オーバーロード単発短編集   作:セパさん

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カルマ値逆転!!

 ナザリック宝物殿。全10階層からなるナザリック地下大墳墓において、どの階層からも足で赴くことが叶わない場所。その内部はギルド”アインズ・ウール・ゴウン”が溜め込んだ財宝が収められている。天高く積み上げられた燦然と煌めく金貨・宝石・宝剣の山々を保管する第一の部屋。

 

 そこを抜けた先に、談話室があり、アインズはかつての仲間――ひどく簡素なネックレスの形をしている主にナザリックのギミック面を担当していた二人、タブラ・スマラグディナとガーネットの遺したマジック・アイテム――を前にし、眼窩に儚げな光を宿し長考をしていた。

 

 アイテムの効果は第八位階魔法<道徳歪曲(ディストーテッド・モラル)>を基盤として【カルマ値の±を一定時間逆転させる】という代物であり、ユグドラシルではカルマ値-だらけのDQNギルドでならしたナザリック地下大墳墓において、敵を欺くために作成したが今一使いどころが解らないのでボツになっていた品だ。

 

 ただこの世界にナザリックが転移し、NPCが意思を持つようになった現在、カルマ値はユグドラシルとは違う効果を持っている……可能性がある。例えばセバスの反乱未遂と疑われた騒動、例えばユリとニグレドの抵命、例えばニグレドやペストーニャのリ・エスティーゼ王国の民への助命。

 

(ユグドラシルでは装備品やスキルの効果・使用条件・装備条件の指標でしかなかったが、もしNPCの行動指針そのものに関わるのであれば由々しきことだ。)

 

 自分たちに出来ることは、敵も出来ると考え行動に移すべき。……ギルド・アインズ・ウール・ゴウンの基本方針であり、転移してすぐに慢心し対策をしなかったばかりに、愛しのシャルティアと殺し合いをする羽目になった苦い記憶を忘れてはならない。

 

 敵がナザリックのNPCの情報を入手し、何らかの方法でカルマ値の逆転を起こさせ混乱と紊乱を呼び起こした場合、どのような現象が起こるか想像もつかない。一度は実験をするべきなのだろうが……

 

(これ以上、仲間の子供たちを俺が独断で弄んでいいのか?ただでさえ……)

 

 アインズの脳裏に最終決戦装備(裸エプロン)で出迎えるアルベドの姿が過る。

 

 とはいえ【未知】を放置する愚を犯す訳にもいかない。【絶対支配者】と【ナザリック地下大墳墓ギルド長】の狭間で悩むアインズだが、答えは一向に出ない。

 

(バカの考え休むに似たり……か。)

 

「パンドラズ・アクターよ。」

 

「は!なんでしょうか父上!」

 

 これまで至高の創造主の思索を邪魔しまいと静かに座っていたパンドラズ・アクターが弾かれたように立ち上がる。命令なので敬礼こそしていないが、歌劇学生を思わせるポージングにアインズは少しゲンナリとする。

 

「これより他言無用の勅命を与える。」

 

 その瞬間パンドラズ・アクターの黒穴が燦然と煌めいたような気がした。アルベドやデミウルゴスを巻き込めばアインズの手に負えない大ごとになりかねないし、〝何故こんな重要事項を今まで放置していたのか〟に対する言い訳が思いつかない。

 

 それにパンドラズ・アクターはこう見えてアルベドやデミウルゴス並みに頭が回り、忠誠は絶対だ。共犯者としてこれほど最適な者はいないだろう。

 

 いざとなればネックレスを遠隔から外せるよう細工し、パンドラズ・アクターに観察対象の人選を委ね、アインズは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出した。

 

 

 

 ●

 

 

 

「あ、あ、あの。セバス様?」

 

 猛禽類を思わせる鋭い眼光を宿した鋼の執事、セバス・チャンは失神している魔導国首都エ・ランテルで働く館のメイドや執事たち――ツアレがメイド主任となっている――を地を這う虫を見るような眼差しで見下していた。

