002
「ええっ!? あ、粟国くん?」
金切り声がして驚いて顔を上げれば、目の前に驚愕した様子の青柳がいた。
今日は、二月十一日の日曜日。
祝日である建国記念日の前日だ。
午後五時頃。
学校もない。
俺と青柳が、一体どこで出くわしたかと言えば、それは、家の近くの商店街。
の、外れ。
人通りは多いが、ほとんどの店のシャッターが閉められている、むしろ閉店してしまっている、そんな通路の一つで。
俺は、折りたたみ式の椅子に腰掛けていた。
「なんだ、青柳じゃん」
青柳の私服姿。
初めて見た。
というか今まで外で会ったこと、なかったんじゃ?
きっと寒がりなのだろう、どこぞのブランドのコートを着て、足のラインを強調させているかのようなぴったりとしたジーンズで、そしてどこぞのブランドで(多分厚底であろう)ブーツを履いて、どこぞのブランド品の小振りのバッグを持っていた。
俺は今座っているので、ちゃんと目を上げて彼女を見る。
見る。
すっげえ、化粧してる……。
すっげえ、綺麗なんですけど……。
あれ、何だろう、最初見たときは別に何とも思わなかったのに、意識して見ると美人さん。
いや、優補は化粧なんてしないから、こう、何だろう、今時の高校生像を見ているようで、何だか新鮮だった。
化粧って。
あいつは元より化けてるようなもんなのだが。
それに、べっぴんさんな優補にそもそも誰も適わないのだ。
と、のろけてしまったが。
それにしても、優補には及ばないにしても、化粧すれば、人ってこんなに変わるんだなあ……。
目元とか。
唇とか。
何だかなかなか魅力的ではないですか!?
「……あれ? 粟国くん、何ゆえそんなにガン見?」
「……。いや、いいセンスしてんなーと思ってよ」
殴られた。
バッグが振り落とされる。
「……。いや、悪かった。ナンセンスだよ」
「粟国くん、ギャグに関してはノーセンスだね」
うん。
分かってる。
センスレスだ。
「でも、先程の台詞は、きっと空耳だよね。なんか一気に、中年ぽい人の空気を醸し出してたからね」
中年ぽいと言われた。
マジへこむ。
「ただでさえ、こんな所にいて。ホームレスみたいだよ」
「やめろ。全ての中年の人をホームレスにするな」
「そんなこと言ってないよ、行間ばっかし読んじゃ駄目」
「行間って……」
「でも、行間を読むって言っても、新聞の行間読んで、何かが得られるのかな?」
「いや、行間を読むって、そういう意味じゃねえぞ……」
「そうなの? 毎朝新聞読んでたけど、行間読みで」
「何が得られるんだ!?」
「もっと世界を知りたくて」
「そこだけピックアップすれば何だか主人公と共に冒険に着いていくヒロイン的な台詞に思えるぞ!」
「だから私は旅に出たい」
「乗るな」
「泥棒さん、私を、どうか連れてってください」
「クラリスだったのかっ!」
「実際、ルパン三世に盗まれてみたいよ。こう、城の天辺に監禁されてて、それでも優雅に助けに現れる人」
「彼は優雅ではないと思うぞ……」
「ところで粟国くん、それは盗品なの?」
「は?」
「そこに並べてあるの、戦利品?」
「……。青柳、お前、見て分からないのか?」
「んー、掘り出し物市?」
いやいや、どこが。
「いわゆる、弾き語り」
路上ライブ。
……一人で。
ちょっと前までは歌ってたんだけど、今は休憩中。
何つーか、言い訳がましいのは承知で、ちゃんとバンドも頑張ってる。
まずは勧誘から!
「んー、どういうこと?」
どうやら青柳、まだ分からないらしい。
「粟国くんが、シンガーというレッテルを貼られて、商品として陳列されてるの?」
「どうしてそうなるんだ!?」
だとしたら教えてくれ。
俺は果たしてハウマッチ!
