漫物語   作:楓麟

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其の伍

005

 

 さて、次の日。

 俺達にとっては思わぬ転機、というか奇跡というか。

 とにかくことが起きた。

 俺の通う私立虚栗(みなしぐり)高校は、土曜でも授業がある。

 いつものように朝早くに起きて、いつものように優補と家を出た。

 時刻は七時。

 ゆっくり歩いても余裕で着くくらい。

 

「じゃあ、いつ訝藍ちゃんに会えるか訊いといてね」

「ああ、あいつ親は夜遅くまで仕事とか言ってたな……だからまあ、放課後ならいつでもいいんじゃないか」

「……何でそんなことまで知ってるわけ?」

「疑り深いなあ、おい」

 信用してくれよ。

 

「私が知らないことを何でしょーじが知ってんのよー!」

「キレるポイントが分かんねえ!」

 そりゃあお前は頭いいけれども。

 俺よりも頭いいけれども!

 

「しょーじの分からず屋!」

「このタイミングで使われると悪意しか感じないぞ!」

 何でも分からない人みたいな。

 

「昨日、青柳から聞いただけだしさ」

「ほんっと、訝藍ちゃんが怪異なんかに関わっていなかったら嫉妬のあまり呪ってたかもね」

「物騒なことを……」

 それに怪異なんかって。

 

「今回は祟るだけで赦してあげるけど」

「祟んな」

 余計酷いじゃねえか。

 大体お前のそこらへんの発言は洒落にならないんだって。

 疑り深いとか嫉妬深いとかそんな言葉じゃ形容できないな。

 怖い、怖い。

 

「楽しんでいるところ、お邪魔して申し訳ないのだけれど」

 と。

 後方から、女性の声がした。

 振り返ると、

 うわ。

 すごい美人さんだ。

 のろけになるかもだけど、優補とタメ張る。

 でも相手は優補よりも、遥かに大人って感じだ。

 短い綺麗な黒髪に、丈の長い黒スカートに長袖の薄着。胸にペンダントを付けてという落ち着いた服装だが、とても魅力的――って、こんな言い方してたらマジで優補が怒るかも。

 

「私の連れを知らないかしら。さっきまで一緒にいたのだけれど」

「連れ――ですか」

 優補がちらりとこちらを見てきた。

 

「あの、その連れってどんな人ですか」

 俺は尋ねる。もしかしたら見たかもだし。ここでいいえ、知りませんと丁寧に断るという選択肢もあるにはあるのだけれど。

 気が進まない。

 女の人は指を唇に当てて、そうね、と呟いた。

 ナチュラルに綺麗な動きをするなあ……。

 

「ちびだけど可愛くて格好いい、私の彼氏なの」

「……」

 のろけやがった。

 連れって、男だったか……残念ではないが。

 

「すみません。見てないです」

「あらそう。彼のことを知らないなんて、現代では生きていけないわよ」

 女性がそう言い終わるか終わらないかという時に、足音と声が聞こえてきた。

 

「いたいた、何やってんだよ」

 息を切らしながら現れたのは、――きっとこの人が彼氏なのだろう、女性に比べればパーカーにジーンズという簡潔な服装で、また少々子供っぽい、それでもやはり年上の男だった。高そうなジャケットを抱えている。

 

「またお前やってたのか」

「私は何もしてないわ。ただ、(こよみ)を探していただけよ」

「探していたとかこつけて僕の自慢話を周りにしてるだけじゃねえか!」

 現れるなり突っ込み始めたこの男。

 目の前に俺達がいるのにまるでお構いなしか。

 俺はそんなことできねえなあ。

 

「全く――ひたぎが迷惑かけた、悪いな」

 相手……確か、こよみ、とか呼ばれていたが……男性は俺達二人を見て(見上げて)謝った。

 恥ずかしげもなく初対面の人の前でも下の名前呼びだった。

 ひたぎ、ねえ。

 何だか変わった二人だ。

 観光客っぽい。

 

