ウマ娘の世界で神眼チートしたら最強だと思ってた【異世界ジェネレーター】 作:伊吹キーブイ
「さあ、スタートと同時に飛び出したのはマルゼンスキー! 続いてエイシンフラッシュとファインモーションがそのあとを追う! スーパークリーク、マンハッタンカフェはやや後方!」
やはり最初はマルゼンが逃げに入ったか。
全員が際どいブルマにへそどころか肋骨が見えそうなほどたくしあげた運動着で疾走する。
ちなみにこれはお腹を出して走って欲しいとお願いしたところ、丁度へそ部分だけを出すというのが逆に難しいことに原因がある。
丁度の丈の短さの運動着などないし、結ぼうとしたらちょっと多めに布を確保しないといけない。
そして何より、胸に大量の布地を持っていかれているからだ。
惜しむらくは神眼で記録を取っているときにはそんなところにうつつを抜かしている余裕がないことだ。
っていうか、神眼のせいであまりウマ娘の身体を女体としてまじまじと見ることというのが能力的に難しいことに、ここにきてようやく気付いた。
この能力を設定するとき、オンオフ機能をつけておけば良かった……。
どうしても、その筋肉や骨、エネルギーの情報がメインで入ってくる。
普段もそうだが、レースになると殊更に顕著になる。
マルゼンはそのフィジカルで、特に小細工をしなくても最初から最後までほぼ全力で走り切る。
それはスタミナ管理が苦手ということでもあるのだが、同時にスタミナ管理を必要としないとも言える。
今回はあまり得意不得意に差が出にくい中距離、前回の選抜レースでも見た通り、このくらいの距離なら難なく逃げ切ってしまう。
『さあ、逃げまくるわよ!』
本人も絶好調だ。
開幕から第一コーナーの時点で既にニバ身差は開けている。
そうなると、二番手三番手で先頭をマークするふたりにとっては厳しい相手となる。
ファインモーションのように後半からゴール手前にかけて、先頭が疲弊したところを追い抜くつもりなのであれば、そのスパートがどれほどかけられるかの勝負になる。
『くぅ、早い……! でも、まだまだこれからだよ!』
そのことをファインモーション自身も把握しているのか、今は足をためることに集中している。
『きっちり、テンポよく、スタミナキープをして……歩さんに言われた通り、ペースは一定のまま、全体の速度底上げします……!』
反面、エイシンフラッシュは前回の選抜レースよりも確かにペースを上げてきている。
確かに最後まであの速度でペースとスタミナを維持できるのであれば、かなりのタイムを出せるだろう。
あとは、最後までそれが可能なのか否か、更に先頭がペースを落とさなかった時になんとかする手段があるのかが決め手となる。
『よーし、良い感じね! 誰も私には追いつけない! このまま……このまま?』
レース中盤。
最初に乱れたのは、トップを駆けていたマルゼンスキーだった。
楽しそうに軽快な走りを見せていたマルゼンスキーが、速度はそのままに眉を下げる。
『このまま私が一位になったら……他の皆は、歩くんへの想いを断ち切られる……? いえ、分かってはいる。あれは私達を鼓舞するためにわざと言っただけで、本当にひとりしか取らないわけじゃない、はず。でももし、万が一、誰かが……』
ちらりと後ろを見ると、鬼気迫る表情で迫る面々。
『まだ……まだ……チャンスは絶対くる! もう籠の鳥には戻りたくない! いつまでも続くわけじゃないとしても、もっともっと、この日本でなら、自由に! だから!』
半分を過ぎた時点で既にスタミナが危うい兆候が見え始めているファインモーション。
しかし、本人の意気は本物。
虎視眈々と狙いながらピッタリとマルゼンの後ろについている。
『私はもう歩さんを信じると、この人についていくと決めてしまった! 今更他の人のところになんて、行く気はありません! 今この時が、この先全てを決める分岐点なら! 私の全てを出し切ります!』
