漫物語   作:楓麟

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さちねハウンド
其の壹


001

 喜屋武(きゃん)幸音(さちね)との出会いは、俺にとってまさしく偶然の産物であり、決して必然ではなかったと言えた。

 だが、そうだとしても、今までどうして彼に対して何の疑問も抱かなかったのだろうというのが、疑問だった。

 彼の中に少なからず存在している怪異。

 それに、何も気付かなかったなんて。

 喜屋武は、同じ学校の中学三年生――虚栗高校は、中高一貫の生徒も通っているのだ。

 幸音、という名前ではあるが男子。

 中高一貫という響きからどんな印象を受けるかは人それぞれだが、俺の高校の中学生は(表現が可笑しい)、ほとんど全員が、例外なく頭がいいらしい。

 喜屋武も勿論、俺なんぞに比べてとても頭がいいのだろう。

 彼は、まだ幼さが残る顔で、そして大人しくていい子そうな顔立ちをしている。

 同じ学校ということもあって、俺と彼はよく廊下ですれ違うことがあった――移動教室の際に、いつも前の時間に喜屋武のクラスが授業を受けていたからだ。

 青柳とは違って、異なるクラス、学年であっても、よく会う、よく目にする生徒だった。

 この間、その青柳の一件が解決して何日か経った日のことだった。

 多分、例の移動教室のときだろう。

 すれ違いざまに、彼は俺にぶつかってきた。

 いや、故意にぶつかったわけではない。

 上級生が来た為、ちょっと出遅れた彼は単に急いだだけなのだと思う。

 誤って、ぶつかった。

 青柳よりはちょっと高いが、やはり俺よりは低い身長だった為、肩の辺りにやっと頭が届くほどだった。

 くしゃくしゃの黒髪が目に入ったと思った途端。

 ぼすん、と。

 彼の小さな頭が俺の肩に当たる。

 無論、俺も相手も、大ダメージを受けたなんてことはない。

 何てことはない。

 ただ、彼の筆箱やらノートやらが宙を舞い、床にばら撒かれただけの事だ。

 だが勿論、俺は申し訳ないと思っていたのでそれらを拾う為にしゃがみこむ。

 

「大丈夫か――」

 ところが、相手は言うのだった。

 二人、しゃがんでいるので周りの生徒には聞こえない。

 彼も、それが分かって言ったのだろう。

 俯いたまま、散らばった筆記具を拾い集めながら。 

 それでも耳元で、ぼそり。と。

 

「オレに関わらない方がいいすよ――噛み殺されたいんすか」

 敵意。

 戦意。

 敵愾(てきがい)

 全部剥き出しになって、俺に向けられたような気がした。

 これ以上干渉したら、冗談ではなく、本当の本当に、噛み殺されそうだった。

 いや、誰に?

 何に?

 最もそれは、喜屋武の口から漏れた言葉ではあったが、その感情は、喜屋武から滲み出るものではなかった。

 この気配。

 獣の気配。

 物の怪。

 怪物。

 怪異。

 だがそれを確認する(いとま)も、証拠もなかった。

 ただ、相手の制服に刺繍された名前を確認するだけしか、その時の俺にはできなかった。

 喜屋武。

 喜屋武幸音。

 それが、彼の名前だった。

 今まで目にした事がないわけではない、むしろこうして移動教室の際にいつもすれ違っている生徒。

 なのに――なのに。

 それなのに、何も感じなかったというのは変だ――気持ち悪いほど、何も気付いていなかった。

 故意に(、、、)注意を引かせないように(、、、、、、、、、、、)していたかのような。

 そして今日も。

 今度は彼の方からやってきて、そして――

 

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