[完結]わすれじの 1203年   作:高鹿

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六月
06/09 指先の彩り


11

 

 

 

 

1203/06/09(火) 放課後

 

「あ、やっぱりみんなここにいた」

「そういうお前も来てんじゃねえか」

 

技術棟に顔を出してみると、トワを除く全員がそこに勢揃いをしていて笑いながら私も入る。ジョルジュはもちろん自分の作業をしているのだけれど、何となくここが私たちの溜まり場になってしまっていると言うのが現状だ。

 

「私は自分の作業やりに来ただけですー。ジョルジュ、机借りるよ」

「うん、いつものだろ。いいよ」

 

クロウとアンがいる机ではないもう一つの空いてる方にカバンを置いて、筆記用具を出す。そろそろ導力カメラで写真を撮るだけじゃなくて記事も書かないと、うっかり写真部にそのまま吸収されかねない。いやフィデリオもその写真部の先輩もいい人なんだけどね。

 

まぁ一応一月に一枚、購買部の新作や食堂のメニュー表などをまとめたり、すごく小さな校内事件の話や捜し物の掲示など当たり障りのない紙面を作ってはいるのだけれど、もう少し何とかしたいと言うのも仕方ない欲求なのではなかろうか。トリスタ商店街の話も書いておこうかな。

 

「四月五月の話が実は繋がってて、なんてオチなら記事にしたんだけどなぁ」

「あれがオチるってことは逆に教頭とかからNG食らいそうな気がすんだが」

 

うん。それはそうかもしれない。

なんせ調教魔獣がいる……つまり猟兵が関わっている可能性が高い、というのが示唆されてしまったのだ。結局あれは領邦軍が巻き取ることになったらしく、そのまま今でも調査が進められているのだとか。もしかしたらTMP──鉄道憲兵隊も割り込んでくる事態になったりするのかな、なんてぼんやり考えたりしている。とはいえ自分たちの手からはもう離れてしまった案件には違いない。

 

学院外のことを調べて載せようにも、正直公欠授業についていく勉強と日々の予習復習と蔵書を読みあさるので案外と帝都とか他の街へ行く時間がなかったりする。鉄道で三十分という立地なのに(発着時間を考えなければの話だけれど)。帝都あんまり行ったことないからなぁ、七月末の夏至祭前に一度行ってみたいんだけど中々タイミングが。

いやでもそうだ、今月の自由行動日は21日。中間試験が終わった後なので試験勉強とか考えずに帝都に遊びに行ってもいいんじゃなかろうか。もちろん自己採点は終わらせた上で、という注釈がついて回りはするけれど。

 

「うーん、このままだとずっとほのぼの学院新聞になってしまう」

「平和じゃねえか」

 

まぁ確かに平和は平和でいいのだけれどね。

 

 

 

 

「……あれ、今日って何日? 9日?」

 

ふと嫌な予感がして誰となく問いかける。

 

「9日だね」

 

自分の武器──籠手の手入れをしていたらしいアンがそう答えてくれて、さあっ、と自分が青ざめるのがわかる。懐中時計をポーチから引き出して時間を見ると17時。ばたばたと机から荷物を鞄にまとめて肩にかける。

 

「どうしたどうした、恋人と待ち合わせでもしてたか?」

「そんな色っぽい話じゃないよ!」

 

大体こんな生活で恋人を作る余裕がどこにあるというのだろうか。ほとんどみんなとつるんでいるっていうのに。そもそもあんまりそういう話に興味がないというのもあるけれど。自分が誰かと、というのもそうだし、誰と誰が、というのにも興味が持てない。まぁそんなことはどうでもいいのだ。

 

「ジョルジュ、机貸してくれてありがとう!」

「はいはい、例の奴も試作続けてるから楽しみにしててくれよ」

「うん、そっちもありがとう!」

 

急いで技術棟を飛び出して、私はトリスタの街へ駆けた。今日は荷物が届く日じゃないか!

