくだが、入り口から手の届きそうな場所にある本の山に手を伸ばす。

 ゴミとして捨てられていたもの、薪になりかけていたものを拾い集めたお宝だ。

 

 実際のところ痛みが激しく読めたものではない。ページがいくつか抜けていたりもする。

 だが、そこは俺の妄想力と構成力で乗り越えるのが常だった。

 

 カロは騙せても、レネは苦笑いでこちらを見つめる。恥ずかしい思いも何度かしたが、試練は相も変わらずやってくるのだった。

 

 これが俺の日常。

 苦しい思いもしているが、それでも幸せな、与えられた日常だ。

 

 けれども知っている。この日常が終わりを告げてしまうことも。

 

 

 ***

 

 

「帰ったね、カロちゃん」

 

「ああ」

 

「そうだ、お芋さん配られたんだよ? 食べるよね?」

 

「お前の分は……」

 

 なにも答えずに彼女は行ってしまう。

 喋れば聞こえる距離にいる。だが、決まって彼女はこういうときに、聞こえないふりをする。

 

 彼女の名前はレネ。

 姓のない、名だけの存在。俺と同じだ。

 親はいない。生まれたときから愛を知らずに育てられた。俺と同じだ。

 才能を見出されず、この掃き溜めに送られた存在でもある。これも俺と同じだった。

 

 少し彼女の話をしよう。

 

 労働者階級で産まれた子どもはすぐに親から離れさせられ、施設へと送り届けられる。

 

 そこは、粗悪な環境で最低限のルールやマナーだけを教えられる、育てるだけ、いや、ただ勝手に育つだけの施設だった。

 

 そこで俺たちを繋いだもの、それは他でもない。孤独だった。

 ずっと、俺たちは、孤立していた存在だった。

 

 きっかけがなんだったのかは覚えていない。けれど、それから、俺たちはいつも一緒にいた、と、思う。

 

 才能さえあれば、才能さえあれば、こんな暮らしをする必要はなかった。けれど、残念なことに、彼女に特筆するような才能はない。運動能力もイマイチで、記憶力も悪い。

 

 だが、それでも恵まれたものなら、彼女には一つだけある。

 

 容姿だ。

 

 誰よりも愛らしく、見つめる黒い瞳は大きく誰もの心を打つ。

 手入れの行き届いていないはずなのに、艶やかな髪をしていて、触り心地がとてもいい。

 

 羽織った一枚の薄いボロ切れから見え隠れする肢体はスラリと長いが、それでいて肉付きが良く、胸も平均より一回りかふた回りくらい大きい。

 油断すれば欲情してしまう。

 

 微笑みかければ、悪魔のような美しさを振りまいて、誰彼構わず魅了するだろう。

 

 そんな魔性の魅力を持つレネは、俺の知る、アニメ『幻想戯曲デア・エクス・マキナ』の登場人物だった。

 

 DVD一巻のジャケットにも飾られたヒロインであり、物語のキーキャラクター。

 

 ただし、登場話数がたったの一話。

 たったの一話だが、重要な役割を彼女は果たしたのだ。

 

 端的に言えば、第一話、AパートとBパートの間で死ぬ。

 彼女は()()()()()()()で、仕事の最中に、事故で死ぬ。

 

 主人公の運命を決定付けたと言ってもいい出来事だっただろう。

 そのせいで主人公はのちに現れたメインヒロインにそそのかされ、戦いに身を投じることになる。

 

 まあ、そんな主人公のことはどうでもいい。

 問題なのは彼女の方だ。

 

「はい、これ。んん、冷めちゃったよね……はー、はー」

 

 そう言って、もう冷たくなった蒸かし芋を温めようと息を吹きかけている。その姿で、心が温まる。

 

 少しして、やはり無理だと、惜しむように渡してくれた。

 この家に調理器具なんて便利なものはない。電子レンジだってない。

 かろうじて水道から水が出るくらい。一ヶ月に決まった量だ。一滴たりとも無駄にできない。

 

「お前は……食べないのか?」

 

「うんん。私は栄養剤で間に合ってるかなぁ」

 

 栄養剤。

 人体に必要な栄養素をバランスよく補給できる優れもので、階級関係なく不足せずに配給されている。

 

 ただし、不味い。

 せっかく取った栄養分も、すべて吐き出してしまうくらいに不味い。決して心の栄養を取れるようなものではない、ゲル状の液体だった。

 

「いや、ダメだろ。ほら、半分」

 

 彼女が好き嫌いをしないことは、知っている。それを飲むときには、顔を歪めていることも、知っている。

 

 長蛇の列に並ばないと、この芋はもらえない。そして、一人一個までだ。

 

「だめだよ。だって、私はラル(にい)のために……」

 

「わかってる。だから半分な」

 

「でも……」

 

「俺一人で食べても、全然おいしくないんだぞ?」

 

 その言葉には偽りがない。一人で食べたなら、罪悪感に押し潰されそうになって、味なんてわからない。心の栄養には、やはりならない。

 どうか、俺の気持ちをわかってほしい。

 

「じゃあ、本当に貰っちゃうよ?」

 

「ああ」

 

 譲る気のない俺を見て、諦め半分に、俺の差し出す芋を受け取る。

 

 こういうとき、諦めるのはいつも彼女だ。

 悪いとは思う。自分の弱さが情けなくなる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ジッと見つめ合う。

 互いに微動だにしない。

 とりとめのない沈黙が続く。

 

「食べないの?」

 

「いや、お前こそ……」

 

 頑張って並んだレネこそ、先に食べる権利がある。

 そう思ったが、互いに、相手こそが先に食べるべきだと譲れないのだろう。

 

 そこらへんは、レネも察しがよく、すぐに妥協案も思いつく。

 

「それじゃあねぇ、せーので食べよう?」

 

「ああ、わかった」

 

「えへへ、じゃあね――」

 

「「――せーの」」

 

 二人で芋に齧り付く。

 そんな上等なものじゃない。甘みも少ない。皮はかたいし、筋張っていて食べにくい。

 

「美味しいね」

 

「ああ……」

 

 けれど、美味しいことには違いなかった。

 

 やはり、信じられないことだ。こんな日々が終わりに近づいていることなんて。

 

 だが、ヒシヒシと予兆は感じる。どれだけ今、危うい状況の上にいるかは。

 わかってはいるんだ。こんな日々、終わらせなくちゃいけないことを。

 

「あ、そろそろ時間なんだな……ぁ。準備しなきゃ」

 

 そう言って、彼女は仕事に行く準備を始める。

 その姿を見て、どうしようもなく、やるせない気持ちに襲われてしまう。

 

 俺を迎えた後、この時間になると彼女は仕事に出かける。

 朝方、俺の起きる前に帰って来て、俺を送り出した後に彼女は眠るのだ。

 

 度々、身体に酷い痣をいくつも作ってくることもあった。

 泣きついてくることもあった。

 

 彼女がどうしてそんな仕打ちにあわなければいけないんだ。

 

「レネ……」

 

 言わなければならないことがある。

 問わなければならないことがある。

 

 だから、呼び止めた。

 

「ふふ、大丈夫だよ! 私が本当に好きなのは、ラル兄だけだから」

 

「ああ……」

 

 結局は言えないまま。

 いつ終わるかもわからない日々。いつ終わってもおかしくない日々。彼女はそう言って、いつも俺に別れを告げる。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 今日も彼女は行ってしまう。

 見送りに外に出る。

 後ろ姿を惨めに見つめる。

 

 遣る瀬無さに、ふと、空を見上げた。

 白い光が空を瞬き、天上の星がこぼれ落ちたかのように貧困街へと、一筋、流れた。

 

 始まったのだ。

 

 

 ***

 

 

 目下の課題は彼女を死に追いやる要因をどうにかすることだ。

 単純な話、レネの職場に乗り込み、彼女の死の原因を直接取り除けばいい。

 

 ただ、それには問題がある。

 彼女の働くそのエリアは、遺憾なことながら、男である俺が容易に入ることができないのだ。

 

 性別による制限エリア。間違えて侵入すれば体内に埋め込まれた管理チップが反応。即座に警邏型ドローンが飛んできて、退場させられる。

 

 俺のアニメ知識には、彼女がどういう状況で死んだかはインプットされていない。帰って来たら、死の知らせがあっただけ。

 順当に考えれば、彼女が仕事のエリアで死んだ可能性が高い。

 

