そして、試合の時が来た。
「それでは第一試合、シャリス・バルトシフト対エリアス・ライノールの機竜対抗試合をこれより執り行う!」
審判役の教官の声と同時に、舞台が歓声と熱気に包まれる。
学園敷地内にある、装甲機竜の演習場。
周囲を円状に石壁で囲い、中には土を敷いた広いリングがある。
その中央で、凛々しい顔の蒼髪の少女、シャリスとエリアスは、防護スーツ役割を果たすパイロットスーツ『装衣』を身につけた状態で対峙していた。
中心のリングは低く、外に行くほど高く盛り上がった形状は、旧時代のコロシアムを彷彿とさせる。
観戦席には強靭な格子が張られ、さらに生徒の機竜使い数名が、常に障壁を展開して守っており、巻き添えの心配はない。
エリアスが周囲を見渡す。
(…皆暇すぎだろ)
相当な数の女生徒たち、そして教官までもが、この死闘とも言うべき決闘を、見物しに来ているようだった。
「両者とも礼、機竜を召喚してください」
審判役の生徒が召喚を指示するのにあわせて、魔法の詠唱のような言葉、『詠唱符(パスコード)』を高らかに、宣言するように叫ぶ。
「――来たれ、力の象徴たる紋章の翼竜。我が剣に従い飛翔せよ!≪ワイバーン≫!」
「――降臨せよ、自然の秩序を守りし能天使よ。紋章の翼竜と我を使いて己が威光を放て!《エクスシア・ワイバーン》!」
同時に、二人が振るった剣先が揺らめき、歪む。
そこに高速で集まるのは、光の粒。
無数の淡い光が、うねりを帯びて、二つの実体を形成する。
二人の後方に、人を二回りほど大きくしたような、機械の竜が現れた。
鋭角な金属が連結され、無数に折り重なった流線型のフォルム。
濡れているような光沢は、使い込まれた名剣のように、禍々しくも美しい。
「「接続・開始(コネクト・オン)」」
二人がそう呟くと、流線型の機械が内側から開き、無数の部品へと展開される。
二人の両腕、両脚、胴、頭へと部品が向かい、高速で連結――装着される。
竜を象る機竜は淀みのない動作で、瞬時にその身を覆う装甲と化した。
♢♦♢
(……快・感!やっぱりこのパワードスーツを装着する瞬間は、何度やってもたまりませんなぁ)
機竜を身に纏い、10melほどの距離を開けて対峙する俺とシャリス。
今まさに試合を始めようとする両者の間には心地よい緊張感と警戒が滲み、平穏な空の裏側に激闘の未来を予見させる何かを含んでいた。
……はずなのだが。
「……なぁ、ちょっといいか?」
『ん?どうした?』
「試合が始まる前に水を差すようで悪いんだが……君のその機竜はなんなんだ?」
『ふふふっ、いいだろう。俺の愛機だぜ?』
シャリスの呆れたような声のおかげで色々台無しだった。
まあそれも無理のない話。
俺の装甲機竜を一目見て、平静を保っていられる機竜関係者なんてほとんどいないだろうからな。
白と青のカラーを基調とした接近戦特化型汎用機竜《エクスシア・ワイバーン》。
それが俺の機竜だ。
機竜の中では珍しい全身装甲のフルスキンタイプ。
頭部を完全に覆うヘルメット、胸部から肩までを守るブレストアーマーが上半身のシルエットを、剥き出しの操縦席で機械の四肢を操る従来の機竜とはまったく異なるものにしており、それでいて四肢を覆う装甲は細く、機竜独特の流線型なフォルムは損なわれていない。
だが俺が一番力を入れたのは、エクスシアのデザインだ。
頭を保護するヘルメットは白い兜のような形状で顔の横から後ろを覆い、額には銀色に輝くV字のブレードアンテナが屹立し、マスク状の顔面には緑に輝く人の目のようなデュアルアイが収められている。
青いブレストアーマーは胴体の形をしており、そんな装甲に体を覆われ、装衣もインナースーツに隠された俺を見た前世の人たちは、こう思うことだろう。
――――ガンダム。
前世でのガンダム作品に出てくる《ガンダムエクシアリペアII》をオマージュし、飛翔型の汎用機竜《ワイバーン》を通常の近接戦闘を主眼に置いたタイプへと魔改造したものだ。
機械の竜が一転、天使の名前を由来としたガンダムと変わり果ててしまった。
これこそが、俺の「ちょっとはしゃいで」しまった結果だ。
だが後悔はしてない!
