オーバーロード単発短編集   作:セパさん

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ナザリック第9階層の一室で

「いらっしゃいませ。セバス様。そして……ツアレ様ですね。」

 

「予約もなく突然に申し訳ございません。髪のカットとセットをお願いできますでしょうか? わたくしではなく、彼女です。」

 

 セバスの執事服の袖を掴み、軽く震えているツアレニーニャ・ベイロンは〝多分あそこからお湯がでるのだろうか〟という器具以外、何が何やら解らない機械に囲まれた……それでいながら、まるで神殿を思わせる荘厳な空間に困惑を隠せずにいた。

 

「えっと……その、せ、セバス様。わたくしのような者がこのような場所を使うなど、とても畏れ多いです。」

 

「いえ、ツアレ。あなたもナザリックのメイドである以上、自身の身だしなみを万全に整えることは当然の責務です。間違っても伸びた髪を自分で切ろうなど、二度と考えないで下さい。」

 

 柔和であるが、有無を言わさぬ迫力でセバスがツアレに身だしなみの重要性を説く。ツアレは前髪が伸びてきて目にかかりそうになってきたので、ハサミで自分の髪を切ろうとした。

 

 その場面をセバスに見つかり、セバスはまるで娘の自傷行為(リストカット)を発見した父親のように血相を変え、ツアレをここへ連れてきた。

 

 

 ここはナザリック第九階層【美容室】

 

 

 ギルド〝アインズ・ウール・ゴウン〟の面々がアーコロジーに対抗して造り上げた、絢爛豪華な設備の一つ。ユグドラシルでは意味のない施設であったが、転移にあたり様々な部屋が各々役目を持ちナザリックの一部として稼働している。

 

 そんな中で【美容室】は、ホムンクルスメイドや執事などが身だしなみの最終チェックを行う場として重宝されており、【美容室】で店主を任されている切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパ―)はそんなメイドたちを通じ様々な情報を得ていた。

 

 中でも〝現地の人間がメイドとしてナザリックにやってきた〟と不満を聞いた時は、不敬かもしれないが歓喜の感情を覚えた。当然ナザリックのNPCたちは造物主からの〝そうあれかし〟と定められた御姿以外に変化する事がまずない。特に常連客であるホムンクルスメイドや執事たちは髪が伸びることもなければ、不必要な髭が生えてくることもない。

 

 そのため美容室で切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパ―)が行う仕事は、乱れた髪を(くし)で整えたり、ナザリック外に出て汚れたメイドたちの顔や髪を洗う程度。

 

 もちろん大切な仕事であり、ナザリックの一員として手を抜くことなどありえないが、結髪や化粧を施すといった造物主様の定められた仕事の1割も発揮できない状態であった。初めて自分の力を発揮する相手が下等種というのは残念であるが、造物主様より定められた役目を果たせる喜びの方が大きい。

 

「もちろん大丈夫です。ではこちらが女性用のヘアカタログとなっております。」

 

 ツアレは何冊もの羊皮紙とは違う、ツルツルとした上質な紙で出来た分厚い本を渡される。美しい顔をした人物がモデルとなった様々な髪型が精緻な絵として載っており、まるで塔を捻じったように逆立っていたり、更にはそこに花や宝石を飾ったりなど〝何をどうしたら髪の毛がこんな形になるんだ?〟という髪型も多数あった。

 

「個人的なオススメはこちらの〝バージョンアップ昇天ペガサ……」

 

「前髪が目にかからないようカットし、全体も合わせて整えてあげてください。」

 

「……畏まりました。」

 

 カタログを前に目を白黒させているツアレにセバスが助け舟を出す。こうしてツアレは人生初となる【美容室】を体験することとなる。

 

 椅子に座ったツアレの長い髪を切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパ―)が軽く持ち上げる。

 