「い、いえ……」

 そう俺が言っている間にも、男性は彼女にジャケットを渡していた。彼女だったらしい。

 

「沖縄って思ったよりも暖かいのね。冬でも上着なんか必要ないくらい」

 あ、やっぱり観光客だ。

 ひたぎ、と呼ばれた女性は俺を見る。

 

「あなた、地元の生徒さんよね」

「あ、そうです」

「じゃあ名字も珍しいのかしら」

「ああ、はあ――粟国といいます。地名性です」

 これ、県外の人からよく言われるんだよなあ……。

 相手はうんうんと頷いていた。

 

「沖縄の地名ね。知ってるわ――私は戦場(せんじょう)(はら)ひたぎ。お忙しいところ、邪魔してごめんなさいね」

 戦場ヶ原。

 バリッバリの地名姓だった。

 本州だとよくある姓なのか?

 

「そして、こっちの可愛い子が阿良々木(あららぎ)暦くん」

「だからそうやってのろけるんじゃない、ひたぎ」

 顔を赤らめて言う阿良々木さん、だった。

 素直なんだろうなあ。

 

「で、お隣の子は彼女さん?」

 ストレートに尋ねてくる戦場ヶ原さんだった。……次は、俺が赤くなる番だった。

 

「おはよーございます。佐弐優補です。しょーじの彼氏です」

「彼女だって言ってるだろ」

 あ。

 人前で突っ込んじゃった。

 そしてそれに対して、そうなの、と普通に返してくる戦場ヶ原さんもどうかと思います……。

 

「私達、観光、というか旅行に来たの。去年は大学入学祝いで北海道だったのだけれど、だったら沖縄も行ってみたいわ、と私が無理を言ってね――」

 随分と親しげに話しかけてくる。

 

「あれ。大学って、まだ冬休みなんですか?」

 優補が尋ねる。

 こいつそんな所によくすぐ気が付くよな。

 それに頷く阿良々木さん。

 

「ああ、大学って結構休み長いんだよ。特に僕達のとこはな。だから平日の人が少ない日を選んできたわけ」

「ということは、阿良々木さんも戦場ヶ原さんも同じ大学に通ってらっしゃるんですね」

「そうだよ。……なあ、言いにくいんだが阿良々木さんってのはちょっとやめてくれないかな、粟国」

「はい?」

 なんかいきなり名前を呼ばれて驚いた。

 二人ともフレンドリーだな。

 何だか……初対面な気がしない。

 

「さん付けされると、生意気な小学生を思い出してさ」

「……」

 よく分からない思考回路をお持ちのようだった。そして隣で戦場ヶ原さんが、

 

「私もさん付けはやめてほしいわね。さま付けでないと」

 と言うのだった……。

 いやいやいや。

 阿良々木さ……阿良々木も、やれやれ、と首を振っているところからして、いつもこんな調子なのだろう。

 ふいに、彼は下を向いた。何かに反応するかのように。

 俺も下を見たが、そこにはもちろん、何も無かった。

 足元から生じる影以外は、何も無かった。 

 

「――っ!」

 隣で優補が一瞬震えた。

 どうした、と目で合図を送ったが、ただ地面を凝視するだけだった。

 影を見ているのか?

 対して阿良々木がゆっくり顔を上げる。

 

「粟国。お前――」

「……ふむ。この匂いには憶えがあるぞ」

 すぐ近くで舌足らずな声が聞こえ、気が付けば目の前に金髪の少女が立っていた。

 

「わ――!?」

「驚くな、人間よ。儂はうぬに危害を加えるつもりなどない」

 誰だ!?

 何だこの古風な口調!

 というかまずどっから現れた、この美少女!

 頭が混乱しているにもかかわらず、金髪少女は優補を見上げた。

 

「久しいのう。うぬとは何年振りじゃろうか」

 かかっ、と笑う。

 え? ――え?

