漫物語   作:楓麟

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其の漆

007

 

「岩頭牛?」

 数十分前の俺と同じ反応を、青柳は示してくれた。

 

「でも、それってマジムンとは違わない?」

「それは名前だけだろう。ちゃんと俺の説明を訊いてたのかよ」

「ううん」

「堂々と言うな」

 全く。

 説明し直しだ。

 

「岩頭牛は、人の前には、主に牛の姿をとって現れる。人にも、道具にも化けることができる。ほら、マジムンと共通してるだろ? 名前は違えど、同じものだよ」

「マジムンは、こっちで知られてるだけで一般的にはそう呼ぶのかな」

「そうかもな」

「それに、粟国くんの話からすると、それは牛マジムンって感じだね」

「そうだな……」

 いやでもマジムンってここでも結構マイナー妖怪だぜ?

 絵本がお祖母ちゃんの家にあったから俺も知ってるわけで。

 俺も青柳が言うまで気付かなかった。

 これは、沖縄の怪異だ。

 

「粟国くん、あれ見てた? 『琉神マブヤー』」

「ああ、なんかあったな、それ……」

 戦隊もの。

 沖縄限定ヒーロー。

 ニライカナイからやってきた、魂の戦士――だったか。

 

「あれの敵の軍団の名前、『悪の軍団マジムン』だったよね」

「いや、知らないけどさ……」

「あれは、悪い魂の総称であって、牛ではなかったなー」

 ……。

 ごめん、知らなくて。

 

「それにしても、粟国くんも調べていてくれたんだ」

「言っただろ。できるだけのことはするって」

 だがこれは阿良々木の受け売りだ。

 俺は……何も、していない。

 

「何だかとっても心強いよ」

「…………」

「これなら、信用してもいいかも」

「やっぱ今まで信用してなかったのか」

「だって普通そうじゃん。あまりにも偶然だったし、信じられないよ」

「まあ、俺も今朝はびびったよ……吸血鬼なんて」

「ん? 何のこと?」

「何でもない。それよりもさ、青柳――」

「ん?」

「その量はなくないか!?」

 今は午後一時。

 いつもなら家で昼食の時間だ。

 折角来てくれたんだから、好きなの一緒に食べようよ、と。

 青柳は買い溜めしていたと思われるパンやらカップ麺やらをテーブルに積み上げていた。

 体に悪いだろ……。

 風邪ではないとはいえ、栄養のバランスがよろしくない。

 長い間一人暮らしをしていた所為か、そこら辺気になって仕方ない。

 しかもこいつは。

 

「ええ? 普通じゃない?」

「お前の一日の摂取量はどんだけだよ……」

 テーブルの上に、お湯が注がれた即席ラーメンと、スパゲッティが二つずつ。

 皿の上には、菓子パン含む様々なパンが盛られ山積み。

 それ一人で全部食べるのかよ……。

 

「今日は気分が悪いから、こんなもん」

「見てるこっちの気分が悪い!」

「もー、酷いなあ、粟国くんは」

「……お前結構スタイルいいのにな」

 まさかこんな裏面が。

 ドン引きだ。

 

「私太らない体質だから」

「羨ましすぎるな!」

「それに背も伸びないし」

 うーん、不思議少女だ。

 中身が色んな意味で。

 タイマーが鳴り、青柳はお湯を捨てて早速食事に取り掛かっていた。

 一方俺はパン一つ。

 青柳は口が空になる度に話しかけてくる。

 

「何でメロンパンなの?」

「いや、久しぶりに食べるなーと思って選んだんだけど」

 ここはパン屋か、って思うほど種類が豊富だったが。

 

「違う違う、どうしてメロンパンって言うんだろうね」

「そんな根本からかよ……見た目がメロンっぽいからじゃねーの」

「……。は?」

「何だそのジト目!」

「そんな理由で? メロン味でもないのに何でメロンパンなんだろ。ネーミングセンスを疑うよ」

「いや俺に訊かないで!」

 これは優補が! 優補が言っていたことなんで!

