ウマ娘の世界で神眼チートしたら最強だと思ってた【異世界ジェネレーター】 作:伊吹キーブイ
「はい、歩さん。資料をお返ししますねっ! 勝手にお借りしてすみませんでした」
「ん? あぁ、いや。気にしないで。エイシンフラッシュさんも、ありがとうね」
スーパークリークとふたりの世界が形成されそうな雰囲気を霧散させるように、エイシンフラッシュが反対側から例の書き込みがされたウマ娘たちのプロフィールデータ資料を渡してきた。
そういえば、持ったままだったか。
この世界のコンプライアンス意識がどんなものかは知らないけど、個人情報には違いない。
なにやらバチバチと聞こえる気もするけど、敢えて触れることもあるまい。
それに、間に割って入らずに反対側から声をかけるあたり、エイシンフラッシュらしさが垣間見れるというもの。
ただすごく良い笑顔なのにそこはかとない圧がある。
なんとなくだが、サングラスで神眼さんを抑えてて良かったと思った。
「ねえねえ、私にもそれ、見せてくれない?」
肩をぽんと叩かれたのでそちらを見ると、マルゼンスキーさんが資料を指差してこちらを覗き込んでいる。
んん、一応他にも出走してたウマ娘のデータとかを書いてあるやつなんだけど……まあ、今更か。
「自分の以外は見ないでね?」
「はーい、合点承知の助よ!」
なんて?
マルゼンスキーってあれだよな、アニメで優しくて頼れる先輩みたいなポジションにいたひと。
コップが倒れて水がかかったときの印象が残ってるから覚えてるわ。
たしか主人公のスペシャルウィークがコップの水をマルゼンスキーのスカートにこぼしちゃうんだけど、気にしないでって笑って許してたんだよな。
でも、一番印象的だったのは……濡れたスカートを拭く素振りを全くしなかったこと。
普通、水やらをこぼされたら慌てて反射的にハンカチか何かで拭いてしまいたくなるのが当たり前だ。
きっとあれはスペが気に病まないように、少しでも心の負担を減らすため、決して怒らず、敢えて慌てず騒がず、悠然とした足取りでその場をあとにしたんだと思う。
あれはかっこ良かった。
でもこのひと、今まだ中学生くらいってプロフィールじゃなかった?
この時から既にこんなだったの?
身体的にも精神的にも早熟すぎじゃない?
このマルゼンスキーさんとあのマルゼンスキーは同じであって同じでない存在だっていうのは分かるけど、やっぱりちょっと気になっちゃうよな。
そうだな、マルゼンスキーさんは個人的にも神眼で見た感じでも、すごく担当になってほしいウマ娘だ。
でもさっき一位だったマルゼンさんは、色んなトレーナーから引っ張りだこだったからなあ。
俺じゃなくてもトレーナー候補はよりどりみどりなはず。
さっきの騒ぎのときにもいたけど、俺のことはどう思ってるんだろう。
今は……。
『うわ、なにこれ激ヤバ〜っ』
『えっ、マジンガー?』
『なるへそ〜、そういうことね……』
『チョベリグね!』
なんて?
えっ、アニメのマルゼンさんこんなん言ってたっけ?
神眼さんバグってない?
もう何がなんだか、良いのか悪いのかさっぱり分からん。
「ねえ、マルゼンスキーさん担当になってくれると思う?」
仕方ないので、マルゼンスキーに資料を渡して、まるで秘書のような顔で待機しているエイシンフラッシュに、こっそり耳打ちしてみた。
……よく考えたらウマ娘の耳はもうちょい上だったけど。
「そうですね……倍率は高いですけど、まずは本人に声をかけてみないことには始まらないのでは?」
「えー、当たって砕けろってこと?」
「当たらないと砕けないかどうかも分かりませんから……でも、歩さんほどの方ならきっと大丈夫ですよ。自信を持ってください!」
「そうですよ〜、気持ちを伝えなきゃ、後悔しちゃうかもですよ〜」
横で聞いていたスーパークリークも話に入ってきた。
「えっ、告白か何かみたいな空気になってない? ねえ」
あまり変な雰囲気にしないで欲しいんだけど!
ハードルが上がるから!
「あら? 私の話かしら?」
資料から顔を上げたマルゼンさんが、覗き込むように顔を近づけてくる。
ちょ、近い近い!
余計に緊張するから!
こんなに近いとサングラス越しでも神眼が――。
『本当は全部聞こえちゃってたんだけどね。ウマ娘の耳は人間よりとてもよく聞こえるから。でも、男の子の面子は立ててあげなきゃ』
ってめっちゃバレとるやないかい!