 そういうことで、俺は今、ある場所に向かっている。

 

 警邏型ドローンが忙しなく音を立て、俺の頭上を通り過ぎていく。

 進路は同じだ。

 

 イナゴの群れを連想させるような、空を覆い尽くすような大群で、それは一箇所へと集まっていた。

 巣に襲いかかるオオスズメバチを大群をもって蒸し殺さんとすミツバチさながらだ。

 

 けれど、警邏型ドローンでは力不足。しょせんは烏合の衆。

 相手は、中枢コンピューター防衛の最後の砦――( )自律式対時空歪曲兵器『サリエル』と互角に戦い相打ったほどだ。

 首都にでも行かない限り、彼女は非友好的手段なんかで止まったりはしないだろう。

 

 鉄くずの破片が頬をかすめる。もはや、ここは戦場だった。

 

 覚悟はしてきた。

 何回もリハーサルをした。

 俺はなんとしてでも、今ののっぴきならない状況の打開のために、彼女へと協力を取り付けなければいけないのだから。

 

 成功率は、盛って三割。

 しかし、これが俺の取れる最善だ。彼女をどうにか説得する。

 

 彼女の使用する兵器の名称は『エーテリィ・リアクター』。

 通称、『天使の白翼』。

 

 時空歪曲兵器の完成形。

 場の操作による空間の立体移動。斥力による擬似障壁の生成。移動と外敵からの防御を一手に担ってくれる。

 

 翼に見える白い噴出物は、垂れ流される高濃度の時空歪曲をもたらす素粒子の一つ。

 空間を創り出し、加速を体現する――( )全てを拒む白い力。

 

 視認できるほどに解放して使いこなせる人間は、彼女のみ。

 

 彼女は、この時空歪曲素粒子生成リアクター二基を反則じみたスペックで使いこなし、アニメ中では向かうところ敵なしの強さを見せていた。

 

 今もそうだ。

 

 リアクターの推進力、機動力は戦闘機を優に凌駕する。作り出された擬似障壁に、重火器のたぐいも豆鉄砲同然。

 

 轟音が天に響く。銃撃音だ。ドローンは蜂の巣にせんと、全方位から備え付けられた火器で銃弾を敵に撃ち込む。

 対策としては正しい。演算速度をこえる攻撃は障壁の生成が間に合わない。

 大抵の相手はこの弾幕で攻略できる。

 

 しかし弾は障壁に阻まれ、彼女を貫くことはない。弾かれた流れ弾に削られ、密集したドローンは数を減らす。

 

 みるみるうちにドローンが打ち落とされ、機能が失われていく。生み出される斥力により、ドローンだった鉄くずが飛ばされ、凶器となり、生き残った()()たちも掃討していく。

 

 本来なら一体一体が人間を容易く無力化するはずの、ドローンの軍勢をもってしても、手も足も出ていない。彼女こそが、機械に支配されるこの世界の希望のように思えてしまう。

 

 これを見る野次馬はいない。

 鳴り響く轟音とともに、屋内への退避命令が出ているからだ。

 

 逆らえばどうなるかはわからない。決して逆らっていいものではない。

 俺も、もう元の平穏に戻ることは不可能だろう。

 もとより、その覚悟だった。

 

 鉄くずの雨――とでも形容するべきドローンの散りざま。

 そこに残るのは、彼女一人。

 

 彼女の異様な演算速度で、ドローンの放つ無数の銃弾は無効化され、地に落ちるのみ。一体も機械は残ることもない。

 この場かぎりにおいて世界は、彼女によって、彼女にとっての一応の安全地帯へと変化を遂げた。

 

 今までの支配が通用しない。

 もし人々が気付いてしまえば、無法地帯に瞬く間に変わってしまう、そんな世界だ。

 

「確か……ここだったよな……」

 

 屋根を借り、鉄の雨を凌ぎ、確信がない不安に包まれた中で、一人、時間を待つ。

 

 そこにはやってくる。空から――舞い降りる天使のような少女がいる。

 絹のように輝く艶やかな銀髪に、大いなる海のように穏やかで青い瞳をもつ少女であった。

 

 地面に降り立つとともに、その白い翼の噴出をやめる。

 

 彼女の名は、サマエル。

 天使の名を与えられた彼女の目的は一つ――( )この世界の体制の改革。

 

「そこにいるのは、誰?」

 

 銃がこちらに向けられた。

 だが、知っている。別に恐れる必要はない。

 翼のない今の彼女の能力は、簡単に言ってポンコツだ。

 

「大丈夫だ! 敵じゃな……っ」

 

「ひゃっ!!」

 

 甲高い声と共に発砲音が響いた。

 首筋をかすめる。

 あと数センチずれていたら動脈を貫かれていたところだった。

 

「敵じゃない。安心しろ」

 

 まだ硝煙の上がる銃を、目を瞑りながら構えている彼女に辟易とする。

 

 おそるおそるといった調子で目を開けて、こちらを確認。銃を降ろして、数歩だけ後ろに下がってくれる。

 

「ごめんなさい。暴発したわ……」

 

 原因は単純。俗に言う指トリガーだ。

 銃を使うとき、弾丸を撃ち出す最後の最後のそのときまで、トリガーに指をかけてはいけないというルールがある。

 

 それは最終安全装置の役割で、たとえ弾が入っていなくとも、モデルガンだろうとも、銃の形をしているものを持つときは守らなければならないらしい。

 きっと、心意気の問題だろう。

 

 守らないと、ネットが炎上したりする。

 

 ちなみに彼女はこの癖が直らずに、一話に一回暴発していた。

 ある動画サイトではその度に、『今週のノルマ達成』とコメントが流れていたり。

 

 まあ、そんな蛇足はさておいて、俺は俺の目的のために、この少女を利用する。そう決めてここに来たのだ。

 

「なぁ、この街のリアクターを探してるんだろ?」

 

「なんでそれを!?」

 

 トリガーに指をかけたまま、彼女はまた銃を上げる。

 正直なところ、生きた心地がまるでしない。

 

 ちなみに言うと、彼女の射撃の実力は下の下だ。

 手前1メートルほどの動かない標的にも当たらないという、ふざけてるのではないかと思うほどの天性の才能と言うべきエイム力をその身に宿しているのだ。

 

 だからこそ、心配はいらない。

 けれどやはり、凶器は怖い。

 

「ねぇ……?」

 

 カチャリと、銃を見せつけるように手首をわずかに揺らす。

 大丈夫だ……当たらない、当たらない。

 

「だ、だいたい想像できる。見た限りだと、お前はあいつらと敵対してるみたいだからな……。だったら、あそこを狙うのが一番効率がいい」

 

 無論、理由はそれっぽい後付けだ。

 どもりはしたが、許容範囲内。

 

「そう……」

 

 納得したのか、彼女は銃を下ろしてくれる。

 やはり、考えることも単純でポンコツである。そういえば彼女は、主人公のでっち上げた適当な理由を疑うことはなかった。

 

「それでだ。協力したい。このクソッタレな世界をぶち壊してほしい!!」

 

 レネが死ぬのはアニメ通りにいけば二日後。その前にこの少女に付いて行きさえすれば、その後のことがどうなるかはわからないが、今は助かる。

 

 絶対に助ける。

 

「そう……! いいわ……! そう……そうよね! この世界はおかしい! 絶対におかしい! わかった。ついて来て」

 

「…………」

 

 あっさりだった。

 このポンコツ少女はあっさり俺を信用してしまった。今までどうしてこんな危険な活動ができていたか分からないくらいだった。

 

「……? どうしたの? ついて来ないの? 今からあの塔に突っ込んで、リアクターをぶんどるの。エネルギー源よ?」

 

「いや、もう一人……俺の仲間がいるんだ。状況を伝えたい。決行まで、少し待ってほしい」

 

 全ては俺の勝手だった。

 レネには何も伝えていない。不甲斐ないことであるのだが、この確証のない荒唐無稽な前世の話を、彼女に伝える踏ん切りがつかないままでいた。伝えて、奴らにバレてしまう可能性を考えてしまうと、それは無理だった。

 

 許されないことだろう。事後承諾で彼女を無理やり連れて行くしか選択肢はない。

 