 久しぶり、だと?

 横を見ると、目を瞬かせた彼女がいた。

 唇がわなわな震えている。

 

「お、御姉さま」

 えええ!?

 御姉さまだと?

 どっからどう見てもこの金髪は年下だろうが――

 ていうかどういう関係?

 まさか。

 

「お、おい。優補。何なんだ、この子――」

「この子だなんて、恥を知れよ」

 うわ。

 優補がお怒りだ。

 キレると口調も変わるから、もう怖いったらありゃしない。

 

「この方は、怪異の王、伝説の吸血鬼だよ、しょーじ……」

 吸血鬼?

 吸血鬼ってあの、血を吸う鬼――怪異の?

 

「そうよ」

 何かを理解したのか、戦場ヶ原さま……戦場ヶ原さんが言う。

 

「彼女は五百歳の吸血鬼で、そして暦くんはその眷属(けんぞく)。忠実な(しもべ)だった(、、、)わ。そして私は、その彼女。ただの、彼女よ」

「ただのじゃないよ、ひたぎ。……大切な、彼女だ」

「あら」

 ……またのろけられても困るのだが。

 本当に、困るのだが……。

 

「挨拶が遅れたのう、人間よ。儂の名は忍野忍(おしのしのぶ)という。しかとその胸に焼きつけよ」

「はあ……」

 えっへん、と胸を張る少女を目を点にして見つめる俺。

 日本の名前だ……。

 日本の吸血鬼なのか? いや、金髪の日本人なんていないはずだ。

 うわー、肌白いな、こいつ……じゃないこの鬼……。

 ちゃんと食事してんのか?

 食事……吸血を。

 怪異の王が、こんな姿だということが信じられなかった。

 続いて、再び戦場ヶ原さんが問う。

 

「こうして彼女があなた達の前に姿を現したってことは……あなた達も、何かそれ(、、)に関わっているのかしらね」

「……」

 何という偶然。

 ただのカップルじゃない、というかトリオじゃない。

 彼らも……怪異を知っている。 

 

「いいえ。でも、関わってはいました。もう、俺達は解決したことです」

 もう曖昧な言い方も駄目だろう。

 そろそろ潮時か。

 彼女の正体。

 佐弐優補。

 見た目は俺と同じ高校二年生だが。

 年齢は、四百歳ほど。

 そして、怪異だ。

 

「俺が関わったのは、この隣にいる彼女――彼女は、人魚なんです」

 するまでもないことだが、ここでちょっと昔の話。

 昔といっても一年前の十二月だ。

 青柳が牛に関わる一ヵ月前に。

 俺は、人外の存在、上位の存在を知った。

 綺麗な歌声を持つ人魚だった。

 とても美しい半魚人だった。

 彼女に、恋をしてしまっていた。

 そんな彼女に俺は恨まれ、挙句の果てには泣き付かれた。

 まあ、俺が悪いのだが。

 全ては、俺からだったのだから。

 人魚に戻れなくなった彼女。

 そんな彼女を俺にできるただ一つの方法で、助けた。

 助けることができた、のだろうか。

 そうであってほしい。

 今の彼女が、今に満足していてほしい。

 勝手だけれど、俺は、そう思うのだ。

 おや。

 ちょっと待てよ。吸血鬼?

