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1203/06/15(月) 放課後
17日から中間試験が始まるため今日はさすがに生徒会もお休みということで、技術棟に四人で詰めて勉強をしていた。
導力学とかはかなり基礎中の基礎から出るという話なので、七耀石がどういったものなのか、それに伴って発明された導力器とはどういうものなのか、さっくりおさらいするためにテキストを開く。
「気になったんだけどさぁ」
とはいえ静かだとやはり寂しくもなるので少し口を開いてしまった。人の勉強を邪魔するのは良くないのに。
「うん?」
それでも三人は律儀に顔を上げてくれて私の言葉を待ってくれる。
「もし誰かが赤点どっかで取ったら、課外活動強制停止とかあり得るのかなー、とか」
期待されている戦術オーブメントの試験運用なんだから、一人が赤点取ったぐらいでどうにかなるわけはないと思いつつも、懸念されるクロウは普段の素行の悪さからこの学院で学院長に次ぐ権力を持つハインリッヒ教頭から目の敵にされている。正直それは仕方ないと思うけど。
「誰か、ってそれセリが気にしているの一人だろう」
「いやまぁ、うん、そうなんだけど」
トワはもちろん、アンもジョルジュも別に心配なんて一切していない。自分のことはどうなんだという話だけど、赤点を取るなら奨学生なんてやっていないのだ。というか学院にいるために勉学に励まないといけない立場なので。
しかしこの学院の奨学生制度は、進路が特に決められていないというのが不思議なところではある。大体こういうものは『自分のところに優秀な者を引き込む』ためのものであるので、お金をかけて外部流出する可能性のある契約にするだろうか、という。それでも規約に絶対軍属的なものがなかったので申し込んだのだけれど。
まぁでも、その疑問は入学式のヴァンダイク学院長が仰っていた『若者よ、世の礎たれ』に集約されて解決するのだろう。かのドライケルス大帝の言葉を用い、『世の中』という曖昧なものに対して日々何かをし続けている。そういう人材育成という、軍に限らない帝国、ひいては世界の未来を見据えているのだ。おそらく。それを国費でやっていいのかという疑問はあるけれど。
「……試験運用が中止になることはまずないと思うんだけど、」
控えめなトワの声に私も小さく頷く。まぁそれはそうだろう。一人が勉学を疎かにしたからといって止められる計画でもない。聞いたところによると既に軍内部でも運用が始まっているとか。私たちはいわゆる士官学院配備に関するところの試験なのだろう。
「クロウ君だけが外されるっていうことは、ある得るよね」
それは。
「それは困る」
思っていたより硬い声が自分から出て、少しびっくりした。
だけど課外活動でも、街周辺の細かい手配魔獣の討伐依頼でも、クロウのフォローには本当に助けられているのだ。情けない話かもしれないけれど、それでもなんでも出来るわけではないし、なんでも出来なきゃいけないものでもないとは自分がトワに言ったことでもある。
「まあ、いろいろ思うところがないわけではないけれど、私もあいつの能力は認めるさ」
「何だかんだコミュ力も高いからそういう意味で助かったりもするしねえ」
そう、この二ヶ月と少し。私たちはお互いの力を知って、いい意味で当てにして、うまく回っていたと思う。それが今更崩れるなんて頭を抱えるレベルじゃない。それにバックアップに回せる手がなくなるっていうのは、たぶん字面以上に危険が伴う。教頭はここに配属されている以上多少軍事がわかるとはいえ戦闘を行う人じゃない。困ると言ってもうまく通じないだろうし、成績を盾にされたらこちらは何とも言えないというのはアリアリと見える未来だ。
……試験運用チームを辞めたからと言ってクロウが勉強するとも思えないけれど。
「ねぇ、今日、クロウを校内で見た人いる?」
何だか嫌な予感がして三人に問いかけると、芳しい答えが帰ってこないことに頭を抱える。
立ち上がって部屋の隅に歩を進めながら腰のポーチからARCUSを取り出し、蓋の裏に貼っつけているメモを見て該当のARCUSへ通信をかける。暫くのリングバックトーン。腕を組みながら待機していると、ぷつり、と繋がる手応え。……通信が繋がるってことはそれぐらいの距離だったのかと杞憂にほっと胸を撫で下ろした。
