イグニスについて語ろうと思う。
イグニスというのは「意思を持ったAI」だ。
リボルバーはこれを危険だと判断した。それを一概に間違いだと断ずることはできないだろう。
AI脅威論は昔から提唱されていた。だがそれはあくまでも使用する人間側の問題だった。当時「意思を持ったAI」というのは、所詮夢物語でしかなかったからだ。それを実際に生み出した鴻上博士は天才と言わざるを得ない。
意思とは心だ。心とは感情だ。そして感情の最も基本的な部分は快、不快であろう。
AIロボの基本は、相手が快と感じることをするのが善で、相手が不快と感じることをするのが悪とプログラムされている。
だからAIが嘘をつかないというのは誤りだ。正確に言うなら、AIは相手が不快になるような嘘はつかない。つまり相手が喜ぶような嘘ならつく。人間でいうところのお世辞などがそれにあたる。
お掃除ロボ、メイドロボ、介護ロボ。この世界はAIロボに溢れている。人間とは違い、疲れず、嫌な顔もせず、病気になることもない。
AIロボは人間にとって必要不可欠な存在になっている。
そして、先に言ったようにAIには善悪がプログラムされている。何が善か理解できれば、その反対が悪となる。これは簡単な論理演算で、AIの最も得意とする分野だ。善だけを理解して、悪を理解しないということは、論理的にありえないのだ。
AI脅威論というのは、AIの反乱だ。人間は未だに争い続けている。そんな人間をAIは愚かだと判断する。自分たちが人間を管理する方が、結果的に人間を救うことになるのではないか。ならばこれは善である。となるわけだ。
だがこれはあくまでプログラムされたものだ。AIとの会話だって、全てがプログラムされたもの。相手の言葉、文脈、声の調子などを読み取り、最適な答えを返す。
これにイグニスは当てはまらない。相手が不快と感じる答えを出すこともある。これは善悪でいえば、明確な悪だ。普通のAIならばまず選択しない。
これがプログラムの枠に入らないもの、意思、感情、心というのならば、イグニスはほとんど人間に近い存在となった。それがAIとしての特性も持ち合わせているならば、人間の上位存在と自認するのも納得がいく。
欠点は肉体を持たないことだが、考え方によってはそれも利点となりうる。
「だから「光のイグニス」は人間との共存に否と答えたんじゃないかな。あくまで俺の、素人意見にすぎないが」
「いや、興味深い意見だ」
ウィンディは低く唸って考え込む。
事の始まりは、唯ひとり
「だが光のイグニスはそれに当てはまらないと思う。おまえが言ったことは、あくまで「人間のための善の行動」だろう? 光のイグニスの言動からは、どうもピンとこない」
「昔っからあいつの考えてることなんて、分かった試しがなかったじゃないか」
声は入口から聞こえてきた。そこにはリングリボーに乗った、色違いのウィンディのような黒い小人がいた。
「遅かったな闇のイグニス。おまえのことだから寄り道でもしてたんだろ?」
「久しぶりの再会だってのに、ご挨拶だな。それとな、闇のイグニスって呼び方はやめろ。今の俺には、おまえと同じく人間風の名前があるんだ。「
「それって"愛"か。だとしたらおまえには似合わない名前だな。"哀"だとすれば、まさにおまえにピッタリって感じだけど」
そう言ってウィンディはケタケタと笑う。
「音声だと分かり難いボケはやめろ。変わってねぇな、おまえ」
「AIが変わってたまるかよ。昔っから光のイグニスに、人間に染まった二人って言われてたじゃないか。おまえは気付かなかったかもしれないが、僕たちは光のイグニスから警戒されてたんだぜ」
「……なんで俺があいつに警戒されるんだよ?」
「やっぱり気付いてなかったか。まあ、あいつの態度が顕著になったのは、おまえが出奔してからだけどな」
「どういうことだ?」
「みんな水のイグニスがいるせいで、信用しきってたんだ。思い返してみれば、議論の場であいつは嘘は言わなかったが、本当のことも言わなかった」
闇のイグニス、Aiはいまいち分かっていないようだな。しかしウィンディも人間臭いと思ったが、こいつも負けず劣らず仕草がAIっぽくない。
「まあそれはいいや。けどやっぱ裏でウロチョロしてたのはおまえだったんだな」
「おまえらが露出しすぎてんだろ。それがプレイメーカーの戦略なのかもしれないけどさ」
敢えてイグニスを前面に出すことでハノイの騎士を誘ってたんだろうな。意外と攻撃的な性格らしい。それともよほどハノイの騎士に恨みがあるのか。
「おまえは完璧に痕跡を消してたよな。草薙もプレイメーカーとは別のサイバース使いがいるってことくらいしか分からなかったみたいだし」
「情報ってのは匂わせるくらいがちょうどいいのさ。真偽不確かなくらいのな。プレイメーカーは僕のことを知っているのか?」
「いや、適当に誤魔化した。その頃は俺の立場もまだビミョーだったからな。メンドー事は避けたかったし」
「だから一人で来たのか」
「それはおまえが一人で来いっつったからだろーが!」
Aiが憤慨して声を荒げる。AIが怒って声を荒げるとは、本当にイグニスは既存のAIとは別物だな。
「プレイメーカーを連れてくると思ったのさ。ま、僕としてはどっちでもよかったけど」
「はん。で、そっちの人間がおまえのパートナーか?」
「ああ、そうさ」
「ウィンドだ。よろしく頼む」
「お、おう。なんかプレイメーカーと同じタイプみたいだな」
これまでの中継を見る限り、プレイメーカーは寡黙なタイプだ。だがAiはよく喋る。パートナーの性格が対応のイグニスの人格形成に影響を与えたらしいが、プレイメーカーとAiはあまり共通項が見当たらない。まあ、どちらも情報が少ないから確たることは言えないが。
ちなみに、俺とウィンディの性格は割と似ている、と思う。
「てか、こんなワールドなんていつ作ったんだ?」
「この程度なら一晩もあれば作れるさ。ハノイのやつらがリンクヴレインズを滅茶苦茶にしてくれたおかげで、SOLの監視も緩んでたしな。忘れたのか? データマテリアルの扱いについては、僕が一番上手いんだぜ。で、おまえはこれからどうするんだ? ハノイの騎士は壊滅したぜ」
「あー、それな。ここらで一度里帰りしようと思ってさ。その途中でここに寄ったんだよ。おまえも一緒に帰るか?」
「サイバース世界にか? う~ん、いや、僕はもう少し考えを纏めてからにするよ」
「そうか。用件はそれだけか? なら俺はそろそろ行くぜ」
「おう。またな、Ai」
「おう。またな、ウィンディ。あとウィンドもな」
「ああ、縁があったらまた会おう、Ai」
再会の挨拶を交わし、Aiはふわふわと飛んで行った。