 

「ツアレ、これはどういうことですかな?従者として最低限のマナーがなっていないばかりでなく、指導を行う前に意識を手放すとは……。」

 

 〝無理もないだろう〟とツアレは思うが口にしない。エ・ランテルにやってきたセバスを執事・メイド総出で迎えたのだが、『接遇が全くなっていません』と穏やかながら怒気を孕んだ一声を発し、そのまま凍てつくような覇気で全員を一瞥し、文字通り睨み倒した。

 

 ツアレとて心臓を氷の手で握られたような錯覚を覚え、ナザリック内で様々な洗礼を受けていなければ同じように意識を失い倒れていただろう。とはいえツアレは意識こそ保っていたが平常でいられるはずもなく……。

 

「ツアレ。あなたは誰の許可を得てアインズ様より賜る下着を汚しているのですか?あなたの失態はナザリックの失態になると最初に教えたはずですが、指導が足りなかったようですね。」

 

 セバスの眼は、ツアレでさえ見たことが無い無機質な代物で、混乱の渦中に叩き落される。そんな中、騒動を聞きつけたエ・ランテルの館で働くエルダーリッチの一体がやってくる。

 

「セバス様!!一体何があったのですか!?」

 

「ああ。出来損ないのメイドや執事達に指導を行おうとしていたところです。思った以上の欠陥品で失望しておりますがね。」

 

「申し訳ございません。しかしながら、セバス様とはいえエ・ランテルの従者全員を失神させるのは流石に越権行為であるかと……。」

 

「もちろん今度こそアインズ様へご報告を行い、わたくしが責任をもって指導を行います。わたくしは湯あみ場へ行きますので、お手数ですがツアレの着替えを持ってきてもらえますか?失神している者たちは……まぁ直に目を覚ますでしょう。それまでにお客様がお見えでしたらわたくしが対応いたします。」

 

 そう言ってセバスはツアレを肩から担ぎ、ゆっくりと赤い絨毯を歩き始めた。

 

「セバス様!自分で!自分で歩きます!」

 

「黙りなさい。そして落ち着きなさい。その震えた足腰で完璧なメイドの歩みなどできません。」

 

「しかし……。」

 

 ツアレの脳裏に〝恐怖〟の二文字が過る。自分が至らないばかりにセバス様を怒らせ恥をかかせ、大事な部下を大変な目に遭わせてしまった。……もちろん理不尽な出来事として疑問に思うべき事象なのだが奴隷(スレイブ)であった期間の長すぎたツアレは自罰的な思考の悪循環に突入し、最悪の事態ばかりが想起されてしまう。

 

 刹那、唇に温かな感触を覚える。

 

「落ち着くよう言っているのです。これが最後の警告です。」

 

 ツアレは唇の温もりに呆然としながらも、何故か少し戸惑っているセバス様を見て吹き出しそうになる。……今日のセバス様はおかしい。しかし、こんなセバス様も悪くない。

 

 恋は盲目。ツアレにとってセバスは世界の全てだ。そのまま成すがままにセバスに身体を洗われ、体罰を伴う指導方法を学ぶこととなる。

 

 

 

 ●

 

 

「ラナー様もパンドラ様よりそのアクセサリーを身に付けるよう厳命されたのですか?」

 

 【たった一部屋の領域守護者】ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの守護領域にして、居住区画でもある一室。クライムはラナー様が自分と同じ、恐らくはリ・エスティーゼ王国の秘宝【剃刀の刃(レイザーエッジ)】など比ではないレベルのマジックアイテムを提げている姿を見て、顔を不快気に歪ませる。

 

 あの魔導王に忠誠を誓ったが、真なる忠誠はラナー様以外に誓っていないし、今後変わる事もないだろう。あの化け物はどれだけ自分たちを実験動物(モルモット)にすれば気が済むのだろうかと怒りが湧いてくる。

 

「ええ。クライムも大変ね。今日の訓練はどうだったかしら?」

 