まさに全てをかけてひた走る、エイシンフラッシュ。
受けたアドバイスを武器に、そしてもらった褒め言葉をちからにして、マルゼンスキーのスタミナが切れるのを待つ。
それを見たマルゼンスキーは、何かを払うように前を向き……否、前に顔を向けることで目を逸らす。
『もし私が勝つことで、この子たちの誰かが落ちてしまったら? 私も確かに、トレーナーの中では歩くんに一番担当してほしいと思ってるけど……でも、エイシンちゃんほど敬愛してるわけでもないし、カフェちゃんほど心酔してるわけでもない。それに、彼を一番想ってるのは……』
「おーっと! ここでスーパークリークがあがってきたーっ! マンハッタンカフェもその後ろに続く!」
そこへ突っ込んできたのはスーパークリーク。
前半はスタミナを温存し後半に差すタイプなのは従来通りだが、いささか仕掛けるのが早い。
『私は、誰かのお世話をするのが好き。それは相手が男性でも女性でも、目上の人だろうと後輩だろうと、役に立てるのなら、相手は誰でも良かった。でも、だからきっと、この気持ちは……たったひとりにだけ向けられた今のこの想いは――』
レース中に気がはやり、ペースが乱れてしまうことを掛かるという。
ゴールまでのスタミナ配分の想定よりも多く持久力を消費し、途中で限界を迎えて最後までもたなくなる危険性がある。
『生まれてはじめて感じたこれは、この【繋がり】は! 今になって知ったのは、あの人に出会ったから! 今まで知らなかったのは、あの人に出会わなかったから! ならきっと私は、あの人に出会うためにうまれてきた……!』
だがしかし、死力を尽くした、文字通り全身全霊の勝負というのは、限界を超えたその先へ……自分の限界という天井を突き抜けるだけのパワーを発揮し、一段階上へ登らせる。
普段の練習ではいくら体力が尽きるまで頑張ろうと破ることができない天井が、壁がある。
そしてウマ娘にとって、精神が与える影響はあまりにも大きい。
それは時に、肉体すら凌駕するほどに。
『負けない! 譲らない! 勝負事にはいつも全力で取り組んでは負けたりしてきたけど、今回だけは! 私じゃない誰かが歩さんの隣にいて、それを私は遠くから眺めるだけ……蚊帳の外。そんなの――』
いつも温和なスーパークリークが、必死の形相で迫りくる。
そこにはただの一生懸命、ただの全力ではない、それを超えた気迫がある。
それを一番近くで見たファインモーションは、背筋にぞくりとしたものを感じた。
『そんなの、絶対に、嫌ああああああ!』
「くっ……!」
背後から感じるプレッシャーに、マルゼンスキーの頬を冷や汗が伝う。
だが、明らかにペース超過。
最後までもつはずがないと、自分に言い聞かせる。
(クリーク……!)
あの中の誰かを贔屓しているわけではない。
しかし、応援せずにはいられない!
声には出さず、しかしスーパークリークの頑張りに心の中でエールを送ると、スーパークリークがこちらに目線を向けた気がした。
『感じる、歩さんの想い。もしかしたら思い過ごしや自意識過剰なのかも知れない……でも! 今こうして歩さんと心が繋がっている感覚! これだけは、間違いない!』
先日の選抜レースのとき、確かにスーパークリークを応援した直後……何か不思議なことが起こった。
これは……ウマ娘が持つ、特殊なちから?
まるで、スーパークリークとの間に何かのラインが繋がったかのような感覚。
あのときと同じ、どこからともなく湧き上がるパワー、心のラインが繋がる感覚。
『まだ! まだ足りない! マルゼンちゃんに勝つには、自分の全てを出し尽くすだけでは、まだ足りない!』
ならば、勝つために必要なエネルギーをどこからもってくるか?
無いのなら、生み出すしかない。
生み出すにはどうするか?
常識的に考えて、明らかに不可能……なら、そんなものは不要!
常識を捨て……破り、踏み越える!
