「あーあ。平和過ぎて暇っす、村滅びないっすかねぇ……。」
ルプスレギナ・ベータは上空から平穏なカルネ村を視察しつつ、肩を竦めてため息を吐いた。あの何とか王子が村に攻めて来て以来、村への襲撃は無い。とはいえいと尊き御方からは、4人の人間を護る命令を下されている以上、厄介事をこちらから起こすわけにもいかない。流石に二度もアインズ様から失望されれば、アインズ様は他の至高の御方と同じく神域へお姿を隠されるかもしれない。
そうなれば自分の命だけで済むとは思えないし、アインズ様が御慈悲を見せナザリックへ残って下さったとしても、ルプスレギナの命が危ない。
5000の人間達がゴブリン如きに蹂躙される様は、中々見事な滑稽劇だった。あの屈辱と絶望に染まった顔は、殺すのが勿体ないと思ったほどだ。
「おお?あれは……」
ルプスレギナは遠方に気配を感じ取り、遠視鏡を目に当てる。そして顔を凶相に歪めた。
「魔獣たちの軍勢……。」
久々の玩具遊び、ルプスレギナはアインズ様へ<
『ルプスレギナ。これから報告と、命令を下す。』
「アインズ様!?」
●
「わざわざ闘技場まで足を運んで下さり光栄に御座います!アインズ様!」
ナザリック第六階層の闘技場に颯爽と登場した少年――のような少女、アウラ・ベラ・フィオーラは溌剌とした声でアインズ・ウール・ゴウンを出迎える。
「構わん、以前に話した実験だ。命令通りにゴブリン達を使役しているか?」
「はい!餌付けもしておりますし、名前も付けました!何度か戦地に立たせて命令も下しております!」
「よし、ではこれを改めて吹いてみよ。」
「はーい。」
アウラに渡されたのは、ユグドラシルのアーティファクトアイテム<
恭しくアインズから下賜された品を受け取り、アウラが角笛を吹くも、〝ぷー〟っというオモチャの様な音と共に19体の低レベルゴブリンが召喚されただけだった。
「ああ……。申し訳御座いませんアインズ様。わたしでは力不足だったようです……。」
「何、気にするな。38体のゴブリンの処遇については任せる。この実験については他言無用、勿論マーレにもだ。」
「畏まりました!アインズ様!」
アインズは内心の落胆を隠しつつ、支配者然とした様子で命令を下す。
(
カルネ村に突如として現れた5000のゴブリン軍団。それはユグドラシルのベテランプレイヤーであるアインズを以って初めて見る現象であった。ユグドラシルのマジックアイテムである上、一度目は知った通りの効果を発揮した。なので、この世界に転移した影響とは考えにくい。
別に今更5000のゴブリン軍団を召喚したいとは思わないが、
(まず<
これ以上低レベルのゴブリンを量産しても仕方がない、謎は謎のまま……悔しいが、この実験はこれで終わりにしよう。
「アインズ様、いと尊き御方に足を運んで頂いた中、申し訳御座いません。別件のご報告が御座いまして。失礼ながら、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ構わん。報連相は大事だからな。」
「寛大なお心に感謝申し上げます。現在ナザリックが支配しているトブの大森林なのですが、わたしの未熟が致すところで、未だアインズ様に楯突く不敬な輩どもが多くおります。クアゴアを支配下とする時も同じ様な事を言っておりましたが、脆弱な存在にありながら〝支配下に置きたくば力を示せ〟などと妄言を宣っております。こちらで選定し、一定数まで削除致しましょうか?」
「うむ……。それが一番簡単ではあるが……。」
(力を示せねぇ……、正直ハムスケとトロールとあのナーガが三すくみになっていた位には弱い部族だろ?更には3匹ともナザリックの支配下になったか殺されたが、その情報を集める知能も持たない訳だ。支配下に置くメリットも感じないな。皆殺しでいいんだけれど。)
「我がナザリックの力を知りたくば、カルネ村を襲えとでも伝えておけ。ナザリックが持つ最弱の村であるともな。」
「畏まりました!アインズ様!」
●
「……それにしても、何だったのかしら?」
トブの大森林から突然現れた亜人の軍勢。長弓兵団と魔法砲撃隊だけでカタが付き、どちらかといえば山火事の対処に苦慮したほどだ。村は戦闘態勢に入り、第二波を警戒していたが、それ以上追撃される様子も無いので、村は厳戒態勢を――もちろん最低限の見張りは立てるが――崩す。
エンリが知る限り、トブの大森林から亜人や魔獣といったモンスターが攻め込んできた経験はカルネ村に無い。
「やっぱ族長はスゲェや!あれは凶暴で知られる部族なんだ、おいらの仲間達も何人喰われたか!」
「う~ん。交渉出来れば一番良かったんだけれど……、とりあえず悪い部族だったみたいだし、今回は仕方ないかなぁ。今度は手加減が大事ね。」
その後トブの大森林側にも物見櫓が設置され、薬草採取の際は厳重な警護が付いたのだが、門が開くこともなく、軍勢が殲滅されたと噂になり、トブの大森林からカルネ村を襲う愚者は二度と現れなかった。