[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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05/31 第二回特殊課外活動2

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行動再開、14時。

グレンヴィルの南西、ガラ間道から少し外れた場所は丘陵となっていて、山ほど大きいわけではないけれど平地というには起伏がある地形になっている。音の出どころとして集中している場所へ今は身を隠しながら向かっているところだ。

一応ついてきてくれているクロウに合わせてあまり木の上は行かないようにしているけれど、案外大丈夫そうな気がする。でも打ち合わせなしでやったら後でなんか言われそうなのでやめておこう。とりあえず地道に手持ちのダガーで枝を切り落として行くしかない。

 

息を潜めて、地面を確かめつつ、歩いていく。入った時の違和感が輪郭を得ていき、森に秩序がない、という結論に達した。獣の手も人の手も入っていない。完全なる無秩序。歩く存在がいないのだ。この辺り一帯。それはおかしい。これほど豊かな場所でそんなことが起きるだろうか。けれど確かに獣が死んでいる臭いも、息遣いも、足跡も、全てがない。辛うじて虫はいるにしても、数が少ない。

 

「────」

 

口内に溜まる唾液を嚥下しながら、存外草が枯れている道を歩いた。これ自体は上部の枝の伐採がされない、人の手によって管理されてはいない森ではよくある光景だと思う。

生物の気配はいまだ、後方についてくれているクロウのものだけだ。

 

進んでいくと開けた場所に出るのか、明かりがつよく差している。しゃがんでにじりよって行くと、窪地を見渡せる場所に出てきたことに気がついた。いわゆる"沢"と呼んでもいい場所で、小川が流れており、もう少し人地に近ければアウトドア観光地になったかもしれない、という風に綺麗で整えられている。……不自然なほどに。

暫く観察していると、水辺のそばに石を組んだ跡があったり、火を起こしたのか炭が捨てられていたり、何かを引きずったようなこすれが見て取れたり、かと思えば獣の足跡もあったり、あまり隠そうとはしていないのか雑な処理で人間がいた気配がそこかしこに見てとれた。

 

「……こちらセリ。山間に人間がいた痕跡を発見」

『こちらクロウ、了解した。周囲に人影はないんだな?』

「ない」

 

ARCUSをポーチから出してそう吹き込みつつ、地図を出して歩数と角度で場所を特定する。うん、人里から離れすぎているし、どっかの貴族が来たとしても多くの獣と一緒には来ない。もう既に痕跡は薄くなっているため数の特定は困難だけれど、二十は下らないだろう。

 

出来れば沢に降りてもっと痕跡を近くで見てみたいけれど、さすがにそれはこの状態でリスクが高すぎるため却下だ。

 

「────」

 

一旦身体をほぐす意味で立ち上がりかけたところで肌が粟立ち、ARCUSと地図をポーチへ突っ込み手近な樹の上に急いで登り息を詰めた。慌てた音で何かが起きたのはクロウも察知しただろう。知覚範囲外からそれでも判る殺気が迫ってきている。その方向を注視していると、黒い獣が木々の合間から現れいでた。拘束具にも似た何かをつけられたそれは、おそらく私を探している。

手の中でダガーを回転させ重心を改めて確かめ、相手がこちらへ気が付いたと判断した瞬間それを囮として投げる。そのままそれを追うように太い枝を伝い遠心力で距離と勢いを稼ぎ、囮の筈だったダガーで手傷を負った獣へ携えた片手剣を両手で構え頭上から突き刺した。血の噴水。魔獣の血液を盛大に浴びてしまったけれど、死体が光となると共にそれも消えて行く。静かにそれを見下ろしていたところで、魔獣の脚部に弾痕がちらりと見えた。

 

「……」

 

ため息をつきながら投げたダガーと地面に残った拘束具のようなものを手にする。地点特定用の導力器がついている可能性もあるけれど、街までは直線距離で少なくとも40セルジュはあるから流石に追跡も出来なくなるだろうし、諸々考慮をして回収しておくべきだろうと判断した。

そうして30アージュほど歩いたところにいるクロウに合流する。相手は分かっていたかのように動かなかった。

 

「ありがとう。脚を撃ち抜いてくれたからダガーが当たった」

「おう、感謝してくれよ」

 

