アグネスタキオンとマンハッタンカフェが喧嘩する話 作:黄金モルモット
原作:ウマ娘プリティーダービー
タグ:オリ主 ウマ娘 アグネスタキオン マンハッタンカフェ アグネスデジタル エアシャカール トレーナー アグネスタキオン生誕祭2021
コーヒー味のクッキーは少し甘い。
タキオンとマンハッタンカフェが喧嘩をした。
事に気づいたのは、ある日の昼下り。学園内を移動していた時に、廊下の曲がり角の先から冷静かつ激しい言い争いが聞こえてきた。
その声に不安を覚えて走ると、私の担当ウマ娘であるアグネスタキオンと、彼女と親交のあるウマ娘のマンハッタンカフェが激論していた。
この2人は特別仲が良いわけではない。互いの好みや考えの違いから、意見が食い違う事も珍しくはない。だが、私にはこの状況の異様さがよく分かった。互いの目が、本気で相手を嫌って軽蔑していたからだ。そんな事はこれまで無かった。
「タキオン、マンハッタンカフェ、どうして喧嘩をしているんだ? 何があったんだ?」
「君に話す事は何も無い。気にしないでくれ」
「……貴方は、またそうやって……」
「おや、まだその話しをするつもりなのかい」
「はい……まだ、終わっていませんから」
「私としてはもう充分だ。もう、話す事は無いし話したいとも思わない。非常に残念だ」
「……そうですか。では……私も結構ですから」
「それは賢明だね。行こうか、トレーナー君」
「どうぞ……ご自由にしてください」
震える瞳と瞳のぶつかり合いは、その気迫とは裏腹に静かに終わりを告げた。互いが、互いを、拒絶したままで。私はそれにショックを受けた。
トレーナー室にティードリッパーの静かな音が流れる。紅茶の香りも、滴る雫の音も、タキオンを笑顔にはしてくれなかった。
こういう時タキオンは誰とも会話を好まない。なので、私は黙ってタキオンの紅茶を淹れる。
紅茶を飲み干すとタキオンは研究をしてくると1人で部屋を出た。ついてくるなとも聞こえた。
外の曇り空は寂しく、冷たく、悲しい色だ。
アグネスデジタルが私を訪ねたのは、それから30分後の事だ。人気の無い教室に連れて行かれると、そこにはマンハッタンカフェのトレーナーもいた。彼もまた、私と同じような顔をしていた。
「お二方を呼んだ理由は、もう分かりますよね」
いつもの興奮気味の話し方と違い、アグネスデジタルの声は張り詰めたものだった。
「カフェが誰かを拒んだりする事はこれまでにもありました。でも、今日のは程度が違う」
「君は、喧嘩の理由を知っているのかい」
「……喧嘩の詳しい原因はあたしにも分かりません。ですが、大まかな内容は分かります」
アグネスデジタルは一呼吸置いて、慎重に言葉を選ぶように視線を落として、それから話した。
曰く、何かの原因で2人の意見が衝突した。
それだけなら普通の事だが、今日は両方が互いのタブーを犯した。触れてはいけないものに2人は触れてしまったのだ。そして軽く振れた拍子にそれを傷つけてしまった。タキオンの限界の先を見る研究と、マンハッタンカフェの大切なあの子の事かもしれない。そう、想像するしかない。
アグネスデジタルは全てを知った上で、それを我々に話すつもりが無いようだからだけど。
ともかく、その傷は大きく広がって溝を作ってしまった。怒りや憎しみでは収まらず、その生死すら軽んじる程に傷ついた。その最悪だけは避けるために、2人は拒絶を選んだのかもしれない。
相手も、自分も、壊れる結果を防ぐために。
「──私は、仲の良い2人が好きです。相手を傷つけないために、自分を傷つける2人は嫌いです」
私もマンハッタンカフェのトレーナーも、その言葉に深く頷いた。なら、私達には何が出来るのだろうか。答えを探す沈黙を破ったのは、勢い良く戸を引いたたウマ娘。エアシャカールの声だ。
「小難しく考える必要はねェだろ。てめェ同士が信じられないのなら、その信頼を取り戻させりゃあ良いんだよ。っく、無能が」
口はとても悪いが、その直線的思考は幾重の壁に取り囲まれた私達を強引に導いた。
私達4人は端的に意見を述べると、その答えは一致していた。まずは、行動を起こそう。
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アグネスタキオンのトレーナー達4人が作戦の準備に取り掛かった頃、2人のウマ娘が暗くなり始めた街を、別々に歩いていた。
学園の門を抜け、並木道を歩き、駅前を通り、オフィス街を駆け、住宅街を行き、曇り空の隙間から漏れる夕日に染まった川辺を彷徨っていた。
1つの長いベンチに座ると、反対側には見覚えのあるウマ娘がいた。自分と同じ顔をしていた。
一方が相手の名を小さく震えて呼んだ。相手はちらりと声の方を見て、少しだけ距離を詰めた。
穏やかな川に光がゆっくりと流れている。
一方が相手の名を小さく震えて呼んだ。相手はちらりと声の方を見て、少しだけ距離を詰めた。
少しずつ晴れた雲の向こうに茜空が見える。
互いは、相手の隣に置かれた紙袋に気づいた。同じ、洋菓子店の紙袋だった。
もう1度、一方が相手の名前を呼んだ。今度は先程よりも大きく相手が距離を詰めた。
手に持つ紙袋からは、紅茶の香りがした。
もう1度、一方が相手の名前を呼んだ。今度は先程よりも大きく相手が距離を詰めた。
手に持つ紙袋からは、コーヒーの香りがした。
2人は肩を合わせて隣に座った。
2人は紙袋からクッキーの箱を取り出した。
2人の呟く声が風に消えた。謝る声も、泣く声も、笑う声も、幸せな声も、風に隠れて消えた。
2人は夕日を見ながらクッキーを食べた。
紅茶色の瞳をしたウマ娘はコーヒーが使われたクッキーを齧ると、美味しそうに微笑んだ。
珈琲色の長い髪をしたウマ娘は紅茶が使われたクッキーを齧ると、嬉しそうに微笑んだ。
その背後で、大人2人とウマ娘2人が呆然とそれを眺めていた。学園から姿を消した影を追って、心から心配して見つけたのが、甘くとろけるような時間を過ごす姿だったからだ。
目つきの悪いウマ娘は苛立ちから、静かに音を抑えて舌打ちをした。どこか嬉しそうな顔だ。
大人2人は困惑したような、安堵したような顔でその美しい光景を見つめていた。
背の低いウマ娘は、ただ恍惚としていた。
大人の1人が鞄から包を取り出した。不揃いな形のクッキーが顔を見せる。4人は訳も分からずに、その紅茶とコーヒー風味に作られたクッキーを齧った。他にする事が無かった。
紅茶色の瞳が珈琲色の髪に隠れた。白く長い袖が恐恐と黒い服に見を包んだ細身の肩を抱く。
珈琲色の髪が跳ね、黒い耳が硬直した。やがて、ゆっくりと白い服の肩へその腕を回した。
大人2人が声を漏らそうとするのを、目つきの悪いウマ娘が素早く足を蹴って止めた。
背の低いウマ娘は五体投地し、神に感謝した。
暖かい声と、すすり泣く声が、青白い日没後の世界に響いた。強く強く相手を抱きしめていた。
月が照らす道を、目つきの悪いウマ娘と背の低いウマ娘が先導して歩く。トレーナーの肩に乗せられたウマ娘達は、どこか幸せに眠っていた。
トレーナー達の持つ紙袋からは、まだ微かに紅茶と珈琲の匂いがする。