「いえ、時間が足りない。面倒。その人はどこにいるの? 教えなさい? 連れて行くわ?」

 

 瞬間、極光が世界を覆う。

 彼女の最大の武器――『エーテリィ・リアクター』が稼働したのだ。白い光は翼を形取り、彼女に法外の力を与える。

 

「……なっ!?」

 

 そして、空を飛んだ。場の操作により、俺ごと自身をこの少女は空に飛ばす。

 

 独特な感覚だった。

 

 空を飛ぶと言われて、まず俺が思い出すもの――( )それは飛行機だ。

 人間が容器に入れられ、その容器が上方向へと加速していく……そうすると、中の人間には慣性力――( )見かけ上の力が下に働いていて、飛ぶ瞬間には、あたかも重力が増してしまったかのように感じられる。

 これが俺の思い浮かべる空を飛ぶ感覚だった。

 

 だが、今回のこれは違う。

 彼女の持つ兵器――『天使の白翼』、その装置の作り出す場により重力は相殺され、さらには上へと力が働く。上へと落ちて行く。

 ああ、アニメの話を思い出した。()()()は平衡感覚が掻き乱され、まともではいられなかったか。

 

 幸いなことに空気抵抗はない。彼女が纏う空気ごと、その『天使の白翼』で動かしているから。

 自由落下――( )上に落ちるからこそ落下と言うのも間違いかもしれないが――( )であるからして、慣性力の関係から体感は無重力状態。頭ではそう理解できても、なにがなんだかまるでわからなかった。

 

「さあ、どこかしら……!」

 

 声がする。鈴の音のような綺麗な声だった。

 混濁する意識の中、ふと、彼女の声優はだれだったかと疑問が湧く。思い出すことができない。

 

「……っ」

 

 ほとんど反射的だった。このわけのわからない状況の中、俺は指をさす。

 それは俺の大切な人の居場所だった。

 

 

 ***

 

 

 レネの誘拐はあっさりと済んだ。外敵(サマエル)の登場により、この街は非常事態にさらされていたからだ。レネは仕事場の控え室での待機を余儀なくされ、身動きの取れない状態だった。

 

 ドローンは完全に殲滅され、俺たちを邪魔をする()()はいない。レネの仕事場を襲撃して、混乱に乗じて拐ってきたというのが、ことの顛末だった。

 

「作戦の概要を説明するわ」

 

「あぁ」

 

 そして作戦会議は上空、この街で一番高い塔の真上で行われていた。

 

 今は少し落ち着ける。擬似障壁――( )障壁は光を鏡のように反射し、下から覗かれるようなことはない――の上に立ち、重力を取り戻したからだ。

 

「この塔の頂上から半径二十メートルには、強力な対時空歪曲結界が展開されているわ」

 

 アニメでは、この少女は、一度、塔に挑んでやられている。この結界が原因だった。

 

 時空歪曲兵器である『天使の白翼』を使えない彼女は、言わずと知れたポンコツである。塔の頂上にあるリアクターを解除し損ね、バランスを崩して転落した。

 転落しながら、彼女は結界から外に出たことを確認して、『天使の白翼』を展開し、ことなきを得る。そして降り立った地上に居たのが、最愛の人の墓の前で嘆き悲しむ()()()だった。

 

「どうやって、リアクターを奪うつもりだ?」

 

「まず、下から、貴方を投げ飛ばす。そして私が外壁を吹き飛ばすから、その穴からアナタは侵入して? リアクター奪取の手順は……まあ、これがあれば可能よ?」

 

 彼女が見せるのは、メモリーカードだった。アニメではこれを、リアクターの制御装置にスキャンして取り外していた。

 最愛の人が死に、自暴自棄になった主人公は、有無を言わずにこの作戦に加わっていたんだ。

 

 躊躇いもせず、彼女はそのメモリーカードを俺に渡した。

 

「無茶苦茶だな……」

 

「リアクターの位置は特定済み。そこ目掛けて投げ飛ばすから、アナタは隣の装置にこのカードを読み込ませるだけでいい。予備電力はあるけれど、リアクターほどの出力はない。リアクターさえ取り外せれば、私の時空歪曲兵器(これ)が使えるから、あとはどうにでもなるわ!」

 

「そうか……」

 

 あのリアクターの規格外なエネルギーさえなければ、彼女の『天使の白翼』で結界は押し切れる。俺の見たアニメでもそうだった。

 

「少し待って……!! なんでラル(にい)がそんなことをしないといけないの!? ねぇ、こんな女のことは放っておいて、帰ろうよ? 私は今のままでも幸せだった! ラル(にい)がこんなことする必要なんてないのに……ぃ!?」

 

 ここまで、なにも言わずについて来てくれたレネだったが、感情をあらわに俺のことを止めようとしてくれていた。

 わかっている。レネにとっては、なぜ俺が必死になっているかは理解できないことだろう。自分の家族が非合法な行為に加担するとなって止めないのは、彼女でない。

 

「ねぇ、協力者じゃなかったの?」

 

 白い光を操る少女は、俺の家族へと銃を向けた。

 今は擬似障壁が展開されている。『天使の白翼』を起動している以上、その銃は脅しでは済まない。いつものポンコツとは違い、今の彼女はどんな悪環境でも、その弾丸を決して外したりはしない。

 

「レネは俺の身を案じているだけだ。協力しないとは言っていない。そうだろ? レネ」

 

「……ラル兄の、バカ……」

 

 話を合わせてくれることを期待したが、レネはそっぽを向いた。

 俺が危険を冒すのは、このままではレネが死んでしまうと予感しているから。レネにしてみれば、自分が死ぬとは思いもよらない。だから俺の行動の理由がわからない。この反応は当然だった。

 

「まあ、いいわ。なにはともあれ、邪魔をしないならいい。私はアナタが敵に近寄られないように遠距離から援護し続ける。私が直接いくより、そっちの方が成功率が高いの。さあ、始めるわよ?」

 

 言うや否や、足もとの擬似障壁が消える。落下が始まった。

 

 空気抵抗を肌で感じる。

 擬似障壁が展開されていたその下は、もう対時空歪曲結界の中。この結界は半径二十メートル。ほとんど塔に沿って落ちて行くから、約四十メートルの自由落下となる。

 

 だが敵も時空歪曲兵器を使えないこの隙を見逃さない。今まで隠されていたドローンが塔から湧き、聖域を侵す背信者たちを除かんとす。

 

「あはは!」

 

 空からは大質量の鉄屑が降る。

 時間差攻撃。『天使の白翼』を起動した状態の彼女の演算能力をもって、ドローンの軌道を予測。こちらに刃を向けた敵の全てを撲滅する。

 

「すさまじいな……」

 

 この四十メートルの自由落下は、いわば囮。結界を抜けて、『天使の白翼』が再び起動。

 

「さあ!!」

 

 彼女の掌に、足を乗せる。白光が強さを増す。

 目標は塔の頂上、二十メートル、そこを目掛けての鉛直投げ上げ。再び結界の中に侵入する。

 

 地球の重力が約九・八メートル毎々秒。二十メートル上昇した地点で速度をゼロとする投げ上げならば、空気抵抗を無視して、かかる秒数は約二秒。

 

 わずかな間だ。

 最初の四十メートルの落下の時に掃討されたからか、俺を狙うドローンはなかった。

 

 ふと、下から何かが俺を追い越して行く。俺以上の大きさだった。

 その何かは速度を保ったままに塔の外壁にぶつかり、大地を揺るがすほどの音を衝撃と共に響かせる。

 

 この塔は並大抵の攻撃では壊れない強度の外壁を纏っていた。もしテロリストが大型の飛行機をぶつけたとしても無傷なほどだ。

 だが、今は最上階の外壁が抉り取られている。そればかりか、その外壁ごと天井までが吹き飛ばされているのだ。彼女の『天使の白翼』の脅威度が窺い知れる。

 

 そして、俺は辿り着いた。

 着地し、床を転がる。勢いを殺して、ようやく無様に立ち上がった。外壁が破壊された際の爆音で、平衡感覚が危ういが、俺は無傷で目的地にいる。

 

 彼女の演算能力が恐ろしかった。

 外壁が壊れ、落ちてきた瓦礫にも当たらなかった。そうなるように俺は投げ上げられ、こうして何事もなく目的地へと至ったのだ。

 