『はいよ、こちらクロウ』
「セリだけど、今どこにいるの? 朝から見てないけど」
『あー』
口籠るクロウの向こう側が少し騒がしくて、何だろうと耳をすませてみると、帝都中央駅のアナウンスのようなものが聴こえる。そういえばトリスタと帝都間は通信強度の試験の兼ね合いで中継機が設置されているのだったか。つまり、そういう。
「……クロウ、まさか、中間試験の前に帝都に行ってるとかないよね」
『まさかそんな、ははは』
それでも聞こえ始めてしまえばハッキリと耳に入る鉄道員の方の声。
「……君ねぇ。いや、まぁ、いいや。試験だけはちゃんとやりなよ」
同年代にあんまり小言を言うのもどうだろうと思い直して、そう話題を終える。これ以上言うのは過干渉というものだ。いや今でも十分過干渉かもしれないけれど。
『おう、じゃあな』
意図が伝わっているのかいないのか、そんな明るい声で通信が切られ、ぱたんとARCUSを閉じてポーチへと落とす。振り向いたところで三人とも諦め顔をしていたのが印象的だった。私も多分そんな顔をしていたのだろう。
夜。
自室で帝国史をざっくり流れを掴もうと大きな流れを書き出していたところでノックが聞こえた。座卓を持ち込みそこでテキストを広げていたので、はいはーい、と立ち上がって扉を外に開ける。と。
「クロウ」
昼間いなかった相手がTシャツにラフなズボンでサンダルの、まぁたぶん自分と同じくシャワーを終えた状態でそこに立っていた。やっぱりバンダナがないだけでだいぶ印象が変わる。
「何の用? 過去問とかは貸せないけど」
いや、そんなもの私に頼るより自分で手に入れたほうが早いか。ことこの顔の広さを考えればそっちの方が確実だ。
「いや、ちっと勉強教えてくんねーかなって」
「はあ?」
テキスト数冊を構えながら言われた内容が、あまりにもあんまりでそんな声が出てしまった。おっと、いけないいけない。
「さすがのオレも赤点取ったらチームに迷惑かけるって思っちゃいるんだぜ」
なら何で帝都に行っていたのか、という言葉が本当に口の先の先まで出かかったけれど今この状況でそんな言い合いをしても仕方ないとグッと飲み込んだ。時間は金だ。
「……まぁいいよ。靴脱いで上がって」
「サンキュー」
靴を自室で履きたくなくて部屋にタイルカーペットを敷き詰めているため土足厳禁なのだけれど、相手はそういう(他人のテリトリーで靴を脱ぐ)のには抵抗がないみたいでサラッと部屋に入り込んできた。あとクロウと私の間で何があると思っているわけではないけれど、他の寮生に何かを勘繰られても嫌なので開け放し用にドアストッパーをかます。
もう後は勉強して寝るだけだったので長ズボンではあっても薄着だったのもあり、ちょっと厚手のストールをクローゼットから出して肩にかけた。まったく、こういう時はARCUSがあるんだから連絡してからきてほしい。こっちにも都合があるのだし。
「というか何でこっち来るのさ。ジョルジュの方が近いのに」
第二学生寮は性別で居住階数が区切られている。クロウの部屋は確か私の部屋の立体対角にある角部屋のはずだ。つまり一番遠い。
「いやー、お前なら面倒みてくれそうだと思って」
「……」
あっけらかんというので、すこしこうべを垂れて額を押さえてしまう。
いやもう考えても仕方ないか、と手で座卓を勧めると机の空いているところにテキストを置いて腰を下ろした。自分は元々広げていたものをそっと片付けて対面に座る。
「で、何が心配なの?」
「暗記系の科目はまぁいいとして、導力学の回路計算とかが危ねえかなって」
「ああ」
授業でも電子系の簡素図を書かされたりしていたので、その辺を懸念にするのは正しいと思う。マカロフ教官だからそんなに意地悪なものはそんなに出してこないと思うけれど、どうだろうな。
「じゃあそれやった後は何したい? 明日も含めていいし」
教えている間に次のことも考えておきたいので問いかけると、意外そうな顔が私を見た。
「明日も付き合ってくれんのか」
「まぁ今日明日ぐらいならいいよ」
