デミウルゴスはナザリックの廊下を機嫌よく、無作法にならないよう歩いていた。
「やぁセバス、今日は愛しい人間を連れていないのだね。」
普段ならば最低な一日の始まりだと不機嫌になるところだが、今は猛禽類のような瞳に睨まれてもそよ風を浴びるが如くだ。
「ええ、ツアレは既にメイド主任としてアインズ様のため働いております。デミウルゴスほど多忙では御座いませんが、人間にしては及第点かと。」
隙あらばツアレを牧場へ連れて見学させようとする自分への牽制だろう。その眼光は益々鋭くなる。
「そうかい。ならいいのだが……。ところでセバス、6×7は解けるかな?」
自分を馬鹿にされたと感じたのか、それとも裏に何か罠があるとでも思ったのか、セバスは返答を探している。しかし考えるほど術中に嵌まると考えたらしく……
「42でしょうか?それが何か?」
「いやいや、そうだねセバスでも即座に解けるほど簡単な四則演算だ。しかしアインズ様は逡巡されていた。」
セバスの目が見開く、デミウルゴスは嫌味をいうが、口には出さないだけでシャルティアやツアレにすら解ける問題だろう。
「そんなはずは……。」
「いいや、本当の話さ。しかしセバスはどのように42と導いたかな?まさか九九の暗記ではないよね。それとも6人に7つのリンゴでも渡したかな?」
「何を仰りたいのですかな?」
「アインズ様がわざわざ簡単な四則演算を思考した理由について、セバスは解るかと思ってね。」
セバスの顔が不快感と不甲斐なさを孕んだ顔に歪む。その深遠なる理由に届かない自分を呪っている顔であるが、デミウルゴスに回答を聞くに聞けないと言った表情だ。心をへし折る清々しい気分に満足感を覚える。
「いやはや今日は良い朝だ。お互いアインズ様のため仕事に励もうか。」
セバスの肩を軽く叩き、デミウルゴスの御身に尽くせる最高の一日がはじまった。
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ナザリック第9階層執務室で、アインズは【ひたすら意味不明な書類に判子を押し続ける】という、おそらく世界一簡単で、この世界で最も影響がある仕事に従事していた。
本来ならば皆が懸命に執筆した書類なのだ、目を通してやりたいのだが……
(何を書いているのか相変わらずサッパリ解らん……。そもそも日本語なのか?半分以上の書類、漢字すら読めないぞ?)
アインズは既に幾多もの現地言語を習得しているアルベドやデミウルゴス、パンドラとは頭の出来が悪い意味で違うのだ。
とりあえず最低限読めるように【ナザリックの言語こそ美しい】と苦しい言い訳をして、日本語で書類を提出してもらっているが、流石に【漢字にフリガナを振ってくれ】とまでは言えないし、そもそも漢字の意味を理解出来ないので無駄なことだ。
書類に添付されている統計やグラフについても同じだ。簡単な四則演算や九九ならギリギリ何とかなるが、微分だの積分だの、楕円曲線だの、トポロジーだのゲーム理論だの言われても訳がわからない。
そもそも社会人になってから計算などコンピュータ任せだったので、実際は九九すら危うい。実際、先ほど【6×7】がすぐに出て来ず、報告のため横にいたデミウルゴスに計算している独り言が聞こえてしまった。
内心が冷や汗にぬれたが、デミウルゴスは何を勘違いしたのやら一瞬思考し……
「使用する解法を整数のみとし、回答を36~47の自然数内と定義させて頂きます。37.41.43.47は素数のため除外致します。5の倍数であるため40.45もあり得ないでしょう。38.39.46については半素数であり6以外の不足数であるため、6を用いた積の回答に不適切で、可能性を排除致します。となると、42か44となりますが、44は回文数であり、7を用いた積で回文数となる自然数は77を待たねばなりません。残るは42であるかと。」
なんていうトンでも理論が飛び出し、主から至極簡単ななぞなぞ遊びを出され、「合っているでしょうか?」と言いたげに尻尾を振り喜んでいる様子のデミウルゴスには「うむ、正解だ。」と鷹揚に頷いて答えるしかなかった。
「正解に至る道は一つでないと言うことですね!わたくし感服致しました。」と何故か跪かれた。
(何であんなに頭が回るのに俺の虚像を見破れないの!?イジメなの!?)
アインズは何度覚えたか解らない理不尽に困惑し、思わずハンコを強く押しすぎてしまった。
……ナザリック内でしばらくの間、【簡単な一桁の掛け算の解法】が流行したのはアインズの耳には届かない話だった。