 

 

 

 

「ミヒュトさん!」

 

トリスタ商店街の、少し外れた店に夕陽を背負って私は飛び込んだ。眩しいからとっとと閉めろ、とジェスチャーをするミヒュトさんに申し訳なく思いつつ、そっと扉を閉めると、店内はうっすら暗くなる。少し古びた匂いがこもるこの店はわりと落ち着くので好きだった。

 

「注文してた品だろ、届いてるぜ」

 

ごとり、とそこそこ大きめな木箱がカウンターの上に置かれる。肩にかけていた鞄を床に落として、蓋を開けても?、と視線でカウンター向こうへ問いかけると、やれやれといった風情で頷かれた。木箱の蓋に手をかけようとしたところで、ハッ、としゃがみ鞄の中をあさる。目当てのものを掴んで立ち上がり、今日の為に買って突っ込んでおいた綿手袋を両手につけた。

 

改めて。

そっと木箱の蓋を開けると、そこには真新しい腰につけるナイフケースと、七本の投げナイフが綺麗に収められていた。濃い革のナイフケースは持つとすこしかたく、それでも綺麗に腰に収まってくれそうなときめきをもたらしてくれる。使い込んでいけばきっと滑らかになっていい色になってくれるだろう。投げナイフの方も一本手に取ってみると、刃が美しい。反射しないよう非光沢加工が施されていてもその麗しさは隠せない。

片方手袋を脱ぎ、少し手の中で回してみる。重心、重さ、ともに"投げ"に特化されているものはやはり扱いやすそうだと思った。

 

そう、私は投げナイフをサブ武器として学院に申請を出し、注文したのだ。

前回、投げられるものがあればと何度となく痛感したのもあって、ミヒュトさんに前金で全額を渡して希望のナイフを探してもらっていた。購買だとこういうのはさすがに専門ではないらしいのでこちらを頼ったのだけれど、うん、本当に頼んでよかった。

 

木箱の蓋を閉めて、ミヒュトさんを見る。

 

「本当にありがとうございます。代金足りましたか?」

「予算内で探してやるっていうのも腕の一つだからな」

 

当たり前のように言うけれど、それを本当にやりきるというのがこの人の凄いところだと思う。きっとこれからもお世話になることだろう。

手袋をもう片方も脱いで、鞄に入れそのままそれを肩にかける。木箱を両腕に抱えて、嬉しくなって少し笑ってしまった。これからよろしく、私の新しい相棒。

 

「あぁ、そうだ。それ本格的にやるんだったらよ────」

 

もう一度最後のお礼を言って店を後にしようとしたところで、ミヒュトさんに呼び止められた。なんだろう。革の手入れ用品なら既に買ってあるけれども。

 

 

 

 

1203/06/10(水) 放課後

 

「……」

 

授業後、技術棟にも学生会館にも寄らずそのまま第二学生寮へ戻ってきたのだけれど、自室で作業する気が起きずに一階のロビー兼共同リビングで一人、爪やすりと自分の爪を睨んでいた。

すると見知った気配が寮に近づいてくるのがわかりそっと顔を上げると、案の定玄関をアンが開けるのが見える。

 

「おや、セリ」

「アンがこっちに来るなんて珍しいね。トワならいないよ」

 

大体の彼女のお目当ては最近だと学生会館にいるのだけれど、わざわざこっちに来たということはいなかったのだろうか。まぁ最近中間試験前でいろんなところの設備点検に駆り出されているとかで、慌ただしく動き回っているのでさもありなんではある。そういうのは用務員のガイラーさんがやってくれるよ、と言っても、試験後の部活動がやりやすいほうがいいから、と。妙なところでトワは頑固なので、まぁいいか、と思ったのも少し前のことだ。

 

「いや目的は君さ。これを渡してくれって頼まれてね」

 

差し出された藍色の封筒。たぶん叔母さんからだ。寮に入った私のことを、こうしていつも気にかけてくれていて本当にありがたさしかない。でもなんでこれをアンが。

 

「アンを雑用に使うなんて随分と肝が据わった相手だねぇ」

 

こう見えて一応貴族、というか四大名門であるログナー侯爵家の一人娘であるのだけれど。あまりにもいろんな女性に声をかけるものだから顔はめちゃくちゃ広くなっているとか何とか。

 

「事務の女性が困ってたからね」

「あー、なんか事故って学院の方に混ざっちゃったのか。ありがとう」

 

手紙は後でゆっくり読もう、と机の上に置いたところで、アンが退かないことに気が付いて顔をまたあげた。

 

「で、セリは何をしているんだい」

「……」

 

いま私が机の上に広げているのは、爪切りと爪やすりとマニキュアの、いわゆる単純なネイルケア用品。今までそんなものに手を出しているのを見たこともないだろうので問われるのも無理からぬ話かもしれない。

 

「投げナイフ注文したのが届いたんだけど、それなら爪ちゃんと手入れしろってミヒュトさんに言われて悪戦苦闘しているところ」

 

特に指に力を入れることが多くなるため、指先の保護のためにケアしとかないと酷い目に遭うぞ、と忠告をされてしまい今に至る。諸々のこともあり基本的にミヒュトさんのそういう言葉には素直に頷いておくことにしているというのもあった。案外優しいのだあの人は。