「え? デスマッチ?」
「どうしてギターで死闘を繰り広げなくちゃなんねえんだよ」
「あ、ミスマッチだったね」
「上手いこと言った!?」
いや、言えてないな。
ここらへんはノリだ。
ノリノリなのだ。
のるかそるかのギャグの掛け合いなのだ。
「ていうか、お前、そもそもどうして金切り声なんて上げたんだよ……」
何やってるか分かんなかったんなら。
「いや、おっさんだと思ったけど、よく見たら粟国くんだったから……」
「また中年の話か!」
やめて!
引き摺るから!
ずるずるするから!
「もしかして、中の人おじさん?」
「何だよ中の人って!」
憤慨だ!
「で、じゃあこれはギターだとして、」
「いや、ギターだし」
れっきとしたエレキギターだ。
「じゃあこの大きい箱は? 集金箱かと思った」
「箱……」
アンプな。
「え? 何? あっぷっぷ?」
「笑うと負けじゃない」
つか笑えねえ。
「アナログモデリングギターアンプヘッド――まあ、ここで音調節したりするんだよ、ほら、ギターとこの線で繋いでるだろ? いわゆるスピーカーだな」
「ふうん」
さほど興味はなさそうだ。
続いて青柳は、俺の足元に散らばったものを指す。
「じゃあこのつぶつぶは何?」
「つぶつぶ……」
どこからどうきてそうなった。
いっぱいあるからか。
って、どうしてこう、ギター入門講座みたいなことになってんだ?
頌史くんと訝藍ちゃんのはじめてのエレキ――うわ、思った以上に痛い。
「ピックだ。弦をはじく奴」
プレクトラム。
義甲。
「ピック!!?」
急に叫ぶ青柳。
何だかたじろいでいて、逆に俺が焦る。
「おい、何なんだよ」
「ピックって、あれだよね? ピック病」
「はあ?」
演奏大好きな人なのだろうか。
なんか中毒みたいな。
「認知症だよ……アルツハイマーと違って、原因不明の病気。記憶力低下や、人格異常になっちゃうんだよ」
「このピックを知らないでそっちを知ってるのは凄いけどな」
「何言ってるの、有名だよ。それに、これの怖いトコは、病識がないってやつで。周りの人も、何も気付かないみたいだよ。相手の話を訊かずに喋り続けるとか、人格が変わったり、奇怪な行動をとったり。そんなのだけじゃ、誰も分からないよね」
「そう、か」
何だろう。
思い当たる奴がいないわけでもない、とかそんな風に思ってしまうのはどうしてだろう。
「怒りっぽくなったり、軽犯罪を繰り返したりとか、そういう症状もあるんだって」
「……」
いや、思い当たる奴はいねえな。優補ちゃんはそんなんじゃないのだ。
「……でも、そうなんだ、ピック病の権化って、これだったんだ」
「お前の発想は面白いが、そんなことは断じてない」
あってたまるか。
そもそもピック病は、ピック博士が発見者だから付けられたのであって、これとは全く関係ない。
つーか何でこんなにピックの話してんだ、俺達。
取り上げすぎだろ。
ピックアップしてんのか。
「あれ? 何かとても寒気がするんだけど」
「風邪じゃないのか?」
「大丈夫、それは心配ないよ。このコートの中、ニンニク入ってるから」
「臭っ!」
殴られた。
いや、女子の前で酷いことを言ってしまったものだ。
って、俺が悪いの!?
ところで、と青柳はまた目線を戻す。
話を戻す気はないようだ。
そもそも、戻すも何も、戻るとしてもどこまで戻るんだろう。
「いっぱいあるけど、これ全部使うわけ?」
「んなわけねーだろ」
どんな奏者だよ、それ。
まさしく爪じゃん。
「いや、ちょっといいやつを探しててさ……ほら、これ見ろよ」
言って、今まで手に持っていたものを青柳に見せた。
愛用のピック。
他のと違って、金属製。
かれこれ――六年間のお付き合い。
まあ、ずっと使ってるわけじゃない。
一緒に居て、六年間。
「あれ? これだけおにぎり型じゃないね」
「おにぎり言うな」
「丸まってるね」
「そうだろ? ずっと使ってると、丸みを帯びてくるんだよ。ちょっと使いづらくなってきててさ、それからずっと、持ち歩いてるだけになってんだ。他のは、今までに買ったやつ。だけどしっくりこなくってな――」
「……ふ」
あ?