流石に投擲用でもないダガーが命中する確率は低いと思って、気が引けたら程度で投げたのだけれど、クロウの針の穴を通すような射撃のおかげで余裕が持てた。歩き出しながら、今いる場所から元々いた場所を見やる。

陽が傾き始めた森はそれなりに暗く、木々だって不均等に生えていて視界はあまり開けていない。いや、本当に、ここからどうやってあそこで当てられるんだろう。自分との自力の差を感じさせられたところで、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。

見上げてみれば相手は笑っていて、そういう余裕そうなところが本当に気に入らない。

……本当に気に入らないのは、自分の不甲斐なさについてだけれども。

 

 

 

 

「セリちゃん!」

 

17時半。丘陵から出て元々入った場所へ二人で歩いて行くと、身を隠しつつ待機してくれていたトワがこちらを視認した途端駆け寄ってきて、抱きしめられた。

 

「ちょ、ちょちょちょ、制服汚れるよ」

 

魔獣の血液は消えるけれど、土汚れとかは当たり前だけど消えないのだ。ある程度歩きながら落としたとはいえ汚いことに違いはない。

 

「いいよそんなの……っ」

 

ぐりぐりと頭を肩口に押さえつけられ、柔らかな髪の毛を頬に感じてしまい何だか居た堪れなくなってしまう。隣のクロウを見上げれば肩を竦められた。

でも通信も出来ない状態で遠くから銃声とかが聞こえたら心配もするだろうと思うので、甘んじてこれは受け入れよう。一応ARCUSの通信が入るところまで来たら無事の報告はしていたけれど、それでも姿を見るまでここで心を砕いていてくれたのだろうから。

 

「で、どうやら収穫はあったみたいだね」

「さっき通信で言ってたのがそれかい?」

「うん」

 

近寄ってきた二人に手で挨拶しながら抱きしめられたまま、持っていた拘束具をジョルジュへ渡す。同時にトワが離れ、案の定緑の制服の一部が茶色くなっているので軽くパラパラと落とした。

 

「追撃はなかったし、たぶん警戒用に置かれた個体だと思う。他には確認出来なかったけど、正直調教魔獣の気配を探るのは分が悪いかな」

 

私はそれなりに気配を探るのも絶つのも上手いのだろうけれど、人にしては、という枕詞がもちろんつく。あの魔獣がもっと賢く、気配を隠すのが上手ければ私の喉笛が切り裂かれていた可能性は十分あった。

 

「しかしそれは逆に『なんかありますよ』と言わんばかりじゃないか」

 

腕を組んだアンの言う通り、こうやって証拠を回収されるリスクを負ってまで魔獣を置いて行くと言うのは雑な仕事か、それとも殺し切れると踏んだのか。

 

「調教済みの魔獣が絡んでるってことは、相当危ない案件だと思う」

 

ぎゅ、と両手を握りしめたトワがそう言い切った。

 

「そうだな。さすがにオレたちの手に負える案件じゃねーわ」

 

その言葉には全員同意する。こうして生還出来たのだから、拘束具の件もあるしとっとと街へ戻り、教官へ報告し、市へも報告を済ませるべきだろう。方針も再度決まったし、と歩き始めたらトワがそっと隣へ来た。どうかしたのかな、と首を傾げてると、申し訳なさそうな瞳と視線がかち合った。

 

「ごめんね、本当なら休憩が取れたらいいんだけど」

「いいよ、そこそこ急を要する話だし、このまま帰ったら鉄道でトリスタまで一本じゃん」

 

そしたらまたキルシェで晩御飯食べようよ勿論みんなで、なんて手を取りながら言ったら、そうだね、とトワは微笑んでくれた。

途中、地図で場所の共有をしていると郊外から街へ出ていたのか楽しそうな男の子の集団とすれ違ったりする。年齢としては日曜学校の年長組ぐらいだろうか。ちょうど私たちの少し下あたりだろう子達で、元気がいいねとみんなで笑っていた。

 

 

 

 

「あれ、何か揉めてる……?」

 

18時過ぎ。グレンヴィル市の南口が見える位置まで帰ってきたところで、門兵の人と女性男性複数入り混じりの集団が何やら言い合いをしているようなのが見えてくる。

 

