漫物語   作:楓麟

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其の玖 ㊦

「お願いだ! どうか、どうか返してくれ――還して、帰ってくれ」

 だが岩頭牛は中から出ようと奮闘するだけだった。

 聞こえていないのかもしれない。

 頭に血が上って――

 もしかしたら、石頭ならぬ岩頭から名前は来ているのかもしれなかった。

 そんな……、やはり、対価交換は必要ってことか。

 それ以外は受け付けない、ということか。

 駄目だ、まさかいきなり攻撃してくるとは思わなかったから、他の対策を何も講じてない!

 阿良々木が言っていた、最後の手段とやらだって……。

 その時、目の前を、影が横切った。

 暗い中さらに黒い何かが、俺の横を通り過ぎた。

 何かと認識する前に。

 背後、というよりは真上から、声がしたのだった。

 

「うぬも、我があるじ様といい勝負じゃの――どちらが阿呆かという点に置いては」

 知っている口調。

 だが、何だか違う感じの声だった。

 ちょっと大人びたような……。

 頭だけ捻って、声の主を見ると、俺は驚愕してしまった。

 それはもう、びっくり仰天だった。

 声の主は、金髪金眼の少女だったが。

 見た目、俺より少し年下――十四、五歳ほどであった。

 輝くようなその髪が、いや、輝いているその髪のお陰で暗くてもその髪の色まで分かるというのも驚きだった。

 年齢を除けば、彼女は忍野忍だ、と断言できるのだが、この少女は。

 まるで、一気に成長したかのような彼女は。

 

「何をじろじろ見ておるのじゃ――儂の見てくれが気になるのかの?」

「い、いえ……」

 確かに服装も大人っぽいデザインになっている。

 シックなドレス。

 片手を腰に当てて、立ち振る舞いも様になっている。

 綺麗だった。

 

「あの、あなたは忍さん、なんですよね?」

「何を言うかと思えば……今はそのようなことを気にする時ではなかろうに」

 ほれ、見よ、と忍は物置を指差す。

 牛の頭を両手で掴み、押し戻そうとしている人の姿があった。

 こちらは、後姿からも分かる。

 阿良々木だった。

 牛は懸命に前に進もうとしているが、阿良々木がそれを止めている。

 馬鹿な……怪異相手に、互角だと?

 

「あれでも儂の眷属だった者じゃぞ。そんじょそこらのマイナー怪異と渡り合って、負けることなどないわ」

「きゅ、吸血、鬼……」

 恐ろしい。

 俺だって人魚に関わったけど、それとは比べ物にならない程、恐怖を憶える。

 そんなものが、こうして存在しているのだ。

 

「これが、我があるじ様の言うた最後の手段なのじゃよ、半魚の人間よ――力で捻じ伏せ、降参させる手――まあ、我があるじ様は、正直そのような類の解決法をこよなく嫌うのじゃがな……」

 腕を組み、じっと阿良々木を見ている忍。

 それはまるで。

 縛られた主従関係というよりも。

 絆で結ばれた親友同士のような。

 我が子を見守る母親のような。

 そんな印象を、俺は受けた。

 そして……本当に、頭が下がる。  

 自己犠牲。

 赤の他人に対して、体を張って助けようとしている阿良々木の姿に、俺は、何も言えない。

 呆れた、とも思ったが。

 やはり、いい人なのだ。

 

「しかし、牛の怪異でも、牛鬼ではなくて良かったのう、そうは思わんか」

「ぎゅう、き……?」

「おやうぬ、知らんのか。やれやれ困った奴がまたここに一人いるようじゃ――と。じゃが噂をすれば影がさす、という言葉があったの……説明はするまい」

「おおおおおぉぉぉっ!」

 太い声がした。

 阿良々木が、牛の角を握り締めていた。

 大きく反った、一対の角。

 持ち上げて、叩きつける。

 有り得ない。

 常識外れ。

 桁違い。

 並々外れた鬼の力で、牛を、ノックアウトさせた。

 だが。

 

「ぐ、くぅっ……」

 がくり、と膝をつく阿良々木。 

 両手をキョンシーにでも憑かれたかのようにぶらりと前に突き出していた。

 転がっている懐中電灯の明かりで、俺は彼に何があったのか気付く。

 両手が、酷く(ただ)れていた。

 青紫色に変色している。

 角に触れただけで。

 忍は、唸った。

 痛そうな顔をしている。

 阿良々木の手を見たからだろうか。

 

「岩頭牛は、悪霊、龕の精じゃ。疫病神の一種かも知れん。きっとあの角は、生気を吸い取るのじゃろう。それが長引けば、魂もろとも吸われてしまう」

 とんでもないことをさらりと言わなかったか?