 

「ふむ。何なら私がやっても構わないが」

 

と、そんな途方に暮れている私に天の声が降り注いだ。いつの間にか落ちていた視線をまた上げると、どうする、といわんばかりのアンと視線が絡む。

 

「いいの!? いやもう何からやればいいのかわからなくて!」

 

恵みだと言わんばかりに両の手を絡み合わせると、彼女はふっと笑って当たり前のように私の頭を撫でた。

 

「それじゃあ少し待っているといい。寮に戻って道具を持ってこよう」

「……」

 

それを見送って、そっと自分の頭に手を当てる。今のは、別に嫌じゃなかったな。なんだかクロウに撫でられたみたいなのとおんなじ感じだ。

 

 

 

 

「おお……綺麗な小瓶……」

 

戻ってきたアンは小さめとはいえ抱える程度の箱を持って来て蓋を開き、とんとんとん、とリズミカルに中身を出していった中のひとつにそれがあった。

 

「親父殿に持たされたものの持て余していてね」

「なるほど」

 

一応貴族の女性の身嗜み必需品、みたいなものは持たされているわけだ。それを誰かに渡しもせずに持っていると言うのも義理堅いのだろうけれど。

 

「まず爪は切っているみたいだからやすりからか。隣に失礼するよ」

 

ソファの隣に座られ、体をそっちに向けつつ膝に布を広げて手を取られる。あぁ、でもよく見るとアンの手や爪は綺麗に手入れされていた。身体の細かい手入れをするというのは大変なことだろうに、多分彼女は当たり前のようにやっているのだろう。

 

そり、そり、と平たい板のようなもので爪がヤスリがけされていく。

 

「……今更だが、こういう接触はいいのかい?」

 

自分で出来るようにならなければ、とアンの挙動をじっと眺めていたところで、遠慮がちなそんな言葉が聞こえてきた。いまいち言葉の意図をはかりかねて一瞬考え、ああと合点がいく。

 

「私、別にアンに触られるのが嫌なんじゃないんだよ」

 

"そういう意味"で触ってくるのなら、アンでも、たとえいま気安く人の頭を撫でてくるクロウでも、誰かれ問わず嫌だと言うだけの話だ。見知っていようが見知っていまいが関係ない。

 

「あの時は感情的で言葉が少なかったかな。ごめんね。触れられる時に、下心を感じるというか、ぬるっと触られるのが苦手なんだ」

 

そもそもそれを許容できる人間がどれだけいるのだろうか、という疑問もあるけれど、世間は案外(貴族とかを抜きにしても)アンに優しい気配があるのでもしかして自分が少数派なのかもしれないと最近思い始めている。

 

「なるほど」

「なのでさっき撫でられたのは別に嫌じゃなかったよ」

 

ぱちくり。珍しい表情のアンが私を見て、あれ、と首を傾げた。

 

「さっき頭撫でてから寮出て行ったよね。無意識?」

「……無意識、うん、無意識だろう。たぶん」

 

だから下心もなかったのか、なんて心の中で納得する。『みんなの王子さま、アンゼリカ・ログナー』ではなく『アン』としてとかそういうことなのかな。それなら私は後者の方が好きだけれど、きっと両方とも"アンゼリカ"なのだから、どちらか一方だけと言うわけにはいかない。人間というのは難しい。

 

「よし」

 

両方の爪のやすりが終わったのか、アンが板を机の上に置く。爪を切った後の角張った感じがなくなり、なにやら表面も手入れされてはいたけれど、なんかこれだけで綺麗に見える。すごい。爪切りで角を落とすだけじゃ駄目だったのか。

 

「これで塗れるようになるの?」

「いや、甘皮といって爪の根本にある部分を少し処理すると上手く塗れるからそれも教えていこう。私はお湯の用意をしてくるから、このクリームを該当箇所に塗り込んでおいてくれ」

 

立ち上がりながら言われて、ぽん、と容器を渡されるので、蓋を捻って開けるとふわり、花の香りがした。無香料のってあるんだろうか。取り敢えず言われた通りに塗り込んで暫く待っていると桶に液体を張ったらしいアンが戻って来た。

手をつけるように言われて指を浸けると、ぬるい感じのお湯。

 

「いろいろ工程があるんだねぇ」

「慣れれば気にならなくなるさ」

「そんなものかな」

「あぁ」

 

