愛は傷ついて。
「何なのよ今日の作戦は! 敵艦隊の陣容が事前情報と
全然違うじゃない! ギリギリで撃退できたからいい
ようなものの、どういうつもりかしら!?」
「ごっ、ごめんなさい叢雲サン! ワタシが悪かったん
です! ワタシが航空隊を使いこなせてないから…っ」
「ガンビーは気にしなくていいのよ。いい司令官?
初陣の空母には対空に強い子を二人随伴艦につけるのが
原則でしょ! 五十鈴さんや涼月とか。 アンタ、私達を
殺す気!?」
確かに君の言う通りだ。俺の見立て不足だったよ…
本当にすまなかった。
「もういいじゃない叢雲ちゃん。結果的に全員小破
未満のかすり傷で済んだんだし…ね?」
「叢雲さん、提督だって調子の悪い時がありますよ。
あまり責め立てる必要もないんじゃないかしら」
「由良さん、夕雲……ふんっ、まぁいいわ。次にまた
やらかしたら酸素魚雷じゃすまないからね」
わかった…気をつけるよ。報告書は明日でいい、早く
入渠しておいで。
「言われなくたって行くわよ!」
───バタン!
ふぅ……
この基地に転属して半年、最古参にもかかわらず叢雲は
相変わらず打ち解けてくれない。妖精さんが見える
数少ない存在だからと定年退官したベテランの後釜に
据えるとは幕僚長も何考えてんだか。先任が作っていた
豊富な記録があればこそ、俺のような事務方出身一尉が
務まってるのを叢雲だって知ってるだろうに。
「ったくもう、いつまでかかってんのよ。ほんっとに
使えない男ねぇ」
言うがな叢雲、戦闘に直接関連のない施設も備品も
きちんと整備なり補修しておけば、巡り巡って君達の
任務に寄与するんだぞ。おざなりなことを言うもん
じゃない。
「先任の司令官はそこまで細かくなかったわよ?」
先任は先任、俺は俺。事務畑にとって数字のミスは
命取りなんだ。
「あーそーですか、ご大層なことで。……ねぇ」
ん、何だ?
「いつになったら私は改二になれるの? 自慢じゃ
ないけど、この基地で練度トップよ。妖精さんだって
太鼓判を押してるわ」
申請は出してるんだがな、幕僚本部も裕福じゃない。
君らの艤装はまだ未知の部分が多い。少しでも稼働率を
上げないと太刀打ちできん。
「横須賀、呉、佐世保の娘達は改二が続々行われてる
でしょうが! なんで…なんでアンタはそんなのんべん
だらりしてんのよ、この無能が!」
何だと…もういっぺん言ってみろ。
「へぇ、怒ることもあるのね。何度でも言ってあげる。
この基地を強くしようって気概もない腑抜け司令官は
必要ないわ!」
………ッ!
「言い返してみなさいよ。私達艦娘にしかイキがれない
弱腰なら、さっさと自衛隊なんか辞めて初雪を凌ぐほど
引きこもってなさいな役立たず!」
叢雲は執務室を出て行ってしまった。尊大な態度に腹が
立ったが文句を言う相手はもういない。
あ~、なんか面倒くせぇ。
その日の夜中。
元々荷物は少ないので最低限の衣類を詰めたリュックを
背負い自転車で基地を後にした。道中、適当なポストに
退職届と記した封筒を投函した。
戦闘にはほぼド素人だが腐っても(元)自衛官、潜伏は
自信がある。ちょっとだけな。
数日後、スマホの着信がとんでもなかったので電源を
落とし解約。未婚だし親も鬼籍で実家も更地、官舎住み
だったし退職金が出ずともしばらくは食いっぱぐれる
ことはない。
足の向くまま気の向くまま。さて、どこへ行こうか…
「鳳翔偵察隊から入電。提督のお姿、発見できません」
「こちらアークロイヤル隊、同じく発見できず」
失踪から数日。基地の艦娘は懸命に提督の捜索を行う
ものの、手がかり一つ掴めなかった。
金剛「参りましたネー…テイトクぅ、どこデース」
響「悩みがあるならいくらでも聞いたのに…司令官と
私の仲じゃないか」
霧島「幕僚本部から何か連絡は?」
瑞鶴「一昨日と変わりなしよ…って、ちょっと待って。
はい、江島基地です。はい、はい…わかりました…」
神鷹「て、提督が見つかったんですか!?」
瑞鶴「落ち着いて神鷹…みんな、幕僚本部から通達。
提督さんの捜索は今日を含めて残り五日間とし、消息が