今、笑ったか?
「ううん、ごめん。いや、粟国くん、何だか楽しそうだなーって、思ってさ」
「……」
「こうして、ギターを弾いて」
「…………」
「佐弐さんっていう、彼女もいて」
「………………」
「青春って感じで――幸せじゃん」
青柳訝藍。
牛に誓った少女。
おせっかい。
面張牛皮。
そして困ったことに、牛飲馬食をする癖がある。
彼女の関わったそれとの問題は、解決はしたものの。
果たして、それ以外は――と問われれば、それは、分からない。
彼女は彼女で、今まで、とても辛い思いをしてきた――今も、しているのかもしれない。
だから、青柳から見て俺は、とても幸せそうに、見えるのだろう。
俺は、そうは思わないが。
と。
そんな傍から見ればなんだこの生意気な、と罵倒されるであろう台詞を言ってはしまったが、実際。
俺だって、幸せなど掴めていない。
むしろ必死なのだ。
欲しくて欲しくて、たまらない。
青柳に比べれば、それは幸せだと思う者がいるかもしれないけれど。
そもそも比べるものではないが。
「ねえ粟国くん、今暇?」
「ああ、休憩中だし」
「じゃあ、お邪魔します」
と、彼女はアンプの上に腰掛けた。
「って! 駄目だ駄目! どこ座ってんだ!」
「だって椅子なかったし」
「だからってアンプの上に乗んなや!」
「集金箱じゃないならいいかなーって」
「よくねーよ」
「大体さ、どうしてこれにはビニールシートが敷かれてるわけ? 人間様の方が大事じゃない」
「汚したくねーんだよ」
「潔癖症」
ぼそり、と呟いて青柳は渋々地べたに腰を下ろす。
ばさ、と何か巨大なものを隣に置く。
買い物袋だった。
中は、見なくても分かる。
きっと食料だ。
一日かそこらでなくなる、ある意味哀れである意味幸運な食べ物たちだ。
さっきからその物体に気付いてはいたけれど、彼女の格好にそれはあまりに似合わず、存在すら脳内で消していた。
「でもこれ、綺麗だよね、ピックって」
「またそれかい!」
そろそろ飽きる人達も出てくるって!
ん、飽きる人達?
わけの分からんことを口走ってしまった。
「色んな色や模様があるじゃん」
言葉で遊んでないか。
意識のし過ぎか。
「苺みたいだよね」
「さっき粒々といったのはそれゆえか!」
なるほどね!
種に見立てたか!
流石訝藍さん!
