010
後日談というよりは、裏話。
それから、軽く俺達三人は軽く夕食を食べた(もちろん焼肉ではないし、青柳の量は軽く、ではなかった)。
夕食というのかは分からないが。
楽しい、食事だった。
阿良々木達は、今日早くに帰るらしく(日付は当然ながら変わっていた)、ホテルに戻って行った。
仲良く掛け合いをしながら、帰って行った。
その前に、忍と優補の別れの挨拶が長々と続き、さらに阿良々木と忍が物置の奥で何やらこそこそとして、戻ってきたときには忍はまた八歳の幼女の姿になっていただの、色々とあったのだが。
「暦くん。女の子を一人ホテルに置き去りは良くないわ」
「それは、お前を巻き込みたくなかったからだよ――待っててくれって、言っただろうが」
「嫌よ。もし万一暦に何かあったらと思うと、射ても絶ってもいられなくなったのよ」
「居ても立ってもだろうが!」
「とにかく、心配したんだから」
「ああ……悪かったよ」
「だから、今夜は私に優しくしなさい」
「……了解」
去り際に、彼は携帯番号とメルアドを教えてくれた。
シリアスとギャグとのろけの切り替えが早すぎて恐ろしい。
「何かあったら、助けになる。ぼちぼち連絡くれよ」
「はあ……」
「お前だったら、僕の跡を継げそうだな――」
「は?」
「いいえ暦。突っ込みはあなたの方が上よ」
「褒められてもあんまし嬉しくないな!」
「え?」
何だかよくわからない。
もっと肩の力抜いてこうぜ、と軽く肩を叩かれた。
うーん……。
「全く、とんだ旅行だったぜ」
優しくていい人なんだろうけど。
あ、そういえば。
「羽川さんって知ってますか?」
「羽川? 羽川翼か? 知ってるのか?」
阿良々木は今までに見たことのない仰天顔だった。
「流石羽川……日本国民ならば誰もが知っているというのかっ……」
「いえ暦くん。きっと世界中の人類が彼女のことを知っているのよ」
いや……それはないだろう。
「俺と優補を、助けてくれた人です。羽川さんが、そういえば話してたなあって――吸血鬼のこと。優しくて、いい人のこと」
「羽川が、沖縄に来てたのか!?」
「え、はい、去年の春に」
「ちっくしょおおおおおお!」
え。
ええ。
嘆きまくる阿良々木。
ちょ、これは駄目だろ、戦場ヶ原さんも何か突っ込まないのか!?
「あの……」
「いや、そうか……あいつ、世界各地を旅しながらそんなことしてたんだな」
大学に行けそうなほど頭がいい人だったのに、世界遺産を廻っている羽川さん。
彼女に出会えて、俺はとても幸運だったといえる。
そして、勿論今回もだ。
「暦くん、羽川さま……羽川さんには、いつだって会えるわよ」
「そう、だな、何でも知ってるからな、あいつ」
「何でもは知らないわよ――私は、暦くんのことだけだけど……」
「おい、半魚の人間」
のろける二人にうんざり気味の忍が、俺の制服の袖を引っ張った。
「何ですか?」
「うぬ、これからも彼女を――我が妹を――佐弐優補を、頼むぞ」
「ああ……任せて下さい」
すると忍はにかっと笑って、阿良々木を追いかけて行き、やがて影に潜って見えなくなった。
阿良々木達が、青柳の家が分かったのは。
昨晩、優補が阿良々木に電話を掛けたのだ。
それから彼女はバイトを早々に切り上げて、普通にサボタージュして、こちらに向かったというわけだ。
優補ならやりかねん。
まあそれはさて置き、優補は初めから、牛のことについては大体予想が付いていたらしい。
怪異そのものなのだし。
察しはいい。
退治。
それが、優補のスタイル。
彼女の掲げる思想。
悪い子には、お仕置きを。
見逃しはしない――俺が止めれば、何とかなる時もあるけど。
それでも、今の彼女が唯一できるのは歌うこと。
それでは、俺達にもしもの事があったら、どうしようもできないし、牛を退治することもできない。
だから、彼女は助けを求めた。
優補がいなければ、あの後どうなっていたか分からない。
だが、優補がいなかったら、岩頭牛は餌食にはならなかったかもしれないのだった。
それはそれ、これはこれ。
もう終わったこと。
故に、今がある。
俺がこうして怪異の物語を、とりとめない物語を語ることを決意したのも、阿良々木達に出会ったからなのだし。
青柳も、全ての過去を水に流すことはできずとも。
これからは、ちゃんと前を向いていくのだろう。
そして、変わっていくのだろう。
――
死んでも、霊として、いるかもでしょ?――
そういった存在を、信じることで。
そう信じて、自らを保っていた青柳。
制御していた青柳。
伽藍堂のように何も無い心で。
それでも、がらんどう、平穏を求めて。
そして、今に至ったのだ。
からっぽになった心を、ゆっくりでいい――牛の歩みで構わない。
少しずつ、埋めていってくれるのなら。
その中に、俺達が居るのなら。
母親からの虐待が絶えなくても。
身体の傷が癒えなくても。
心の傷が消えなくても。
いつものように、心から笑顔で笑ってくれるのなら。
俺は、それでいい、そうであってほしいと思う。