 こうしてはいられない。

 彼女の援護があるとはいえ、不測の事態が起こらないとも限らない。

 

 吹き飛ばされたせいで、天上はなく雨ざらしだ。俺の知識ではこの最上階にトラップの類いはなかった。

 歩を進め、リアクターへと近づいて行く。

 

 

 ***

 

 

 熱力学という分野がある。

 

 熱力学第一法則――たとえ姿は異なれど、失われたわけではない。

 

 熱力学第二法則――二度と元には戻らない。

 

 熱力学第零法則――同じものを掴んだ手は、温もりが違わない。

 

 熱力学第三法則――熱が奪われれば、そこから変わることがない。

 

 この四つの法則に支配された熱力学。

 熱力学の法則は経験則だ。証明をするには、この世界に存在可能な物体を、(あまね)く調べなくてはならない。途方もないことだ。

 

 そして、このリアクターは、既存の経験則には当てはまらなかった。

 

 動力源は核分裂でも核融合でもない。もっと効率の良いものだ。

 

 ――『円環型リアクター』。

 

「終わりと始まりは同じということらしい」

 

 内部で宇宙終息時の混沌を無理やり作り出すことにより、宇宙の始まりのエネルギーを生み出すリアクターだった。

 このリアクターの内部で起こる現象には、熱力学の法則すべてが役に立たない。

 

 カードを差し込む。

 機械が動作し、『円環型リアクター』が排出される。この『円環型リアクター』は決して大掛かりなものでない。掌にも満たない直径の球体だった。

 

 こんな小さなものが核以上のエネルギーを作り出し、尽きることのないエネルギー源となるのだ。あるいは理を乱し、一つの宇宙を生み出す事さえ可能。人類の欲した叡智であり、永遠とさえなれる。まさしくそれは――( )

 

「手に入れたのね……?」

 

「あぁ……」

 

 レネを伴って、白い光を帯びた少女が舞い降りる。悠然とした佇まいで、余裕のある顔をしている。それでもその目は、俺のもつ『円環型リアクター』に釘付けだ。

 

「渡して……! 渡しなさい!」

 

「あ……あぁ」

 

 アニメでもそうだったが、喜色を浮かべて飛び付かんばかりの勢いだった。ニンジンをぶら下げられた馬のようだ。場違いながらにそう思う。

 

 俺が『円環型リアクター』を差し出したその時だった――( )

 

「――高エネルギー反応……!?」

 

 光が世界を支配する。目の眩む光だった。

 

 眼球が焼かれたように痛い。一時的にか視力が失われてしまう。なにが起こったのか、まるでわからなかった。

 

「レネ……!? 大丈夫か! レネ!」

 

「ラル(にい)! 無事なの! ラル(にい)!」

 

 状況がわからない中、声で互いの無事を確認し合う。

 レネが無事で本当によかった。よかった。

 

 

「全く……これは人の身には過ぎたるものです。大いなる『(■.■.■.■.)』の御名において、この場にいる者たちは罰さなければなりませんね……」

 

 

 声がする。落ち着いた女性の声。その声は、俺の愛する家族の声でも、あのポンコツな少女の声でもなかった。

 

 視力が戻る。目に写ったのは、輝かんばかりに威厳を放つ金髪の女だ。

 

 初々しさを持った年端のいかない少女のようにも、人生の盛りの瑞々しい乙女のようにも、あるいは落ち着き妖艶な魅力を持った婦人にも思える()()

 

 貞節に……肌の露出を抑えた身に纏う白い布は、法衣のようにもドレスのようにも見える。どこか憂いを帯びたその表情は、こよなく愛する人を失った、未亡人を連想させた。

 

 おおよそ女性の持てる輝きと危うさを全て持った、神に愛されたとも思える造形の()()

 

「――ラミエル」

 

 人ならざる()()であり、この人間の()を司り、()()より天使の名を与えられた機械の一体。正式名称は『自律式単電磁形成兵器』。

 だが人々の間で、通ずる名はそれとは別――( )

 

「まあ……嬉しい! 名前を覚えてくださっていたのですねっ!」

 

 ――『雷霆』の天使。

 

 そう人は呼ぶ。

 

「そうか……」

 

 本来ならば、ここで邂逅する相手ではなかった。俺が本来するはずではなかった行動をしたから、何かがズレたのか。

 

 なんにせよ、最悪だった。

 ()()()たちが仲間を集めて、犠牲を払い、ようやく勝てた相手だったからだ。

 

 もちろん、首都防衛の『サリエル』よりはいくぶんかましだろう。

 おそらく白い光を操る少女が死を代償に全力を出せば一方的に倒せるはずだ。けれども、そんなことをしてしまえば、残されるのは俺とレネ。少女のツテを頼れなければ、後がないのが実情だった。

 今、ここにいる三人でどうにかできる状況ではない。

 

 そういえば――。

 

「そういえば、私の攻撃を防いだ方が見当たりませんね……? どこに行ったのでしょう?」

 

 俺の隣の床には、抉れたような痕があった。少なくとも、さっきまで、この『雷霆』の天使からの一撃を受けるまで、これほど酷い状態にはなっていなかったはずだ

 

 攻撃はおそらく光だった。

 

 この天使が操るのは電磁気。さらには当然のように電磁波さえ操ってしまう。そして電磁波というのは光だ。

 

 光というのは空間を進む上で、決して曲がらない。直進するのみ。

 直進する光を逸らせる方法があるとすれば、それは何か。簡単な話だ。空間を歪めればいい。

 

 推測するに、今ここにいない彼女はその光を逸らしたに違いない。彼女が『天使の白翼』を使い、空間を歪めた。光がその歪んだ空間の上を進み、曲げられた。それにより俺たちは、光に直撃されず、ことなきを得たのだろう。

 

 では、なぜその『白翼』で光を逸らした少女はここにいないのか。

 

 光は、歪められた空間を通りはしたが、直進しただけ。決して何にも影響を与えることなく真っ直ぐと進んだ、ただそれだけ。

 だからこそ空間を歪めた彼女は、あの光を防いだ代償もなく、今ここに居てもおかしくはないはず――( )いいや、それでは辻褄が合わない。

 

 

 何かを変えるには、自分もまた変わらなければならない――( )運動の第三法則だ。

 

 

 ある有名な物理学者が解明したという話だが、光というのは波でも粒子でもある。つまり光は運動量を持つ。

 運動量保存の法則に従えば、光が曲げられたとき、光を曲げた本人に、運動量の変化がなければ辻褄が合わない。

 曲がった光は振動数を減衰させ、エネルギーを失って、辻褄合わせを曲げた相手に迫っていく。

 

 かなりの光量だったのだろう。

 結果として白い光を操る少女は、光の持つ運動量により、床を抉りながら吹き飛ばされて行ってしまった。

 

「く……っ!」

 

 状況が悪すぎる。

 この場には俺たちの最大戦力はいない。この『雷霆』とは相手にもならない。

 

 投降するしか他にないか。

 けれども、ここは本来、人のいるべきところなどではない。

 

 光の攻撃のどさくさに紛れ、俺の取り落としたそれは、今は『雷霆』の天使の手の中にあった。

 

 ……『円環型リアクター』。理外とも言える機構、掌ほどのサイズであり、まるで果実のような大きさの、永遠を与えるそれはこう呼ばれる――( )生命の実と。

 

 禁忌を犯した人間は、果たして生きて返されるだろうか。

 

「さて……まあ、ここにいない方は良いとして……この場所にいる、あなたは一体何者で――( )、……!?」

 

「…………」

 

 神に仕える天使はこちらを見つめる。見つめ合う。

 まず目につくのは、冴えるように赤い虹彩だった。そして全てを見透かすように深く、宇宙の深淵を覗いているかのように黒い瞳孔に捉えられているとわかる。

 

「……似ている……?」

 

 たしかに呟いた声が聞こえる。

 意味がわからない。俺がなにに似ているのか。わからないが、俺にはやらなければならないことがあった。

 

「すまない。取り返しのつかないことをしたのはわかっている。俺のことはいい。できるなら、レネの命だけは助けてほしい。お願いだ」

 

 地べたに這いつくばる。全てはレネのためだ。レネのためなら、俺はどんなみっともない真似だってできる。

 