「君のそれは神装機竜なのか?」
『まさか…俺のは汎用型のワイバーンをちょっと改造しただけだよ』
「いや、どう見てもちょっとじゃすまないだろ」
『まぁ、はっきり言えることは俺が乗るコイツをただの機竜だと思わないことだな。気を抜いてるとあっさり負けるぞ』
「―――ッ、言ってくれるじゃないか」
俺の挑発的な言葉に、シャリスは好戦的な笑みを浮かべる。
緊迫感を孕んだ空気は俺達の近くにしか存在しない。
ピリピリと肌を刺すような緊張が心地よく、ワクワクする心は止める気にもならなかった。
「試合開始!」
そして双方の準備を確認した審判が、声を張り上げ戦闘の開始を告げる。
先手必勝!
審判の掛け声と共に、俺は地面を蹴り、飛翔した。脚部とリアアーマー、背中の両翼の装甲から光を帯びた風を噴射させながら前進し、蒼のワイバーンを身に纏ったシャリスへと間合いを詰める。
『まずは挨拶代わりだ!』
「なっ!?」
そう叫ぶと同時、金属の装甲で覆われた右手の中に集った光の粒子が現実のものとして両刃の大剣の形に結実し、 右前腕に装着される。
シャリスが咄嗟に右手に構えていた機竜牙剣(ブレード)で防御の構えを取る。だが、俺は構わず上段から剣を振り上げる。
工夫などとは無縁の勢い任せの一撃。しかし自身の速度を乗せたその一撃は生半可な工夫を凝らした一撃より遥かに恐ろしいものとなる。
それを受けたシャリスは辛うじて攻撃は防いだものの、ほとんど吹き飛ばされるように後ろへと下がった。
推進装置を噴かしながらステップをするように下がり、シャリスは剣を左手に持ち替え、右手に『機竜息銃(ブレスガン)』と呼ばれる銃火器を召喚すると、それを俺に向けて有無を言わさず火を噴かせた。
俺は機体の腰部に装備されたサブブースターを噴かして、バルカンモードで放たれた複数のエネルギーの光弾を回避し続ける。そして光に反射して輝く剣を折り畳み、代わりに現した銃口からビームを応射する。
「剣が銃に変わった!?」
俺が右腕部に装着している剣はガンダムエクシアのGNソードをモチーフに造った装備だ。GNソード同様、刀身を折り畳むことで銃身を展開したライフルモードになるようにしている。
これにより、武器を取り替える時にかかる時間の短縮に成功した。
銃と剣を一体化させるなんてこの世界の住人では誰も思いつかない発想だろう。
現に射撃を避けているシャリスや観客にいる生徒達、教官達はかなりびっくりしてる。
『言ったろ?俺が乗るコイツをただの機竜だと思うなって…』
「――ああ、どうやら君の言うとおり、気を抜く余裕は無くべきじゃないよう、だなっ!」
俺はマウントされた剣を展開し、追撃すべく再び前進を始める。
♢♦♢
目まぐるしく位置を入れ替えて接近戦と射撃戦の繰り広げられるリングの下、演習場に詰め掛けた観客達は大いに沸いていた。
鉄の竜と天使が剣を打ち合うたびに歓声が上がる。
そんな熱狂に包まれる観客の中で、アイリとノクトは静かに戦いを分析していた。
