漫物語   作:楓麟

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時系列は、阿良々木くんが大学一年生ということで忠実に2008年です。あんまり最近の話題とか取り入れないように心がけます……。


其の肆

004

 

 誰かに揺さぶられているのに気付いて、俺は目を開けた。

 俺は、閉まった店のシャッターに寄りかかるようにして、眠っていたようだった。

 顔を上げて相手を見る。

 

「大丈夫ですか? 粟国くん」

 その声の主は、皆紅(みなぐれない)瞳だった。

 温和丁寧。

 紅顔可憐。

 同じ高校で、一組。

 そして俺の友人の一人。

 

「ああ、平気平気。ちょっと疲れてたのかな、何で俺――」

 皆紅は、ほっとした顔になって、言う。

 

「それでも粟国くん、熟睡でしたよ。それに、それは(、、、)、どうかと思いますね」

「……?」

 言っている意味が分からず、きょとんとしてしまったが、ふと右肩が重いことに今更ながら気付いて、横を見ると青柳の小さな頭があった。

 え――!?

 驚きたじろぐ、しかし起こさないように無言で騒ぐ俺を見て、皆紅はふふ、と笑う。

 

「ふふ、佐弐さんには秘密にしといてあげますよ」

「いや、ちが――」

 混乱している。いつの間に俺は寝てしまっていて、そしてどうして隣に青柳がいる? 青柳とは、さっき別れたはずで――あれ? そもそもどういったやりとりをしたんだっけ。 

 何だか……頭が痛い。

 皆紅は人差し指をぴんと立てて口にあて、「しー」と俺に微笑んだ。

 

「寝ている子を起こしちゃ駄目です」

「いや、そんなつもりはないけど……って、お前は俺を起こしたじゃん」

「それは、粟国くんは男の子ですから」

 男女肩を並べて寝ているのは、見るに耐えられませんでしたし――と彼女は言う。

 この歳で男の子と呼ばれるのはくすぐったいというか何というか、まあ恥ずかしかったが。

 うー、ん?

 全く身に覚えは無いんだよなあ……いくら潔白を主張しても、優補には無駄だろうな。

 バレたら……ヤバい。

 

「ていうか、お前、今日祝日なのに何で制服なんだよ」

 ――と、癖で思わず聞いてしまった。

 またこいつも制服か。

 

「学校で勉強してましたよ。休みとはいえ、部活等で学校自体は開いてますし、それに祝日だろうと制服で過ごすのがふさわしいと校則にありましたよ、確か学生手帳の――」

「ああ、そうだったな、わり」

 これほどまでに真面目で立派な人間を、俺は同じ年齢ではお前しか知らねえよ。

 ん?

 またこいつ「も」制服?

 助詞がおかしくないか?

 ああ、またこういつも、の間違いか……な?

 俺は相変わらず国語が苦手だ。文型なのに。

 

「それで、粟国くんは今日も一人ライブですか」

「ライブって言えんのかな、これ」

「ライブっていうのは、生演奏のことですから、間違いではないかと」

「そうか……」

 そういやそうだっけ。分からん。

 

「誰にでも分からないことはありますからね」

「ああ、当たり前だな」

「粟国くんは英語で面白い間違いをしてましたよね。確かあれは、ジーニアスをイージアスと勘違いした上に、」

「それは言わなくていい」

 俺は英語が好きなのだが、勿論、というか、皆紅には敵わねえな。

 イージアスがイージーの最上級だと思うような奴だ、英文法が全く分かってない上に単語もうろ覚えだ。

 

「もうすぐ試験だし、弾き過ぎは駄目ですよ」

「ああ、分かってる」

 そういやテストか。

 二週間後だっけ? ……正直やばい。

 もしかしたら、休みだから弾いているというより休みだから弾かざるをえないというか、無理に弾いているというか……現実逃避なのかもしれなかった。

 

「そういうお前は? 勉強終わって、帰るとこ?」

「いえいえ、今日はバイトの日」

「ふうん、頑張ってんな」

「大変ですけど、やり甲斐は十二分にありますよ。それに、明日は私も息抜きをしますし。苦ではないのです」

「息抜き?」

 はい、と頷く。

 長い、一つ結びの髪が揺れる。

 丁寧過ぎるその口調は、最初は慣れなかったけど、今では違和感無く、むしろこの口調でないと不自然に思うほどだ。

 