 

「知ってた? 昔メロンパンはサンライズって呼ばれてたんだよ」

「かっけえ!」

 メロンパンは太陽だったのか……。

 しばらく食事。

 黙々と。

 俺がパンを食べ終わった時、青柳は二つ目のカップ麺に取り掛かっていた。

 麺伸びないのかな。

 

「よくそんなこと知ってるよな。やっぱ頭いいよ」

「物知りと頭がいいは違うよ」

「む」

 それが分からないということは俺はそれほど馬鹿だということになる。

 

「お前なら知ってると思うけど、うちの学校って成績でクラス分かれてるよな」

「うん、いい人から一組、一番下は七組まで」

「お前なら知ってると思うけど、俺は五組なんだよ」

「何さっきから枕詞みたいに……で? それが?」

「いや、一年の時は俺達同じ四組だったじゃん。だけど今俺は五組、お前は二組だ」

「……だから? 私が頭いいとか言いたいの?」

「……そういうことだ」

「まさか」

 青柳は笑った。

 乾いた笑顔。

 

「私が頭いいわけないじゃない。頭がいいと成績がいいは違うんだよ」

「そうなのか……?」

「それに、私が頭がいいんじゃなくて、みんなの成績が下がっただけだよ」

「酷い言いようだな」

「頭いいといえば、あの子がいたじゃん。ほら、粟国くんといっつも話してた子」

「ああ、ゆう……佐弐のことな」

「そうそう、佐弐さん。あの子一組だったけど、いっつも粟国くんとこに来てたよね」

「そうだったな」

 懐かしい。

 一年前までは優補も高校に通っていた。

 

「つーかお前食べるのも早いのな」

「え? 普通だよ」

「お前の普通の基準が普通じゃない」

 麺が伸びる前に食べきれるな、こりゃ。

 勿論パンを食べることも忘れてません。

 

「お前はあれだな、めだかで言う不知火半袖だな」

 謎な子。

 ぽきゅぽきゅはしてないけどおチビさんだし。

 そして胃袋にブラックホール装備。

 ラーメンをドリンクだと思ってんじゃね?

 

「しらぬい? 半袖? 私今長袖だよ」

 流石にめだかボックスは知らないようだった。

 まあ、ジャンプだし読んでいない女子もいるだろう。

 

「って、話逸らさないでよ。佐弐さんの話の途中でしょ」

「あーそうだったな」

「あれ、何だか顔赤いよ?」

「は。んなわけねーよ」

 思わず手を顔に当てるが、何ともない。

 騙しやがった。

 青柳は済ました顔で、最後のカップ麺の蓋をピリピリと開けていた。

 

「はっはーん。なるほどね」

「何がなるほどねだ。小学生のノリかお前は」

「粟国くんこそ。小学生並みに純粋なのねー」

「なっ……!」

 何その我が子を見つめるお母さんみたいな目!

 言っておくがなあ!

 ラーメンの(しずく)が頬についてる奴にそんな目で見られたくないぞ!

 

「それでそれで? 彼女とはどんな関係で?」

「ノリが中学生になってきた……」

「海苔? ラーメンにまだ入ってるけど。いる?」

「いらねえよ! そしてどうして食べ物の方に行くんだよ、お前の思考回路はどうなってんだ!」

「海苔が中学生って、どんな海苔よ」

「こっちが知りたいわ」

「もー、粟国くんたらノリ良すぎ」

「そっち! 俺が言ってたのはそっちです!」

 ……って何だこの馬鹿な会話。

 

「思い出した。その佐弐が、お前に会いたがってたよ」

「へー? 佐弐さんが? 何で?」

「まあ、話をしたら、色々とな」

「ふうん……じゃあ、今度会ったら詳しく聞かせてもらおっと」

「思わぬ機会を与えてしまった!」

 何やってんだ俺!

 自殺行為だった。

 

「まあ私には大方予想がつくけどね。多分あんなことやこんなことを」

「やめろ。優補とは何もやましい事はしてねえ」

「優補。優補ねえ」

「……」

 口が滑りすぎだ、俺。

 自殺も同じだった。

 

「粟国くん、仏頂面だけど案外可愛いんだね」

「ダブルパンチ……」

 どっちも言われたくない言葉だった。

 もうHP減りまくりだ。

 

「今度話は佐弐さんに聞くとして、っと。お口直し」

 空になった容器と、山積みのパンが乗っていた皿を片付けて戻ってきた彼女は、ポテチの袋を持ってきていた。

 

「まだ食べるのかよ!」

「当たり前じゃん」

「お前の胃袋はマジでブラックホールか!?」

「嫌だなあ、四次元ポケットだよ」

「異次元空間があることは否定しない!?」

「粟国くんも一緒食べよ」

「その台詞がもう怖くなってきた……」

 何時間付き合わされるか分からない。

 

「お前そんなに食べたら牛になるぜ」

「それは嫌だけど、でもそれは食べた後寝たらでしょう。私は食べる前に寝たから大丈夫」

 上手くすり抜けられた気がする。

 茶化して言ったんだけど。

 