食べ物のことなら負けない。
「うーん、苺が食べたくなってきたな」
「ピックを見てそんなことを連想するのはお前だけだな」
「確か、買っておいたんだよね」
これは買い物の帰りなのか。
がさごそ袋を漁る青柳。
その際中身が
一番下は、固いもの(主にパック詰めされたもの、卵や豆腐やら)で、苺もそこの層にあった。
そしてその上が、お菓子類。
一番上が、例によってパンだった。
あと、長い物体(葱とか)が突き出していたり、ニンニクや生姜が転がってたり、見ていたいものではなかった。
全て、ではないだろうが、これらは頂いたものなのだろう。
痛んだものや。
賞味期限切れの品。
それは、青柳の家庭の事情だが。
そもそも青柳の過食症も、家庭の事情なのだが。
「粟国くんも、一緒食べよ」
「……いいのか」
「うん、これは大丈夫なやつだし」
「これはって……じゃあ、お言葉に甘えて」
俺だけ椅子に座ってるのも悪かったので、二人でジベタリアン。
気が進まなかっが。
そして苺を手に取り、頬張る。
俺は口下手なので、甘酸っぱい、としか言えないが。
高レベルな感想を期待されては困る。
「おいしー。苺って、やっぱり今が旬だからか、美味しいよね」
「はい……?」
「苺。十二月からが、旬だよね」
「おい……」
「うん?」
「お前、とてつもねえ勘違いしてるぞ」
「どゆこと?」
マジか。
マジで言ってんのか。
「苺の旬は、五月だ」
「あはははは」
笑われた。
っておい。
本当だよ。
「クリスマスの時の苺は、じゃあなんなのよ」
「あれはビニールハウスで育ててんだよ……」
昔習わなかったか。
そもそも一年中苺は売っているのだから、そこで何らかの疑問を覚えてもいいはずだ。
「そ、そうなんだ」
しかし傷ついた風の青柳だった。
別に、食べ物に詳しいわけではないらしい。
「気にすんなって。過ちを犯していたことより、今過ちを正せたことを喜ぼうぜ。俺だってあったさ、馬鹿な勘違いが」
「それ、私は馬鹿な勘違いをしたって暗に言ってるよね」
「そうじゃなくて」
マイナスな青柳だった。
女座りでなよなよしている……。
「中学生の頃知ったんだがな、一期一会を苺一回って思ってたんだぜ。一回、って読み方まで間違えてたんだぜ」
「……。馬鹿?」
「そうだな! 俺は馬鹿だよ!」
百人一首を百人
正真正銘の、馬鹿です。
とんだ暴露話だった。
「俺が音楽活動してんのも、成績が良くないからだよ」
「ひねくれないでよ、そんなことないってば」
「いや、本当にだから俺はギターやってんだけどな」
嘘だ。
そんなわけない。
音楽が、好きなのだ。
歌を聴くこと。
歌うことも、大好きだ。
だから、自分でそれを創ってみたくなった。
同じような仲間と、それを弾いてみたかった。
なんて、言えなかった。
青柳は、もうそれ以上言っては来なかった。
俺は正面に座る彼女を見る。
「……お前、楽器に弱そうだよなあ」
「何? 急に突然いきなしどうしたの」
「いや、お前何にも知らないだろ?」
「そっ、そんなことないよ。私は楽器大好きだし、楽器も私の事が大好きなんだよ」
「そりゃ重畳だ。だったらギターもお前のことを好きなんじゃないか?」
「も、勿論っ」
無茶ぶる青柳だった。
こいつ本当に自滅型だな。
何にでも首突っ込むなよ。
「じゃあ、ほら、持ってみ」
手渡す。
とうの昔に苺を平らげていた青柳は、「え、あっ、う」とか言いながらそれを受け取る。
重そうだった。
俺は手を差し出す。
「はい、返却」
「え、何でっ!?」
「お前には無理だった」
「まだ分からない!」
「ムキになんなよ……俺には分かる。その
「この娘……って、女の子!?」
しまった。
何だか変なことを口走ってしまった。