「本日はリ・エスティーゼ王国が存在していた時分、愚かにもラナー様の首を討ち取り助命を乞おうと目論んだという元王国騎士を討つ機会に恵まれました。その愚かさについて身を以て味わって下さったと思います。」

 

「まぁ……。でもあまり酷い事はしないであげて。わたしはこうして生きているのですから。」

 

「はい!ラナー様!」

 

「わたしが恐ろしいことは、何よりもクライムを失う事……。恨みを無理に買う必要はないわ。」

 

「そう……ですね。頭に血が上っていたようです。以後気をつけます!」

 

「今日は疲れているみたいですし、先にベッドで休んでいて。わたしはまだ少しだけ仕事があるから。」

 

「畏まりました。」

 

 従順な犬がベッドへ戻ったのを確認し、ラナーは【クライムの知っている笑み】を崩す。素に戻ったはずであるが、鏡に映るのは〝黄金の姫〟と呼ばれていた頃の欺瞞していた慈悲に溢れた笑顔。

 

 ……ラナーはその頭脳をもって、自分で自分の計算評価(アセスメント)を行う。最初このアイテムは善悪の価値観を逆転させるものと思っていたが、だんだんと疑惑が募り、クライムの話を聞いてそんな単純なものではないと確信をもった。

 

 その証拠に、クライムは恐らく実験で元王国騎士を拷問に掛けた。だが、そこには一縷の罪悪感も覚えていない。本来のクライムならばありえないことだ。

 

 しかしラナーを見つめる子犬の瞳に曇りは無く、行動に変化はみられるものの、価値観そのものに変異は無い。自分を鑑みてもそうだ。

 

 王国騎士が拷問に掛けられた話を聞いた際も〝クライムと共になるため王国を売り飛ばした〟ことに対しても、微塵の罪悪感も覚えない。あるのは〝愛しのクライムが拷問なんてして正気に戻った際心を痛めないか〟という心配だけだ。恐らく今までの自分ならば心配などせず〝傷心したクライムを如何にして自分に依存させるか〟を第一に考えたはず。

 

(なるほど。価値観をそのままに行動原理を歪曲させる……。敵にも味方にも使いどころは無限にあるわね。上手く論文にしてナザリックに活かせればアインズ様は御褒美をくれるかしら?久々にクライムとデートをしたいわ。)

 

 ラナーのやる気が限界を超える。難解な数式と用語を駆使し、このマジックアイテムの有用性と有効活用方法、問題視すべき瑕瑾とそれに対する対処法。想定される敵の対応策と事前の策、自分の理論に対する反駁と回答を目にも止まらぬ早さで書き上げる。

 

 その頭の片隅で思うのは鎖で繋いだ(クライム)との幸せなデートであり、その様子だけをみればまるで夢見るお姫様そのものであった。

 

 

 ●

 

 

 耐えがたい倦怠感と一時も身体を休められぬ焦燥感。相反する感覚が暴力的に混ざり合い精神を蝕んでいく。知覚は風に撫でられるだけで震えるほどに敏感となっており、脳信号はひどく原始的な【不快】という感覚ばかりを受信する。

 

 夢か現かの区別もつかない不愉快で救済の無い眩暈(げんうん)の中、身体は体液と言う体液を出し切り、浮かぶ脂汗は黄淡色に変色している。

 

 ……予兆があったかどうかは解らない。男に形容しがたい――否、形容する言葉などこの世に存在しない激痛が襲う。それは身体と心、人体を構成する細胞と脳と精神のひとつひとつが律儀にも悲鳴をあげているような絶望を催す激痛、男の意識は激痛に耐え兼ね数秒飛び、また激痛によって目を覚ます。

 

 そんな無間地獄の中、異形の存在が……男にとっては天使とも思える存在が顔を出した。

 

「あらぁん、良くない顔になってきたわねぇん。見ていて辛いわぁ。」

 

「くひいをふえ!こほひへふへ!」

 