どうせもう試験直前だし。クロウの勉強を見るついでに復習するのも身につくというものだ。理解していないと他人に教えるのは難しいので、自分の理解度の把握にも繋がる。
「あんがとよ」
人懐っこい笑顔でお礼を言われてしまう。みんな、自分も含めてこれに絆されているんだろうなぁ、なんて考えてしまって、だからこそたまに見せるあの笑い方が逆に浮き彫りになるのか、とそんなことを本人を目の前に考えてしまった。
……勉強に集中しよう。
1203/06/17(水) 中間試験初日 朝
「あ、珍しく起きてる」
試験時間に覚醒時間を合わせたくて早起きしたらうまく台所が空いてくれていたので、予定より早く朝食を終えて食堂から出てくることが出来た。すると階段から降りてくる眠そうなクロウと鉢合わせたのでそんな言葉が出てしまう。
「そんなに信用ねえかなぁ」
「あると思う方が間違っているのでは」
まぁ一昨日から昨日の夜に至るまで一応勉強を見た身としては起きていてくれるのはありがたいか。それに何だかんだ自分の復習にもなったし。絶対に言うことはしないけども。せめて期末の時はもう少し前に言い出して欲しい。まぁわかりづらくて次は頼みたくないと思われている可能性もあるかもしれないけれど。
玄関から出ると、クロウも一緒についてくる。朝食はキルシェか学生会館の食堂で食べるのだろうか。
「赤点だけは取らないで欲しいな」
活動停止とかがなかったとしても、補習とかはあるのでもしもその間に手配魔獣の話が出てきたらクロウ抜きで対処することになる。今までもクロウが後ろに回ることはもちろんあったし出来ないことはないだろうし、それもいい経験になるかもしれないけれど、それとこれは話が別だ。
「クク、そんなにオレが必要ってか?」
そんなことをまたあの軽薄で空虚な笑みで言うものだから、何だかすこしカチンとしてしまった。
「そうだよ。あんだけフォローされてクロウがいてもいなくても変わらない、なんてどの口で言えるのさ。もちろん頼りにしてるよ。出来ればこれからもね」
だから真っ直ぐとクロウを見てそう伝える。会話に温度差があるとかそんなの知らない。自分を下げるような発言をしたクロウが悪いのだ。……いや、自分の苛つきを相手にぶつけるなと言う話ではあるのだけれど。
落ちる沈黙。止まってしまっていた足を動かすと、相手も動いてくれた。学院へ向かう坂を歩く道中、ずっとお互い無言だった。正門に着いて、図書館へ向かおうと思っていたけれどこのまま進路が被るのはすこし気まずいと思って、本校舎の方へそのまま進めようとして、止める。
「……ごめ「いや、さっきのは言わせたオレが悪い」
言い過ぎた、と謝罪を口にしようとしたところでそれは堰き止められた。
「あー、その、なんだ」
首の後ろを掻きながら、口籠るクロウ。珍しい。アンといいクロウといい、今月は何だかちょっと珍しいものを見過ぎている気がする。いや、お互い『見せてもいい』ラインが変わってきているだけかもしれない。だからきっと私も、珍しいと思われている行動をしたりしているんだろう。それが何かはわからないけれど。
「取り敢えず赤点回避だけは何とかしてみるわ」
「……うん、応援してる」
へにゃりとお互い笑って、そのまま別れた。
1203/06/22(月) 放課後
中間試験期間が終わって決めていた通り、自由行動日に帝都をプチ観光した翌日。
予想通りに担任教官から放課後ミーティングルームへ顔を出すように、というお達しがあったので顔を出して面子が集まってきたところで最後にサラ教官が入ってきた。
「試験大丈夫だったー? 下手するとあたしが怒られるんだから」
そんな風に言いながら渡されるレジュメに視線を落とすと、知らない町の名前が記載されていた。ルズウェル。双龍橋の北北東にある森の近くある小さな町らしい。クロイツェン本線と大陸横断鉄道を接続する中継地点の砦駅だ。
「いつも通り27日出発で28日に行動開始。その辺は慣れたもんよね」
「チケットの手配は自分たちでですか?」
「うっ。し、しておくわよ、ちゃんと」
「途中のケルディックでお酒飲めるとか思ってたりとか」
「……思ってないわよ」
トワとアンが鋭い質問をしたところでサラ教官がすこしつらそうに胸を押さえる。この反応、わりと図星だったりするんじゃなかろうか。お酒のことはよくわからないけれど、穀倉地帯だから有名なのは麦酒とかかな。