 それに、そんなことを知っていて、阿良々木には何も教えなかったな……。

 ただ傍観しているだけだ。

 阿良々木は、立ち上がり両手で自分の顔を軽くはたいていた。

 ぱちぱち、と。

 て、あれ?

 手が……治っている?

 

「忍、食べて(、、、)くれ」

 何ともないように言う阿良々木。

 こちらを振り返る。

 その口から覗く、人間にしては心持ち長く鋭い八重歯。

 ああ、そうか。

 吸血鬼。

 回復能力があるのか。

 怪力の持ち主で。

 その上、長寿だ。

 最強じゃないか。

 でも、ニンニクや十字架が駄目だったっけ。

 ……いや、今時そんな吸血鬼っているだろうか。

 無敵なイメージがある。

 忍が俺の元を離れ、阿良々木の方へ歩を進めたその時。

 牛が、身動きをした。

 もう、意識が戻ったらしい。

 人外ゆえに、人間の常識で考えては駄目なようだ。

 そして(、、、)、それだけではなかった《、、、、、、、、、、》。

 

「な――?」

 牛の姿が、変わり始めたのだ。

 縮むように、溶けるように、その巨体は消えていき、代わりに別の姿が視えてきた。

 人の形。

 人間に、化けたのだ。

 化け物。

 

「……ぁ」

 奥で、小さな声が聞こえた。

 青柳だ。

 中にずっといたものの、巻き込まれてはいないようだ。

 彼女は、人となった牛を、凝視する。

 新品のスーツを着た青年。

 背は高いが、どことなく、彼女に似ていた。

 青柳の兄。

 目にかかる髪を払いのけ、青柳を見下ろしている。

 阿良々木は、青柳の顔を見て、忍を制した。

 忍は不機嫌そうな顔をしたが、従った。

 そして彼は――牛は、口を開いた。

 

「やめろ。邪魔をするな、吸血鬼」

「お前……どうして」

 思わず、俺は尋ねていた。

 牛は、静かに瞬きをする。

 

「私は人の姿をとらねば会話ができない」

「そうじゃなくて――」

 

「お、兄ちゃん……?」

 牛は、再び青柳を見る。

 

「いつも、今まで、側にいたのは……お兄ちゃんなの?」

「分からいでか。おうとも、私だ。兄は、私――私は、兄に化けていた、ただそれだけだ」

「そんな――」

「愚かな」

 牛はここで、少し笑ったように見えた。

 

「私は、岩頭牛だ。人の魂を行き来させる力など、持ち合わせてなどいない。私にできるのは、こうして化けること、そして食事することだけだ」

 今まで、青柳は騙されていたようだ。

 青柳は誓った。

 魂を捧げる誓い。

 自分まで犠牲を払って。

 だが、牛としては、彼女の望みなど初めから叶えられないものだったのだ。

 相手側にだけ、利益があった。

 兄は最初から、ここ(、、)にはいなかったのだ。

 詐欺も同然だ。

 変化の能力を活用して、青柳を騙していた。

 岩頭牛、マジムンのある話がある。

 ある男が美女に出会い、恋に落ちた。

 夜な夜な彼女が待つ松の木の下に通い、毎晩話をしていた。

 ところがその男の友人が美女を一目見ようと男に付いて行ったが、彼の目に映ったのは松の木と、その下で舌を突き出した妖怪の姿だったという。

 友人は男に説得した。

 次会うときには、美女を短刀で刺すようにと。

 それに従った男が、女を刺して、明け方に見たものは。

 短刀の刺さった、龕の破片だったという。

 何故牛が美女に化けていたのかは、周知のこと。

 人間の気を引いて、魂を喰う為だ。

 青柳も、それと同じで――

 いや。

 

「……ゃ、やっぱり」

 と、俯いて彼女は言うのだった。

 

「やっぱり、お兄ちゃんじゃなかったんだよね。薄々だけど、気付いてた……」

 牛は、何を思ったか黙り込む。

 気付いていた――だって?

