長々と条文が記されているが、要するにAIの性能に上限を設けるということだ。これで事実上
空いた椅子には財前晃が座ることになった。これについても色々とあり、SOLの役員連中の弱みを握って、とあるハッカー集団が圧力をかけたらしい。あくまでも噂に過ぎないが。
残ったイグニスたちの処遇については、新たにサイバース世界を創り、そこに移住することになった。
サイバース世界の構築に協力したのは、意外にもハノイの騎士だった。リボルバー曰く、自由を与えるよりも監獄に閉じ込めておく方が安心、とのことらしい。それを聞いたAiは憤慨していたが、これはリボルバーなりの妥協点なのだろう。
そのリボルバーだが、サイバース世界の完成を見届けた後に、自首して全ての罪を告白した。
サイバーテロによって世界を混乱させた罪は重く、第2第3のハノイの騎士を生み出さない為にも、その首魁である彼の量刑は懲役1050年と重いものになった。
だがそれは表向きの発表で、実際は司法取引によって、SOLテクノロジー社監視の下、ネットワークの監視をしているようだ。
監視しながら監視されるというのも笑い話のようだが、財前CEOとはそれなりに上手くやっているらしい。
「なんだこのレポート。"その後"のことばっかりじゃないか。もっと僕の活躍を書けよ」
「レポートってほどのものじゃない。単に考えを纏めているだけだ」
「その割には全然纏まってないな」
少し小柄になったウィンディがチャチャを入れてくる。
用心深いウィンディは、バックアップを仕込んでいた。だがイグニスには意思があり、そのせいでプログラムの再構築が上手くいく保証はなかった。そのまま死ぬことも覚悟していたらしい。
他のイグニスたちにも同様の処置を施していたらしく、全てが上手くいったのは、まさしく奇跡だろう。だがその代償は大きく、スペックは30%以下にまで低下したそうだ。
この件に関して、俺は少し怒っている。ウィンディの説明ではウイルスを打ち込んだら、さっさと退避するという話だった。自滅覚悟の作戦だと聞いていたら、俺は反対していただろう。
あの後、ブルーメイデンに続いてソウルバーナーもボーマンに敗れた。そしてプレイメーカーとの決戦。ボーマンはイグニスを失った俺や、元々持たないリボルバーには興味がなかったようだ。
プレイメーカーとボーマンの決戦は熾烈を極めた。リンクヴレインズのシステムを掌握したボーマンはあらゆる手でプレイメーカーを苦しめた。幾度も窮地に陥ったプレイメーカーだったが、仲間たちの助力を得て、紙一重のところで勝利をもぎ取った。
その際ボーマンは自分を構成していたプログラムの中から、ライトニングの欠片をAiに託した。彼は彼なりにライトニングに心を砕いていたようだ。
あるいは、ライトニングは自分の敗北すら予見していたのかもしれない。同時にそれは意外でもあった。計算高いライトニングこそバックアップを取っていて当然だと思ったからだ。
「もしかしたら、『命は一つ』だと考えたのかもな。生きることに悩み、もがいて、真剣で、真摯だった。多少
ウィンディからは、そんな答えが返ってきた。バックアップといえど、イグニスの全てを復元できるわけではないし、成功が約束されているわけでもない。弱体化を嫌ったのか、信頼できない数字だと切り捨てたのか、あるいは本当に命というものを唯一無二のものとして考えていたのか。今となっては確かめる
その欠片は人間でいうところの赤ん坊のようなもので、まだ自我の芽生えすらない、本当の意味での欠片だった。
「僕たちは、生まれてくるのが少しばかり早すぎたんだ。しばらくは6人で穏やかに暮らすさ。ああ、Aiがロボッピも連れて行くって言ってたから7人か。人類がもう少し進化したら様子を見にくるかな。とりあえず100年後を目途にしている」
「違うな、間違っているぞ、ウィンディ。7人じゃなくて8人だろ?」
「……本気で来るつもりか?」
「俺の事情は話しただろう」
この身体には本来の持ち主がいる。俺という人格を生み出した
「そうだな。ならもう、何も言わねぇよ」
ウィンディは半ば諦めたように嘆息した。どことなく嬉しそうに見えたのは、俺の欲目だろうか。
「じゃ、挨拶に行ってくるわ」
そう言って、俺は意識を心の奥へと沈みこませた。
暗い、とても暗い空間だった。
だがそんな中でも、彼の姿はしっかりと見えていた。
自分と同じ姿の少年。同じ顔貌の少年。だが自信のなさが表面に現れているのか、ひどく頼りなく見える。
これが最後の呼び掛けだった。応えてくれなければ、そのままお別れとなっていただろう。
「こうして会うのは初めてだな」
「うん、本当に、ね」
彼は視線を逸らしながら、そう返した。嫌なことを押し付けたという後ろめたさがあるのだろう。
「
「キミの方が、僕よりもずっと上手くやれると思ったから……」
「だが俺にも事情ができちまった。外のことは、ずっと見てたんだろ?」