 ということは、彼が彼女の言っていた――

 僕達を助けてくれた彼女が言っていた――

 

「そう。人魚」

 戦場ヶ原さんは首を傾げながら、優補を見ていた。

 人間とは何ら変わりない見た目の彼女を。

 一方で優補は感動の再会、というやつだろう、吸血鬼少女とお話中だった。

 

「御姉さま、お変わりないようで何よりです!」

「うむ。見た目はお互い随分と変わってしまっておるが、まあうぬにも色々あったのじゃろうよ、トラストメロ――」

「いいえ、御姉さま。今の私は、佐弐と言うのです。しょーじが、付けてくれた名前です」

「ふむ。若僧にしては、なかなか危険なことをするのう」

 少女に若僧と言われて正直突っ込みたくなるのだが、だが彼女は五百歳だと思い出して(とど)まる。

 昔話に花を咲かせる少女二人だった。

 シュールすぎる……。

 

「人魚、には見えないわよねえ」

「そうだな……でも、忍が出てくるくらいだから、本当なんだよな」

 この二人もこの二人で、すげー落ち着いてるよな。

 吸血鬼と人魚じゃあ、格が違うのか。 

 ましてや、怪異の王と関わったのだから、少しのことでは動揺などしないのか。

 

「えーと、優補?」

「――それで、御姉さまの今のお名前は、忍野忍といいましたよね」

「そうじゃ。刃の下に、心有り。儂らしい名であろう。今では気に入っておるぞ」

「おしのしのぶ……二重の意味で、三重の意味を持つ、ですね! 私と似ていますっ」

「いや、うぬ……佐弐優補の場合は儂のよりも少々重い……二重三重どころか、永遠、連鎖。永久の補佐という感じがするがのう」

 名で縛る。そう忍は言った(いや、申し訳ないのだが彼女をさん付けにするのに抵抗があったり)。

 

「御姉さま、重々承知しております。私はその名の通りの存在なのですから」

「そうか、ならばよいのじゃが」

「なあ、優補」

「あ、え? しょーじ?」

 まるで初めてこの場に俺がいることに気付いたみたいな顔をするなよ。

 

「いや、何というかもう俺遅刻しそうだから、学校行くぞ」

「あー」

 そういえばそんなのもあったねー、みたいな顔をするなよ。

 

「私、もうちょっとみんなとおしゃべりするから」

「そうか、じゃあ行ってくるからな」

 ちなみにちなみに。

 優補は、高校には通っていない。

 正確には、最近までは通っていた。

 だが、通う必要がなくなった今――彼女はバイトに明け暮れる日々だ。

 本当に、助かる。

 そして俺は阿良々木、そして戦場ヶ原さん、忍にお辞儀をする。

 

「それじゃあ、しばらく彼女を頼みます」

「ちょっと待て、粟国」

 走ろうとした時、相手は言った。

 

「僕達、明日まではここにいるからさ――」

 戦場ヶ原さんと忍を見ながら彼は言う。

 

「僕も色々、お前と話がしたい」

「……俺でよければ」

 

 俺は人魚に出遭い。

 阿良々木は吸血鬼に出遭い。

 そして青柳は牛に出遭った。

 それでも俺はもう優補とのいざこざは終わったし、阿良々木も見ている限りでは吸血鬼、忍と上手くやっているようだ。

 だから、あくまでも今重点を置くべきは青柳だ。

 俺は十分ほどで、学校に辿り着いた。

 

「……あ」

 校門で、青柳とバッタリ出くわした。

 相手は毎日この時間帯に来ているのかもしれない。

 俺が登校する時に、そういえば彼女を見かけたことはなかったし。

 

「……おはよう、粟国くん」

「ああ、おはよう」

 あれ?

 何だか声が沈んでないか?

 そう訊くと、相手は首をぶんぶん横に振った。

 

「そんなことないよ。ただ、疲れただけ」

「ふうん……」

「あれから図書館で調べて、多分、だけど分かったよ」

 そう言って、青柳は少し笑った。

 遅刻ギリギリの生徒達で靴箱はごった返していて、そこで俺は青柳と別れてしまった。

 あいつちっこいからな……人ごみに紛れて、すぐに見えなくなってしまった。

 まあ、時間も時間だし、あとで話は訊けるだろう。

 そんな軽い考えでいたのだが、結局。

 その日、学校で青柳に会うことはなかった。

 彼女は、授業中に倒れたのだという。

 

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