それならアンの言葉を信じよう。取り敢えず今はじんわり手が気持ちいいのだけど、これシャワーの後とかにやったら工程省略出来ないのかな。後で聞いてみよう。

 

 

 

 

そんなこんなでようやくネイルを塗れるという段階に来た。

 

「セリの爪は小さいから少し丁寧にやらないとはみ出してしまいそうだね」

「あぁ、それはそうかも」

 

そういう意味では、男性陣の四角い爪とかは塗りやすそうだと思う。

 

「明日も授業があるし、目立ちにくい薄いピンクのにしておこう」

 

元々私が用意していたのではなく彼女が持ってきた可愛らしい小瓶を手にして、丁寧に塗っていってくれる。乾いていないだけかもしれないけれど爪がきらきらして、なんだか心がくすぐったい気がした。いや、でも、うん、なるほどなぁ。新しい知見を一つ得た。

 

「これって利き手じゃない方で塗る時は慣れ?」

「慣れだね。あるいは人に塗ってもらうとかだけれど、セリはそっちの方が面倒だろう?」

「おっしゃる通りで」

 

自分の細かい都合のために他人のスケジュールを押さえるとかやりたくなさすぎる。

 

「とは言っても、小指を掌のこの部分に当てて固定すると塗る時に安定するとか、いろいろ小技はあるけどね」

 

するっと自分の爪を塗るふりをして、そっと教えてくれる。なるほど。支点をそこにつくるのか。ためになる。

 

 

 

 

静かに塗ってくれるアンを見下ろしていると、世の中の女の子はこう言うふうに彼女に傅かれたいのかもしれないなぁ、とぼんやり考えてしまった。いや、そういう思考はいろんな方面に失礼だろうと少し頭を振る。と、手も揺れてしまったのか、ぎゅ、と少し強く握られた。はい。おとなしくしてます。

……あ。

 

「だー、予習復習なんかしてられっかよ!」

「だけどクロウは単位危ないだろ? まだ中間なのに」

 

顔を上げたところで見知った顔パート2が玄関から二人ほど入ってきた。

いや本当にクロウ、遅刻するわ授業中寝るわたまにサボってるらしいわっていうのはどうかと思うよ。

 

「お、珍しい組み合わせじゃねえか」

 

一番にクロウが近づいてきて私たちを見下ろすと、マニキュアか?、と首を傾げる。

 

「投げナイフ使うなら指先もっとケアしろ、ってミヒュトさんに言われちゃって」

「ああ、なるほどな」

「……よっし」

 

二本目の手も終わったようで、アンが顔をあげると、げ、という顔をする。

 

「嫌そうな顔すんな」

「細かい作業をした後には麗しい少女の笑顔があればいいと思っただけさ」

「いやー、本当にありがとうね」

 

まだまだ全然乾いていないので私は当分しばらく何も出来ないけれど。

 

「今回はカラーがあるものを使ったけれど、透明なものや無香料のクリームもあるから、帝都に出る余裕があったら自分に合ったものを見つけるといいさ。あとは可能ならトップにこれを塗るのをおすすめするね」

 

私のチーム内での立ち位置を理解してくれているのか、そうアンはアドバイスをしてくれる。今日は取り敢えず全体的な流れの話を教えてくれたんだろう。テスト前なのに悪いなぁ。

そして勧められたのは透明な液体が入っている小瓶。なるほど、ニスみたいなものだ。

 

「そうだ、アンがいるならこのまま全員で晩御飯でもどうかな」

 

ジョルジュがそう提案をするので、いいと思う、と同意する。とは言っても自分は何も出来ないので完全に他の三人に任せることになってしまうけれど。

 

「トワに差し入れ出来るものなら、みんなでおんなじもの食べられるかな」

 

ああでも、トワに差し入れとなると自動的に生徒会役員への差し入れとなっちゃうからすこし面倒だろうか。それを言い出しっぺの自分が手伝えないというのもよろしくない。そう私が考えたところでクロウが何か思い付いたのか、よし、と呟く。

 

「じゃあ適当に摘んで食えるもんでも作るか。ジョルジュも手伝ってくれや」

「お安い御用だよ」

 

そう言いながらクロウとジョルジュが買い出しに行くのを、私とアンは二人で見送った。

すごいてもちぶさた。

 

 

 

 

ネイルというのは思っていたよりずっと乾くのが遅いらしく、そして乾かそうと思って手を動かすのも駄目で、どこかに引っ掛けるといけないからとロビーのソファにいることを厳命されてしまった(ケア用品の片付けもアンがやってくれて申し訳ない限りだったというのに)。

