オーバーロード単発短編集   作:セパさん

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親子水入らず

 ここはナザリック第9階層【スパリゾート】。

 

 大浴場内は12のエリアに分かれていて、最も大きいのがアマゾン河をモチーフにしたジャングル風呂、情緒あふれる古代ローマ風の風呂、柚を浮かべたゆず風呂、炭酸風呂、ジェットバス、低周波が流れていて入ると体が痺れる電気風呂、炭が浮かんでいる水風呂、謎の光を放つチェレンコフ湯、そして男女混浴の露天風呂。他にサウナ、岩盤浴ができるエリア、リラクゼーションルームが完備されている。

 

 その中でも比較的小さな浴槽でアインズは三吉で身体を洗うでもなく、ただ静かに湯舟へ浸かっていた。というのも、今回スパリゾートへ来た目的は整容でも休息でもないからだ。

 

「……確かにわたしは〝褒美を躊躇するな〟とは言ったが、本当にこれでよかったのか?」

 

 湯浴み場という環境のせいか、はたまた相手が相手だからか、練習を重ねた支配者然とした口調ではなく素に近い声で思わず問うてしまう。アインズの前には黒穴が3つ空いた玉子のような顔に、つるりとした肌だけが光る異様の存在が一人。

 

「もちろんで御座います父上!親子水入らずでの入浴とはこのナザリックにおいてわたくしのみが味わうことのできる特権中の特権!恥ずかしながらわたくし、この背徳的な至福に平静を保てず居る次第です。」

 

「ここは風呂場だ、るし★ふぁーさんのゴーレムが暴れるから静かにしろ。」

 

「はっ!!申し訳ございません。父上!!」

 

 黒い眼をキラキラと光らせるパンドラズ・アクターは現在軍帽・軍服・軍靴といった装飾全てを外し、二重の影(ドッペルゲンガー)の身体を(あらわ)にしている。一切の特徴や姿かたちの無い様相は正しく異形そのものだ。

 

(傍から見れば骸骨とツルッツルの埴輪が入浴か、さぞシュールな絵面だろうな。)

 

 そう考えるとメイドたちが常々説いている服装や装飾の重要性というのは、案外正鵠(せいこく)を得ているのかもしれない。自分が湯上りの浴衣姿で街を歩こうものならば、元の世界の映画で見た落ち武者や亡霊そのものだろう。

 

(それにしてもこいつに〝お風呂が好き〟なんて設定は入れていないはずだが、随分とはしゃいでいるな。褒美をとらせると言った時はてっきり〝宝物殿でアイテムに触れる機会を!〟とでも言うかと思ったが。)

 

 自分で創造しておきながら、パンドラズ・アクターの考えがまるでわからない。これを〝成長〟と呼ぶのならばうれしい話でもあるのだが、こいつが成長したと聞いても素直に喜べないのは過去の仲間たちの面影を被せることが出来ないからか、はたまた様々な意味で成長しない己を自嘲してしまうためか。

 

「さて父上、ここに居りますのは父上とわたくし、そして物言わぬゴーレムのみに御座います。そこで少しばかりお話が……。」

 

「なんだ?機密性ならば宝物殿の方が高いと考えるが?」

 

 パンドラズ・アクターは耳打ちをするような所作でアインズへ迫るが、オーバーリアクションな上、声のボリュームもそのままなのでまったく動作の意味をなしていない。とはいえアルベドやデミウルゴスに並ぶ知者、本当に機密を要する情報ならばここで話さないだろうと言う信頼はある。ならばパンドラの私的なことだろう。

 

「父上は時折、まるでそこらの庶民や感情に任せる愚者であるかの様な演技をなさる事が御座います。父上の偉大なる御考えに届かぬ未熟なわたくしで御座いますが、僭越ながらわたくしは父上の影武者を拝命された身。その深淵なる御考えを是非ご教授いただきたいのです!!」

 

 パンドラの放った言葉の刃物がアインズの無いはずの心臓に突き刺さり、血反吐を吐くかのように(むせ)こんだ。

 

「う、うううん。よ、よくぞ気が付いたな。流石だパンドラズ・アクター。わたしの種族は今更説明の必要も無いが死の支配者(オーバーロード)……アンデッドだ。 故に他の種族のように疲れを知らぬ、過度な感情に任せた行動も頭では理解できるが経験は出来ぬ。しかしわたしは様々な種族を束ねる一国の王となった。上に立つ者が臣民の心を解らぬなど失格であろう。 何より恥ずかしい話だが人間種等の上に立つのは初めてでな、交渉事をするならばナザリック内のように命令だけで事が済むとは思えぬ。故に理解を深めようとあのような態度を取っていた。見苦しかったかな?」

 

 アインズはがらんどうの脳内をフル回転させてそれっぽい理由を継ぎ接ぎしていく。

 

「なるほど!そのような意図があったのですね!わたくし、演技についてはいささか自信が御座いましたが、父上でさえより高みを目指し邁進していると聞き、己の怠惰に恥じ入るばかりです!」

 

「そ、そうだぞ。故にわたしやモモンの影武者をするとき、余りにも支配者然・英雄然とした演技をしすぎてはならんぞ。」

 

「父上の偉大さを思いますとあまりにも難しい注文に御座いますが、このパンドラズ・アクター、一層奮励努力致します!!」

 

 なんとか乗り切った……アインズはそんな安堵から、湯舟に軽く沈んでしまう。

 

「なるほど!今のように自然に脱力したかの動きですね!こうでしょうか!?」

 

 パンドラズ・アクターはそのままアインズの小市民的な動きを一挙手一投足模倣する。

 

「あ、いや。これは……。」

 

「なるほど!これはまるで狼狽しているような口調という演技ですね!!これもまたわたくしに課せられた試練と受け取ります!父上の言動をこれからも学ばせて頂きます!」

 

 面倒なことになった……と思ったがもう遅い。その後もパンドラズ・アクターの演技練習は留まることを知らず、アインズは自分の黒歴史が自分の見られたくない一面を模倣するという地獄にほぼ丸一日付き合わされる羽目となった。


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