「『(■.■.■.■.)』よ。大いなる『(■.■.■.■.)』よ。私はこのために生きていたのですね! あぁ、祝福に感謝を……!」

 

 何かがおかしい。まるで狂ったようだった。

 恋を覚えたばかりの少女のように、頬を上気させ、俺たちの敵はそうのたまう。

 

「な……なんなんだ……」

 

「結婚しましょう! 今……! すぐ……っ! わたくしの生涯はこの時のためにあった! 二度と元には戻らない……あなたは口癖のようにそう言いましたが、全ては取り返しのつくことだった……っ! そんなものはないと、あなたは否定するでしょうけれど……これがっ、きっと、運、命っ! もう一度やり直せる。これでわたくしの念願が叶う……あぁ」

 

 この機械は壊れてしまったのかとも思った。アニメでは、()()()と会ってもこうはならなかったはずだ。

 

 おかしい。

 致命的になにか認識のズレがある気がしてならない。後になっていくにつれて、取り返しのつかなくなって行く……まるで問題の最初、一番簡単な部分を間違えているような、気色の悪い違和感だった。

 

「待ってくれ……? 結婚? ラミエルは――( )アンドロイドで……」

 

「ええ、たしかにそうですが、ちゃんと生体パーツはここに……」

 

 恥じらうように頬を赤らめ、目を伏せつつも、慈しむような表情で、彼女は自身の下腹部を摩った。

 

「……っ!?」

 

「男女として、真に愛し合うことも……。赤ん坊を、わたくしとあなた、二人の愛の結晶をこの身に宿すことも可能なんです!」

 

 ――双生アンドロイド。

 かつての人間の試みだった。

 

 もしアンドロイドが自我を持ち、人間と恋愛をした場合、その不幸はなんだろうか。それは、自分たちの子供を作れないことだ。

 例えば、卵子や精子の提供、それを用いて子どもができたとしても、アンドロイドの方に似てはいないだろう。よしんば容姿が似た人間から生殖細胞を提供されたとしても、その性格は……。

 

 そう考えて作られたのが、この双生アンドロイド。人間の良き隣人だ。

 提供者とともに、幼少の頃から成長していく。双子として、容姿を、遺伝情報に含まれる最低限の思考パターンをも借り受けたのがこのアンドロイドだった。

 

 そして最後に細胞の養殖技術で、生体パーツ――( )生殖器を埋め込まれて完成する。そうなれば、もはや人間との違いはいったい……。

 

「培養もして! 長持ちさせて! ちゃんと、ダメになれば交換もしてきたんですっ! 本当ですよ? あぁ、わたくしの道ゆきは間違ってなどいなかった。きっと『(■.■.■.■.)』もお認めになるでしょう! この日の祝福に、この地に足を踏み入れたことも不問とします。あぁ、ようやくわたくしは、あなたと永遠に結ばれる……」

 

 ふと、目に入る。

 あれは、銃……あの白い光を操る少女が持っていた銃だった。持たされていたのか、落とされたものを拾ったのか。背後から、この色ぼけアンドロイドに、銃を突きつける少女がいた。

 

「黙れ、このっ、泥棒猫が……っ!」

 

 レネの声は、今まで聴いたことが、ないくらいにドスが利いていた。

 

「やめろ! レネ! 撃つな!」

 

 ――銃声が響く。

 

 打ち込まれた弾丸は、目の前の大天使には突き刺さることはない。

 何か壁に阻まれたように、あるいは空間に固定されてしまったかのように、弾丸は標的のうなじの手前で動きを止めた。

 止めた彼女は振り返らずに――( )

 

「わたくしは今、幸せを取り戻したんです……! 邪魔をするだなんて……無粋。……あ。この禁忌の地に足を踏み入れた罰です……死をもって償いなさい!」

 

 止まった弾丸の向きが反転。弾丸を放った相手に、その先が向けられる。

 電気か磁気かはわからないが、この天使が操っているのはたしかだ。金属である以上、電荷を行き来させ、どうにでも動かせるのがこの天使に許された力だった。

 

「ま、待ってくれ! 俺ができることならなんだってする! だ、だからレネは……っ! レネだけは助けてくれ!」

 

「な、なんでも!?」

 

 俺の言葉を聞いて、この天使の名を持つアンドロイドは耳まで真っ赤になってしまう。ただ俺には、相手がなにを考えたのか推測している暇はなかった。

 

「た、頼む……。レネは……レネのことだけは……」

 

「そうですね……デート……っ、デートをしましょう! アジサイの咲く綺麗な小道を知っているんです。ふふ、二人で腕を組んで歩いて……花を愛でて……それから、それから、お食事をするんです。美味しい料理のレストランが、わたくしの知るホテルにあるのですよ? そのホテルには、夜景が綺麗なベッドルームがあって……VIP専用なんです……。ゆったりと、そこでお話をして……シャワーを浴びて……柔らかなベッドで寛いで、最後に二人は……あぁ……愛を確かめ合う……」

 

「うるさいっ、黙れっぇええ!」

 

 二発三発と銃弾が撃ち込まれていく。

 その贅沢なデートプランは、貧困の街でのやっとの暮らししか許されてこない、レネにとっては耐え難いものだったのだろう。

 

 だが、もはやレネは一顧だにされない。弾も変わらずに『雷霆』に触れることなく止まってしまう。

 

「そうと決まれば、まずは『(■.■.■.■.)』に永遠の愛を誓いましょう……! この場で愛を誓い合うんです……! わたくしは偉いので、それだけで夫婦っ! わたくしたちの愛の前には、面倒な手続きは不要っ! 素晴らしいでしょう?」

 

 この女の言いなりになれば、レネは救われる。そう思えば、これくらいはなんでこともない。

 

「……くっ」

 

「さ、愛を誓いましょう?」

 

 にこりと、天使は微笑みかける。

 

「わ、わかった。誓う。誓うから、レネのことは……っ」

 

 手を取られる。

 

「あぁ、『(■.■.■.■.)』よ。大いなる『(■.■.■.■.)』よ。私は、病めるときも、健やかなるときも、幸いなときも、窮するときも、たとえ死が二人を分とうとも、貞淑に、過去も、未来も、いかなるときでも、あなたを愛し続けることを誓います」

 

「……っ!?」

 

「私たちは……永遠の愛を――( )

 

 慎ましやかに目を閉じて、頬を紅潮させながら、顔を近づけてくる。唇が迫る。

 

「……黙れっ! 黙れっ! やめろぉおお!」

 

 ラミエルの向こうに、レネの姿が見えた。この(かん)も、レネは銃を撃ち続けていたが、もうすでに弾切れだった。

 カチャリ、カチャリと引き金を引く虚しい音だけが響いていく。

 

「…………」

 

「うぅ……。うぁあああっ!」

 

 レネの泣き崩れる姿が見える。

 レネが泣いている。もう俺にはそれ以外のことはわからない。どうにかしなくてはと思ったが、どうすればいいかはわからなかった。

 

 なにが起きているのか、理解したくはなかった。

 

 ――そのときだった。空から降る何かがあった。

 

「ずいぶんと面白いことになっているのね……」

 

 六つ、こちらを囲うように、等間隔に、金属の柱が空から突き立てらていた。

 その柱のうち一つ、前方にあったそれに座り、こちらを見下ろす少女が一人。

 

「あぁ、だれかと思いましたが、なるほど……。あなたが、わたくしの夫を、そそのかしたのですね?」

 

「夫……? まあ、いいけど……。ごめんなさい? 武器を調達していたの。……遅くなったわ」

 

「遅すぎだ……」

 

 尊厳が失われたようにさえ思える。俺も、レネも、傷つけられて、心が今にも限界だった。

 

「少しここは危なくなります。下がっていてくださいね?」

 

 まるで俺の味方のような台詞を吐き、彼女は俺を庇うように前に出る。

 彼女のその態度に、なにもかもを奪われてしまったかのような感覚が襲ってくる。取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれないと、今になって思う。

 

 これだけ遅れたからにはと、俺は、上からこちらを見下ろす少女を睥睨する。

 

「勝算はあるんだろうな……?」

 