把握できない場合は舞鶴か能登から臨時の提督を派遣
するってさ」
北上「まーそうなるよねぇ。事実上の敵前逃亡かぁ」
磯風「やむを得ん措置だな…ここは最前線、トップが
欠けては戦はできぬ」
曙「ちょっと叢雲、あんた本当にクソ提督の逃げた理由
知らないの?」
叢雲「わ、私が知りたいくらいよ!」
嘘だ。彼に留めを刺したのは私…まさか本当に自衛隊を
辞めるなんて思わなかった。
司令官は決して無能じゃない。むしろ前任に勝るとも
劣らないほど優秀だ。デスクワークが長かったと聞いて
いたけれど、その分前任の残した資料を丹念に読みこみ
自分なりのアレンジを加えて作戦を立案していた。
艦娘に対しても前任と同じ是々非々を弁えて応じる彼に
私を始め全ての艦娘が惹かれた。でも───
構って欲しかった。見て欲しかった。私だけを。だから
彼の一挙手一投足につっかかる。
水無月「みんな、大変だよ!」
翔鶴「どうしたの水無月ちゃん?」
水無月「正門脇の倉庫に置いといた自転車がなくなって
るんだ! 司令官はそれに乗ってったのかも!」
───プルルルル♪
金剛「Oh、こんな時ニ! モシモシ、江島基地デス。
…えっ、警察!? ハイ、確かにウチの備品デスガ……
わかりました、サンキューデース!」
漣「金剛さん、警察は何て!?」
金剛「派出所の警官がテイトクを見かけたそうデス。
自転車が駅前商店街に乗り捨ててあった、と」
長波「まだその辺りにいる可能性アリか。すぐ捜索隊を
編成しようぜ」
叢雲「私も行くわ!」
曙「私も!」
祥鳳「あなた達は連れて行けないわ」
叢雲・曙「何でよ!」
金剛「深海棲艦の襲撃を考えると、日の高いうちは
高練度のアナタ方を捜索には出せませン」
叢雲・曙「ぐっ…」
霧島「決まりですね。全艦娘に通達! 高練度の者から
順に二個艦隊を編成し基地防衛にあたってください。
他は執務室残留者を除き司令の捜索を行います。直ちに
正門に集合の上、車両に分乗して町へ向かいます」
「兄弟船はぁ~ 親父の形見~♬」
「おう兄ちゃん、初めての割にゃ操縦が上手いねぇ」
「そっスかー? あざっす! 前職でもやってたんで」
「ほう、そうかい。これからも頼むぜ期待のルーキー
さん!」
「了解っす!」
「た、大変だ! 深海のバケモンが接近してくっぞ!」
「何じゃと! 兄ちゃん、回避だ回避!」
「お、おう!」
その時、空気を切り裂き落下する弾丸の音が───
時雨「はい、江島基地で…えっ、大湊!? いったい
何が………そ、そんな! ……わ、わかりました……
ありがとう、ございます…」
龍鳳「時雨ちゃん!?」
時雨「龍鳳さん…残留部隊と捜索隊に連絡を…発信元、
大湊基地。内容は以下の通り…
『八戸市沖35kmの太平洋上にて漁船が深海棲艦に襲撃
さる。漁船は轟沈、周辺に船員らしき遺体数体発見。
DNA鑑定によりそのうちの一人が江島基地の○○提督と
確認せり』
…………以上。うっ、ううぅっ…」
龍鳳「そん、な……」
うそだ うそだ うそだ うそだ うそだ うそだ うそだ
叢雲「時雨っ! くだらない冗談はやめなさい!!」
時雨「冗談なんか言うものか! 後日死体検分書と状況
報告書を送るって……先方が、言ってるんだ! 僕も、
僕だって信じたくないよっ!」
叢雲「う、そ……」
他人を貶める冗談を、時雨は言わない。それは私もよく
知っている。だから…だからこそ誰かに否定してもらい
たかった。
叢雲「い……嫌ぁぁぁぁぁぁ!」
数ヶ月後。
私、特型駆逐艦五番艦・叢雲は艤装を解体し、艦娘を
辞めた。金剛さんを始め、艦隊のみんなの必死な慰留も
聞こえなかった。
私は今、八戸の港に立ち彼が死んだ海を見ている。彼は
なぜ海にいたのか。基地は彼にとって何だったのか。
彼にとって私は何だったのか。
艦娘として人として、私はあまりにも半人前すぎた。
『ただの人』にならなければ人の気持ちがわからない
なんて、とんだお笑い種よね。
太平の名に相応しく、今日も海は静かにたゆたう。
艦娘を捨てた私にはもう、彼の言葉はおろか海の声すら
聞こえない───。
一応R18版も予定(は未定w)してます(^^ゞ