「本当にこっちには来てないんですか!」

「交代の際に一瞬人はいなくなったが、基本的に17時以降ここを出て行った者はいない」

「でも幽霊の噂を見に行くんだって言ってたらしいんです!」

 

どうやら人探しのようで、子供が肝試しでいなくなったのを親が探しているという感じだろうか。でも何か引っかかる。

 

「……ねぇ、もしかして、さっきの子たち」

 

トワが震えた声で呟き、つま先を揉めている集団へ向けた。私たちもその行動に異論は唱えず後ろに続く。

 

「すみません! もしかして、13歳くらいの男の子たちを探してますか?」

「あなたたち見たの!?」

「は、はい、茶髪や金髪の男の子たちが道を走って行くのとすれ違って」

「確か、カレルだとかシドニーだとか、そう呼び合ってたか」

 

肩を揺さぶられるトワをアンが支えたところで、クロウがそう補足をすると、ああやっぱりと女性一人が顔を覆った。

 

「最近は特に危ないから森に行ってはいけないと言ったのに……!」

「──アンちゃん、セリちゃん、クロウ君」

「言わずもがなさ、トワ。私たちが先行しよう」

 

トワの硬い声に対して、パシン、と事情を察したアンが拳を平手に合わせそう言う。

ここに残るトワとジョルジュは市庁舎の方に行って事情を説明しつつ、山狩りをする人員を必ず確保してくれるだろう。もしかしたらサラ教官も来てくれるかもしれない。だけどこれは時間との戦いだ。

 

「────女神の加護を!」

 

そう全員で拳を合わせて、各々の役割のために三人でまた森へ走り出した。

 

 

 

「とりあえずさっきの沢か?」

「そうだね、でも低所から高所へ上がるのは面倒だから、結局さっき襲われた地点に戻ることになると思う」

「さっきの子供たちが入っていなければそれでいいんだがね」

「そりゃ楽観視しすぎってもんだろーよ」

 

そんな軽口の応酬をしつつもしっかと全員で走りながら方針を決めていく。

すれ違ったのは何分ぐらい前だろうか。地図を出して場所の特定と共有をしていたところだから、会話の始めだと思う。合流したのが17時半、南口に着いたのが18時過ぎ、既に30分以上は経っている。とっくのとうに森へ入っていてもおかしくはない時間だ。

 

「あの森は極端に獣が少なかった。たぶん調教魔獣に襲われたり、それを警戒して別の場所へ逃げた後だったんだと思う。……だから」

「日曜学校の年長組でも森の奥まで行けてしまう、か」

「加えてもしオレたちが昼間通った道が偶然見つけられてたら道も確保できてるわけだ」

 

二人の回答に、こくり、と頷いた。そう、森の奥へ入っていける条件が整ってしまっている。丘陵の奥へ至る道はそれこそ無限大だし人の通りづらい場所を通って行った自覚はあるので、クロウの言ったことは殆どあり得ない話ではあるけれど、それでも、あり得ないなんてことはあり得ない。悪魔の証明になってしまうのだから。

 

「ったく、それにしてもやたら魔獣が出やがる!」

「それに関しては同意見、だッ!」

 

アンが出てきたヒツジンに蹴りを入れて盛大に吹っ飛ばす。あんなのに構ってる暇はないというのに、暗くなってきたということもあってかこちらが少人数だからかぞろぞろと出てくるのだからタチが悪い。

ガラ間道の方は観光地ということもあってそれなりに街道灯が整備されていたけれど、ここらは農地なだけあってかぽつりぽつりとしかなく、魔獣避けが徹底されていない。そこに例の調教騒ぎで居場所を追われた魔獣もいたりするのだろう。

 

「ARCUS駆動────クロノドライブ!」

 

クロウが魔獣を振り切るために全員の身体強化を図る。軽くなった身体と共に、またつよくつよく地面を蹴った。

 

 

 

 

丘陵に近づいて来たところで、ARCUSの明かりをつけてくれるようアンに頼み、麓を注視して行く。確か五人だ。五人もあの年齢の男の子が歩けば絶対にどこかしら痕跡が残るはず。

 

「……ス トップ!」

 