「とーにーかーく、町長にあんたちのことは頼んであるから! よろしくやってきなさい!」
そして説明もほどほどにいつも通り教官が出ていく。
「今回の分担どうしようか?」
まぁいつものことか、と全員そのままに、分担を話し始めた。
それにしても森が近くにある町かぁ。今までも多少そうだったけど、すこしわくわくする。自分が慣れ親しんだ森とはまた違うだろうから、楽しみだな。課外活動だとは分かってはいるけれど。
1203/06/24(水) 試験結果発表日 朝
文武両道を掲げる帝国の気風を表しているのか、この学校の試験結果は廊下に全員分張り出されるらしくわりと容赦ないなと思ってしまった。問題ないだろうとは思っていても試験は水物だ。それに自己採点が良くても周りも高かったら結局順位は下がってしまうわけで。
一喜一憂する人の隙間から何とか覗こうとしていたところで、いつもの面子が合流してきた。
「うわ、トワお前一位じゃねえか」
一位。百人はいる一年生のトップということだ。なるほど、成績掲示の周りに悔しそうな貴族クラスの人たちがいるのはそのせいか、と納得する。
「え、本当? やった、嬉しいな」
「すごいすごい! おめでとう、トワ」
ぱん、と二人で喜びの両手タッチをする。いや本当に、ARCUS試験運用に生徒会にその他諸々すごく忙しかったろうに、一位なんて本当にすごい。たとえ基礎学が中心だったとはいえ、それでも落とさないというのは並大抵のことじゃない。
「ありがとう! セリちゃん何位だった?」
「いやそれが人垣に阻まれてまだ見えてない」
「セリは七位だね」
これまた平均より身長が高いアンが確認してくれて、そう言葉が落ちてきた。
自分もそこまで身長が低いわけではない……と思うけれど、士官学院という場所の性質上ガタイのいい男性陣が多いのだ。それが人垣となったらさすがに太刀打ちできないので、こういうさらっとした親切は本当に助かる。
「ありがとう。七位かぁ」
まぁ十分な順位だ。これで奨学生でいるのを打ち切られることもないだろう、とほっと胸を撫で下ろす。ちらりと見たアンとジョルジュもそれなりに満足そうな顔をしているので、問題ない範囲だったのだろうと安心した。そして、この試験において最大の懸念といえば。
「オレは……六十位だな。クラス平均よりちょいと上ってところか」
別途掲示されているらしいクラス平均をちらりと見てそのクロウが言う。クラス平均より上。学年順位としては半分より下ではあるけれど、クラス平均ならそこまでまずい成績じゃないだろう。たぶん。
「よ、かったぁ~」
はぁ、と息を吐いて後ろの壁にもたれかかってしまう。これで一月の期末までは取り敢えずハインリッヒ教頭が口を出してくる大きな口実はなくなったんじゃなかろうか。まぁ授業内の小テストは知らないけれど。それは自分で何とかしてほしい。
「いやー、マジであんがとな。教えんの上手かったしまた頼むわ」
ぐしゃりぐしゃり。また遠慮なく人の頭を撫でてくるクロウだけど、その顔が嬉しそうなので、まぁいいかと好きにさせることにした。
「もしかしてクロウ、セリに勉強見てもらったのかい?」
ジョルジュが、おや、という顔でそう問いかけてくる。
「そうだよジョルジュ聞いてよ。試験開始の二日前の夜にいきなりアポなしで部屋に来て勉強教えてくれって言ったんだよクロウ、非常識だと思わない?」
「いやオレの成績を一番案じてくれてるのがセリだと思ったから見捨てられねえと思って」
「そういうところだよ」
いつぞやのように、だけど今度は明確に、脇腹をかるく小突こうとして、パシン、と手のひらで受け止められてしまった。読んでいましたと言わんばかりのにやり顔が私を見下ろす。こういう時ぐらい受けておいて欲しいと思うので、もう一度だけその手のひらを小突いて拳を退けた。
「夜に女性の部屋を訪れるのはどうかと思うよ」
「クロウのそれが許されるなら私もトワに教わりに行けばよかったかな」
「アンちゃん別に成績悪くないよね?」
「試験にかこつけてトワの寝巻き姿が見たいということさ」
まぁクロウの行動の是非はともかくとして、このまま五人でまた月末を迎えられそうで良かった、と心の底からそれを喜んでおこう。