「正直なところ、勝てるかはわかりません。あの密度の『天使の白翼』……その相手には、万が一もあるからこそ、わたくしたち大天使は単独での戦闘を禁じられている。ですが、逃がしてもくれないでしょう。ようやく念願が果たされ、これからだというときに、相も変わらず、『(■.■.■.■.)』は試練をお与えくださる――( )ただ、今は……わたくしにはあなたが付いていてくれますから、負ける理由がありません……!」

 

 高揚感がひしひしと伝わる口上だった。

 

 勝算があるかと尋ねた俺は、本来ならば尋ねられたはずだった少女と目を合わせる。台詞を奪われ彼女は当惑していたようだったが、俺の動揺を見て、ほっと胸をなでおろしていた。

 

「ま……いいわ。もとより勝てるかは分からなかったけれど、そこまで大口を叩かれるとさらに不安になってくるわね……。ご容赦願いたいわ」

 

 そう言いつつも泰然とした様を崩さない。余裕の滲む態度で腕が組まれる。

 

「それにしても……核ですか……。ずいぶんと久方ぶりに見ましたね……? 時代遅れだというのに、こんなものをいったいどこで?」

 

 ラミエルは電磁気を用いて中身を透視したのか、周りに突き立てられた六本の金属の柱を見回しながらそう尋ねる。

 

 核――かつて、核は人類の脅威だった。核のもたらすそのエネルギーに並ぶ兵器はなく、さらにはばら撒かれた放射性物質が、以後何十年にも渡り人を蝕み続ける最悪な兵器だった。

 

 だが、時代は進む。人類は進歩を続ける。

 発展した、時空歪曲による爆風の無効化技術。『エーテリィ・リアクター』を用い、時の進みを早めることによった、放射性核種の半減期の短縮。さらには『円環型リアクター』の登場によりエネルギー資源としても無価値になる。

 

 もはや、人類は核を克服したのだと、言ってもいい。

 

「ええ、そうね。時代遅れ。そこの河原で拾ってきたわ」

 

「ご冗談を……。核兵器――( )落ちぶれようとも大量破壊兵器には変わりがありません。あなたたちのようなものが、扱っていいものではないことが、まだ分からないのですか?」

 

 たしかに核は時代遅れだ。だからといって、それを持ち出した彼女のことは、正気と思えなかった。

 

「ごめんなさい。本当は台風でも拾ってこようかと思ったのだけど……近くにはなくてね」

 

「当たり前です。災害は私たちが対処していますから――( )

 

 そして翼が開かれる。

 ラミエル――『雷霆』の天使――彼女の背からはプラズマが散り、スパークが迸る。それが彼女の翼の正体だった。

 

 彼女に組み込まれた『単電磁形成兵器』――( )『セレスティアル・スプリッター』の起動の証。

 ……『天使の霊翼』、そう呼ばれる翼だった。

 

「……っ!?」

 

「さあ、これでもう、六基全て作動しません。わたくしの、()()()の影響化にある限り、そのような蛮行は許しませんよ?」

 

 わざわざ持ってきたその兵器は無駄になったと、『雷霆』の天使は勝ち誇った。

 

「ええ。わかっていたことよ」

 

 白翼の彼女は片手をあげる。同時に五本、彼女が腰を下ろしている以外の柱が、全て動き出す。

 振り回され、床を削りながらも、迫る金属の柱に、『雷霆』の彼女はなおも動かず、立ったままに――( )

 

「野蛮ですね……ただ、わたくしを前にして、力学的な攻撃は意味をなさない。悔い改めなさい」

 

 彼女を中心とした斥力を、越えられないかのように、一度は接近をした金属の柱たちは押し返される。

 

「そう、ならこれは?」

 

 彼女が懐から取り出したのは銃だった。

 ただ、火薬を用い鉛玉を撃ち出すような、旧式の銃ではない。高エネルギーの光を撃ち出す光子銃だ。

 

 その攻撃は情報伝達の限界速度に等しかった。まさしくそれは不可避の一撃。

 

「あぁ……。()()()()()()

 

 だけれども、光速程度で仕留められるならば、この大天使たちは人間を支配し君臨し続けることはできなかっただろう。

 すでに飛び立ち、光は当たらない。

 

「……っ!」

 

 白い翼の少女は銃口を振り回し、追随させる。それでも、まるでその動きが、未来がわかっているかのように、『雷霆』の天使は捉えられない。

 

 いや、()()()()()()のだ。

 環境データを入力、そこから起こりうる未来の可能性を()()導き出すプログラムが、大天使と呼ばれる彼女たちには備わっていた。

 神の領域を脅かした知恵の実の一部――( )その精度は完全であり、入力されたデータ外からの影響さえなければ、決して違えることはない。

 

 そのプログラムから計算され得られる情報は、空間、時間の四次元……さらにはそこから起こりうる可能性も網羅されるため、結果として五次元。人間には、おそらく処理に膨大な時間がかかる情報群だった。

 

 だが、彼女たちにとって、それらを理解するのは当たり前だ。

 人間が視覚から得た情報を、三次元の映像として理解しているように――( )彼女たちは、受け取った感覚からプログラムで解析された情報を、基本的に現在から五秒後まで、五次元の構造のままに理解している。

 

 いかに光速での攻撃とはいえ、それを放つ前に理解されていれば、大天使ほどの機動力を持つ相手に、当てることは至難の技だろう。

 

「少しうるさくなります。鼓膜が破れてしまいかねないので、耳を押さえてくださいね?」

 

 警告に、彼女が何を始めるのかは理解できた。

 振り返る。少し離れた場所でうずくまるレネに駆け寄る。レネは無気力に、ただ呆然とこの戦いを見つめているようだった。

 

「レネ! ふさげ! 耳をふさげ! ……くそ」

 

 反応がない。今のレネの失意を俺は推し量れない。

 仕方なく、俺は両手でレネの両の耳を塞いだ。

 

「……!?」

 

 そして迸ったのは雷光だ。

 おおよそ人間には予測が困難であろう、不規則な光の筋。それはあの『白翼』の少女を倒すために有効な手段だった。

 

 もちろんのこと、『天使の白翼』でその電撃は弾かれる。直撃はない。これはわかっていたことだった。

 ただ雷撃というのは、それだけではない。

 

 続く雷鳴に、『白翼』の少女は吹き飛ばされる。

 

「うぐ……っ」

 

「衝撃波です。いくらあなたでも、これを計算しきり、全て受け流すことはできないようですね」

 

 雷の脅威というのは、その電圧だけではない。

 

 熱膨張を知っているだろうか。

 熱膨張とは、物質が暖められ、その体積を増加させる現象のことだ。無論のこと、それは気体も変わらない。

 

 雷が気体を通過する際、ジュールの第一法則に従い、大量の熱が発せられる。そうして生まれた熱を受け、気体は急速に膨張、その速度は音速をも超える。

 音速を超えて動いたならば、衝撃波が放たれるのは自明の理だ。

 

「これは……痛いわね……」

 

 あの少女が『エーテリィ・リアクター』を動かす際に必要な計算は、受けた攻撃をどう弾き、反作用をどう処理するかというもの。その計算を失敗をすれば、体はバラバラになりかねない。

 

 複雑な雷の軌道に、そこから放たれる衝撃波。この二段攻撃に対しては、計算が煩雑となり、消し切れない。アニメでも、少女を苦しめたものだった。

 

「いますぐ降参をするのなら、きっと『(■.■.■.■.)』もお許しくださるはず……。でなければ、跡形もなく……」

 

「く……っ」

 

 たまらずに少女は飛翔し、雷撃の照準を合わせられぬよう速度を上げ、逃げる。

 

 攻める『雷霆』の天使は、ちらりちらりと耳を塞いでいない俺の方を見る。こちらに気をつかい、本領を発揮できていないのか。

 

 落雷の速度は、おおよそ二〇〇キロメートル毎秒。『雷霆』の天使の放つ雷撃は、それよりも遅い。『天使の白翼』を最大出力で用いれば、避け切れない速度ではないはずだった。

 

「そんな動きでは、避けられませんよ?」

 

 彼女の掌から放たれたのは、一発の雷撃だった。

 少女の動きを予測した位置に、寸分の狂いもなく届くものだ。

 

「このくらいなら……」

 

 だけれども、予測は予測だ。『天使の白翼』を用いた少女は、反射神経さえ異常。雷撃程度ならば、見てからでも――( )

 