「……あのアイリ、エリアスさんが使ってるアレは神装機竜なんですか?」
「いいえノクト。アレは正真正銘の汎用機竜です」
「ですが、汎用機竜であんなタイプは見たことも聞いたこともありませんよ?」
汎用機竜とは、神装機竜とは異なり、同じ機体が多数確認されている装甲機竜だ。
基本的に飛翔型の《ワイバーン》、陸戦型の《ワイアーム》、迷彩や索敵能力に優れる特装型の《ドレイク》と、この三機がそう呼ばれている。
学園の女生徒達も、機竜使いの士官を目指していることもあり、自前の機攻殻剣を所持している者が多い。
ノクトも例外ではなく、今も自分の腰に機攻殻剣を下げている。
「それは当然です。なにせエルさん自らが改造したんですから」
「っ!?」
アイリの衝撃的な一言に、ノクトは目を大きく見開いた。
ノクトの驚愕も当然である。
装甲機竜が発見されて数十年がたった今でも、その具体的な原理は解明されておらず、既存の部品を付けるか、交換する程度のことしかできていないのだ。
このような全く別の機竜を作るレベルの改造に成功した例はリーズシャルテ以外知らない。
「……リーシャ様以外にもそんな逸材が」
「リーズシャルテ様と同列には考えない方がいいですよ。彼は会った時からこの世の常識を投げ捨てたような人なんです。彼の工房に何度か行ったときに見た発明品のどれもが、今の技術では実現が難しそうな代物ばかりでした……いったいどこからそんなアイデアが浮かぶのやら」
ため息をつくアイリの脳裏には、電気の光を灯すランプや蒸気で動く機械仕掛けの馬車――――電球や蒸気自動車が並んでいるのが浮かぶ。それらは未だ世間に出ると色々あれなので、工房の中で眠っている。
「エルさんのことを知る人たちは稀代の天才発明家だの狂気のマッドサイエンティストだの呼び、尊敬するか恐れるかします。でも、私達の知っている彼は……死にかけた母を助け、病弱だった私に優しくしてくれたあの人は普通の人と大差ありません」
「アイリ……」
「とはいえ、頭のネジがどこか緩んでるのは否定できません。ノクトも、エルさんがしでかす時は、常識はどこかに置いておくことです。でないと身がもちませんよ」
「い、Yes……」
♢♦♢
「――――――くッ!なんて性能だッ!本当に同じ汎用機竜なのか!?」
シャリスは真下から飛んでくる光弾を避け、手元に転送したブレスガンをエクスシアに向けて連射する。しかし、エリアスは巧みな操作技術で全てを避け切り、攻撃の手を緩めない。
(それに、それを操縦してる彼もただ者じゃない!)
シャリスは焦りの中にも冷静に状況を分析していた。
機動性と近接戦に特化しているエクスシアは装甲が薄く細身だが、不利を補い有利を生かした動きをしている。
そしてそれを支える最大の要因が、右腕に装備されている大剣とブレスガンが一体化した武装によるものとシャリスも気付いていた。
多少以上の無茶をしてでも武装を黙らせなければ、このままでは彼女に勝機はないだろう。
(ならば――!)
