オーバーロード単発短編集   作:セパさん

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審判の門

 襤褸(ボロ)に身を包んだ老若男女が、顔色を蒼白にして一列に並んでいる。そのほとんどが、俗世では数多の人間を地獄へ落とし、恐れられ、疎まれ、祟られ、呪われた極悪人たち。

 

 だがその表情からは喜怒哀楽のどれも読み取ることが叶わない。誰も彼も目の焦点さえ定まらず、幽鬼のように歩を進める。

 

 ――黄泉へと通じる道は振り向くことも、振り返る事も許されない――

 

  三途の川やハデスの門に代表されるような、様々な神話で語られる言い伝えだが、その理由は【絶望】という至極簡単な人間の本質ではないだろうか。

 

 そうして人間の形を保った抜け殻たちは、開かれた審判の門を潜る。

 

「アインズ様、バハルス帝国より死罪相当の罪人達が送られてまいりました。残念ながらアインズ様のお望みになられていた<生まれながらの異能(タレント)>を持つ者、<武技>を扱える者はおらず、突出したクラススキルを有する者もおりません。全員モルモット処遇でよろしいかと。」

 

「ご苦労。ではわたしが最終判断を行おう。」

 

「……やはり下等種風情のため、御身の手を煩わせるなど。」

 

「よい、冤罪者がここで罰せられるという事は、本来罪を犯した者がのうのうと生きているという事だ。属国(ぶか)に義務を課す以上、宗主国(じょうし)は与えた義務に応えなければならない。無実の者を罰するなど、アインズ・ウール・ゴウンの名が泣こう。」

 

 自分たちはこれから地獄へ堕ちる。

 

 眼窩に赤黒い炎を揺らめかせ、指先に光を灯した目の前の存在は御伽噺や吟遊詩人(バード)の唄に登場する番人や閻魔と呼ばれる者なのだろうか。神か悪魔か魔王か――どの道、人間の稚拙な想像など届くはずの無い超越者である事だけは確かだ。

 

「……快楽殺人鬼。有罪だな。ニューロニストには最近罪人を割り振りすぎた、餓食狐蟲王の巣は足りているか?好きにしてよい。決して無駄遣いはしないように。」

 

「畏まりました。」

 

 そうして列が進み、自分の番が近づいてくる。だが喚く者も泣く者もいない。ただただ、最早一生手にすることはないであろう儚く淡い人間だった頃の記憶を想起させ、現実から逃避するばかり。

 

「我が子と妻を殺し、自身も自殺未遂。有罪だ。」

 

「井戸に毒を入れたと……。有罪。」

 

「強盗殺人。有罪。」

 

「連続婦女暴行殺人。有罪。」

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 次々と列が短くなり、そして最後尾の男が残される。

 

「ん……?アルベド、この者の罪状は?」

 

「はい、怨恨による殺人であると記されております。」

 

「いや、確かにこの者は人を殺めているが、職務における不慮の事故だ。死罪相当とは言えないな。」

 

「申し訳ございませんアインズ様!以前冤罪の者が送られて以降、バハルス帝国の法務局へナザリックよりエルダーリッチを送らせたのですが、管理体制に不備が……」

 

「よい、アルベド。間違いは誰にでもある。だからこそこのような時間を作っているのではないか。」

 

「未だ御身を煩わせる愚かなわたくしに罰を……。」

 

「構わないと言ったはずだ。罰の必要はない。そしてこの一件で誰かを罰することも禁ずる。」

 

「…………畏まりました。」

 

「それにしてもこの者の処遇をどうするか。ふむ、アルベドよ。魔導国における……」

 

 目の前の超越者は何かを深く考えているようであった。

 

「業務上かちししし……、きゃちゅしし、きゃち、魔導国の法で対応しておけ!記憶はわたしが消しておく!」

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 自室のベッドで枕を抱え散々奇声を上げ転がりまわったアインズは、ひとまず落ち着きを取り戻して、ぐったりと座っていた。落ち着くまでに【業務上過失致死】を一生分は叫んだ。

 

「知ってるからって恰好付けるんじゃなかった……。噛んだのを誤魔化そうと焦って更に噛んだ……。」

 

 アンデッドの身体なのに、最初にアルベドの胸を揉んだ時といい、何故変な場面で人間の残滓が出るのだろうか? アインズは、いよいよ生物学的な命題に現実逃避してしまう。

 

「いや、待てよ。これは俺が実はみんなが思うほど完璧じゃないって思ってもらうチャンスなんじゃないか?」

 

 アインズはなんとかポジティブに考えを切り替え、【セリフ集】に言いにくい言葉や早口言葉を付け加え添削し、練習に励んだ。

 

 

 

 ●

 

 

「守護者統括殿、込み入って相談とはどうされたのですか?」

 

「……ねぇ、デミウルゴス。あなたはアインズ様からのご命令を遵守出来なかった場合どうする?」

 

「死を以って償う他ないですが、あの慈悲深きアインズ様はお認めにならないでしょう。改善案を提出の上、アインズ様より贖罪の機会を与えていただけるよう試みます。」

 

「そうね。では、アインズ様のご勅命に失敗し、更にその結果ナザリックへ甚大な被害を出した場合は?」

 

 デミウルゴスの表情が一気に引きつる。想像しただけで自分の存在そのものを抹消してしまいたい。それほどのものだった。

 

 同時にアルベドが何を問いたいのかを瞬時に理解する。

 

「アインズ様は魔導国における現状の法整備にご不満をもたれていると。」

 

「ええ。口に出す事も憚られる様子だったわ。〝不敬罪〟を死罪にする話もアインズ様が反対され立ち消えたけれど、〝業務上過失〟についてもナザリック基準を下等種へ適応する事にご納得されていないみたいなの。基準はこの世界にだいぶ譲歩したつもりなのだけれど。」

 

「アインズ様はお優しすぎる……。いえ、万という単位で政を見据えている御方です。御慈悲だけではないでしょう。なるほど、そういう事ですか。」

 

「同じ考えで安心したわ。〝糾明〟と〝究明〟の違いね。わたしたちの作った法では、究明が疎かになる。下等種とは身を護るためなら平気で嘘を吐くもの。未知を嫌うアインズ様らしいお考えよ。」

 

「しかし、それならば法案の承諾時にお教え下さればいいものを……。我々は試されていたのでしょうね。」

 

「そうね。これからまだアインズ様からの課題が無いか、魔導国の法を1から見直すつもりよ。」

 

「微力ながらお手伝いをさせていただきます。守護者統括殿。またアインズ様の前で答え合わせをしたいものです。」

 

「その権利は今度こそ譲らないわ。」

 

 二人は偉大なる御方の姿を思い、同時に肩をすくめた。

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