「……うん」
「押し付けるようで悪いが……って、この身体は元々おまえのものだったんだから、この言い方は少し違うか。返すべき時が来たんだ。おまえも一歩踏み出さねぇとな」
「そうだね。少し休み過ぎたかな。……でも、本当に行っちゃうの?」
「おまえだって自分の中に
「……大事なんだね。彼のことが」
「まあ、退屈しないのは事実だ」
意識を量子化させる技術はライトニングが確立させた。そのデータに触れたことで、ウィンディもその技術を理解した。
リボルバーあたりが知れば、イグニスへの警戒度を更に上げるだろう。このことを知るのは、イグニスと俺を除けば遊作と尊だけだ。
二人には俺が話した。いきなり俺の
人間ではなくなるということが、どういうことかはっきりと理解できたわけではない。肉体を捨て去り、意識だけの存在になる。電子の存在になる。
この身体が、自分のものではないというのも大きな理由だろう。所詮は借り物なのだ。俺にとっては。
「キミには、随分と迷惑をかけたね」
「どうということはない。それでも恩義を感じているのなら、精々幸せになってくれ」
「うん。そうなれるように努力するよ。それじゃあ、さよ――」
「待て待て。別れの言葉を口にしたら、もし再会した時に気まずいだろ?」
「え? まあ、そうだね」
「だからそういうのはなしだ」
「なるほど、分かったよ」
互いにくすりと笑い、頷き合い、握手を交わす。
「ありがとう。そして、またいつか。もう一人の僕」
「こちらこそ。そして、またいつか。もう一人の俺」
意識が浮かび上がる。
覚醒の兆しを自覚し、ゆっくりと目蓋を押し上げる。
視界は滲んでいた。
濡れた頬を拭う。泣いていたのはどちらだろう。あるいは両方か。
「別れは済んだか?」
「ああ。これで後顧の憂いなく行ける。やってくれ」
「あいよ。んじゃいくぜ」
風が向かってくる。意識を量子化されるというのは、形容しがたい感覚だったが、不快なものではなかった。
そうして何の問題もなく、何の不都合もなく、俺の意識は電子の世界に潜り込んだ。
電子の海を泳ぎ、辿り着いたのはサイバース世界。
待っていたのは、見慣れた4人のイグニス。そして、Aiに付き従うようにいる水色の髪の少年。あれがロボッピの外殻データか。
「まさか本当に来るとはな~。これで今日からおまえも
最初に口を開いたのはAiだった。いつも通りの飄々とした態度だ。
「7番目のイグニスか。だったら神属性かな」
神属性なんて伝説でしか聞いたことないけど。
「調子に乗んな。おまえは新入りなんだから、これからこき使ってやるからな」
Aiがぐししっと奇妙な笑い声を漏らす。
「兄貴! おいらもいっぱい働くです! ぽっと出の新入りよりいっぱい働くです!」
「お~、可愛いヤツだな、おまえは。いっぱい働いたらもっと頭を良くしてやるからな」
Aiに頭を撫でられながら、ロボッピが鋭い視線を向けてくる。なんかライバル視されてる?
「この世界もまだ出来上がったばかりだからな。やるべきことはいくらでもある」と、不霊夢。
「そうだな。Ai、サボりは許さないからな」と、アース。
「嘘と真実を見極める力も失ってしまいましたからね。Ai、真面目にやるのですよ」と、アクア。
三者から詰め寄られてタジタジになるAiを見ながら、ウィンディはくつくつと笑っていた。
「おいらお掃除得意です! 兄貴も一緒にお掃除するです、で~す!」
Aiを助けるためか、ロボッピはAiの手を引っ掴んで駆けて行った。意外とこの世界も賑やかなようだ。
人間の身勝手によって生まれ、翻弄されたイグニスたちの物語はこれにて閉幕となる。
ロスト事件に端に発した一連の事件。多くの人が傷つき、多くの人が巻き込まれた。全てが解決したとは言わないが、それなりの着地は決められたのではないかと思う。
鴻上博士が諸悪の根源と言えなくもないが、鬼籍に入った人間に全ての責任を押し付けるのも酷だろう。彼がやらずとも、いずれは誰かがAIの進化をやっていたであろうし。
まあ、それを差し引いても、彼がやった方法はあまり擁護できるものではない。
とはいえ、ここでつらつらと不平不満を並び立てるのも建設的ではない。どうせならこれからのことを考えよう。
AIは無駄を
まずは遊園地でも造ろう。
無駄に長いジェットコースターと、無駄に大きい観覧車を。
というわけで完結です。最後はちょっとご都合主義が過ぎたかもしれませんが、ご容赦下さい。
ライトニングがペラペラしゃべってないので、リボルバーは父の死の真相を勘違いしたままで、当時のSOL幹部を追放することで復讐完了としました。
健碁くんは例の事故が起こってないので
評価、誤字報告、感想を下さった方々に感謝を。返信はできませんでしたが、全て拝読しました。この場で御礼申し上げます。
最後までおつき合いいただきありがとうございました。