 口枷が嵌められていることなどすっかりと忘れ、男は大声をあげる。異形の怪物は細い指の間に小さなガラスの薬液容器(アンプル)をかかげて小さく振る。それを見た男は拘束を打ち砕かん勢いで異形の怪物に迫る。

 

「悲鳴をあげるほど辛いのねぇん。わたしも酷い事をしたくないの。一言、たった一言家族の居場所を話してくれるだけでいいのよん。そうすればまた幸せが訪れるわぁん。」

 

 男を最初に襲ったのはこの世の全てを対価にして良いとさえ思う……否、想像することも出来ない快楽であった。数多の神学者が論争してきた幸福の神秘が自分に宿ったのだと確信した。

 

 ……その後に訪れたのは、紛れもない、誤魔化しの利かない地獄そのものだ。激痛で失神し、更なる激痛で目を覚ます。目の前の怪物は悲壮な表情をしているようにも見えた。

 

 男は……家族を同じ目に遭わせまいと数多の拷問に耐え続けていた元リ・エスティーゼ王国の男は遂にその口を割った。

 

「やっと話してくれたわねぇん。じゃあ、御褒美の時間よ。ただ痛めつけるだけなんて、わたしは間違っていたのかもしれないわね。」

 

 男の静脈に注射針が刺さり、薬液が注入される。恍惚の表情を浮かべたまま、男はただただこの世に表す言葉の存在しない快楽に耽溺した。

 

 

 

 ●

 

 

 

「なるほど。そう言う事ですか。」

 

「はい。デミウルゴス殿。さぁいかがなさいますか?」

 

 パンドラズ・アクターはアインズ様より賜ったマジックアイテムについてデミウルゴスに説明し、彼は一瞬で至高の主であり創造主の意向を汲んだらしい。やはりナザリック一の知者は話が早くて助かる。毎回毎回〝どういうことなんでありんすか?〟と言われるのは、仕事であると割り切れていても疲れるものだ。

 

「では……。ここは着用を拒否いたします。アインズ様の勅命でないのならば、頭に浮かんだ意見をそのまま伝える事が正しいかと。」

 

「かしこまりました。その旨、アインズ様へご報告いたします。」

 

「自分の行動原理が変異してしまうマジックアイテムです。アインズ様でしたらわたくしが愚かな決断を犯しても明確に問題視はされないでしょうが、既に多くの勅命を拝命した身。それらの仕事を完遂せず、一時の命令に翻弄されないか確かめられているのでしょう。」

 

「麗しの守護者統括殿はかなり悩まれておられましたが、同じ結論に辿り着いておりました。」

 

「……彼女の場合は結論ありきで悩んでいる気もするがね。」

 

「父上……失礼。アインズ様はどちらに転んでも良い様に今回の〝避難訓練〟を提案されております。行動原理が変容すれば観察が行える。そして常々説かれている〝自分で考え〟こんな怪しげで何が起こるか解らないアイテムを安易に身に着けない能力をどれだけのシモベが有しているか把握できる。」

 

「宝物殿の領域守護者たる君を使うのも実に素晴らしい。〝敵を騙すには味方から〟とも言いますからね。君に勧められればまず断ることなど出来ないでしょう。」

 

「ええ。とはいえ、このマジックアイテムを身に着けたデミウルゴス殿には些か興味が御座いますがね。」

 

「それはわたしも同じことだ。おそらく黄金の姫が身に着けていなければ自分を実験台にしていたでしょう。あの女であれば、十分な情報を手に出来る。」

 

「そこまで読まれていましたか……。いやはやデミウルゴス殿には脱帽いたします。」

 

「それにしても……君は本当に変わらないのだね。行動原理が一貫している事はアインズ様がいるためなのか、他の理由からか。君が羨ましいよ、パンドラズ・アクター。」

 

 デミウルゴスはパンドラズ・アクターの胸元で光るネックレスを見てそう呟いた。




・ほかにも色々書きたかったですが、設定等々ちょっと消化不良。第二弾を書くかもしれません。
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