「ちょっと遠いですが、がじゅまるの木があって。それを見にいくんです」

「見に、」

「見ているだけでとても癒されますよ。時が経つのも忘れます。私は月に一回は行くようにしてますね」

「木、か……」

 俺としては木のある森よりは水のある海派なんだよな。これは人によるんだろうが。

 

「それでは、そろそろバイトの時間なので」

「うん、じゃあな」

 皆紅が人込みに紛れて見えなくなったのとほぼ同時、青柳が目を擦りながら、お目覚めのようだった。

 

「あ、あれ? 私……?」

「いーかげん頭をどけてもらいてえな」

「ええっ!? あ、粟国くん!?」

 さっきも似たような台詞、聞いたぞ。

 あたふたして立ち上がる。おもしれーな、こいつの反応見てると。

 って、きっと皆紅も俺をそんな目で見てたんだろうな……。

 

「な、どうして私粟国くんの肩に頭乗っけて寝てたんだろ……私、忘れ物をとりにきたはずなのに」

「忘れ物?」

「うん、その鞄」

 見ると、ああ、俺の足元に彼女のバッグらしきものがあった。買い物袋だけ持って行きやがったな、こいつ。

 

「寝てたのは粟国くんのはずなのに」

「……ああ、俺そんなに前から寝てたの?」

 うん、と相手は頷く。

 記憶にはないのだが、青柳の言うことには俺は熟睡だったらしい。

 いつからだろう。

 

「うーん、何か思い出しそうなんだけど、えーと……」

 ここは黙っていた方がよさそうだと分かっていたので、何も言わずにいた。

 

「ダメ。何を思い出したいのか思い出せないよ……(><)」

「……」

 今、会話表現の際に絶対に、ぜっったいに使用してはならない物質が見えたような、いや聞こえたような、感じたような気がしなくもなかったのだが、普通のおしゃべり中にそんな思い違いもないだろうと、とりあえず無視することにした。

 縦書きだと最早何だか分からない。

 しかしまあ、彼女の言うとおり、何かを忘れているという自覚は俺にもあるのだ。だがそれが何かすら忘れていて、非常に気持ちが悪い。

 

「青柳、俺も寝た覚えはまったくないんだけど、というかそもそも、お前といつどうやって別れたっけ?」

「うん? ああ、そうか、忘れ物を取りに来たってことは、私達一度別れたって、ことだよね……」

 今更、気付いたように言う青柳。

 眉根に少し皺《しわ》を寄せて――

 

「あ痛ッ」

 ふいに青柳は自分の頭を押さえた。よろける青柳を俺は急いで立ち上がって受け止めた。

 弱々しい細い身体だった。

 どうしてこんな体つきで今まで立っていられたのだろうか……と真面目に考えてしまうくらい。

 

「うぅ……ごめん、粟国く――」

「りゅ」

 突然。

 不思議な単語が聞こえた気がして、気が付けば。

 目を見開いた彼女の姿があった。

 彼女と言うのは、三人称の彼女ではなく、恋人のことだ。

 佐弐優補。

 才色兼備だが、人格破綻者。

 ピック病の話を出すまでもない。

 彼女の個性は、個性が無いことだ。

 一人称がころころ変わる。

 私、あたし、僕、オレ、うち、わっち……目まぐるしいどころか聞き苦しい。それには何か基準があるのか、気分で変えているのか、全く分からない。

 まあ、怪異ゆえなのだが。

 怪異は周りの影響を受けやすい、その特性、性質、性格は周りの人間によって形成される。

 というわけで、今回の彼女は。

 

「儂のしょーじに何すんじゃあ!」

 忍の影響に決まっているが、そんな感じで、俺達に、いや詰まるところ青柳に突進していった。

 元気だなあ、こいつ。

 髪を乱して猛烈に突き進んでいくさまは、あたかも牛のようだった。

 りゅー! と一風変わった叫び声を上げながらというのは、どの生物にもないものだと思うが。

 まあでも、普通彼女でもないのに肩に手を置いてたら、誰でも疑っちゃうよな。

 

「降臨きゅぴ~ん!」

 手をグーの形にして青柳を狙うが、何とか俺がその手首を掴んだ。

 だが反対の手が伸びる。

 

「大陸カチ割るドリーム彗星! クレイジーコメット! さらにぃ~! トゥインクルスター! まだまだぁ~! ミックスマスター! もいっちょぉ~! ぷりんせす・おぶ・まーめいど!」

 いや、言っても分かるのかこれ!?