(メディラの多孔質に微量ながら根源的なダメージを確認、繊維束体(コルテックス)における水分量・タンパク質・脂質量は年齢水準以下、キューティクルにダメージ傾向。髪質が改善されている時期がナザリックへ来た時期でしょうか。)

 

 恐らく幼少期から必要摂取量を下回る食事事情とストレス過多の環境にあり、この年まで髪の手入れなど一切行っていない事を把握する。

 

「まず、洗髪の後、ヘッドマッサージから行わせていただきます。」

 

 根源的に回復することは不可能だが、今後生えてくる髪を少しでもマシにすることは出来る。切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパ―)はおっかなビックリとしているツアレの洗髪を行い、ヘッドマッサージを行う。

 

「んぁ……あぁは……んん……。」

 

 〝そうあれかし〟と創造された者の極上のヘッドマッサージに、ツアレは顔を紅潮させ漏れ出しそうな艶めかしい声を必死に押さえつける。それを見つめるセバスから射抜くような極寒の視線が飛んできているが、仕事に集中している店主は気のせいとばかりに受け流す。

 

 さぁ、ここまではナザリックのメイドたちにも行ってきたサービス。ここからが〝ナザリックの面々〟には行えない、定められた役目を果たすとき。切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパ―)は腰のポーチからハサミを取り出し――熱意が強すぎたのか、ツアレには怖がられてしまった――カチャカチャと、何度か素振りをして、髪を前にする。

 

 どの程度の力で、何処の髪から、どの角度で――

 

 悩むこともなく、瞬時にその解答が脳裏に過っていく。改めて自身の造物主様の偉大さに感銘を受けながら、瞬く間にカットが終わる。本来は客と楽しい雑談を交わす能力も持ち合わせているのだが、初めて自分の能力を活用できる存在を前に、即座に終わらせてしまった。一瞬己を恥じるが……

 

 何もナザリックに属する全員が成長しない訳ではない。階層守護者たるアウラ様やマーレ様など、エルフ族であるため成長が遅く【美容室】を訪れたことはないが、いずれお二人の髪を整えさせていただく誉れにあずかる機会もあるかもしれない。

 

 そういう意味で、今回この人間を実験台に出来たことは非常に有意義だ、【失敗は次に繋げればよい】というアインズ様の御神託が胸にストンと落ちる。

 

 散髪後、剃刀で顔を剃り――何故か怖がられて断られたが、産毛処理・肌の老廃物処理・代謝の更新といったメリットを説いた――切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパ―)はその出来に満足する。贅沢を言えば化粧やスタイリングの練習もさせてもらいたかったのだが、〝メイドとして及第点ならばそれ以上は結構〟というセバスの言葉で残念ながら断念することとなった。

 

 それでもセバス様より〝流石です。〟という賛美を送られたことは素直に喜んでもいいだろう。

 

 事実、ツアレなる下等種を、ナザリックでも及第点と言えるほど美しく変身させることが出来た自信がある。

 

「では、またのお越しをお待ちしております。」

 

 そういって自分の作品を連れるセバス様の背中を見送り、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパ―)は首を垂れた。

 

 

 ――その数日後

 

「あの……すみません。セバス様からお話を聞き、アウラ様の紹介で、その、来ました。」

 

 そこに居たのはメイド服に身を包んだエルフ。不敬にも栄えあるナザリックへ土足で踏み込んだ賊の所有物で、アインズ様の御慈悲で生かされた現地のエルフだ。第六階層でアウラ様やマーレ様に余計なお世話をしていると聞いていたが……。

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなサービスをお望みでしょうか?」

 

 切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパ―)は笑顔を浮かべて、季節のサービスである桜茶を提供する。【美容室】とは入店した瞬間からサービスが始まっているのだ。

 

 ――これでまた、様々な実験が出来る。

 

 セバス様と恋慕の関係にあったあの下等種と違い、このエルフどもならば様々な実験をしても問題ないだろう。そう思うと、思わず接客用ではない笑みが溢れて仕方がなかった。

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