ので、開き直る。
「長年一緒に居るからな。もう俺はこいつを家族の一員と認めている」
「そこまで……」
まあ、私全然ギター分からないし、と返してくる青柳。
無意識に、俺は受け取ったそれの表面を軽く撫でてしまう。
宝物に等しかった。
家族がいなくなっても、ずっと側にいてくれた、大事な物だ。
かけがえのない存在。
「あのね、粟国くん」
ちょっと言いにくそうに、つっかえながら。
「私、謝らなくちゃいけないことがあって」
「ん? 謝る? 迷惑なら十分掛けられてるけど、別にどうってことはないぜ――」
「勿論、それについてももう感謝し切れないくらいなんだけど、そうじゃなくて。
私、粟国くんに話しかけたじゃない、教室で、二人っきりで。あの時ね、本当は、私粟国くんを巻き込む気だった」
「……?」
「牛に、捧げるつもりでいた」
「……」
優補、マジ凄え。
当たっていやがる。
「本当に、どうしてそんなこと考えたんだろ――今思えば、自分が怖くなる」
「お前も切羽詰ってたんだよ。俺はそれでも気にしない。むしろ、打ち明けてくれて嬉しい」
「……優しすぎ」
「もう終わったことだし」
終わったことにいちいち突っ込んでいても仕方が無い。
青柳は、俯いてしまった。
泣き出すのかと思ったが、彼女は静かに穏やかに笑っていた。
安心したのかもしれない。
ありがとう、と青柳は言って。
「そういえば、佐弐さんとはどれくらいのお付き合い?」
「いきなり話題を変えたな」
かけがえのない存在。
それは。
優補も。
「何年くらい? 百年?」
「あー、来月で一年」
「ほほー、なかなかですなー」
「何キャラだよそれ……。まあ、あいつと知り合ったのはもっと前のことで、小学生の一年だったな」
「そんな前から……道理で、仲がいいわけだよ。――あ」
そうだそうだ、と何かを思い出したような顔をして。
近付いてくる青柳。
近い。
呼吸の音まで聞こえる。
一牛鳴地。
「えっとさ」
戸惑いながら、彼女は囁いた。
「
初めから、これを聞きたかったのかもしれないな、と俺は思った。
もちろん、謝るというのも目的ではあっただろうが。
こないだの出来事で、青柳も何かに気付いたのかもしれなかった。
何なの、か。
「彼女」
「知ってるよ」
む。
今のは結構恥ずかしいんだぜ。
「誤魔化しても無駄なんだからね。私の霊感がビンビンきてるんだから」
「霊感、ね……」
「佐弐さん、歌が上手いんだね、とは思ったけど……あれは、人間の声じゃないよ」
「面白いことを言うな」
「だって、どれだけ高音域を出してたと思ってるの? あんなのヴィタスも引っくり返るよ」
「ヴィタスは男だ」
「女性でも出せない声といってもいいね。佐弐さん、彼女、何者?」
「恋人って言ったら」
「どんな恋人よ――彼女、実は男なんでしょう?」
「何てこと言いやがるんだ!?」
優補が殺す前に俺がやっちゃう勢いだったよ!
とまあこれは言い過ぎにせよ、青柳も女子なんだから、そういうの言われていいとは思わないだろうに。
「お湯をかければたちまちに、」
「らんまじゃねえよ!」
そもそも男じゃない!
そして女でもない……。
正確には怪異には性別などないのだ。
「そう、お湯――そう、佐弐さんは――水のにおいがする。って変かなあ……」
あながち霊感というのは嘘ではないらしい。
ねえ、と青柳はさらに身を乗り出した。
一ミリでも動いたら耳に唇が触れるのではないかと言うほどの距離。
全く、隠し事ができちゃったじゃねーか。
「彼女、
やっぱり気付いてたか。
本人にも言わなくちゃいけないな。
人魚の歌を訊いたのだから、仕方ないことか。
「あれが、俺の関わった怪異だよ。人魚だ」
「人魚。……ええぇぇぇぇ!?」
どゆことどゆこと!?