緊張してるのがアホらしくなってくる……。
「ふふ、さあ。君はどんな情熱的な言葉で私を誘ってくれるのかしら?」
あ、これ完全に遊んでやがんな。
いやまあ単純になんて言葉をかけるか楽しみにしてるだけなのは分かるけど。
とはいえ、急に言われても……ええい、周りも『なんて言うんだろう』って目で見るんじゃない!
他人事だと思って!
ぐぬぬ、こうなればやけくそだ!
そんなに期待してるのであれば、やってやろうじゃないの!
握手を求める手を差し出して、目を見つめる。
神眼さんで感触を確かめながら――。
「んんっ。新しい時代を作るために、君のちからが必要だ。俺の担当ウマ娘になって欲しい。俺達と今の最先端を走るのは、きっとすごく楽しいに違いない! ……と思うけど、どうかな?」
最後ちょっとヘタれた……!
カッコつけようとしたけど、色々今考えたばっかりで、あまり気の利いた言葉が出てこない……!
謎の対抗意識のせいで勢いでやってしまったけど、大丈夫だよねこれ?
セクハラで訴えられたりしないよね?
マルゼンの顔をちらっと見ると……真っ赤になっている。
やってやったぜ、と思う反面。
何やら周囲からの圧力がすごい。
特に約二名のウマ娘さんから。
あんたらがけしかけたんやろがい。
「んふっ、ふふふ、一番速くなれるとか一番勝てるとかじゃなく、すごく楽しい? 本当に面白いひとね。……ええ、分かったわ」
こちらの手を取って、にっこりと微笑む。
「そのお誘い、お受けするわ。これからよろしくね、トレーナーさん。それに本当は、これを見たときから気持ちは決まっていたもの」
エイシンフラッシュやスーパークリークに、マルゼンさんが見ていた自分の資料のページを見せる。
さっきマルゼンさんが走っていたときに書き込まれたやつだ。
『きれいにスタートできて楽しい。先頭を独走できて楽しい。一番でゴールできて楽しい』
『他の子たちが勝ちたい、追いつけないと考えているなか、一人だけ楽しいとしか考えていない』
『全身のバネや軽快な走りによって、飛ぶように走る。確かにこんな走りができて他をふっちぎることが出来たら走るのが楽しくて仕方ないだろう』
『それも誰から教わったわけでもなく天性の感覚でやっている以上、このスタイルを変えるのは自殺行為』
『スタミナを消費しにくい走りだが、そもそもスタミナ管理が不要なほど体力が高い。これは楽しさ故の走り込みで身についたもの』
『本人のやりたいように、走りたいようにさせてモチベーションを最高に保つのが、ポテンシャルを引き出すための最良』
『ただし、将来に対する目標が希薄なため、メンタルのケアが必要なタイミングを見逃さないように気を付ける必要あり』
「はっきり言って、これはウマ娘にとって劇薬ね。エイシンちゃんがこうなるのも分かるわ。確かに、これを見ちゃったらもう自分のトレーナーはこの人しかいないってなっちゃうもの。最悪、他のトレーナーさんたちが皆仕事を無くすまであるわ」
興味本位で残っていた周囲のウマ娘やトレーナーたちが息を呑んでその資料の束を、何か恐ろしい毒物でも見るかのような視線になる。
「今まで私のことを見ていた人は表面上の私しか見てなかった。この人は本当の私を分かってくれる。もう私のトレーナーはこの人しか考えられない。本当はそうならないよう事前に覚悟して読んだのにそう思っちゃうんだから、どうしようもないわね」
「つまりここに書いてある事は――」
スーパークリークが顔をあげて、マルゼンスキーと俺の顔と資料の間を視線がいったりきたりする。
「ええ、当たってるわ。自分でも分からないところは多分としか言えないけど、言われてみればしっくりくるもの。見せてもらっておいてなんだけど、これは門外不出とかにした方が良いわね。みんなが私たちみたいに落とされちゃったら大変だわ」
いや、言いたいことは分かるけど言い方ァ!
「それに、ライバルは少ないほうがいいしねっ?」
ウインクしながらこちらに意味深な目線をくれる。
ライバルってチーム枠の定員的な話ですよね? ね?
「しかし、正式なチームとして認められるには、最低五名必要なはずです。目処はついているんですか?」
はた……と。
エイシンフラッシュがこちらを見るのに釣られるように三人の……いや、その場にちらほら残っていたガヤの全員の視線が集まる。
そう言われてみればそうだった。
アニメでも五人揃えるためにズタ袋で……。
実際にこの立場に立って考えると……ヤバいなあれは。
完全に拉致じゃねーか。
それを考えると、確かに五人揃えるなら担当のいないウマ娘たちが揃っているこの場が好機なのか?
「あ、そうだ! スカウトするかはともかく、話を聞きたいのがひとりいたんだった」
きょろきょろと見回して件の人物を探す。
「あ、良かったまだいてくれた――オグリキャップ」