急ブレーキをかけて制止を求め、見えた場所へ急いで近づいていく。クマザサの群生の一部が折れたりひしゃげたりして、足跡も複数人分そこに集中しているのがわかった。昼間はこんなことになっていなかった。間違いない、ここから入ったんだ。私たちが使った丘陵の入口よりも多少は街に近く、これなら彼らが沢へたどり着くより前に捕捉して連れて帰れるかもしれない。

 

「────」

 

顔を上げると、暗闇が手招きをしている。

夜の森。知らない森。どの存在の手も入っていない森。

どれもこれも、侵入するのは躊躇われる条件ばかりが揃っているけれど、見据えたその場所がどれだけ暗かろうとも私たちは伸ばす手を諦めないと全員思っている筈だ。

 

「行こう、セリ」

「とっとと悪ガキを連れて帰ってやるとしようや」

 

二人のその力強い言葉に、うん、と返して三人で森へ入った。

 

 

 

 

素人集団のため、比較的歩きやすい道を見つけて歩いていたようで、追跡はそれなりに容易だと思われた。隠密も何もなく音を立てているのは、何かがいるならこちらに引きつけたいと言うのもあるし、少年たちから視認してほしいという願いもあるけれど、そもそも危ない目に遭っていない少年たちがこちらを認識して声をかけてくれるだろうかという懸念も勿論ある。何が最善かなんてわかりはしないのだ。

 

「……いた!」

 

月明かりがあって助かった。前方、500アージュほど前にうっすらと動く人間のような影がある。二人にはまだ見えていないのか、どこだ!、と叫んでいるけれど私が先導するので問題はない、はず────!

 

「調教魔獣の姿を確認!」

 

騒ぐ少年たちの背後へ忍び寄る複数の影。1、2、3、4。嘘だろう。そんなにいるのか。

 

「先行する! 見つけて!」

 

体力を計算して走ってはいられないとギアを上げて地面を蹴る。森の中で走ると言うのは、思う以上に技術でどうにかなる話だけれど、技術がないと走りづらいと言うのも確かな話で。

 

「おっと、私を置いていかないでくれたまえよ!」

 

それでもアンはついて来た。クロウは後ろで支援にまわってくれるんだろう。

 

「上ッ等!」

 

私は笑って更に速度を上げた。見えてくる影の動作が、既に狩りを始める溜め動作に入り、思わずダガーに手が伸びた。いける?いけるか?あと30アージュ。25。20。絶対にこの速度じゃ間に合わない。

 

『獲物を狙うんじゃねえ、着地地点を見極めんだよ。ようは観察だな』

 

帰り際、クロウが動く獲物を定めるときに使うコツを話してくれて、なんてことのないように喋るなぁとすこし眉を顰めてしまったのだけれど、今この瞬間、それは正解だった。

ダガーを振りかぶり、現在の速度を乗せて投擲する。

 

果たして。魔獣の悲鳴が上がり、次いで少年たちの悲鳴もあがり、二人して魔獣と少年たちの間へ割り込んだ。見えた人影は全部で四つ。一人足りない。

 

「残り一人は!?」

「君たちは私たちの後ろへ!」

 

雪崩れ込んできた私たちに目を白黒させる少年たち。ああ、ちくしょう、説明する時間ももどかしいっていうのに!

 

「あっ、し、シドニー!」

 

声が叫んだ方向へ見やると、腰を抜かした少年の前に見えづらいけれど黒い調教魔獣が唸りを上げて構えていた。

 

「────!」

 

お互い今すべきことを、と残っている片手剣で一匹斬り伏せて少年の元へ急行する。一歩一歩が遅く感じる。魔獣が私の存在に気がつき、まずはと少年へ襲いかかろうとするのが見えた。

 

「ああ、あああああああ!」

 

最後、跳躍し、硬い鋼の音が響く。──間に合った。間に合いはしたけれど、逆手で盾のように持った剣に魔獣の牙がギギギと食い込み止まり、空いていた片手は少年を胸に抱きこんで安全を確保するように使っているためどうしようもない。アンも四人を守りながら二匹と戦っている最中だろう。ここから、どうやって打開を。

 

「やらせるかよ!」

 

