002
「
放課後、俺が一人になったのをまるで見計らったかのように、青柳訝藍が俺のクラスにやって来た。
今日は日直だったから、必然的に俺が教室の鍵閉め等をする為に最後まで残ることになるのだが、まさかそれも見越してなのか。
「何だ、長話だったら帰るぞ」
あいつがへそを曲げる。
早く帰りたい。
「まあ、粟国くん次第だよ。何、粟国くん、部活とかやってんの?」
「いや。入ってない」
あいつが腹を立てる。
「あ、じゃあバイトとか」
「まさか。忙しいだけだ」
別に俺の学校は禁止というわけではないが、そんなことしたらあいつが何をするか分からない。
「忙しいって、具体的には?」
……。
色恋沙汰。
とか言えるかよ。
「プライバシーに関わるから、これ以上は無理」
「えー聞きたいなー、なになに、何で忙しいの?」
「お前さあ、そんな話をしに来たんじゃないだろ。さっさと本題に入れよ」
窓の鍵が閉まっているか確かめながら言う。
はいはい、ごめんなさいと彼女は窓際の席の一つを選んで腰掛けた。
ふん。
見た目は昔と何ら変わってない……な。
ショートで少々癖のある髪にヘアピンをして。二月だから、上着のブレザーを着て。学校指定のリボンをしている。学年によってこれは色が違って、二年は青色だ。制服も……改造はしてない。ややスカートが短いだけ。
別にグレた訳でもないのか。
じゃあ、今までに聞いた噂は。
まあ、噂は噂――か。
「粟国くん、ご両親は」
座るなり、彼女は訊いてきた。
こいつ、何で。
「死んだよ」
「それで、今は一人暮らし――なんだよね」
「まあ、」
半分正解。
正確には、もう一人いる。いや、もう一人というか……まあ、もう一人いる。
でもこいつ、よく知ってるよな。誰から聞いたんだか。
「ずいぶんあっさりしてるね」
「ん」
「いや、ご両親のこと」
「昔のことだしな。慣れるさ――」
そう言いながら青柳を見た途端、俺は口を閉じた。
声とは裏腹に、彼女はうつろな目をして俺を見ている。
空ろ。
虚ろ。
その空虚に、押し潰されそうで。
「慣れる?」
「……」
ぎし、と椅子が軋んだ。
立ち上がるのか、と思ったが彼女はただ窓を見る為に体を傾けただけだった。いや、正確には窓の外だが。
ただ、見ていた。
「私のお兄ちゃんも、つい最近死んじゃって」
最近……それは聞いていた。本人からではないけれど。
それを節目に、お前は変わったよな。
良い変わり方かは分からないが。
「はは、粟国くんって話しやすいね。初めて話してる気がしないや」
と。
ちょっと暗くなった空気を仕切りなおすかのように、彼女は明るく笑ってこちらを向いた。
外を見ていた時とは随分と表情が違う。
明るく、元気で、快活で、そしてまた虚無だ。
ただ、笑っている。そんな感じ。
魂が抜けかけているような。
「そうか、そういや前のクラスでも、話したりはしなかったもんな」
でも見てはいたさ。
クラスで目立っていたお前を。
今の目立つ、とは大分違う意味で。
普通の意味で。
よく授業で発言して、クラスをまとめ、しっかりしていた。
俺みたいに一日の半分をぼさっと過ごしてなどいない。
「うーん、粟国くん、いっつも同じ子とばっか話してたよねー。えーと確か――」
「そうやってまた脱線していくだろ。脇道逸れるな」
「あー」
はは、とまた彼女は笑った。からっぽの笑顔で。
顔を逸らすのに勇気がいる。
お前は、昔はそんな風な笑顔ではなかった。
「はは、私って変かなあ、粟国くん――私、幽霊とかそういうの信じる派なんだけどさ」
オカルト系ってことか。
そうは見えなかったけどなあ。
噂を聞けば、納得するっちゃあするけど。
黒板に書いてあった日直の名前を消しながら、俺は話を訊いていた。ついでに汚かったから端から消すことにした。
粟国くんはどうなの? と相手は問う。
「霊とか……か。うん、どっちつかずだな。いると思う時もあるし、いないと思う時もある」
「何それ、意味分かんないよ」
どうしてそんな考え方するんだろう、と首を傾げる青柳。
分からないだろうな。でも実際そうなんだぜ、常にいるとは限らない――。
「でもまあ、五十パーは信じてるってことだよね」
「そうは言ってない」
少なくとも信じてる、と言え。
いやなんか訂正も恥ずかしいぞ……。
「ああ、分かった」
手を合わせる青柳。
「いると思う人にはいて、いないと思う人にはいないってやつ?」
「違う!」
何だその幼稚な考え方!
意味合いも全然違ってるぞ。
あいつらは、いらんときに現れて、求めるときには姿を隠すようなやつらなんだ。
あーなんだ、違うのかあ、という声を背中に受けながら。
彼女は再び切り出した。
「じゃあさ」
何気なく、という風を装っているのがバレバレだ。
「
「何で」
俺は笑っていた。黒板消しを落としそうになる。
「思わないよ。死んでるんだ。側にいるなんてのはこっちの―――」
「死んでも、霊として、いるかもでしょ?」
「……何が言いたいんだ? 守護霊のことか?」
「うーん、そうじゃなくって」
と、再び外をちらと見る。
まるで、
「私は、お兄ちゃんが側にいると思ってる。ううん、いるんだよ」
「…………」
「でも、会う為には対価が要るんだ」
「……何だ」
「死んだひとの魂」
俺は黒板消しを取り落とした。
振り返ると、そこには微笑した彼女がいた。
死んでいる笑顔と、生きている無表情。
「だから粟国くん、もしよかったらご両親の――」
「馬鹿言うな」
自然と、声は震えていた。色々と危ないことばっか言ってるぞ、こいつ。
「お前の兄さんがいるいないはともかくとして、他人を巻き込むのはよせ」
「……っ」
「じゃあ本当みたいだな。人のペットの死体を引き取ったりとか……そういうこと、してたんだな」
「でもっ……だ、だって」
青柳は弾けるように立ち上がる。
ぼろぼろと、涙が零れていた。
「もう私はっ、
すっ、と小さく息を吸う。
がらんどうの教室に、声が、響いた。
「