「いいお湯ね。クライム。」
「さ、左様でございますね!ラナー様!」
ここはナザリック第9階層【スパリゾート】。本来男湯と女湯で分かれているのだが、現在二人が浸かっている〝露天風呂〟だけは常時男女混浴が許されており、ラナーがクライムとスパリゾートを使用する際はいつもここを選んでいる。
一糸まとわぬ姿となったラナーから目を逸らし赤面しながら恥じらいつつ、同じく一糸まとわぬ姿でありながら健気にもラナーを護ろうと脳が混乱しているクライムの純然たる瞳を眺めながら、ラナーは温泉を楽しんでいた。
【花見】や【月見】など、露天風呂には様々な楽しみ方があるらしいが、露天風呂の周りにある荘厳な木々や満開の花々、星々の照らす夜景など、クライムの瞳を彩る装飾にもなりはしない。
とはいえ、星々には少し思うところがある。露天というだけあり、空を見上げれば墳墓の中……地下でありながら、満天の星を模したであろう夜景が煌めいていた。
(やはりわたしの知っている星空ではないわね。一体どの世界の夜景なのかしら?)
王女だった時分、部屋の窓から天体を観測し星の位置と運用、天体と地上を結ぶ線のズレを計算し国家機密の地図よりも精密なリ・エスティーゼ王国地図を作製したことのあるラナーだ。見上げる夜空は自分の知っている天体とまるで異なっている。
あの智謀の怪物アインズ・ウール・ゴウンであれば、詳しい事を聞けば教えていただけるだろうが、現在の業務で特段必要な知識とは思えないので、
そしてちょっとした悪戯を思いついた。ラナーは天真爛漫なお姫様の口調と表情を作成し、クライムに話しかける。
「そうそうクライム!流れ星の素敵な言い伝えを知っている?」
「流れ星……ですか?」
クライムの常識で考えると、流星といえば【誰かの命が消えようとしている象徴】というのが一般的で、素敵という言葉とは程遠い。しかしラナー様が間違いを言うはずもない。となれば自分の常識が間違っていたのだろう。
「流れ星が消えるまでの間に3回願いを唱えると、その願いが叶うんですって。何処かに流れ星があるのかも。」
もちろんそんな効果があるはずもなく、ラナーの調べた限りでもおまじないの類でしかない。そう言ってラナーはクライムに夜空を見上げるよう言葉を掛ける。露天風呂の夜空を模した景色はこの時間、1/2の確率で流れ星が現れる仕様になっていたはずだ。
ラナーの予想は的中し、夜空に一筋の流星が現れ……
「ラナー様を御護りできますように!ラナー様を御護りできますように!ら……あぁ……。」
クライムは切迫した様子で早口に願いを口にする。しかし3度言う前に夜這い星は儚く消えてしまった。クライムは落胆した様子で目を伏せ……、その瞳を見て、ラナーは
自分の言葉を素直に信じる子犬の瞳、一番に自分の身を考える純粋な瞳、願いを唱えられなかった不甲斐なさに落ち込む瞳。あまりの愛おしさに気が狂ってしまいそうだ。ここが公共の場でなければ襲っていたに違いない。
しかしここは幸いにも浴場だ。クライムを可愛がるのは守護領域に戻ってからたっぷり行うとして、ここでしか行えない事に専念しよう。
「ふふ、クライムの気持ちはとても嬉しいわ。……そうそう、翼の後ろがどうしても上手く洗えないのよね。クライム、背中を流して貰えるかしら?」
クライムの身体が硬直し、目を泳がせている姿に倒錯的な快感を覚えながら、ラナーはクライムに背を向ける。本来浴場内で洗体することは無作法らしいが、ここに咎める者はいない。そしてスポンジや布などがこの場に無い以上、【背中を流す手段】はひとつしかない。
「はい!大切な従者の役目……でしたね!し、失礼します!」
つまり、クライムの想いのこもった手のひらだ。瞳が見られないのは非常に残念だが、ぎこちない温かな手が背中をすべるたび、ラナーはゾクゾクとした快感を覚える。
しかしスパリゾートでのラナーの楽しみはこれからだ。一通り背中を流し終えたクライムにラナーは決定的な一言を告げようとする。いけないいけない、油断すれば思わず吐息が漏れだしそうだ。
「ありがとう。じゃあ、今度はわたしがクライムを綺麗にしてあげる。」
ああ……この瞳だ。国をひとつ売るだけでこんな幸せが手に入るなど、本当にいいのだろうか?ラナーはただただ幸せだけを噛みしめていた。
・【〝流星〟が不吉を象徴する】という設定は、中世ヨーロッパなどで一般的だったらしく採用した捏造です。オバロ世界ではどうなっているかわかりません。