「さぁ、どうでしょう?」

 

 その雷霆は、何本にも枝分かれ、逃げる少女を囲い込む。

 なす術がない。

 

「……それは、ズル……」

 

 嘆きながらも、『白翼』で雷撃をいなし、衝撃波にもそれなりの対応はできてはいたのだろう。

 

「あぁ……痛々しい……」

 

 左腕があらぬ方向にひしゃげていることを除けば、人の形を保っていることは幸いか。

 見えていないだけで、肋が折れているか、内臓が傷ついているかしているのかもしれない。

 

 確実に、『白翼』の少女は追い詰められている。

 

「…………」

 

 ふと、目が合う。戦いに窮し、なにかないかと視線を彷徨わせた少女とだ。

 

「……なっ」

 

 一瞬だった。空間が歪んだのだろう。

 気がつけば俺は、宙に浮き、少女の手元に引き寄せられていた。銃を突きつけられていた。

 

「この男がどうなってもいいのかしら? この男の命惜しくば、私の言うことを聞いてもらうわ?」

 

「なんて、卑劣な……っ!」

 

 人質だった。

 宙に浮かんだ『雷霆』の天使は、悔しげに、ぐぬぬと綺麗な顔を歪めている。

 

 俺はそれを尻目に、小声で銃を突きつける少女へと語りかける。

 

「なぁ、こんなので効果あるのか?」

 

「知らないわ。他に手はない。というか、どうしてあなた、夫に? 知り合いだったの?」

 

「そんなわけない。俺は下級の労働者だ。会うなり……拒否権はなかった。誰かと勘違いしているのかもしれない」

 

「そう……災難ね……」

 

 友好的に話してくれた彼女だったが、場合によっては引き金は引くという意思がありありと感じられる。というか指トリガーだった。

 

「ふふ……やむを得ません……。『(■.■.■.■.)』はお怒りになるでしょうけれど、これは渡しましょう。わたくしにとって、()()()()大切なのは愛する人……ですから……」

 

 大天使は自らの役目を放棄し、『円環型リアクター』を差し出した。

 

 それを見て、俺を捕らえた少女は、そちらへと腕を伸ばす。

 

「そう、なら――」

 

 銃をその手に握ったまま、銃口を向けて。

 

「やめろ! 違う!」

 

「――くたばりなさい!」

 

「愚かですね……」

 

 

 爆発音が響く。

 

 

「……え?」

 

 少女の持つ銃が大破していた。

 

「……っく」

 

 状況が理解できずに、少女がほうけた隙を突かれ、俺は別の女に抱きかかえられていた。

 

「ふふ……離しません……。人質にされてしまったのは、わたくしの不徳のいたすところ。計算が合わなかった……。不甲斐ない妻を許してください……。もう二度と危険な目には合わせません……! 失いはしませんから……っ」

 

 はち切れんばかりの笑顔を浮かべて、彼女は愛おしげに俺を見つめていた。どうしてそんなに好かれているのかわからないからこそ、気味が悪かった。

 気まずさから目を逸らす。

 

 武器を壊され、呆然と宙に佇む少女が一人。

 

「もしかして……」

 

 彼女の銃は光子銃だ。

 銃が撃たれた瞬間を予測し、プラズマを展開、熱で空気を歪めれば、鏡のように光を反射させることができる。攻撃は跳ね返されたのだ。

 

 銃は自身の放った強力な光により、熱され、溶け、爆破した。

 

「さて、これで幕引きです。降参をするのならば、許してはあげましょう。しかるべきところで、罰を受けることになります」

 

 手がかざされる。

 こうなれば、もはや『白翼』の少女に勝ち目はないのは明白だった。

 

「残念だわ」

 

 少女は諦めたようだった。

 

 おそらく俺は、いま抱きしめてくれている理解不能なアンドロイドの夫として、生涯を尽くさなければいけない。

 レネのためを思えば苦しくはないが、できればそれは避けたかった。あの横暴な結婚は、尊厳を踏み躙られたように悔しい。

 

 全てに決着がつく、そのときだった。

 

「――これは……っ!?」

 

 下に、引っ張られる。

 

 地球には、重力があるのだから、下に引っ張られるのは当然といえば当然だろう。だが、『翼』を用い、重力よりも強い力――( )電磁気力で空を飛ぶ彼女が落ち始めるほどだった。

 

「……っ」

 

 下を見る。下には空間を歪ませた黒い球体があった。一目見ただけで、その正体は理解できる。

 

 時間を創り出し、質量を体現する――( )全てを飲み込む黒い力。

 

「『グラビティ・リアクター』が起動しているのか……?」

 

 少女の持つ、時空歪曲兵器の一対のうちの一つだった。

 持ち主のはずの少女へ、顔を向ける。

 

「ないわ……」

 

 青ざめていた。

 

「ポンコツ……」

 

 こんなのだから、アニメでも()()()以外は、あまりすすんで行動を共にしてくれなかったんだ。

 

 ただ一人だ。これが可能な人物が一人だけいる。

 

「許さない……絶対に、許さない……」

 

 翼のように、黒い粒子を放出する、彼女は俺のよく知る少女だ。

 

「レネ!!」

 

 黒い空間に、飲み込まれるのは六基の金属の柱だった。入った光を逃さない、黒い世界。

 

「ま、まずい……。わたくしの力が届かない……爆発する……」

 

 レネが黒い力の解放をやめれば、間違いなく俺たちは吹き飛ぶ。

 遠目に見えるレネは、死なば諸共と、鬼のような形相だった。

 

「レネ……! 止めろ! 無茶はよせ……!」

 

「あ……っ! これは……! 空間ごと引きずり込まれている……っ!?」

 

 俺を抱きかかえる彼女ごと、黒い空間に落ちていく。上に向かい、進めているはずなのに、黒い空間との距離が縮む一方。

 視界の端では、我先にと時空歪曲兵器の片割れを使い離脱をする少女が見えた。

 

「……お、置いて行ったのか」

 

 ああ、たしかに、『白翼』の少女に俺を助ける義理はない。仕方のないことではあろうが、あまり納得がいかなかった。

 

「……この感覚……間違いない。けれど……グリゴリは滅ぼされたはず……」

 

 そう独り言つ声が聞こえる。

 このまま、わけのわからないアンドロイドと共に死ぬことになるのだろうか。ふと、どこか遠い彼方に忘れてしまったかのような、懐かしさが込み上げてくる。

 

「…………」

 

「わたくしは、このまま降下し、爆発を相殺します。このままでは甚大な被害が出ますから……。あなたはそうですね……」

 

 彼女が目線を送った先、そこには白い翼の少女がいる。

 

「…………」

 

「わたくしに対する人質としてなら、きっと役に立つはずですので、あの子が確保してくれるはずです……。わたくしがいては、助けてもいただけないでしょうし……。どうか、ご無事で……」

 

「……っ!?」

 

「大丈夫です。そんな顔しないで……。わたくしは人間と違って頑丈ですから、なんてことはありませんよ? それに、そうです――( )何かを変えるには、自分もまた変わらなければならない。あぁ、全ては辻褄合わせ……代償は支払わなければなりませんから……」

 

 その言葉で確信をした。

 俺はこのアンドロイドと、かつて出会ったことがある。それも……途方もない昔に。

 

「ラ……ラミィ……ッ!」

 

 ――口付けをされる。

 

「では、いってきます。すぐに戻ってきますから……。初夜……楽しみにしていますよ?」

 

 反発力だ。

 弾かれて、俺たちは別々の方向へと進んでいく。

 そうすれば、俺はたちまちに手を取られた。

 

「ここから離れるわ。空間を短縮する。強烈な加速度がかかるから……歯を食いしばりなさい!」

 

「うぐ……っ」

 

 体がはちきれんばかりで、内臓がかき混ぜられているように辛い。胃の中のものを吐き出しそうだった。

 

 レネの姿が目に映る。歪んだ空間の中で、白い翼の少女はレネを掴み、飛ぶ。

 

「え……っ?」

 

 たどり着いた先は地上だった。

 あの塔は遠目にしか見えないほどの位置。おそらくは爆発の範囲外。

 

 塔の頂上を見ても、強烈な爆発は起こっていなかった。彼女が、きっと、なんとかしたのだろう。

 

