「殿~~!殿~~!
とっとこ……なんて何処からか訴えられそうな擬音を発しながらアインズの元へ駆けて来たのは、アダマンタイトの鎧に身を包んだ忠獣ハムスケだ。正直陶器に入ったはいいが、出られなくなったハムスターにしか見えないのだが、しっかりと危なげない四足歩行で移動している。
「ハムスケか。鎧を着られる様になったのだな。素晴らしいことだ。」
アインズはキランとつぶらな瞳を輝かせるハムスケの頭をよしよしと撫でる。
「えへへ。
「そうか、それは頼もしい。」
「それで殿!
「ん~……すまんが、しばらく予定はないな。」
「えええええ!でござる!」
明るい顔から一転、二回りくらい萎んだかのようなハムスケにアインズはどうしたものかと悩む。適当なシモべを召喚してNVPをさせてもいいが、デスナイトとは戦い飽きているだろうし、図書館からシモベを召喚することも一瞬考えるが、今のハムスケでは太刀打ちできない代物ばかり。
(カルネ村……。いや、あそこにも13体のレッドキャップスがいるな。ハムスケでは敵わん。帝国の闘技場……だと相手が弱すぎるか。)
ハムスケに丁度いい相手が思い浮かばず、アインズは長考する。
「ああ、そう言えばあの女のペットも似たような望みをしていたな。」
アインズは最近ナザリックへやってきた弱いがレアな戦士を思い出す。元々目的の人物のペットとしか思っていなかったが、この世界独自の<武技>だけでなく、彼しか使えないオリジナルの<武技>を有するということで、成長の過程を観察対象にしている。
本来はより危険な実験なども行いたいところだが、仮にも領域守護者のペットなので、無難な鍛錬しか行わせていない。それでもかなりレベルは上げたはずだ。今ならあのガゼフに並ぶ程度には強くなっているかもしれない。
「ちょっと待っていろ。命の奪い合いは禁ずるが、今のお前にピッタリな相手に心当たりがある。」
「おお!流石殿でござる!
アインズは目的の人物を呼び出すため、アルベドへメッセージを送ろうとしたが、そうなると飼い主に話を通さないといけない。あの二人の関係はかなり歪で倒錯的だ。命ずれば応じるだろうが、ナザリックにおいてアインズの言葉はあまりに重すぎる。パワハラまがいに命令はしたくない。
(そう言えばナザリックに来てからのあの二人をよく知らないな。管理者として由々しきことだ。)
そう自省しながら、アインズは
●
ナザリック初の現地人領域守護者、異名を【たった一部屋の領域守護者】。
ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの守護領域にして、居住区画でもある一室。仮にも元大国、リ・エスティーゼ王国第三王女のものとは思えない質素な部屋。そこにはベッドと机が一つ、そしていくつかの武具・防具程度しか見当たらない。
それも当然の話で、ナザリックが彼女へ期待しているものは、精神の異形種とも言われるその頭脳であり、与えるものはペンと机で事足りる。なによりラナー自身が既にナザリックへは何も望まない。何故ならば欲しいものは最高の形で手に入ったのだから、あとはただ尽くすだけだ。
その部屋でラナーは【ゲーム理論及びコンテスタビリティ理論を用いたエ・ランテルにおける魔法資源規制の緩和と課題に対する介入】の数式を書き終え、証明と結論に不備が無いか推敲していた。数式に矛盾や論理の飛躍がないか、何度も計算を繰り返す。
上司であるアルベドやデミウルゴスの査読が終わり次第、あの智謀の怪物アインズ・ウール・ゴウンの目に渡る書類である。手を抜けば一瞬で見抜かれてしまうだろう。幸せは手にしただけではダメだ、掴んで離さない握力も持たなければならない。しかしその手は聞き覚えのある足音を耳にして止まった。
「ラナー様!ただいま戻りました!」
ラナーは羊皮紙に数式を書く手を止め、パタパタと動きそうになる
「帰ったのね、クライム!心配したのよ。怪我はしていない?大丈夫?」
目の前の、同じく
曇りの無い純粋な、自分だけに向けられる瞳は
「はい!ラナー様。本日は魔法の武具を持ったアンデッド7体をこの剣で討ち取ることができました。この身体となり一時期は力の衰えを覚えておりましたが、順調に能力を取り戻しております!ラナー様の剣として今後も精進致します!」
定命の人間から不老の
勿論クライムがどれだけ努力しようと、この大墳墓で無限に沸き出すモンスターの役目程度しか果たせないだろうが、誰でもない魔導王が〝クライムしか扱うことの出来ない武技〟である<脳力解放>に強い興味を持ち、定期的に稽古をつける約束を交わした。
ラナーとしては四六時中ともに居てくれるクライムも好きだが、多少危険な旅に出て最終的に自分の元へ戻ってくるクライムも捨てがたい。
(ああ、この瞳。わたしだけを見る純粋な……。褒めたらどうなるかしら?それとも少し拗ねてみようかしら?ああ、愛おしい、気が変になりそう。)
ラナーは今すぐにでもペンを放り投げてクライムをベッドに押し倒し、また痙攣・失神するまで愛でてやりたい衝動に駆られる。
即断即決。ラナーは仕事と
「……クライム。無理はしないで。わたしの為に傷つくクライムを、わたしはどんな気持ちで見ていれば。もしもの事があれば、わたしはひとりぼっちに。」
ラナーは表情を操作し目をうるわせクライムの胸元に飛び込む。恐らく赤面し、自分の心配をしているであろクライムの表情を見たいが、今は我慢だ。
「怖いの、クライム。わたし……わたし……。」
「ら、ラナー様。」
まるで導かれるようにクライムがラナーを抱擁する。以前の――リ・エスティーゼ王国王女と従者では考えられなかった行動。
抱きしめられたのはラナーだが、捕らえられたのはクライムの方だ。ラナーの口元が三日月のように吊り上がる。
そして二人は接吻を交わし――
●
「殿~~?人間の交尾ってオスがメスに食べられるのでござるか?あ、泡を吹いて失神したでござる。」
「あ、あ~。」
アインズはいよいよアウラとマーレへの情操教育を誰に任せようかという命題に現実逃避し、目の前で行われる蹂躙劇を呆然と眺めていた。