瞬間、クロウの声がして自分の目の前と離れたところから魔獣の悲鳴が聞こえた。弱まった噛みつきから魔獣の腹に蹴りを入れ無理やり剣を抜き、即座に突き立て絶命させる。同時にもう一匹の悲鳴も聞こえ、森に一瞬だけ光が溢れた。

 

「あー、めちゃくちゃイイところ取って行くじゃん……」

「ああ、本当にそうだな」

 

はは、と笑いながら、走りっぱなし緊張しっぱなしで震える膝に手をついて立ち上がり、暗闇の中から出てくるクロウにそう声をかけると、近寄って来たアンも同意をしてくれる。

私の後ろにいた少年は他の少年たちと合流し、お互い抱きしめあって号泣して、それを背景に、私たちは拳を合わせた。

 

そうして、遠く、街道の方から統率の取れた音が聞こえ始めたのだ。

 

 

 

 

トワたちの説得もあり、グレンヴィル市の市長殿の要請で街に若干駐留していたラマール領邦軍による山狩りが正式に行われることになり、残っていた魔獣も程なくして掃討されるだろうという見込みが到着した領邦軍の分隊長殿から伝えられた。

私たちはと言えば、疲れからか申し訳なさからか静かにしている少年たちを軍と共に街へ送り届け、南口で心配そうにしていた彼らの保護者らしき人々に怒られるのを横目に待ち合わせ場所の駅へ。辿り着いたそこにはトワと、ジョルジュと、サラ教官が立っていた。

口々にお疲れさまと労ってくれたけれど、残ってくれた三人だって領邦軍を動かすのに尽力してくれたことだろう。それは私たちじゃ絶対に出来なかったことだ。トワやジョルジュ、そして実のところ見守ってくれているんだろうサラ教官。私たち前衛が後顧の憂いなく動けるのは彼らがいてくれるからだ。

 

ああ、でも今日はもう疲れた。眠りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サラは「やることがある」だとかでグレンヴィルに残って、結局オレたちだけが先にトリスタに帰ることになった。ボックス席で、大体いつも通りの組み合わせで向かい合う。と言ってもトワとセリは仲良しに眠りこけて静かになって、ジョルジュはといえば客が少ないのもあり別のボックス席で回収した例の魔獣の拘束具の簡易解析を始めちまった。

つまり、目の前にいて意識があるのはアンゼリカ一人だ。この課題じゃリンクが妙な挙動をして繋がったり切れたり、散々な相手とも言う。

 

「今回も大分ハードだったか」

 

二人の寝顔を眺めるようにしてそいつが呟いた。

 

「ああ、ほんとにな」

 

勘弁してほしいぜ、と言いながら、最後のセリのダイブが脳裏をよぎる。他人のためにああまでして必死になれるって言うのは、本当にお人好しにも程があるって話だ。もしかしたら即死はしなかったとしても、片腕持っていかれてたって可能性もあったろうに。馬鹿な奴だ。

 

「クロウ」

「あんだよ」

「どうしてそんな顔でセリを見ているんだ?」

 

────それは、トラヴィス湖畔で問いかけられた時と似たような瞳だった。空虚さの指摘。んなもんあるわけねえだろ言いがかりつけんなって返して、殴り合いになった時の。

 

「もし君が彼女の行動を嘲笑うと言うのなら私はそれを許しはしない」

 

今ここが、もし外だったなら、"俺"は問答無用でアンゼリカに殴られていたんだろう。だが実際のところここは車内で、二人が寝ているからしないってだけだ。

 

「嗤っちゃいねえよ。ただ底抜けのお人好しだと思ってただけだ」

 

アンゼリカは貴族だからか、人の感情の気配ついて敏感だ。そしてそれを正面から問いかけてくる。セリに関して精度が狂ってたのは、本人がそもそも可愛いだのなんだので狂ってたんだろう。どうでもいい話だ。

だからまぁとりあえず、嘘でもないラインで濁しておいた。

 

「……そうか」

 

完全には納得しちゃいない顔ではあったが、牙を収めるくらいには理解してもらえたようで何よりだと内心安堵する。全く、こいつら全員気が抜けねえ。それでも俺は自分のやりたいようにやるって決めてここに来た。

 

────だから、せいぜい隠れ蓑になってくれよと、自分の心に言い聞かせるように呟く必要はどこにあったのか。どこにもない筈だったっていうのに。

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