なので今は靴を脱いでソファの手すりに背中を預けて手を掲げながら、食堂の奥の奥にある台所で料理をしている遠い三人の声をぼんやり聞いている。楽しそう。たまにクロウとアンが衝突しそうになるのをジョルジュがやんわりと間に立って軌道をずらすのは、すごいなさすがだなと思った。

 

天井を背景にきらきらする自分の爪。それはそこだけが何だか別世界みたいで、すこしだけ心がちりちりする。どうしてだろう。可愛いと思う気持ちはあるのに、相反するものも多少存在しているのも確かで。

少し頭を巡らせて、たぶん、これが高級品だからだろうという結論に至った。爪に色を施すというのは、淑女の嗜みであり、いわゆる『財力に余裕のある貴族の装い』という偏見があったのかもと。事実、現状そこまで平民に広く浸透している趣味というわけでもない。私がどうという話ではなく。

だけどこうしてそういうのと(失礼かもしれないけれど)無縁そうなミヒュトさんから勧められ、クロウも即座に理解を示した。戦う人間の間でも当たり前、ということがわかる。

だけどやっぱりこれは、"かわいい"色なのだ。薄紅で、うっすらと色がついている。自分に似合っているかどうかも現状はよくわからない。……うん、やっぱり今度の自由行動日は帝都に行って、百貨店のプラザ・ビフロストを覗いてこよう。こういうのははやく習慣化させてしまうに限るのだから。そうは言っても10日以上先のことだけど。

 

と、そんな風に物思いに耽っていると、机の上に置いていたARCUSが通信音を上げる。おあ、おわ。おわわ。慌てないよう、急かないよう、指の腹でARCUSをそっと開けて、スピーカーモードにしてから通信ボタンを押した。よし、たぶん、よれてない。

 

「こちら、セリ・ローランドです」

 

そうは出てみたけれど、台所に三人がいるのだからARCUSに通信をかけてくる人なんてもうだいぶ限られてくる。

 

『あ、もしもしセリちゃん? トワです』

「うん、どうしたの?」

 

予想通りトワの声が聞こえてきて、首を傾げた。何か急ぎの用事でもあるんだろうか。

 

『さっきどうしても取れない時に通信が来てたから、誰か何かあったのかなぁって』

「あー、それ、今日の晩は五人で食べようって話をしてたから、クロウかジョルジュがかけたんだと思うよ。ご飯どうする?って」

『え、そうなんだ。いいなぁ。私も食べたいけど大丈夫かな?』

「うん、材料的にはイケるんじゃないかな。今帰って来てるの?」

『もう少しで帰れそう、って感じかな』

「オッケー、オッケー。ちょっと待ってて」

 

立ち上がって食堂に続く扉を肘と肩で開け、奥の方にいる仲間たちへ声をかける。

 

「クロウー。トワがもう少しで上がって帰ってくるらしいけど、大丈夫だよねー」

「おう、じゃあその分もこのまま用意しとくわ」

「案外手際がいいから楽しみにしててくれって伝えておくれ」

「はーい」

 

食堂の扉を閉じると、案外ってなんだよ、と言う声が聞こえてくる。本当に仲が悪いんだろうかあの二人。よくわからないなぁと最近は思うようになってきた。

 

「待たせてごめん。大丈夫だって。だから気を付けて帰ってきてね」

『うん。わかった、ありがとう』

「あ、あとアンがクロウの手際がいいから期待できそうだって」

『へえ、そうなんだ。じゃあ楽しみにしちゃお』

 

すこしわくわくした声が向こうから聞こえてきて、二人ですこし笑う。じゃあね、と小さな声で通信が切れて、また食堂からの微かな賑やかな音だけになった。それでも、すこしだけあった寂しさはもうない。不思議だなぁ、なんて笑いながら、私はそっと乾いたらしい爪を少し撫でた。うん、大丈夫。

 

 

 

 

「というわけで今日はオレの得意料理のフィッシュバーガーだ」

「おー、美味しそう」

「本当に手際が良かったからね、期待していいんじゃないか」

「お前それ何回言うんだよ」

「まぁクロウだって別に今まで料理してこなかったわけじゃないだろ? 滅多に作らないだけで」

「まぁな」

「ふふ、クロウ君が作ってくれたの初めてだねぇ」

「これにチリソース入れても美味いんだけどな、辛いの駄目なやつがいんのかわかんなかったから今回はプレーンなやつにしといた」

「チリソース……それも気になる」

 

そんな風に、夜が更けていく。楽しく、あざやかに。

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