「どっからそんなに湧いて出るんだ食べ物が……お前んち、金持ち?」

「違うよ、知り合いが某食品会社に勤めてて。主にパンとかお菓子のだけど」

「へー、なるほどな。それでお試し品とか貰ってる感じか」

「うーん、そうだけど、……むしろ頼み込んで貰ってる。賞味期限切れのやつ」

「はひっ!?」

「いやいや大丈夫、粟国くんのは大丈夫なやつだよ」

「そういう問題じゃなくってだな……」

「さっきのパン、二日過ぎてるだけだし」

「謝罪を求める!」

 俺はそういうの気にしないけど、人様に出すもんじゃねえよ!

 

「ご、ごめん……。いやでも、他のはほとんど一週間切れてたし」

「あー、お前の中ではまともな部類だったのか……」

 貰った俺も悪いっちゃあ悪いんだけどさ。

 常識ってものを(わきま)えてくれ。

 俺はちらと青柳の隣を見る。

 ふいに、思った事があった。

 

「そういえばさ、お前の兄さんって物静かな人なのか?」

「違うよ? 急にどうしたの」

「いや、隣で笑ってたりするのかなーって」

「……笑わない、かな」

「そうなのか? ちょっと気になってさ。隣にいるとか言ってるけど、全く話す素振りを見せないから……」

「ああ……」

 すると青柳の表情が戻ってきた(、、、、、)

 笑顔は消え、代わりに生気が感じられる。

 

「お兄ちゃんは、物静かな人じゃないよ。でもね、今は、違うの」

「……」

「ここにいるとはいっても、死んでしまった人だから……話はできても、彼から話してくることはないの――話が噛み合わない時だってあるし」

 生ける(しかばね)

 とは多少意味合いが違うだろうが。

 それでも、色んな寓話で使われる話だ。

 友人だったか恋人だったか、とにかく死人を再び現世へ連れてきた人がいた。それでもそれはやはり死んだ人間だから、どこか違う気がしてならなくなる。そしてしまいには後を追って死人となってしまう物語が、よくある。

 青柳も、死んではいないが、魂を捧げてしまった。

 半分も。

 その所為だろう、彼女が死んだように笑うのは。

 魂が抜けている。

 

「なあ青柳、話してはくれないか。どうして兄さんをここに連れ戻した。兄さんは、どうして亡くなったんだ」

「…………」

 菓子の袋に伸ばしかけたその手を、俺が止めた。

 

「お前だけが話すっていうのがフェアじゃないってんなら、俺から話す」

「……?」

「俺の両親は死んだ。俺がまだ小学生の頃だったよ」

「え……」

 そんなに前から、と言いかけて彼女は言葉を濁した。

 

「俺はお祖母ちゃんの家に引き取られた。だけど、中学生になって」

 意識しないようにしてるつもりだったが、やはり思い出してしまう。

 涙が――込み上げてきていた。

 

「お祖母ちゃんも死んだ」

「そんな……」

「どっちも、事故だった。船が沈んだんだ。最初は入学祝い、次は高校合格のお祝いで、船旅に行く予定だったんだ。だけど、」

 泣くな。

 涙を流すな。

 目は潤んで何もかもが歪んでいたが、俺は涙を零すまいと必死だった。

 

「有り得るか? どっちも船が沈むんだぞ? タイタニックでもあるまいし、みんなが海に飛び込んで、そして、俺以外――みんな、」

「粟国くん!」

 青柳が止めた。

 俺を止めた。

 

「ごめんなさい! 粟国くん、辛いこと言わせちゃって――」

「あお、やぎ……」

「慣れる、とか前言ってたじゃん、でもやっぱり、慣れるなんてことはないんだよね」

「…………」

「私よりも、ずっと辛かったんだよね」

「…………」

 そんなことはない、と思う。

 お前の方が俺よりも辛い思いをしたかもしれない。

 そうでなければ、魂を捧げるなんて真似はできない。

 死体を集めるなんて真似はできない。

 

「私も、ちゃんと話すから。何があったか、話すから」

 そうして。

 なるほど青柳の話は、確かに気軽に口を割れないほどに、重いものだった。

 俺なんかとは全然違う苦しみを味わっていた。

 比べるようなものではそもそもないにせよ。

 彼女にとって、辛くて悲壮な出来事だった。

 




文献によると、牛マジムンは正確には赤ではなく黒いのだそうです。いやしかし、今回赤い雄牛にしたのには理由があるのです……
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