オーバーロード単発短編集   作:セパさん

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皇帝の滑稽劇

「はぁ……。」

 

 魔導国属国、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは属国になってから何度目か数える気にもならない溜息を吐いた。

 

 前世でどんな悪徳を積めば自分はこんな目に遭うのか――なんて一瞬考え、現世での行動にも心当たりがありすぎることに思わず苦笑する。

 

 そして気が付けば机に突っ伏してしまっていた。

 

「へ、陛下!どうされたのですか!?その手紙には一体なんと……」

 

 対面に座る筆頭書記官のロウネ・ヴァミリネンが思わず椅子から立ち上がる。宗主国であるアインズ・ウール・ゴウン魔導国より手紙が届き、文書に目を落とす度どんどんと顔が青白くなっていくジルクニフの様子からロクな内容ではないことは推測出来たが、ロウネの前でここまで取り乱すジルクニフは初めて見る。

 

「ああ、陛下だが……。ちょいとミスをやらかしたみてぇでな。その罰だかしらねぇが、なんでも例の魔導王様から〝余興の場で一芸を披露しろ〟なんて言われて凹んでやがんのさ。」

 

「ば、バジウッド殿!いつの間に!?何処にいるのですか!?」

 

 この部屋にはジルクニフとヴァミリネン以外おらず、護衛には宗主国より送られたデス・ナイトが駐留しているのみ。ヴァミリネンの表情が困惑に彩られる。

 

「……なんてな、わたしだ。」

 

 ヴァミリネンが声の出処を探している間に、ネタバラシがおこなわれる。ジルクニフによる声帯模写(こえまね)だ。墳墓での舌戦前に披露した口を開かずに声を出す技術然り、奇術や手話然り、ジルクニフは本人の生まれ持った器用さもあり、皇帝の嗜みとして何時何処で何の役に立つか解らない技術を数多習得している。

 

 今披露した声帯模写もそのひとつで、その気になれば容姿も味方して一流の役者として食べていけるだろう。

 

 こんな特技をもっているなど初めて知ったヴァミリネンは自分でも判別出来なかった高度さに驚くと同時に、昔――属国となる以前――ならばありえない茶目っ気を見せるジルクニフにやや危機感を覚えもした。最近のジルクニフは、失ってはいけない王の威厳さえどうでもよくなってきている節がある。

 

 人間味が増したと言えば聞こえはいいが、あの血族や貴族達を粛清し、バハルス帝国を大国へ導いた偉大な鮮血帝は戻ってこないと思うとやはり悲しい。

 

 それでも帝国中をひっくり返してもジルクニフより優秀な人間などいないであろうし、青天の霹靂という言葉さえ稚拙に思える一連の大惨事をその一身に受け止めながら精神の荒廃を起こしていない――自分ならば間違いなく廃人か狂人となっていただろう――事自体、鮮血帝の偉業として語り継いでも差し支えないと理解はしているが……。

 

 そんなヴァミリネンの心境をよそに、ジルクニフは受け取った手紙をヒラヒラと持て余す。

 

「先日我が国から【死罪相当の罪人】を送った際、その中にまたも冤罪者がいただろう。2度目まではお咎め無しだったが、3度目となると流石に罰があるようで、今回魔導王陛下はわたしに滑稽劇の道化師を演じる事をご所望だ。散々演じてきたつもりだがな。なんだったか、〝神のご慈悲も3度まで〟とは法国の(ことわざ)だったか?次しくじればわたしの首が飛ぶかもしれないな。」

 

「も、申し訳ございません!陛下!魔導国より豊穣な人材を預かりながら法務省の改善・改革を怠った我々のミスです。」

 

「構わん。真相の究明よりも罪人の引き渡しを優先させるよう命令したのは、誰でもないこのわたしだ。」

 

 2度目の冤罪者が送り返された際、魔導国より<支配(ドミネート)>や<魅了(チャーム)>といった精神支配を扱えるエルダー・リッチが共に送られてきて法務省の改革を急いだはずだ。しかし、万全とはいかず不備があった。その結果、敬愛すべき皇帝陛下に罰が与えられるなど、臣下として首を刎ねられてもおかしくはない。というよりもヴァミリネン自身が死を以って償いたい忸怩たる思いでいっぱいだった。

 

「そう暗い顔をするな。冤罪を完全に無くするなど不可能だ。それこそ直接脳内を覗く力でも無い限り……」

 