 でも、お前は言っていたじゃないか――ずっと、訴えていたじゃないか。

 兄を帰したくない、とか。

 別れるのは嫌だ、とか。 

 青柳は、俺を見て、申し訳なさそうな顔をする。

 

「お兄ちゃんの姿が消える時って、それは岩頭牛さんがお腹が空いてた時……入れ替わるように、いつも現れていたから、まさかとは思っていたけれど」

「…………」

「私、信じられなくて。信じたくなくて。唯一、頼れたお兄ちゃんが、本物じゃないなんて。現実に引き戻されたくなくて。ずっと、ずるずる引きずったままで」

 オカルト好きならば、率先して調べるものだろうと俺は思っていた。

 だがそうはしなかった理由は。

 今まで牛について調べなかったわけは。

 真実を知るのが怖かったから。

 牛が、魂を運ばないこと。

 化ける事ができる、なんて。

 知ってしまえば――彼女は、(すが)るものをなくし、壊れていたかもしれない。

 実際、今日だって、青柳は倒れてしまったのだ――牛について調べたその翌日に。

 真実を知った為に。

 愚問。

 

「……でも、それじゃおかしいじゃないか。今まで俺には姿が見えなかったぞ――教室でだって、青柳の家でだって、隣には兄がいた、お前がいたのに」

「認識しようと思った者に、私の姿は映る」

 牛は答えた。

 怪異の時間。

 人の姿で言われると、また先程の牛と同じものなのか分からなくなる。

 

「……馬鹿」

 ふいに、阿良々木の声がした。

 服に付いた土埃を払いながら、彼は言う。 

 

「怪異に頼る前に、周りを見るってことはできなかったのかよ――頼るべきは、まず、人間だろ。誰でもいい、心の内を打ち明ける人は、いなかったのかよ」

「……」

 青柳は驚いたような顔をして、そして、

 

「……あなた、誰?」

「今そこ重要じゃねえだろ! 格好いいこと言ってんだから締めさせろよ――」

 彼も彼で突っ込みをする状況ではないと思う。

 咳払いを一つ。

 

「通りすがりの、吸血鬼だよ」

 通りすがりって。

 あれ、そういえばこの二人――一人と一体、どうやって青柳の家を知ったんだ?

 

「吸血鬼、」

「とにかく。頼るときは、僕達みたいなのでもいい、人間に(、、、)、頼ってくれ。粟国だって好きでお前に付き合ってんだ。助けたいから、な。信じて、頼ってくれ――信頼されたいから僕達はここにいる」

「信頼……」

「人間とは、解せぬものだな――そう思わないか、怪異の王よ」

「口を慎め、下劣な牛が。ぐうたらそこいらに転がっとる魂を喰うてきたごろつきが、儂にまるで同等の様に話しかけるなど、身を弁えよ。消されたいのか、愚か者めが」

「いやいや。怪異の王と恐れられた貴女が、そのように人間に憑き従っているのを見ていると――」

「何様のつもりじゃ!」

 牙をむき出し、今にも襲い掛かりそうな勢いだった。

 

「やめろ、忍! 後でだ」

「むう……」

 この畜生が、と嘲るが、一旦退()く忍だった。

 岩頭牛は、落ち着いたものだった。

 いや、牛だけに少しとろいのかもしれない。

 

「消されては困る、最も私ではなく、この女がだ」

「……!」

 牛は、青柳の肩に手を乗せる。

 にやり、と笑って。

 

「私が消えれば、お前はどうなる? 私は見ていたぞ、お前が狂乱する姿を――兄がいないと、寂しいだろう? また、母親の暴力に耐える日々が続くだけだ――どうだ、ここは残りの魂を私に捧げてはくれないか。もう苦しまなくても良くなる、兄の元へすぐに逝けるぞ」

 甘い言葉。

 囁き掛ける。

 青柳は、目を見開いて、手は震えていた。

 

「どうだ。捧げてはみないか。捧げろ。捧げろ。捧げろ捧げろ渡せ渡せ渡せ渡せ渡せ渡せ」

 青柳は目を閉じる。

 彼女の口が、開く。

 

「私は、」

 拳を握り締め。

 震える声で、だがはっきりと。

 

「嫌です。もう、あなたを頼らない」

 青柳は、地面に押し倒された。

 大きな両手が、青柳の首を絞める。

 締めに、絞める。 

 兄が、妹を。

 容赦なかった。

 きりきり、と音がするほど。

 