「私はあそこに戻るわ……あの核を処理してくる。リアクターも持ち逃げされたし……ま、またすぐに帰ってくる」

 

「あぁ……わかった」

 

 そうして彼女は姿を消した。

 この空間を短縮した瞬間移動は、その移動速度こそ速いが、移動の前に空間を歪める手順を挟むため、動きを読まれやすいのが実情だった。大天使との戦いでは、滅多なことがない限り、使われない。

 

 彼女のことは、今、気にしないでいい。

 俺には、やることがある。

 

「あの女……死んだ……? 私のラル(にい)に手を出すから……。せっかく全部、全部……私の――( )

 

「レネ! レネ!」

 

 いまだに、『黒い翼』を起動させたままの彼女を宥めることだ。

 

「ラル(にい)?」

 

「落ち着け……。その兵器はお前が扱っていいようなものじゃない……! 落ち着いて、それを渡すんだ……」

 

 少しのミスでも命とり。人間が使えば、扱い切れずに身が粉々になる可能性がある。

 

 どうしてレネが持っているかは置いておくとしても、非常に危うい状況だった。

 

「ラル(にい)……どうしてあんな、私のことを裏切るような真似したの?」

 

「し、仕方がなかった。あの状況で生き残る最善はあれだったじゃないか……」

 

「ラル(にい)。私はラル(にい)にあんなことしてほしくなかった……。それだったら……あんな女のものになるくらいだったら……っ、一緒に死んだ方がマシだった」

 

 涙ながらに語るレネに、俺は困る。

 

 レネのその気持ちも、わずかばかりに共感できる部分はある。それでも、そんな終わりを認めるわけにはいかなかった。

 

「レネ……。俺はレネに生きていてほしかったんだ。レネは生きるべき人間だった……なんとしても……」

 

 幼少の頃から、愛想を尽かさずに一緒にいてくれたんだ。

 俺が、もっと上手くできていれば、もしかしたらあんなボロ小屋での生活にはなっていなかったかもしれない。

 

 あぁ、記憶は朧げだが、アニメの()()()は、レネにもっといい生活を送らせていた。きっと、そうだった。

 

 未来を知っておきながら、そのくせ、なにもできていなかった。俺は俺のことに精一杯だった。

 

 だからだ。レネの今の生活は俺のせいだ。力が足りず、俺がなにもできなかったからだ。

 許されないことをしたと思う。心苦しくてたまらなかった。

 

「知らない! 私は今までの生活で幸せだった! 幸せだったのに……ぃ! どうして不幸になってまで生きなくちゃならないの? どうして私に辛い思いをさせるの……っ? どうせなら……幸せなまま死にたかった……っ!」

 

「ち……違うっ……! 死んだらそれで終わりなんだ……っ! 二度と元には戻らない……二度と元には戻らない……それが自然の摂理なんだ……っ! 生きていれば……生きていれば、まだっ、レネなら幸せを掴める!」

 

 それは絶対だ。

 レネほどの美貌の持ち主なら、好いてくれる人なんて、いくらでもいるはずだ。

 

 あぁ、俺のような、運良く手に入ったものに縋って、必死に掴み続けなければならない弱い人間とは、根本的に違う。

 

 才能さえあれば……俺がもっとすごい人間ならば……。レネのことも、本当の意味で幸せにできたかもしれない。こんなふうに悲しませることは絶対になかった。

 

「ねぇ、ラル兄……私のために生きてよ……! ……うぅ」

 

「わ、わかってる。俺はちゃんと……レネのために……」

 

「……うぅ……。ぐす……っ。うぁああ……!」

 

 レネは泣きじゃくっていた。

 悲しいというよりは、嘆くような声だった。その姿は悲痛で、思わず目を逸らしたくなるようなものだった。言葉をかけるのをためらいたくなるようなものだった。

 

「レネ……俺が一番大切なのは、お前なんだ……」

 

 抱きしめる。『黒い翼』は止まってはいない。二人まとめてバラバラになるかもしれなかった。

 関係ない。この気持ちをレネに伝えることが、なによりも優先すべきことだったから。

 

「…………」

 

「俺も幸せだった。いや、俺が幸せだったから……。レネには、なんのお礼もできてないから……っ! 生きて、幸せになってほしかったんだ……」

 

 大したことをしてあげることはできなかった。もっと、もっと……なにか、してあげられることがあったはずだ。不甲斐なさが身に沁みる。

 

「余計なお世話だよ……。私はもうじゅうぶん幸せだったんだから……」

 

 レネから、『グラビティ・リアクター』を取り外した。その機能を停止させる。こんなものは、本来レネが使うべきものではない。

 

「あぁ、そうだな。俺にはたぶん、それがわからなかったんだ……。だから、レネ……一緒に、これからのことを話さないか……?」

 

「う……うん……」

 

 レネが明日も生きていてくれる。辛い仕事にも行く必要がなくなる。そう思うだけで俺は、心が救われた気分になれる。

 

 それから俺たちは、これからのことを話し合った。

 

 

 ***

 

 

「戻ったわ……!」

 

 時空を曲げ、再び姿を表した少女だった。

 

「リアクターは……いや……」

 

 尋ねかけて、それに意味がないことを悟る。『白翼』の少女は、意識のない女を、『雷霆』の天使を背負っていたからだ。

 

「リアクターなら、ここっ! ほら! これっ!」

 

 自慢げに、彼女は手に入れた『円環型リアクター』を、俺に見せつけてくる。

 相当に嬉しいのだろう。けれど、首都の管理コンピュータからキーを奪取しなければ、この『円環型リアクター』は使えない。彼女の喜びはぬか喜びだ。

 

「それで……その……背負っているそれは……」

 

 彼女が背負ってきた大天使は、なぜか全裸だった。俺の目には毒だった。

 

「今は一時的な休止状態。捕まえたから、あとで起動し直して尋問をするわ! 情報を持っているだろうし……」

 

「なんで……服、着てないんだ?」

 

「あ、あの核の爆発で、一時的な休止状態になったのよ! その時に燃えたわ……。え、ええ……」

 

 なぜか俺から目を逸らして、ぎこちない返答だった。理由はわからないが、解決できたのなら、それでいい。

 ただその裸体は、よく見てはいないが、煤けている様子はなく綺麗だった。

 

「そうか……」

 

「でも! よかったわっ! 私のリアクターが、こうして手に入った……っ!」

 

「ねぇ、銃、持ってないかな?」

 

 レネが寄ってきて、目標達成を喜ぶ少女に尋ねかける。汚いものを見るような目で、停止したアンドロイドを見つめていた。

 

「ええ、持っているわ! 実弾のやつならまだ……! なんに使うの……! はい、これ!」

 

 レネの言葉に、少女は懐から銃を取り出し、素直に渡そうとする。その前にレネを抑える。

 

「いや、ちょっと待て! 渡すな! 渡しちゃダメだ!」

 

「は、放してラル兄……っ! こんなやつ……っぅ、こんなラル兄を奪おうとした女っ! どうなったっていいでしょ……! 私は許せない! 股にぶち込んで、タマ出し尽くして、二度と子供の産めない体にしてやるんだから……っ!」

 

「……!?!!」

 

 アンドロイドを背負った少女は、身震いのままにレネから距離を離していた。銃は取り落としていた。

 

「レネ……落ち着け……レネ! 情報が手に入るなら、それに越したことはないんだ。殺す必要は……」

 

「アンドロイドなんでしょ……っ? だったら子どもが産めなくなるだけじゃ、死なないと思うけど……?」

 

「いや、それは……っ」

 

 だからといって、レネの行動は倫理的にいろいろ問題があると思う。少なくとも俺は認めるわけにはいかなかった。

 

「放して……っ! 放してよ……ぉ!」

 

 レネを宥めながら、俺たちは、『白翼』の少女の住処へと案内される。

 

 全てはこれからだった。

 




登場人物紹介

ラル兄――主人公。

カロ――仕事の後輩。

レネ――幼馴染。妹兼ラスボス。ヤベーやつ。

サマエル――ポンコツ。メインヒロイン(笑)。

ラミエル――わたくしエロいので子ども作れます。わたくし偉いのでその場で結婚できます。

(■.■.■.■.)――事あるごとに自分のせいにしてくる幸薄未亡人ムーブしてた部下が急に結婚してビックリした。
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