 一瞬ジルクニフの表情と眼光が鋭くなり――すぐに(かぶり)を振って先ほどまでの気だるさを孕んだ憂鬱な表情に戻る。……その動作が属国管理に際し【ほどほどの無能であろう】と己を定めたジルクニフの覚悟であることはヴァミリネンにも伝わった。

 

 あの智謀の怪物がジルクニフに課した罰にはどのような意味があるのだろうか?臣民の前で皇帝に滑稽劇の役者を演じさせるなど屈辱を与えるには一番の罰であるが、こんな真似をすれば今後の統治に差し障る。魔導国は属国統治に皇宮を見捨てたという考えにまで至ったあたりで……

 

「まぁ、済んだことは仕方がない。再発防止に努めよ。わたしが一芸を披露する場所だが―――」

 

 

 ●

 

 

 時は少し遡り……

 

 

 アインズは罰を懇願するアルベドにどのような対処をするべきか頭を悩ませていた。

 

 バハルス帝国から定期的に送られてくる死罪相当の罪人。その中に3度目となる冤罪者が居たためだ。アインズにとっては自らが最終判断を行うため特別気にしておらず<記憶操作(コントロール・アムネジア)>を研磨する格好の実験場でもあり、今回得られた情報は興味深いもので、褒美を渡したいくらいだ。

 

 というのも、送られてきた冤罪者は【自らを罪人と思いこんでいる精神に変調を来した人間】であり、<支配(ドミネート)>や<魅了(チャーム)>で見抜ける存在ではなかった。しかし記憶を探ると犯罪を犯した事実は見あたらず、【病的妄想と実際の記憶は区別が付けられる】という有意義な情報が手に入った。これが幻覚を伴う場合どのように変化するか検証していく必要があるだろう。

 

 しかしアルベドは〝信賞必罰は世の常〟であることを譲らず、褒美は褒美、罰は罰と分けるべきであると、まぁ解らなくもない意見を述べている。

 

 なにより「わたくしに屈辱と言う罰を与えてください!」と目を爛々とさせているアルベドの迫力に圧されて、いつもの支配者ロールの出鼻を挫かれたのも大きい。この時点でアインズの負けだ。

 

 いつかシャルティアに命じたように「椅子になれ。」と命じればその場しのぎになるが、この程度のミスで一々その罰を与えていれば、玉座に座る時間よりもアルベドに座る時間の方が長くなってしまう。

 

「アルベドよ、今回お前は3度目のミスが起きないよう最善を尽くした。そして今回のミスは不慮の事故に近い構造上不可避の不条理なミスだ。ならば行うべきは罰ではなく構造の欠陥を改善する事であり、ええと……」

 

 少し出遅れたが支配者ロールを行うアインズ。だが、説得しようと意気込みすぎて難しい言葉を使い過ぎた。感じるはずのない頭痛が襲い、精神が摩耗する。アルベドとは意見が平行線であるし、これ以上はアインズの精神が持ちそうにない。最低な方法だが現状を回避する方法を思いつき、思わず心の中で詫びる。

 

(すまん!許せジルクニフ!ちょっと生贄になってくれ!!)

 

「しかしアルベドが最善を尽くしながら活かせなかったバハルス帝国にも少し問題があるかもしれないな。軽い……本当に軽い罰を与えることとしよう。」

 

「かしこまりました。バハルス帝国法務省の人間たちを一族郎党連座させ、氷結牢獄送りにいたします。」

 

(違う違う違う違う!!なんでそう過激になるんだ!)

 

「その必要はない。バハルス帝国には飴を与えると言ったはずだろう?一々ナザリック式の罰を与えては、わたしの計画が台無しとなる。実験も兼ね、最も軽い罰でいいだろう、そうだな……」

 

(何がいい?少し嫌な思いはするが、後で笑い話になるような……。えーっとえーっと。)

 

 アインズはナザリック式にならないような罰を考える。鈴木悟時代にまで記憶を手繰り……

 

(一発芸でもさせるか?思えば取引先の接待で一番苦痛だったな。今考えても意味が解らない風習だ。だがそれで水に流そう。うん、これでいこう。)

 

「そうだな、与える罰であるが―――」

 

 

 

 ●

 

 

 

 ジルクニフが転移門(ゲート)を潜り案内されたのは薄暗い天幕の中であった。自分の披露する余興を見る面々を観察する。

 

 アインズ・ウール・ゴウン、魔導国宰相アルベド、猛禽類の様な鋭い瞳を持った老執事、そしてメイドが2人に……小悪魔(インプ)の姿となったジルクニフ的嫌いな女不動の1位ラナーとその少年従者。

 