 しかも振りが長い!

 テイルズに毒された人魚がここにいた。

 まあ、そんな長々と呪文詠唱をしている間に、俺は優補の両手をがっちり捕らえて、動きを封じてしまったのだが。

 一方で開いた口が塞がらない様子の青柳は、俺が弾いている時に座っていた椅子に避難していた。

 

「何で攻撃が効かないかな――!」

「利いてないんだよそもそも……」

「うるさい!」

 暴れるのをやっとやめて(実に大人気ない姿だったが)、手を掴まれたまま青柳を見る優補。

 

「くうう、生意気な……儂の恋路の邪魔をするは、そこの泥棒猫!」

「落ち着け、優補」

「これが落ち着いていられるか! 何やってんのしょーじ、意味分かんない――」

「意味分かんないのはお前だよ――あのな、青柳が頭痛で……痛っ!」

 蹴られた。

 優補の膝が、俺の(へそ)にピンポイントで命中する。

 ……なんか今日、色んな人に暴力振るわれてません? 言葉の暴力とか。

 

「離して放してよー! レラシオ!」

 今度は魔法魔術学校で習うであろう呪文を詠唱しつつ彼女は暴れる。

 

「ちょっと待て! 何で俺が悪者みたいになってんだ!?」

 人目が! みんなの視線が!

 

「俺は別に何も――青柳が倒れかけたのを支えただけだって、な? 青柳」

「え? うんまあ」

「何で曖昧に返事するんだ!? って痛ェっ」

 優補に蹴られたわけではない、頭痛だ。

 頭がカチ割れるような痛み。

 途端に優補は俺の両手を振り切って(つまりはちょっと力を入れれば逃げられたわけで)、今度は俺の肩に手を置いた。

 青柳の顔を見ないように必死だった。

 

「しょーじ、しょーじ?」

「だ、大丈夫だから――」

「待って」

 ぱっ、と俺の額に片手を当てる。

 これは怪異なりの、人魚なりの意思疎通だ。

 意思疎通というよりも、記憶共有。

 優補は俺から、青柳から、周りの人から、空気から、過去を知ることが可能だ。

 彼女の持つ歌の力の応用だが。 

 

「穴がある」

「あ、穴?」

 うん、と頷いて優補は手を離した。

 

「しょーじと訝藍ちゃんの記憶に、穴があったよ。でも、この周囲の空気からね……その埋め合わせをしてみたら、二人とも記憶が飛ばされてる事が分かった」

 あーあ、と彼女は俺を見た。呆れ顔だ。

 

「関わっちゃったみたい、それも性質(タチ)の悪い忠犬にさ」

「……?」

「怪異だよ」

 きっぱり言って、再び溜め息。

 ……。

 …………思い出した。

 思い出させられた、と言った方が正しいか。

 そうか、あいつだ。喜屋武幸音だ。

 あいつに、俺は会ったんだった。そして、確か、青柳の様子が変になって――彼にギターを弾かして――気を失ってしまったんだっけ。

 そして同時に恐怖も蘇る。

 あの、ガチリというリズミカルともいえる音。

 全てが吹っ飛んでしまいそうな、そんな音だ。思い出してしまっただけで身震いする。

 それじゃあ、彼は。

 

「じゃあ、喜屋武はその狗の怪異に憑かれているのか」

「さあ、それはまだ儂にはわからんねー」

 その一人称やめてくれ。

 いくら忍が好きでもお前には似合わない。まだオレとかのがマシだ。

 

「だって儂に分かるのは、その怪異の表面だけで、中身は分かんないんだもん」

 怪異とはいえ、それ自体を詳しく知っているわけではない、か。

 俺だって全ての人間を把握しているわけじゃないし。

 当たり前だろう。

 

「……」

「それで、しょーじはどうしたいわけ?」

 優補と、青柳の目がこちらを向く。俺は、口を開いた。

 

「関わるよ。もしも彼が危ないようだったら、助けたい」

「ふーん」

 相変わらず突き放すような物言いで、優補はそこで俯いた。

 

「――でも、記憶に穴を空けるその子の居場所、知っている人がいるか、って話なんだけどね……」

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