賭けに出たシャリスは、引き絞られた弓から矢を放つように突撃する。
『おっ、真正面から来るか!ならこっちも迎え撃つ!』
エリアスもエクスシアへ前進を命じる。
開幕直後の一幕を髣髴とさせる、双方飛翔しての激突。
シャリスは右手の武装をブレスガンからキャノンへと切り替え、左手にあるブレードと共に構えながら仕掛けてきた。
機竜が扱う銃器には『機竜息銃(ブレスガン)』と『機竜息砲(キャノン)』があり、従来の銃とは違い、機竜の動力たる幻創機核(フォースコア)からのエネルギーを充填して放つといったものだ。ブレスガンはマシンガンのようにエネルギーの弾丸を連射できるバルカン、キャノンはいわゆる竜の吐く、強烈な炎を連想させる破壊力の高いビームを放てる。キャノンの方でまともに受ければ大損害だが、発射まではかなりのタイムラグがある故に、そちらは撃つなら敵を怯ませてからというのが通常の使い方になっている。
だが近接戦では通常のワイバーンより特化しているエクスシアに対してそれは失策と言えよう。
エリアスは武器をブレードモードにし、エクスシアのパワーを存分に生かすべく剣を構える。
突撃をかけておきながら一方的に斬られるだけでは余りにお粗末ではないか。誰もが――そう、エリアスすらそう思った。
そして2機の装甲機竜が交差した。
エクスシアは大剣を振り下ろす。次の瞬間にはキャノンを持ったワイバーンの右腕の肘から先がワイバーン本体から離れ、宙を舞った。
誰もがシャリスの突貫が失敗しと思った――――その時。
「この瞬間を待っていた!」
『なにっ!?』
ワイバーンはすれ違いざまに反転し、ブレードをブレスガンに切り替えてエクスシアの右腕へと銃口を向けた。
シャリスが取った手段はシンプルなものである。
エクスシアの武装は近接戦に持ち込めば剣となり、距離を取れば銃となって即座に対応される。しかしその巨大さから、取り回しでは他の武装よりも劣り、十分な勢いがなければその威力を発揮出来ないものだ。
つまり、振ってしまった後では即座の攻撃に対応できなくなるのだ。
集中砲火を間近に浴びた特殊武装は、銃の部分が被弾したことで爆発を引き起こした。
爆発の勢いをまともに受けたエクスシアの右腕から、衝撃で砕けた幻玉鉄鋼の欠片が飛び散り、内部のフレームがむき出しになる。
エクスシアの右腕は深刻なダメージを受け、ろくに動かない状態だ。
『ちっ……やってくれたなッ!』
次の行動に移るまでのほんの僅かな間、ここで攻撃を仕掛けた側と、受けた側での明暗が分かれた。
予想外の攻撃を受け怯んだエリアスと、最初から意図してぶつかったシャリス。
シャリスの狙いは、エクスシアが剣を振った直後からの、近距離でのカウンターアタックで特殊武装を破壊することである。
多大なる右腕の犠牲を支払ってつかんだ僅かな好機。
「これで終わりだ!」
シャリスはブレードに切り替えた左腕を振るい、エクスシアの肩越しに動力源である幻創機核《フォース・コア》へと鋭く、渾身の突きを繰り出した。
『舐めるなァッ!』
シャリスの突きが届く直前、エリアスはエクスシアの腰のスラスターを前方に噴かし、その勢いで上体を反らしてなんとか避けた。
そして、反らした機体をそのまま後ろに倒し、バク転を駆使してサマーソルトキックを放つ。エクスシアの脚はワイバーンの左手に握られているブレードを弾き飛ばした。
「なっ!?」
エリアスの思いもしなかった下方からの蹴り上げ攻撃に、シャリスの対応が一瞬遅れる。
その『一瞬』を、エリアスが見逃す事は無かった。
『もらったぁ!』
空中でのバク転から態勢を戻したエリアスは、エクスシアの左手に一本の細い剣を召喚し、裂帛の気合と共にシャリスへと斬りかかる。
(もう一本剣があっただとッ!?間に合わなッ!)
完全に体勢を崩したシャリスにその攻撃を避ける術はなく、右腕の損傷により防御もままならない。
(やられるっ!?)
万策尽きたシャリスへ、振り上げられた剣が襲い掛からんとし、思わず目を閉じてしまった。
―――。
――――――。
――――――――。
だが、数秒経っても一切衝撃が襲ってこなかった。
「?」
『戦闘中に目を閉じるのはご法度ですよ。お嬢さん』
おどけた口調で言うエリアスの言葉で、シャリスは恐る恐る目を開ける。エリアスの剣が寸止めの状態で、自分の胴の辺りで止まっていた。
『それで、まだやるか?』
静止したままデュアルアイ越しに問いかけられ、シャリスは理解する。
(どうあっても勝てるビジョンが見えてこない)
シャリスは『潮時だな』と自嘲気味に小さく呟いた。
「……いや、止めておこう。私の、負けだ」
そう言って、シャリスは武装を収めた。
「しょ、勝者!エリアス・ライノール!」
そして一連の出来事に、やがて我に返った審判役の教官が、思い出したように試合終了の宣言をした。