「忍!」

 阿良々木が叫び、動いた。

 忍も、すかさず駆け寄ろうとする。

 それでも青柳の顔からは血の気が引いていた。

 吸い取られる。

 吸い尽くされる。

 その時。

 ぴたり、と牛の動きが止まった。

 指の力が緩んだのか、青柳はひどく咳き込んでいる。

 そして、止まったのは阿良々木と忍、そして俺も同じだった。

 動く事ができない。

 体が、動くことを忘れてしまった。

 ただ、耳を傾けることしかできない。

 美しい、歌声に、魅了されることしか。

 歌声は大きくなる。

 歌詞はない。

 ただ、ゆっくりと流れるその旋律は、美しいとしか形容しようがない。

 声の主が近付いてくる。

 優補、と俺は思った。

 声は出せない。

 俺の中の怪異も(、、、、、、、)、歌に反応する。

 混ざり、解けていく感覚。

 心地よい。

 海の香り。

 佐弐優補が、ゆっくりと俺達の方へ歩いてくるところだった。

 これが、優補に残された数少ない能力の一つだ。

 人魚として。

 怪異しての、力。

 歌で、人を癒す。

 心の奥まで届く歌声は。

 精神までもコントロールさせる。

 自然と、落ち着いてくるのが分かる。

 優補は、俺を見て、綺麗に笑った。

 戦場ヶ原さんと一緒だった。

 手を、繋いでいる。

 これは、仲がいいとかその前に、彼女の歌の力の所為だ。

 彼女の側にいれば、誰もが(とりこ)になる。

 今まで何人の人間が犠牲(、、)になったことか。

 そして勿論、戦う気など――起こるわけがない。

 優補は、続いて、忍に礼をして、阿良々木を見て、そして青柳と牛を見た。

 歌いながら、歌い続けながら、そっと手を離し、牛に近付く。

 牛は、顔を優補に向けることしかできないようだった。

 優補は、手を差し出した。

 牛の顔の真ん前に。

 歌が、止む。

 余韻が残る中、彼女は言った。

 

「返してあげて」

 すると。

 がくり、と青柳は意識を失った。

 優補が満足げな表情を浮かべていることから、魂は青柳に返されただと判断できる。

 魂、と言うよりは魄――牛が青柳から奪ったのは一種のエネルギーだろう。

 そして、この優補の歌。

 一種の、催眠術のようなものだ。

 彼女の歌は人を操る事ができる。

 陥れることは勿論、殺すことだって――可能なのだ。

 怪異は、世界と繋がっている。

 故に、優補も、世界の一部。

 海を、風を、自然をも虜にする。 

 

()ぐにでも起き上がる」

 牛はゆっくりと言った。

 そうして物置から出て、こちらに向かって歩いてくる。

 俺は気のせいだと思っていた――

 その時、優補と忍が素早く、目配せをしたことに。

 

「御姉さま!」

 優補の鋭い声が空気を豹変させた。

 俺が止めに入ろうとした時には。

 もう(、、)遅かった(、、、、)

 忍は、岩頭牛の首筋に噛み付いていた。

 がぶり、と。

 鋭い牙を付き立てて。

 そしてそのまま――吸血、という表現で正しいのだか疑問だが――そのまま、吸う。

 これで、先程阿良々木が言っていた言葉が理解できた。

 これは、食事だ。

 吸血鬼の、食事なのだろう。

 

「優補、突然、どうして――」

「どうしたの、しょーじ。私が、赦すとでも思ったの? あのまま、放っておくとでも思ったの?」

「いや、でも」

 俺は岩頭牛を見やる。

 牛は、抵抗しない。

 そのような暇もなかったが、する気もない。

 覚悟を決めていたかのようだった。

 もしかしたら――今日、急に青柳の前から兄としての姿を消したのも。

 魂を求めたのも。

 この為かも――しれなかった。

 

「エナジードレイン」

 ぼそり、と阿良々木が呟いた。

 何ですかそれ、と俺が訊くと、代わりに優補が答えた。

 

「体力、精力を根こそぎ吸い尽くす、それがエナジードレイン。御姉さまにとっては食事であって食事でない、これは怪異が怪異に対して行っているだけ――王が、罰を与えているだけ」