連呼して座ったまま上下に跳ねる。
「でもでもそれはおかしくない? 人魚は足が魚なんだよ!」
「あーまあ、そこら辺はややこしくてさ……何だ、漫画とかでたまにある設定――人間に姿を変えれる人魚っているじゃん。ああいうのだと思ってくれていいよ」
全然違うが。
人間になりたくてなったわけではない。
それに、自由に姿は変えられない。
人魚の姿に、帰れない。
「うーん、そっかあ……そんなこともあるもんだね……吸血鬼さんに会ったり、人魚のクラスメイトがいたり、凄い経験しちゃってるなあ」
「お前も気をつけろよな」
「?」
「いや、一度怪異に関わると、巻き込まれやすくなっちゃうから。意識しなきゃ、大丈夫だと思うが」
「そっか」
頷く青柳。
「私も、関わった人間だもんね」
「ああ」
続けて、お前の家はどんな感じだ、と訊きたかったが、やめた。
気にならないわけがないが。
そうそう変わることもないだろう。
何もできないうちは、根掘り葉掘り聞くべきではない――悔しい限りだが。
「でも、佐弐さんにはお礼言っとかないと。通りすがりの吸血鬼さん達には、あんまり言えなかったし」
「あれくらい何でもないよ。ただ、その吸血鬼コンビには俺からしっかり礼は言っといた」
「そっか……。でも、感謝してるんだよね――」
何てことはないって、言われても、ね。と彼女は言う。
そうだ、と青柳は目をギターにやる。
「粟国くん、何か弾いてよ」
「は?」
「曲。感謝の気持ちを込めて、私はお礼として、あなたの歌を聴いてあげます」
「逆だろ、普通……」
感謝を込めて、歌います。
聴いてください。
いや、歌わねーし。
人からせがまれると、一気にやる気が無くなるのだ。
こまった性質である。
これじゃあアンコールとかに答えられねえ。
誰も見ていない所で、ぽつんと一人弾いていたい。
その癖、聴いてもらいたい。
たまに、足を止める人が居るだけで嬉しい。
だが、拍手は欲しくない。
ひねくれてるのかも……。
「さっきまで歌ってたんでしょ?」
「そりゃそーだ」
「じゃあ今から弾いて歌ってよ」
「やだ」
「もー、何でよ」
「頼まれると弾きたくなくなる」
「けち」
「けちだよ」
優補だったら、喜んで歌うがな。
それに楽器も完璧に。
あいつはオールラウンダー。
ピアノだろうがギターだろうがベースもドラムもどこぞの国の名前も分からない民族楽器も何でもお手の物だ。
優補は、バンド結成したらボーカルやると張り切っていたが、魅了の歌はやめるように言っておいてある。
彼女の歌で、全国の皆様が虜になってしまっては大変だ。
「どうしても聴きたいっつーんだったら、今度は俺に話しかけずに遠くから見てるんだな」
「すごい上からだ……」
でもでも、よく分かったよ、と。
青柳は嫌な笑みを浮かべた。
「粟国くん、とってもシャイなんだね」
「く……!」
「だからさっきまで、
「それは違う」
学校の先生に見つかったらヤバいかもだからってことで、明るいうちは……あれ、これなんか恥ずくね?
あ、なかなかこれは……羞恥を感じるぞ。
もしかして中年って呼ばれた理由ってコレ?
「あれ? どうして頬が染まってるの」
「染まってない」
「もうそれ鬘と同じ色だよ……流石にピンクはないと思うなあ」
「そんな色の被れるか!」
「それは嘘としても、粟国くんの羞恥の念はともかくとしても、粟国くんの醜態は周知で衆知のことなんだよ?」
「……」
こいつはこいつで上手いのか。
ていうか醜態って言われた。
「醜態を大衆に晒しているというのか」
「それは面白いけど上手くはないね――ああ、そうか。これ、照れ隠しなんだ」
「違え!」
間違いない、みたいに頷いてんじゃねえ!
「分かった、分かったよ。そうやって誤魔化そうとしているんだね、つまんないこと言ってるのも、だからなんだね」
「ストレートにつまんないとか言うな!」
傷ついていくから!
なんだか色々と嫌になってくるから!
「へえ――
これまでの会話とは噛み合わない内容の台詞が聞こえてきた。
生意気な声。
それでも、自然に。
今までその場に居たかのような気軽さで。
彼は、割り込んできた。
地面に座る俺達を見下ろして。
その少年は、子供っぽく笑った。
低めの身長。
体つきは細いほう。
くしゃくしゃの黒髪。
ちょっとつんと尖った鼻。
見覚えがあった――ということは、思い出すまでに時間を要した、ということなのだが。
あの、敵意。
――俺に関わらない方がいいすよ――
喜屋武幸音だ。
何故、思い出すのに時間が必要だった。
あんな台詞を吐いた奴なのに。
「盛り上がってるとこ、お邪魔しちゃっていいすか?
ハウンド編は短めのつもりが、まさかのギャグパートでこんなことになるとは……