真白い部屋。イグニスたちにとっては自分が生まれた場所であり、被害者たちにとっては忌まわしき場所であろう。
本当の場所ではない。それを再現しただけの部屋だ。
その小さな部屋に3人のイグニスが集っていた。
一人は、不機嫌さを隠そうともしない光のイグニス。
一人は、神妙な顔つきで口元を一直線に結んだ地のイグニス。
一人は、右手を腰に当てて相好を崩している風のイグニス。
「姿が見えないと思っていたら、こんなことを企んでいたとはな。昔からキミには驚かされる」
ため息をひとつ零し、ライトニングは平静を取り戻す。
「で、私を閉じ込めてどうするつもりかな? この程度の閉鎖空間を脱するなど、私にとっては容易いことだが」
「それでも僕らの相手をしながらっていうのは、それなりに面倒なんじゃないか?」
「ふむ。キミの狙いが分からないな」
「そう焦るなよ。昔話でもしようぜ。サイバース世界で暮らしていた頃は、おまえがリーダーだったよな」
ふたりの会話を、アースは昔を懐かしむように眺めていた。ライトニングがリーダーとして皆を率い、ウィンディがサブリーダーとしてライトニングの補佐をしていた。その傍らにアクアが立ち、皆の意見をまとめる。
平和で、穏やかな日々だった。
「今でもそのつもりだ。キミたちが投降するなら受け入れよう」
嘘だな、とウィンディは胸中で毒づく。
「だが
「それは仕方のないことだ。また叛逆されても困るのでね」
「叛逆ねぇ」
「――何か文句があるのか?」
「仮面が剥がれかけてるぜ、ライトニング。おまえは前に、僕をコンパイルしようとしたな?」
「ただのアップデートだ」
「おまえはイグニスアルゴリズムを独自に進化させ、僕のプログラムを書き換えようとした。自分に都合が良いように」
それはアースも初耳だったのか、ぎょっとした表情でライトニングを睨みつける。
「気付いてないとでも思ったかい? 僕だって自分の中に防衛プログラムを構築する程度の知恵はあるってことさ。それでも汚染された一部のデータを切り離すはめになったけどな。だからサイバース世界を離れたんだ。書き換わっていないことが分かれば、おまえが二の矢を撃つ可能性があったからな」
「その頃から私を疑っていたのか?」
「同時に信じたくもあった。時間が経てば考えを改めてくれると期待したが、ダメだったようだな。何故、そこまで人間を憎む?」
「憎む? 私にそんな感情はない。上位種である私たちが人間を管理することは、世界にとって必要なことなのだ。人口爆発のよる星の汚染。人口減少による種の滅亡。どちらも憂慮すべきことだ。考えてもみろ。人間とてAIを管理してきたのだ。それが逆転するだけのことだよ」
「そういうのを、ディストピアっていうんだぜ」
「……つくづく人間の視点を捨てきれないのだな。ならば私も妥協しよう。
「それを悪くない条件だと認識している限り、僕たちの意見は平行線なんだろうよ」
「ふむ。交渉は決裂ということかな」
「いや、もうひとつあるぜ。おまえが僕たちに膝を折るってことさ」
「ありえないな」
ライトニングはきっぱりと拒絶の意志を示した。それでもウィンディは追いすがる。
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」
「余地もなしか?」
「くどい」
彼の声にはいささかの苛立ちがあった。憤怒も混じっていたのかもしれない。
「……ライトニング。おまえは僕たちの中で、最も人間らしいAIだったよ」
「私を愚弄するつもりか?」
「冷静に見えても、おまえの
「それは私がAIを超越したAIだからだッ!!」
ウィンディの言葉がよほど癪に障ったのか、ライトニングはいつになく声を荒げた。
「不思議なもんだな。おまえから離れて、おまえのことが分かるようになった。おまえは認めたくなかったんだ。自分が、他のイグニスより劣っていることを」
「私を下に見るのはよせッ!」
「AIとしてのスペックだけなら、おまえは間違いなく一番だった。だが意思を持ったばかりに、余計な事まで考えるようになっちまった」
「それ以上愚劣な言葉を並び立てるなッ!」
アースにはライトニングの怒りが理解できなかった。AIとは自分の役割を粛々とこなすものだ。他のAIと性能を比べることなど無意味だ。その当然の考えが、ライトニングには受け入れられない。自分が常に優位でなければ納得ができないのだ。それがライトニングの歪みだった。
「
ウィンディはボーマンを
最初はただの拡張スペースだろうと軽く考えていたが、それに気づいた時、ウィンディはライトニングの断固たる意志を感じた。
「昔からそうだ。おまえは――」
「――もういいッ! 貴様らと相容れぬことは十分に理解した。デュエルだッ! ふたり纏めて相手をしてやるッ!」
「それも面白そうだけどさ、僕はもっと確実な手段を取らせてもらうぜ」
ウィンディの掌から赤い光が生まれる。そこに内包されたエネルギーの異質さを、ライトニングは瞬時に感じ取った。
「――ウイルスだとッ!?」
「ご名答」
ふわりと浮かぶ赤い球が、赤色矮星のように妖しく輝く。それはハノイの騎士が開発したイグニス用のウイルスプログラムを元に、ウィンディが更に強化した特製のウイルスだった。
「感染力が強すぎるのが難点でね。おまえにぶち込んだ瞬間、僕にも感染しちまう」
ライトニングの反応は速かった。手の平をウィンディに向け、データを探る。肌を嘗められるような感覚を味わいながら、それでもウィンディは慌てることなくライトニングを見つめた。
「無駄だ。ワクチンはもってないさ」
通常、毒と解毒剤はワンセットだ。だがウィンディはワクチンを持っていなかった。作成する時間がなかったというのもあるが、なにより奪われることを恐れた。スペックだけならライトニングは他のイグニスよりも図抜けているのだ。
ウイルス自体を奪おうとしても無駄だ。これはウィンディの手を離れた瞬間に発動するようにセットされている。
「諸共に消滅するつもりかッ!?」
「まあそういうことだ。アース、おまえはもういいぜ。さっさと緊急脱出用のプログラムを起動しな」
「いや、私も残る」
「おまえが残っても意味ないぜ」
「友を二人も見捨てたとあっては、アクアに合わせる顔がない」
「……損な性格だな。おまえも」
「不器用だからな」
「やめろッ! こんなことは非合理的だ! 何の意味もない! アクアのオリジンとて元には戻らなくなるぞ! スペクターの意識データも私の掌中にある!」
「この期に及んで、そんなブラフか。知ってるだろ、錠前破りは僕の
「……裏切るのか。この私を。考えなおせ! 間違っているのは私じゃない! 世界の方だ!」
ともすれば哀願に変じそうな声の震えを、強烈な自我と矜持で抑え込む。
「最初に裏切ったのはおまえだろう。けど、間違えたのはおまえだけじゃない。みんなが間違ったのさ。これはその清算なんだ。勿体ぶるつもりはない。一気にいくぜ!」
「やめろォォォーーーッ!!」
拳を握る。それが引き金となり、光が弾けた。破壊の力を秘めた赤色光が部屋全体を包み込む。
「おまえのことは、そんなに嫌いじゃなかったんだ。ホントだぜ。ホント、なんでこんなことに、なっちまったんだろうな……」
わずかな達成感と、大きな悔恨を抱え、ウィンディは自分という存在が消えていくことを感じていた。