 自分が本職の道化師で、客がこの面子ならばどんな心境だっただろう……なんてジルクニフは変な興味を抱いてしまう。

 

 宗主国が属国の指導者に臣民の前で三跪九叩頭の礼をはじめとした屈辱を与え、立場を明確とする手法は昔からあったが、目の前の骸骨野郎がジルクニフに行わせているのは、本当に宴の余興だ。相手の意図が全く読めない。

 

 とはいえ目の前の智謀の怪物が無意味に余興など行わせるはずがない。意図が解らない以上、道化師の役目を全うするほか無いだろう。

 

 ジルクニフが選んだ余興は帝都でも有名な吟遊詩人(バード)の唄とタロットを使った奇術を合わせた、卓上演劇とも題するべきジルクニフオリジナルの演目だ。

 

 ……とはいえカードがすり替わるトリックや布から小道具が出てくる簡単な奇術に驚いているのは二人いるメイドの一人とラナーの従者くらいなもので、全員表情を――アインズ・ウール・ゴウンはそもそも表情が読めないが――変える様子はない。

 

 どんなトリックを使っているかなど、瞬きする間も無く見抜かれているに違いないだろう。それでも2人反応しているというのは結構意外なことだ。

 

「そうして不死を得た少女はただ一人となり、彼女の想いはこうして失敗に終わったのでした。」

 

 一連の演目を終え、ジルクニフは深々と一礼をする。その瞬間拍手が響き……どんどんとその数が増していく。最初の拍手はアインズであり、合わせるように皆が追随し、大きな喝采となる。

 

「大変興味深い演目であった。さて、これにて禊は済んだ。間違いないな、アルベド?」

 

「はい、アインズ様。」

 

「では次は褒美だ。信賞必罰は世の常。詳しく話すことは出来ないが、今回貴国の行いは【罰】と【褒美】が混在するものであった。差し引きでお咎めをしないという真似をわたしは好まない。ジルクニフ殿には恥をかかせてしまったな。許してほしい。」

 

「ほ、褒美でございますか?」

 

 〝そんな余計なものはいらないからさっさと帰してくれ〟と言う訳にもいかない。そういってアインズが空虚からとりだしたのジルクニフの知識には無い薄褐色をした水薬(ポーション)だった。

 

 

 

 ●

 

「陛下!ご無事ですか!?」

 

 転移門(ゲート)から出てきたジルクニフに、ヴァミリネンが切迫したように声を掛ける。

 

 

「ああ見ての通り……。と言っても見た目で判断出来ないのが難しいところだな。わたしがジルクニフを模した悪魔でないことや、洗脳されていない事を証明する手段はない。」

 

 ヴァミリネンはジルクニフの言葉に少し安堵を覚える。あの魔導国相手では甘い考えかもしれないが、軽々に安心させる言葉を吐かないのは、ヴァミリネンの知るジルクニフだ。

 

 そしてジルクニフの手に演目で利用した小道具の入ったカバンのほかに、小さな宝箱を持っていることに気が付く。

 

「陛下、そちらは?」

 

「褒美……だそうだ。水薬(ポーション)が入っている。効用については口を濁していた――というより〝飲めば解る〟と言いたげな様子を見るに、わたしを異形種にする類かもしれないな。」

 

水薬(ポーション)一本でそのような……」

 

 あり得ないとは言い切れない。

 

 何しろ相手は一つの魔法で18万人の大虐殺を敢行できる化け物の中の化け物だ。――ジルクニフも、ラナーの現状を知った以上、この一連の茶番劇は自分を異形種にする作戦か、その前段階ではないかと考えている。

 

 人間と異形種の和平は魔導国の国是であり、バハルス帝国もエ・ランテルほどではないが亜人を受け入れつつある。〝人間が多数を占める国で、トップの人間が異形種に変化すればどうなるか〟。

 

 その実験場で一番効率的なのは、間違いなくバハルス帝国であり、対象となる人物はジルクニフだ。

 

(悔しいがわたしにあの女(ラナー)のような智謀はない。精々貴重な実験動物といった価値だろう。)

 

「……如何いたしますか、陛下。」

 

「飲むも飲まないも自由であるらしい。……これは切り札となりえる。あの怪物が本当に皇宮へ愛想を尽かした際、わたしがこれを飲むことで、命乞いの交渉道具にはなるだろう。ならば今は保存しておこう。」

 

「かしこまりました。では宝物庫で厳重に管理を致します。」

 

 ……そうしてジルクニフに送られた褒美。【育毛剤】はバハルス帝国宝物庫で静かに眠る事となった。

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