「ああああああッ!」
瞬間、スーパークリークの身体から、まるで炎のような青いオーラとも呼ぶべきエネルギーが吹き出すように全身を包み込む。
周囲の誰にも見えない、神眼チートを通して初めてようやく知覚することができる、理外のチカラ。
それはぎゅっと凝縮され、その大きく強調されている胸を包み込む火炎車となり、肺に、心臓に……活力を与えていく!
『ピュリティ……オブ……ハートッ!』
一度、失いかけたはずの脚力に再度、光が灯る。
誰もが放されると思った矢先、粘り強く加速したスーパークリークが、マルゼンスキーを追いかける。
そもそもスタミナとは、肺が取り込んだ酸素を心臓がどれだけ多く送ることが出来るかに大きく関係する。
よくよく観ると、胸の心肺を中心に全身が淡く燃え盛っている。
必要な酸素を取り込むために肺が大きく膨らみ。
それを届けるべく全身の毛細血管がはち切れんばかりに拡張されているのが、あの選抜レースで見せた、あの『クリアハート』の正体。
そしてこれが、それすらをも超える、壁を突破したウマ娘の更なるチカラ!
実況が、見学ウマ娘たちが、トレーナーが、明らかにオーバーペースと思われたスーパークリークが息を吹き返し、最終コーナーにてマルゼンスキーに追い迫る様子に驚愕する。
マルゼンスキーは決して手を抜いているわけではない。
心情にある迷いがどうであれ、それに影響されずに速度を維持し続けているのは驚嘆に値する。
しかし、ならばそのスピードに追い縋り、並び立つスーパークリークは何なのか。
そしてそれが意志のチカラ、想いのパワーだと言うのなら……それは何も、スーパークリークだけのものではない。
「ここ……だあああああ!」
最終コーナーをまわり、ゴール直前のストレートに入ろうかという、その寸前。
そこには、後方にいたはずのマンハッタンカフェが……マルゼンスキーに迫るスーパークリークのその外から差し迫っていた。
スーパークリークのように自分と向き合い吹っ切れるように導き出した意志のチカラがあれば、ひたすらに一つのことしか考えず、一点突破する意志のチカラがない道理はない。
『歩さん歩さん歩さん歩さん歩さん歩さん歩さん歩さん歩さん歩……さんッ!』
その目を狂気に染めるように、マンハッタンカフェの漆黒の髪を燃やすように、神眼にのみ映るその姿を、地獄の業火を思わせる真っ黒な炎が包み込む。
実は最初は「神様」だった、その呼び方を、心の中でも言われた通りに矯正して、つまり全てはその意思に従うがため。
ならば、余計なあれこれは全て不要。
幸い、駆け引きこそはあるものの、事レースにおいて必要とされるのは、走るというシンプルな動作だけ。
もちろんただ動かせば良いわけではないものの、野球やサッカーのように、あれこれと複雑な動作を考える必要はない。
全ては身体に任せれば、余計なことを何も考える必要はない。
ならば、頭の中を狂おしいまでに一色に染めたまま疾走する。
『ただあの人が、全力で走れと言った。なら、この身を焦がす炎のような想いも全て燃料にして死力を尽くすことに、他の理由は要らない!』
思考らしい思考は、それが最初で最後だった。
『昇り龍!』
いくらフィジカルに優れるとはいえ、全力疾走をしたあとのラストスパートのマルゼンスキーは、自身の失速により「速くなった」と感じる。
必死に最後のスパートを駆けるスーパークリークが取り戻したスタミナはしかし、自身の出せる最大を、マックススピードを、上げてはくれなかった。
『外差し』を狙っていたマンハッタンカフェは、最終コーナーでマルゼンスキーを追い抜いたときですら、「いける」と思うことすらせず、ひたすらに加速した。
一番距離があるはずの外コーナーを抜け、滝を登るがごとく一位まで昇りつめていくその様は、正しく人外……。
ゴールに置かれたヒシアマゾンパネルを喰らい尽くす黒炎を纏う龍の姿が、神眼には映った。
同時にミシリ、という音が観えた。