「罰を、」

「嘘ついた悪い子は、怪異の王のお叱りを受けるんだよ」

 微笑む優補を、俺はまじまじと見つめる。

 人間の見た目だが、人間味がない。

 たまに見せる、怪異の顔だった。

 そういや、なんだか牛も牛で忍を甘く見てたしな――彼女、結構怒ってたみたいだし。

 怪異には怪異の事情があるのだ。

 口出しはするまい。

 吸血鬼のそれをエナジードレインと言うのなら。

 牛のそれも呼んでいいのだろう。

 魄――いわゆる精力、気を吸い取るのだから。

 

 牛は、力なく倒れた。

 目を閉じ、消えようとしている。 

 存在もろとも、消えかかっている。

 

「岩頭牛さん」

 遠くで、声がした。

 青柳が、うつ伏せの格好のまま、牛を見ていた。

 まだ起き上がることはできないようだった。

 

「今までありがとう、ございました」

 

 兄を帰したくない、と言ったのは、牛だと知っていたから。

 別れたくない、と言ったのは、現実を突きつけられるのが怖かったから。

 青柳は、もしかしたら最初から、兄など戻ってこないと分かっていたのかもしれない。

 彼女の声に反応したのか、牛は、少しだけ目を開けた。

 

「やはり、……解せぬ」

 そして兄の姿で、少し、笑った。

 岩頭牛は、また溶けるようになくなった。

 忍が顔を上げた時、彼女の足元には、真っ赤な古びた棺、龕があった。

 昔は豪華で立派だったのだろう。

 特に目が行ったのは、飾りで付いている一対の金の鳥の像だ。

 きっとこれが、牛の角だったのだろう。

 物に宿り、化ける怪異。

 

「清々したわ」

 ふう、と溜め息をついて満足げに言う忍。

 私もです、と飛んで跳ねる優補だった。

 一方。

 ずっと後ろにいた戦場ヶ原さんは、待ちきれないという風に阿良々木の元に駆け寄って、

 

「!!?」

 キス。をした。

 阿良々木は初め、驚いて目を見開いたものの、しばらくすると二人、目を閉じていた。

 俺は、取り残された青柳を起こしに行く。

 彼女は、じっと龕を見つめていた。

 

「ごめんね、粟国くん」

「もうおせーよ今更……」

 全部終わったことだ。

 

「驚いた……粟国くんが駆けつけてきたのもびっくりだったけど、まさか吸血鬼さんがいるなんてね」

「ああ、後で礼言っとけよ」

 今はお取り込み中だが。

 うん、と相手は頷いた。

 

「ねえ、」

「うん?」

「私、もしかしたらだけど、また何かあったら、頼っちゃっても、いい?」

「なんだ、そんな事かよ――当たり前だ、つーかまた怪異に頼ったりしたら、俺怒るぞ」

「はは――」

 と、彼女は笑う。

 ……あれ?

 

「私も忘れないでよね! しょーじだけじゃ頼りないし!」

「叫ぶな! ご近所に迷惑だろうが、今何時か分かってんのか!?」

「いや、粟国くんもうるさいよ……」

 おっといけない。

 

「久しぶり、佐弐さん、元気? ……って訊くまでもないけど」

「ちょ―――元気だよん! おっひさー、伽藍ちゃん」

 転がったままだった懐中電灯を拾って、手遊びしながら言う。

 

「うん? 私のこと、憶えてたんだ」

「伽藍ちゃんだって、私のこと憶えてるじゃん」

「いや、佐弐さんは目立ってたし――」

 うん。

 凄くこいつは目立ってた。

 優補は途端に呆れ顔になって(眩しいので表情が良く分かる)、青柳に言った。

 

「伽藍ちゃんは友達じゃん、忘れるわけないよ、憶えてて当たり前だよ」

「……」

 彼女は言葉を失ったようだった。

 しばらくして、彼女が口にした言葉は、 

 

「あーもう、お腹空いた」

 だった。

 そういえば夜食べてなかったな、こいつ……。

 まあ、俺も優補もなんだけど。

 でも青柳の食欲異常は、そうすぐには治らないだろう。

 俺は、はぐらかすように彼女に言ってやった。

 

「どうだ。焼肉パーティーでもするか」

 それを訊いて、青柳はくすりと笑ったのだった。

 再び。

 昔のように。

 いつものように。

 心から、笑ったように見えた。

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